学位論文要旨



No 112672
著者(漢字) 一ノ瀬,友博
著者(英字)
著者(カナ) イチノセ,トモヒロ
標題(和) 鳥類群集を指標とした緑地環境評価手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 112672
報告番号 甲12672
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1735号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生産・環境生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 井手,久登
 東京大学 教授 田付,貞洋
 東京大学 教授 樋口,廣芳
 東京大学 教授 武内,和彦
 東京大学 助教授 加藤,和弘
内容要旨 1.研究の目的

 生物群集の保全を目的とした緑地環境の評価はこれまで主に植生を対象に行われてきた。しかし、そのような環境評価の際に動物群集についても配慮する必要があることが指摘されてきている。そこで、本研究では動物群集保全の視点からの緑地環境評価手法を提案することを目的とした。対象とする分類群としては、社会一般になじみが深く、面的な環境指標性が高いと考えられる鳥類を選んだ。

 生物群集の空間的な変化に関するこれまでの研究によって、様々な要因が生物の分布に影響を及ぼすことが明らかになっている。それらの要因は、生息地の面積や生息地内部の構造といった環境要因と、種間関係や個々の種の行動や繁殖生態といった動物生態的要因の2つに大きく分けることができる。本研究では、環境管理計画などにおいて直接に制御可能な環境要因について主に取り上げた。但し、鳥類の分布についての詳細な分析で、動物生態的要因を考慮する必要がある場合には、その要因に適した調査を行い影響の程度を分析した。

2.環境要因を分析・評価する際の3つのスケール

 生物群集のあり方を規定する要因には広域的なものからきわめて局地的なものまで様々なものがある。これら全てを一度に取り扱うのは不可能である。そのため、生物群集の保全を目的とした緑地環境評価では、空間スケールを変えながら分析や評価を行い、それぞれのスケールにおける要因を明らかにしていく必要がある。本研究では、市町村規模の対象地域で緑地環境評価を行う場合を想定し、マクロ、メソ、ミクロの3つのスケールで分析と評価を行う手法を採用した。

 マクロスケールでは、対象地域全体を、対象となる生物群集の分布に基づいて区分し、対象生物にとって重要な景観構成要素を抽出することを目的とする。メソスケールでは、マクロスケールで重要と判定されたタイプの景観構成要素について、その質を規定する要因を明らかにすることを目的とする。広域的な視点では均一にみなし得る空間も、よりミクロな視点ではしばしば不均一である。ミクロスケールでは、こうした不均一性が生物群集に及ぼす影響を分析し環境評価に反映させることを目的とする。

3.マクロスケールにおける分析・評価

 本研究では、マクロスケールの分析を行うにあたり、メッシュデータ化された鳥類の分布データを利用した。まず、分類型の多変量解析手法により、メッシュと種を類型化する。種のグループとメッシュのグループの対応関係を分析することにより、対象地域全体が鳥類のどのようなタイプの生息地を含んでいるかを明らかにする。その上で、判別分析を用いてメッシュのグループに対応する環境条件を推定する。結果として、それぞれのタイプの生息地が、どのような環境条件に規定されて存在しているか把握できる。

 この方法の有効性を、埼玉県所沢市と同県狭山市の鳥類分布のメッシュデータを用いて検証した。所沢市においては、その重要性が広く認識されている狭山丘陵に加えて、市北部に残存する平地二次林が鳥類の生息地として重要であることが指摘された。狭山市においては、二次林と、入間川の両側の帯状の区域および農耕地に、それぞれ異なったグループの鳥類が分布していることが示された。一般に重要視されない空間にも鳥類群集の維持機能を果たしているものがあり、そのような空間の存在を今回提示した手法は適切に指摘することができた。よって、手法の有効性は検証できたものと判断した。

4.メソスケールにおける分析・評価

 まず、マクロスケールで抽出された景観構成要素のタイプの中から、分析の対象とするものを選択する。選択されたタイプに属する研究対象地を複数選び、対象地全域をカバーするラインセンサス法による鳥類調査を行う。記録された種数・個体数と対象地の主要な属性の関係を、回帰分析によって検討する。次に、種組成に基づき対象地を分類し、各グループの対象地における種組成から、鳥類の分布を規定している主要な環境要因を推定する。最後に、判別分析等によって、対象地の分類を環境条件についてのデータと対応させ、主要な環境要因を確認するとともに要因間の重要性の比較などを行う。

 所沢市西部における孤立樹林地を対象としたケーススタディの結果、鳥類の個体数と種数に最も大きな影響を与える要因は、繁殖期・越冬期ともに生息地の面積であることが再確認できた。また、越冬期の鳥類群集の種組成について分析を行った結果、鳥類の種組成は樹林地の面積のほかに、樹林地の他の樹林地からの孤立度と、樹林地の林床部分のアズマネザサの植被率にも影響を受けていることがわかった。この結果、調査対象地において個々の樹林地の生息地としての価値は、第一に面積、次いで他の樹林地からの孤立度、さらに林床の植生によって評価できることが明らかになり、樹林地の評価のための基準を得ることができた。

5.ミクロスケールにおける分析・評価

 ミクロスケールにおける分析の手順は、着目する環境要因によって様々であり得る。本研究では、点センサス法による調査結果を利用する方法を提案した。分析の手続きとしては、回帰分析などにより種数や個体数と環境条件の関係を明らかにすることと、種組成に基づき調査点を分類し、判別分析などにより種組成と環境条件の対応関係を明らかにすることの2つを提案した。3つのケーススタディでは、樹林地の内部の不均一性が鳥類群集にどのような変化をもたらすかを明らかにするのに、ここで提案した方法が有効であることを示す結果が得られた。

(1)植生の種組成のタイプとの関係

 植生の種組成が鳥類の分布とどのような関係にあるか明らかにするために、埼玉県南西部の樹林地9ヶ所で調査を行った。樹林地内に計100個の調査地点を設定し、点センサス法による鳥類調査を繁殖期に行った。調査地点の植生の種組成を把握するために、コドラートを設けて植生調査を行った。対象地の植生は、アカマツを優占種とするものとコナラを優占種とするもの、およびその中間型に分けられ、鳥類の種組成もこれに対応して変化していることが示された。

(2)植生の構造との関係

 樹林地内部の植生の構造が鳥類の分布にどのような影響を及ぼしているかを明らかにするために、所沢市西部の比較的面積の大きな孤立樹林地2箇所で調査を行った。樹林地をよりミクロな視点からも植生の組成と構造が均一であるようないくつかの林分に分け、24ヶ所の林分において点センサス法による鳥類調査を行った。植生の構造は各階層の植物体頻度と胸高断面積によって把握した。その結果、鳥類の種数は植物体の頻度と有意な相関が見られた。鳥類の種組成は、全階層の植物体量と低木・草本層の植物体頻度、枯れ木の胸高断面積と関係があることがわかった。

(3)小規模緑地における周辺の土地利用の影響

 小規模緑地において鳥類の分布に影響を及ぼしている要因を明らかにするために、所沢市西部の小規模な樹林地と都市公園において、点センサス法による鳥類調査を行い、植生の構造、種多様性、隣接する土地利用などとの対応関係を調べた。その結果、隣接する土地のうち人為的に利用されているものの割合が鳥類の分布に最も影響を及ぼしており、次に植生の構造が影響を及ぼしていることが明らかになった。隣接する人為的な土地利用が鳥類群集に影響を及ぼすのは、樹林地の外に分布の中心があるいわゆる都市鳥が、緑地内に侵入するためであると考察された。

6.動物生態的要因

 動物生態的要因の分析にも、対象によって様々な方法が考えられる。本研究においては、捕食圧の空間的な変化の野外実験による把握と、鳥類の個体の移動の標識調査による把握を試み、それぞれが緑地環境評価に役立つ一定の知見を得るための方法になり得ることを示すことができた。

(1)捕食圧の空間的変化

 狭山丘陵の大規模な樹林地とその周辺の樹林地5カ所で、ダミーの卵を入れた人工巣を設置して卵が捕食される状況を調査し、樹林地における捕食圧の空間的なパターンを明らかにすることを試みた。樹林地の周囲から侵入してくる捕食者によって、林縁付近においては被捕食率が高くなることが予測されたが、林縁からの距離と被捕食率の間には統計的に有意な相関は認められなかった。また、狭山丘陵の樹林地でもっとも被捕食率が高く、他の樹林地と有意な差を示した。ハシブトガラスが主な捕食者であると考えられたが、その密度は狭山丘陵の樹林地で最も高かった。鳥類の巣における捕食は、主な捕食者の種類と分布状況に大きな影響を受けていることが示唆された。

(2)鳥類の移動と定着性

 越冬期に鳥類がどのように移動しているかを明らかにすることは、越冬期における樹林地の機能と、樹林地を連結するための空間に必要な条件を明らかにするために重要である。本研究では、狭山丘陵の大規模樹林地と周辺の2つの樹林地において、鳥類標識調査を行った。その結果、合計376羽を捕獲した。低木層を主に利用する種は、再捕獲率が高かった。一方で、再捕獲率が顕著に低い種もみられ、限られた場所に定着している種と、樹林内を移動している種が存在していることが示唆され、後者にとっては移動のための条件を整えることが生息環境の改善につながる可能性が考えられた。

7.環境管理計画への応用

 本研究で提案した緑地環境評価手法は、市町村レベルでの環境管理計画の策定に大きく貢献できると考えられる。マクロスケールでの評価は、広域的な緑地保全地域の設定に生かすことができる。メソスケールでの評価は、生物群集保全の視点からの緑地配置計画や土地利用計画に利用できる。ミクロスケールでの評価は、植生管理計画やバッファーゾーンの整備など小規模な環境整備計画に応用できる。動物生態的要因の評価は、個々の分類群あるいは種に典型的に見られる特質を明らかにし、それぞれのスケールにおける評価を補完する役割を果たす。

審査要旨

 生物群集の保全を目的とした緑地環境の評価はこれまで主に植物を対象に行われ、動物群集についての配慮はなされていなかった。そこで、本研究では鳥類群集保全の視点から緑地環境評価手法を提案することを目的とした。

 生物群集の空間的な変化に関する要因は、生息地の面積や生息地内部の構造といった環境要因と、種間関係や個々の種の行動や繁殖生態といった動物生態的要因の2つに大別される。また生物群集のあり方を規定する要因には広域的なものからきわめて局地的なものまであるが、本研究では、マクロ、メソ、ミクロの3つのスケールで分析と評価を行う手法を検討した。

 マクロスケールの分析では、メッシュデータ化された鳥類の分布データを利用し、多変量解析手法により、対象地域全体が鳥類のどのようなタイプの生息地を含んでいるかを明らかにした上で、判別分析を用いてメッシュのグループに対応する環境条件を推定した。その結果、それぞれのタイプの生息地が、どのような環境条件に規定されて存在しているかが把握できた。この方法を、埼玉県所沢市と狭山市を対象事例にして調査・考察し、本手法の有効性を示した。

 メンスケールではマクロスケールで抽出された景観構成要素のタイプの中から、分析の対象とするものを選択し、選択されたタイプに属する研究対象地を複数選び、ラインセンサス法による鳥類調査を行い、記録された種数・個体数と対象地の主要な属性の関係を、回帰分析によって検討した。次に、種組成に基づき対象地を分類し、各グループの対象地における種組成から、鳥類の分布を規定している主要な環境要因を推定し、最後に判別分析等によって対象地の分類を環境条件についてのデータと対応させ、主要な環境要因を確認するとともに要因間の重要性の比較などを行った。所沢市西部における孤立樹林地を対象とした事例調査の結果、鳥類の個体数と種数に最も大きな影警を与える要因は、繁殖期・越冬期ともに生息地の面積であり、また、越冬期の鳥類群集の種組成についての分析では、鳥類の種組成は樹林地の面積のほかに、樹林地の他の樹森地からの孤立度と、樹林地の林床部分のアズマネザサの植被率にも影響を受けていることがわかった。

 ミクロスケールにおける分析では、回帰分析などにより種数や個体数と環境条件の関係を明らかにすることと、種組成に基づき調査点を分類し、判別分析などにより種組成と環境条件の対応関係を明らかにすることの2つを提案し、事例調査で樹林地の内部の不均一性が鳥類群集にどのような変化をもたらすかを明らかにした。まず植生の種組成のタイプとの関係では、鳥類の種組成もこれに対応して変化していることが示された。次に樹林地内部の植生の構造と鳥類の分布との関係では、鳥類の種数は植物体の頻度と有意な相関が見られ、鳥類の種組成は、全階層の植物体量と低木・草本層の植物体頻度、枯れ木の胸高断面積と関係があることがわかった。さらに小規模緑地において鳥類の分布に影警を及ぼしている要因としては、隣接する土地のうち人為的に利用されているものの割合が鳥類の分布に最も影響を及ぼしており、次に植生の構造が影響を及ぼしていることが明らかになった。隣接する人為的な土地利用が鳥類群集に影響を及ぼすのは、いわゆる都市鳥が、緑地内に侵入するためであると考察された。

 動物生態的要因の分析では、捕食圧の空間的な変化の野外実験による把握と、鳥類の個体の移動の標識調査による把握を試みた。捕食圧の空間的変化では、鳥類の巣における捕食は、主な捕食者の種類と分布状況に大きな影警を受けていることが示唆された。越冬期に鳥類がどのように移動しているかを鳥類標識調査を行った結果では、低木層を主に利用する種は、再捕獲率が高かった。また、再捕獲率が顕著に低い種もみられ、限られた場所に定着している種と、樹林内を移動している種が存在していることが示唆され、後者にとっては移動のための条件を整えることが生息環境の改善につながる可能性が考えられた。

 本研究で提案した緑地環境評価手法は、マクロスケールでは広域的な緑地保全地域の設定に、メソスケールでは生物群集保全の視点からの緑地配置計画や土地利用計画に、またミクロスケールでは植生管理計画やバッファーゾーンの整備など小規模な環境整備計画に応用できる。動物生態的要因の評価は、個々の分類群あるいは種に典型的に見られる特質を明らかにし、それぞれのスケールにおける評価を補完する役割を果たすものとなることが考察された。

 以上、本研究は緑地環境評価に対する新しい手法を提示するとともに、市町村レベルでの環境管理計画の策定にも応用できることを示したもので、学術上、応用上貢献するところ少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54583