学位論文要旨



No 112675
著者(漢字) 宮田,伸一
著者(英字)
著者(カナ) ミヤタ,シンイチ
標題(和) イネ属植物におけるミトコンドリアのプラスミド様DNAに関する研究
標題(洋)
報告番号 112675
報告番号 甲12675
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1738号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生産・環境生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 平井,篤志
 東京大学 教授 鵜飼,保雄
 東京大学 教授 長戸,康郎
 東京大学 助教授 堤,伸浩
 東京大学 助教授 平野,博之
内容要旨

 イネのミトコンドリアでは、メインゲノムに加えて約1〜2kbの分子量をもつ4種の小環状プラスミド様DNA(B1,B2,B3,B4)が、栽培イネ(Oryza sativa)のIndica亜種などの系統で同定されている。当初はCMS(細胞質雄性不稔)の原因の一つである可能性が指摘されていたが、現在では否定されており、その機能や起源は不明である。またイネでは、他の植物種と同様に、ミトコンドリアから核ゲノムヘ転移したと考えられている核内相同配列の存在も確認されている。今までの研究で、O.sativaの多数の系統においてB1〜B4の存否を調べたところ、Japonica亜種の糸統ではプラスミド様DNAをもつものは見つからず、Indica亜種などではB1〜B4の有無の組み合わせ(分布)が数通り見られた。このことから、B1〜B4の分布が多様であることとイネの品種分化には相関があると示唆されてきた。

 本研究では、イネ属植物が分化してきた過程と、B1〜B4が形づくられ、系統間において分布が多様になっていった過程との関連を探るために、イネ属の野生イネ系統におけるプラスミド様DNAおよび核内相同配列の有無を調べた。さらに、B1と相同な3種のプラスミド様DNAを新たに見いだしたので、それらの塩基配列の比較を行った。また、プラスミド様DNAの機能に関する基礎的な知見を得るため、O.sativaの系統を用いて、ミトコンドリア内におけるB1〜B4の転写を調査した。

1.イネ属内におけるミトコンドリアのプラスミド様DNAの分布

 イネ属植物のうちAA,BB,BBCC,CC,CCDD,EEの各ゲノムをもつ14種40系統の野生イネのカルスおよび成葉から全DNAを抽出し、B1〜B4をプローブに用いてサザンハイブリダイゼーションを行った。その結果、AAゲノムをもつ野生イネ系統では、それぞれB1〜B4に非常によく似た小環状DNAがいずれかの系統で確認された。これらB1〜B4に相同なプラスミド様DNAを、B1〜B4familyと名付けた。同様に、CC,CCDDゲノムをもつ系統からはB1,B2familyがいずれかの系統で確認された。しかし、BB,BBCC,EEゲノムをもつ系統ではシグナルが確認されなかった。AAゲノムをもつ野生イネ系統間では、O.sativaと同様に、B1〜B4familyのそれぞれの有無の組み合わせが多様であった。この分布の多様性は、O.sativaの祖先種と考えられているO.rufipogonの系統間では顕著であり、12通りの組み合わせのパターンが確認された。O.sativaのIndica亜種などではB2,B3をあわせもつ傾向が見られた。また同様にO.meridionalisの系統間ではB1,B3,B4をあわせもつ傾向が見られた。同時に、これらの系統間におけるB1〜B4familyのコピー数の差異も観察された。また、AAゲノムをもつ系統におけるB1〜B4familyとO.sativaのB1〜B4との塩基配列上の差異を、PCR法によって増幅した全塩基配列を含むDNA断片のRFLP解析によって調査した。いくつかの系統では塩基置換・欠失・挿入などの微小な変異が、RFLPとして観察された。つづいて核内相同配列を調査したところ、AAゲノムをもつ野生イネ系統では、O.sativaと同様にB1〜B4familyの有無に関わらず核内相同配列のシグナルが確認された。これら複数の核内相同配列のシグナルがRFLPを示しており、いくつかのバンドは共通に存在していた。また、B1〜B4familyのいずれかをミトコンドリアにもつ系統では、対応する核内相同配列のシグナルが多く観察される傾向が見られた。

2.CC,CCDDゲノムをもつ系統のB1familyの同定と分子進化

 AAゲノムタイプ以外では、CC,CCDDゲノムをもつ系統にB1familyが存在していた。しかし、B1をプローブとしたサザンハイブリダイゼーションの結果、CCゲノムをもつ系統のシグナルの移動度がB1と明らかに異なっていた。このことから、CCゲノムをもつ系統ではB1に相同性をもつが分子量の異なる新しいプラスミド様DNAが存在することが示唆された。こうした結果をもとにより詳細な調査を行ったところ、CC,CCDDゲノムをもつ系統から3種類の新しいプラスミド様DNAを同定した。そこで、これらをM1,M2,M3と名付けクローニングし、塩基配列の決定を行った。

 M1,M2,M3の全塩基数はそれぞれ、2,430bp、2,034bp、2,091bpであった。M1は他の3種(M2,M3,B1)よりも約300bp大きく、M1の配列上の約300bpのほぼ共通した領域がM2,M3,B1では欠失していた。このM1上の欠失領域の両端には短い反復配列が見られ、この配列はM2,B1上にもそれぞれ1コピーずつ存在した。M1を基準にしてB1familyの塩基配列を比較したところ、M2,M3,B1は、M1と相同な領域とそれぞれに特異的な領域をもっていた。M2は95%以上の領域がM1と相同であった。また、M2,B1ではM1と相同性をもたない領域がまとまって存在したが、M3では相同な領域と相同ではない領域が短い間隔で交互に存在していた。さらにM1,M2,M3は、イネのB2,B3やトウモロコシの1.9-kbプラスミドとの短い相同領域を持っていた。こうした構造上の比較より、進化の過程におけるB1familyの分化に関する仮説を提唱した。まず、イネ属が各ゲノムタイプに分化する前に、共通の祖先となる、M1に似た原型分子が存在していた。DNA複製時に、M1の配列上に見られたような短い反復配列を介したslipped mispairingなどの機構による欠失変異が起こり、原型分子からM3,B1,M2が順に形成されたと思われる。

 イネ属植物におけるB1〜B4familyの分布の調査と、B1familyの分化の仮説より、イネ属植物の進化の過程における、B1〜B4familyの分化の過程を推察した。イネ科からイネ属が分化する以前には、プラスミド様DNA familyの起源となる原型分子が存在しており、イネ属が分化したときにはB1〜B4familyの原型分子が形成されてあいたと考えられる。そして、イネ属の各ゲノムタイプが分化するまでには、ほぼ現在の塩基配列の構成と同じと思われるプラスミド様DNA familyが形成されていたと考えられる。さらに系統分化の前後に、プラスミド様DNA familyの不規則な脱落が生じ、分布が多様になっていったと考えられる。この不規則な脱落の要因として、微小な変異が塩基配列上に蓄積したため、複製能の低下や分配の不均一が起こったことが考えられる。また核内相同配列は、プラスミド様DNA familyが現在の配列に近づいたのちに核ゲノムヘの転移を始あめ、現在までに形成されたと考えられる。

3.プラスミド様DNAの転写産物

 いくつかの植物種において、ミトコンドリアの環状プラスミド様DNAは転写されていることが報告されている。そこで、イネにおけるプラスミド様DNAの機能に関する知見を得るために、B1〜B4の転写を調べた。まず、B1〜B4をもつIndica亜種のChinsurah Boro IIの黄化幼植物体および振盪培養細胞からミトコンドリアRNAを抽出してノーザンハイブリダイゼーションを行った。B1〜B4のRNAプローブを用いたところ、黄化幼植物体および振盪培養細胞で同じサイズのシグナルが複数確認され、また一方向にのみ転写されていることが明らかになった。さらに転写産物のなかには、それぞれのプラスミド様DNAよりもサイズが大きいものが確認された。そこで、B1〜B4の全塩基配列を増幅できるようなプライマーの組み合わせでRT-PCRを行ったところ、B1〜B4とそれぞれサイズが一致するPCR産物が得られた。このことから、B1〜B4は一周以上の巨大な転写産物として転写されたのち、プロセシングなどを受けて、特定のサイズになっていることが示唆された。また、B1〜B4の部分的な配列をプローブとしたノーザンハイブリダイゼーションや、RNaseプロテクション法により、B1〜B4の転写産物に該当する領域を大まかに決定した。その結果、B1,B2,B3では転写の向きと一致する100bp以上のORFを含む領域が転写されていることが明らかになった。しかし、データベース検索の結果、B3のORFだけが報告されている遺伝子と部分的な相同性をもっていたが、他のORFに相同なものは見つからなかった。したがって本研究の結果からはプラスミド様DNAの機能を特定することはできなかった。しかし転写産物の同定ができたことにより、RNAを介したDNAの転移機構によってB1〜B4の核内相同配列が形成されたとする仮説を補足することができた。

 以上まとめると、本研究ではまず、イネ属植物におけるミトコンドリアのプラスミド様DNA familyの有無の様子を調べた上、それらの塩基配列上の差異を検出し、さらに核内相同配列を調べることにより、イネ属植物の進化の過程における系統分化とプラスミド様DNAの分化や分布の多様性との関連を明らかにした。また、B1〜B4の転写産物を同定し転写領域をおおよそ決定することで、プラスミド様DNAが転写方向の決定や転写後調節などの転写制御を受けている可能性を示唆し、プラスミド様DNAの機能に関する知見を得た。

審査要旨

 イネのミトコンドリアでは、メインゲノムに加えて約1〜2kbの分子量をもつ4種の小環状プラスミド様DNA(B1,B2,B3,B4)が、栽培イネ(Oryza sativa)で同定されているが、その機能や起源は不明である。O.sativaではIndica亜種などでB1〜B4の有無の組み合わせ(分布)が多様であり、イネの品種分化との関連が示唆されていた。

 そこで、B1〜B4の形成過程や分布の多様性と、イネ属植物の分化との関連を探るため、またプラスミド様DNAの機能に関する基礎的な知見を得るため、以下の研究を行った。

1.イネ属内におけるミトコンドリアのプラスミド様DNAの分布

 イネ属植物のうちAA、BB、BBCC、CC、CCDD、EEの各ゲノムをもつ14種40系統の野生イネの全DNAを用い、B1〜B4をプローブにしたサザンハイブリダイゼーションを行った。その結果、AAゲノムをもつ野生イネ系統では、B1〜B4に非常によく似た小環状DNA(B1〜B4family)を、CC、CCDDゲノムをもつ系統からはB1、B2familyを確認したが、BB、BBCC、EEゲノムをもつ系統ではシグナルが確認されなかった。

 次に、AAゲノムについてより詳細に調べた。B1〜B4familyの分布は、O.sativaと同様に多様であった。PCR based RFLP法により、B1〜B4familyには塩基置換・欠失・挿入などの微小な変異が存在する事を明らかにした。また、B1〜B4familyの有無に関わらず核内相同配列のシグナルが碓認され、これらはRFLPを示した。

2.CC、CCDDゲノムをもつ系統のB1familyの同定と分子進化

 CC、CCDDゲノムをもつ系統から3種類の新しいプラスミド様DNA(M1、M2、M3)を同定した。それぞれの全塩基数は2,430bp、2,034bp、2,091bpであった。M1の配列上の約300bpのほぼ共通した領域がM2、M3、B1では欠失しており、このM1上の欠失領域の両端には短い反復配列が見られた。塩基配列の構造上の比較より、進化の過程においてM1に似た原型分子からM3、B1、M2が順に形成されたという仮説を提唱した。

3.プラスミド様DNAの転写産物

 イネにおけるB1〜B4の機能に関する知見を得るために転写を調べた。O.sativa cv.Chinsurah Boro IIのmtRNAを抽出して、RNAプローブによるノーザンハイブリダイゼーションを行っこところ、複数のシグナルが検出された。異なる組織で同じパターンが見られ、転写の方向も明らかになった。またRT-PCRの結果、B1〜B4の一周以上の巨大な転写産物が転写後調節を受け、それぞれのサイズになっていることが示唆された。さらに部分的なプローブによるノーザンハイブリダイゼーションやRNaseプロテクション法により、B1〜B4の転写領域を大まかに決定した。こうした結果、B1〜B4の転写産物の同定により、RNAを介したDNA転移機構により核内相同配列が形成したとする仮説を補足することができた。

 以上まとめると、本研究ではまず、イネ属植物におけるミトコンドリアのプラスミド様DNA familyの有無の様子を調べた上、それらの塩基配列上の差異を検出し、さらに核内相同配列を調べることにより、イネ属植物の進化の過程における系統分化とプラスミド様DNAの分化や分布の多様性との関連を明らかにした。また、B1〜B4の転写産物を同定し転写領域をおおよそ決定することで、プラスミド様DNAが転写方向の決定や転写後調節などの転写制御を受けている可能性を示唆した。

 よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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