学位論文要旨



No 112677
著者(漢字) 金,衝坤
著者(英字)
著者(カナ) キム,チュンゴン
標題(和) アワノメイガとその近縁種の進化および種分化に関する分子系統学的研究
標題(洋)
報告番号 112677
報告番号 甲12677
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1740号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生産・環境生物学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田付,貞洋
 東京大学 教授 難波,成任
 東京大学 助教授 永田,昌男
 東京大学 助教授 石川,幸男
 東京大学 講師 久保田,耕平
内容要旨

 アワノメイガ(Ostrinia fur nacalis)はメイガ科ノメイガ亜科に属する昆虫であり、日本では古くからトウモロコシの害虫として知られている。日本産の近縁種としては、豆類の重要害虫であるアズキノメイガO.scapulalisをはじめ、フキノメイガO.zaguliaevi、ニセアワノメイガO.orientalis、ゴボウノメイガO.zealis、ウスジロキノメイガO.latipennis、ユウグモノメイガO.palustralisが知られている。また、ヨーロッパ、北アメリカにはニセアワノメイガと酷似しているヨーロッパアワノメイガO.nubilalisが存在する。これらの種は互いに外部形態が酷似するものを含み、さらに寄主植物が重複する種が多いため、同定することが難しい。

 本研究の目的は、1)Mutuura & Munroe(1970)により提示された日本産アワノメイガの近縁種の系統関係を、ミトコンドリアDNA(mtDNA)のCOII遺伝子の塩基配列を利用して再検討する、2)Ostrinia属のmtDNAの分子進化パターンを解析する、3)Ostrinia属各種の種内変異の大きさ・パターンをCOII遺伝子を利用して解析する。4)分子系統樹を用いて生物学的諸性質の進化の様子を解明することである。

1。Mutuura & Munroeの仮説

 世界のOstrinia属は雄生殖器の形態によって3つの種グループに区分された(Mutuura & Munroe1970)。その内、日本にはグループIIとグループIIIの一部の種が分布している。グループIIの形態的特徴は、雄生殖器のuncusの先端が2山型になっていることであり、日本にはO.palustralisとO.latipennisが分布している。O.palustralisとO.latipennisはいずれも外部形態で容易に他から判別できる。

 グループIIIは雄生殖器のuncusの先端が3山型になっている。日本ではO.furnacalis、O.scapulalis、O.orientalis、O.zaguliaevi、O.zealisがこのグループに属する。日本に分布していないO.nubilalisもこのグループに含まれる。日本は、このグループの分布の中心である。

 Mutuura & Munroe(1970)は、さらにグループIIIを雄中脚けい節の構造に基づいてsmall-tibiaサブグループとlarge-tibiaサブグループに分類した。O.furnacalis、O.orientalis、O.nubilalisはsmall-tibiaサブグループにO.zaguliaevi、O.zealisはlarge-tibiaサブグループに属する。

 本研究ではまず、PCRとdirect sequencing法を用いて、日本産Ostrinia属の7種とO.zaguliaeviの近縁種(未記載)およびO.nubilalisからそれぞれ1個体ずつを使用してCOII遺伝子全体682bpの塩基配列を決定して系統解析を行った。さらに各種の種内変異を調べるため、種あたり2から17個体ずつ計47個体についてCOII遺伝子の一部454bpの塩基配列を決定し、分析した。

2。COII遺伝子の塩基置換パターン

 Ostrinia属のCOII遺伝子は682bpの塩基配列で構成され、227のアミノ酸をコードしていると考えられ。さらに3’末端には終止コドンにTが付加していると考えられる。Ostrinia属内では挿入/欠失は観察されなかった。また、塩基組成に関しては高いA+T率(76-77.4%)を示し、さらに第3コドンpositionでは、極端に高いA+T率(94.5%の)が観察された。

 Ostrinia属全体で観察された塩基置換72の内、非同義置換は17、同義置換は55であった。グループIII内における塩基置換率は平均1.68%で、グループIIとIIIの間では平均6.24%の塩基置換が認められた。

 一般に,近縁種のmtDNAの間では、transition型置換に偏る傾向が見られるが、この特徴は類縁の遠い分類群間では見られないことが知られている。Ostrinia属のCOIIにおいてもこの傾向が観察された。すなわち、塩基置換率が低い(1%-2.3%)グループIIIの種同士ではtransitionの比率が70%以上であった。塩基置換率が5%-7%のグループIIとグループIIIの間では、transitionの比率は60%であった。

 Ostrinia属のCOII遺伝子の塩基置換の特徴は、昆虫全般に観察される特徴と一致していた。

3。分子系統樹[COII遺伝子682bpの系統解析]

 COIIの全塩基682bpの配列情報に基づいて2つの最節約系統樹を作成し、ブーツストラップ確率を用いて評価をした。いずれもMutuura and Munroe(1970)の2つのグループ分けを支持したが、グループIIIのサブグループ分類は支持されなかった。しかしグループIIIに属する種の系統関係ははっきりしなかった。

[COII遺伝子部分配列454bpの種内変異]

 前節のCOII系統樹解析では種内変異を考慮していなかった。そこで、次に種内変異から先の系統樹トポロジーの正確性、各種の種内変異の大きさと頻度、寄主植物による遺伝的分化などを確かめることにした。日本産7種とその他2種を加えた合計9種、計47個体のCOII遺伝子部分配列(454bp)を個体別に比較し、20のmtDNAタイプを得た。グループIIIの中では、O.furnacalis以外の種ではいずれも種内多型が観察された。20タイプの最節約系統樹を作成し、先の682bpの解析結果に種内変異を加味すると、グループIIとIIIはそれぞれ単系統性を示すが、グループIII中の種間の系統関係は明確にならず、多分岐である可能性が示された。

[Ostrinia属の種の系統関係]

 682bpと454bpの系統樹を総合し、最もコンセンサスな系統樹を作ると、グループIII内は多分岐になり、グループII,IIIはそれぞれ単系統であった。

 グループIIとグループIIIは単系統群として確認できたが、グループII内の種間差異はグループ間差異に相当するほど大きかった。一方、グループIII内の変異は種内変異と重複するほど小さかった。従って、グループIIIの種は非常に近縁であるというMutuura and Munroe(1970)の考えを支持することができた。グループIIIの種における塩基置換率は、Yponomeuta属の蛾の種群(Sperling et al.1995)と比べると、極端に小さい値ではないが、動物一般に見ると大きいとは言えない。このことからOstrinia属グループIIIの種分化はごく最近に起きたとは考えにくい。種内変異に関する結果を考慮するとグループIIIの種は多分岐の可能性がある。したがって、どの種も短い時間に種分化した可能性が高いと考えられた。同時に、種分化した時点での祖先のmtDNA多型が影響している可能性もある。グループIII内のサブグループ区分は、積極的に支持することはできなかった。しかし、「グループIIIのmtDNAが種別に単系統であり、しかもMutuura and Munroe(1970)のトポロジーである」という可能性は非常に低いと考えられた。グループIIIの種の系統関係としてMutuura and Munroe(1970)の仮説が正しいかどうかは、積極的には肯定も否定もできなかった。「種分化は進化的な意味で短期間に集中して起きたものであり、長期間に漸進的に進行したのではない」と考えるとMutuura and Munroe(1970)の仮説と矛盾しない。

[地理的変異]

 屋久島のツワブキから採集された未記載のO.sp.(ツワブキ系統)は、本土産のフキにつくO.zaguliaeviに形態的には最も近縁であることが知られているが、COII遺伝子ではO.zaguliaeviと明瞭な差異が見られ、遺伝的にも差異が見られた。一方、奄美大島産と本土産のO.scapulalis COII遺伝子を比較しても、それらの塩基配列にはほとんど違いがなかったことから、アワノメイガに近縁などの種にも南西諸島に特異的な地理的変異が必ずしもあるわけではないと考えられた。

4。Ostrinia属の諸形質の進化

 本研究で材料としたOstrinia属には、幼虫の寄主植物、成虫の異性間交信システム(雌性フェロモン成分の化学組成、雌のコーリング行動)、第二次性徴(雄成虫の腹部毛束の形状)等の形質に顕著な変異が報告されている。それらの形質の一部は種特異的であるが、種内で多型的なものも含まれる。これらの変異性を、先に議論したOstrinia属の系統関係と統合することにより、生物学的に興味深い形質の進化動態を考察した。

 その結果、グループIIIを多分岐と考えるコンセンサス系統樹を採用すると、すべての形質について、進化の方向性・頻度に関する一般化はできないと考えられた。同じ形質状態が複数回、独立に進化した可能性も考えられた。この結論は、他の昆虫における観察例と矛盾しないと考えられる。また、Mutuura and Munroe(1970)の系統樹を採用すると形質の進化回数はより低く推定されるが、分子系統解析の結果もあわせて考慮すると、種分化や生態学的に重要な諸性質は短期間に進化したと考えられる。異性間の交信システムが漸進的ではなく急速に進化する、という考えは、Drosophila athabascaの半種群でも提出されている。

 以上の通り、日本産Ostrinia属のCOII遺伝子の塩基配列682bPを解析し、分子進化パターンを明らかにするとともに配列間の系統関係を検討した。続いてCOII遺伝子の部分配列454bPについて多数個体を比較し、種内の変異を解明した上で、Ostrinia属の種間の系統関係をより詳しく考察した。最後に、既知の生物学的情報を系統情報と統合して、Ostrinia属における諸形質の進化動態を考察した。

審査要旨

 Ostrinia furnacalis(アワノメイガ)はメイガ科ノメイガ亜科に属する昆虫であり、日本ではトウモロコシの重要害虫である。日本産の同属種には、豆類の重要害虫であるO.scapulalis(アズキノメイガ)をはしめ、O.zaguliaevi(フキノメイガ)、O.orientalis(ニセアワノメイガ)、O.zealis(ゴボウノメイガ)、O.latipennis(ウスジロキノメイガ)、O.palustralis(ユウグモノメイガ)が知られている。これらには外部形態が酷似するものが含まれ、また寄主植物が重複する種が多いため同定が困難である。本研究の目的は、1)Mutuura & Munroe(1970)により提示された日本産アワメメイガ属の系統関係をミトコンドリアDNA(mtDNA)のCOII遺伝子の塩基配列を利用して再検討すること、2)Ostrinia属のmtDNAの分子進化パターンを解析すること、3)Ostrinia属各種の種内変異の大きさ・パターンをCOII遺伝子を利用して解析することである。

1.Mutuura & Munroeの仮説

 世界のOstrinia属は雄生殖器の形態により3つの種グループに区分され、そのうち日本にはグループIIとグループIIIが分布する。グループIIはO.palustralisとO.latipennisの2種で、いずれも外部形態で容易に他から判別できる。グループIIIはO.furnacalis、O.orientalis、O.scapulalis、O.zaguliaevi、O.zealisの5種である。グループIIIはさらに雄中脚けい節の構造に基づいてsmall-tibiaサブグループとlarge-tibiaサブグループに分類され、O.furnacalis、O.orientalisがsmall-tibiaサブグループに、O.scapulalis、O.zaguliaevi、O.zealisがlarge-tibiaサブグループに属する。

2.COII遺伝子の塩基置換パターン

 Ostrinia属のCOII遺伝子は682bpの塩基配列で構成され、227のアミノ酸をコードしていると考えられる。グループIII内における塩基置換率は平均1.68%で、グループIIとIIIの間では平均6.24%の塩基置換が認められた。一般に近縁種のmtDNAの間ではtransition型置換に偏る傾向が見られるが、Ostrinia属のCOIIにおいてもこの傾向が観察され、塩基置換率が低い(1%-2.3%)グループIIIの種同士ではtransitionの比率が70%以上であった。塩基置換率が5%-7%のグループIIとグループIIIの問では、transitionの比率は60%であった。塩基置換の特徴は、昆虫全般に観察される特徴と一致していた。

3.分子系統樹

 COIIの全塩基682bpの配列情報に基づいて最節約系統樹を作成し、ブーツストラップ確率を用いて評価をしたところ、Mutuura and Munroe(1970)の2つのグループ分けを支持したが、グループIIIのサブグループ分類は支持されずグループIIIに属する種の系統関係ははっきりしなかった。次に種内変異から先の系統樹トポロジーの正確性、各種の種内変異の大きさと頻度、寄主植物による遺伝的分化などを確かめるため、日本産7種とその他2種を加えた合計9種、計47個体のCOII遺伝子部分配列(454bp)を個体別に比較し、20のmtDNAタイプを得た。グループIIIの中では、O.furnacalis以外の種ではいずれも種内多型が観察された。20タイプの最節約系統樹を作成し、先の682bpの解析結果に種内変異を加味すると、グループIIとIIIはそれぞれ単系統性を示すが、グループIII中の種間の系統関係は明確にならず、多分岐である可能性が示された。682bpと454bpの系統樹を総合し、最もコンセンサスな系統樹を作ると、グループIII内は多分岐になり、グループII、IIIはそれぞれ単系統であった。グループIII内の変異は種内変異と重複するほど小さく、グループIIIの種は非常に近縁であることが示された。

 以上要するに、本論文は重要害虫アワノメイガを含む日本産Ostrinia属7種のCOII遺伝子の塩基配列682bpを解析して分子進化パターンを明らかにするとともに、配列間の系統関係を検討し、続いてCOII遺伝子の部分配列454bpについて多数個体を比較して種内の変異を解明した上で、これらの結果を総合して形態学的分類が困難な日本産Ostrinia属の種間の系統関係を詳しく考察したもので、従来の分類体系に理論的基礎と多くの示竣を与え、また応用上も本属害虫の正確な種と系統学的位置関係の確定に多大の知見を与えるもので高い価値を有すると認められた。

 よって、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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