本論文は、光合成において重要な役割を演じるクロロフィル生合成に関わる新規化合物の合成、生理作用、活性発現機構に関する研究結果をまとめたものであり、序論のほか3章からなっている。 まず、序論において光合成におけるクロロフィルの役割、その生合成酵素の阻害物質についての既往の研究結果ならびに除草剤への利用について述べたのち、第一章では、光合成能を有するタバコ培養細胞を用いた光合成阻害物質検定系の構築、既存の白化型除草剤の構造的特徴ならびにそのクロロフィル生合成酵素阻害機構に基づく新規活性物質のデザインとリード化合物の基本的構造(1)の設定、その構造修飾による一連の化合物の合成、さらに構造活性相関の検討結果について述べている。その過程で、もっとも強い活性を有するものとして化合物2を見出し、以下の章に述べる研究に供した。また、化合物2を含むいくつかの化合物について除草活性を調べ、それら一連の化合物についての構造修飾による新しい型の除草剤創製の可能性を示した。 第二章においては、化合物2の作用性ならびに作用発現機構についての追究結果を、既知白化型殺草物質であるS-23142と対比しつつ述べている。2はタバコ培養細胞に対して、光条件下において白化作用を示すが、その作用はクロロフィル生合成阻害により生じたポルフィリンの光増感作用により誘導された一重項酸素によるものであることを、エタンならびにマロンジアルデヒドの生成、アミノ酸漏出などにより確認した。この作用は、S-23142の作用機構に類似しているが、光に関する作用スペクトルが異なること、またS-23142はエチレン生成を促進するのに対し、2はエチレン生成を阻害するということから、異なる作用点を有することが示された。また、エチレン生成阻害は、2が植物ミトコンドリア呼吸鎖電子伝達系におけるexternal NADH dehydrogenaseを阻害することによるATP生成の抑制に起因することも明らかにされた。以上の結果は、2の活性発現が、S-23142の活性発現機構、すなわちクロロフィル生合成における酵素の一つであるProtoxの阻害とは異なるものであることを示している。その作用部位を特定するため、2でタバコ培養細胞を処理した際に生成する蛍光物質のうちで主要な2物質の構造解明を試みた。紫外・可視部吸収スペクトル、蛍光スペクトル、マススペクトルを詳細に検討した結果、当該蛍光物質はクロロフィル生合成経路上ある既知物質には一致しないが、その中間体に関連したポルフィリン様物質である可能性が示された。 以上の結果、新規白化誘導物質2はクロロフィル生合成を阻害することが明らかにされたが、その阻害部位を特定するための検定系の構築を行った。ホウレンソウから単離した葉緑体のストロマ画分にクロロフィル生合成の前駆体である5-アミノレブリン酸を加えと強い蛍光を発するクロロフィル生合成中間体であるProto IXが生成する。これを材料とし、蛍光プレートリーダーを用いる検定系の構築を試みた結果、従来の検定法よりも100倍の感度を有し、簡便かつ迅速に測定可能な検定系を構築することができた。これを用いて2による作用部位を調べた結果、Proto IXの段階までの阻害は認められなかった。さらにProto IXからMg-proto IXメチルまでの生合成経路における阻害活性をエチオプラストを用いて検定したが、その段階でも2による阻害は認められなかった。それ以降の生合成段階における阻害活性を調べるために、放射性標識した5-アミノレブリン酸を投与する実験を行ったが、2の存在下においては取り込みが非常に低く、それによる変換実験は現在までのところ成功していない。以上の結果を要約すると、2はクロロフィル生合成経路において、Mg-proto IX以降のいずれかの段階を阻害するか、あるいはクロロフィル生合成中間体について生合成経路から逸脱した変換物生成に関与することにより、その光増感作用によって白化活性を示すものと考えられる。他方、2はexternal HADH dehydrogenaseを阻害することによってATP生成を抑え、それが白化作用に何らかの関連性を有する可能性もある。以上の現象を解明することにより、クロロフィル生合成に関する新しい知見を得ることが期待できるのみならず、それを新規除草剤の創製に積極的に利用する方途もあり得るものと考えられる。 以上、本論文は、光合成において重要な役割を演じているクロロフィルの生合成に関係した課題において興味ある成果を提示したものであり、学理的ならびに実用的見地から価値ある点が少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |