学位論文要旨



No 112689
著者(漢字) 王,敬銘
著者(英字) Wang,Jing-Ming
著者(カナ) ワン,ジンミン
標題(和) 新規植物白化誘導物質2-N-フェニルアミノメチリデン-1,3-シクロヘキサンジオン系化合物の作用機構および作用特性に関する研究
標題(洋) Studies on the Mode of Action of Phenylaminomethylidene-cyclohexadione Derivatives,a Series of New Compounds Inducing Photo-bleaching in Tobacco Cells
報告番号 112689
報告番号 甲12689
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1752号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 室伏,旭
 東京大学 教授 茅野,充男
 東京大学 教授 瀬戸,治男
 東京大学 教授 北原,武
 東京大学 助教授 山口,五十麿
内容要旨

 ポルフィリン骨格を有するクロロフィルは、光エネルギーを捕捉して光合成化学系反応中心に伝達することで、光合成エネルギー転換系における中心的な役割を果たしている。その一方、クロロフィルならびにその生合成中間体(ポルフィリン)は、光増感作用により生体に極めて毒性の高い活性酸素を作りだす能力を有している。生体中にポルフィリンが蓄積されると、様々な障害を引き起こすことから、クロロフィル生合成・代謝とその調節機構を解明する研究は、農業や医療への応用上極めて意義深く、多くの研究者が様々な方面からその解明に取り組んでいる。しかし、クロロフィルの生合成・代謝とその調節機構の解明にはまだ未知の部分が多い。そのような状況の中で、ポルフィリンの蓄積を直接引き起こす化学物質が次第に発見されつつある。それら化合物の作用機構に関する研究を重ねることにより、クロロフィル生合成・代謝とその調節機構の解明に至る知見が蓄積されるものと考えられる。植物にポルフィリンの蓄積を誘導する物質として、ジフェニルエーテルなどの光要求型除草剤が知られている。これらの除草剤で処理した植物は、光条件下で蓄積したポルフィリン(プロトポルフィリンIX;略称Proto IX)の影響により白化・枯死することが知られている。これらの除草剤は、クロロフィル生合成系におけるプロトポルフィリノーゲン酸化酵素(Protox)を特異的に阻害することが明らかにされているが、その作用機構の詳細について解明されていない部分がまだ多く残されている。他方、実用面から見ると、クロロフィル生合成系は植物特有な生合成経路であることから、それを利用して動物との間に極めて選択性の高い毒性物質、すなわち除草剤を開発することが可能である。さらに、ポルフィリン蓄積を誘導する新規な活性物質を見い出すことは、クロロフィル生合成・代謝とその調節機構の解明という大きな目標に近づくためのアプローチになる得るものである。これらのことを念頭におき、以下の研究を行った。

1.新規植物白化誘導化合物の合成と活性

 植物細胞中にポルフィリンの蓄積を誘導する化合物として最もよく研究されているのは、ジフェニルエーテルを初めとするProtox阻害物質であり、現在までに10種類以上のProtox阻害型除草剤が開発されている。それらは異なる化合物群に属するにもかかわらず、Protoxに対して拮抗的な阻害活性を示すことが明らかにされている。近年、X線結晶解析などアプローチにより、上記阻害剤の構造的特徴とポルフィリンの構造的特徴に関する知見が多く蓄積されてきた。既存のProtox阻害剤は共通な化学構造として二環性構造を有しており、かつこの構造はポルフィリン骨格の半分構造に類似性を有している。以上のことより、本研究においては、新規阻害剤を創出するために、既存Protox阻害剤の共通の化学構造上の特徴を考慮して、種々のフェニルアミノアルキリデン環状ジオン化合物を合成した。合成化合物の活性は光合成能を有するタバコ培養細胞の白化状態を調べることにより検定した。その結果、合成合物中フェニルアミノメチリデンシクロヘキサン-1,3-ジオン化合物は(図1.参照)、タバコ培養細胞に白化誘導活性を示すことを見い出した。その白化誘導作用は、既存Protox阻害剤と同様に光条件下で活性を示すことが明らかになった。また、除草剤の検定試験においても、これらの化合物は活性を示した。

図1.新規植物白化誘導活性化合物の構造式
2.新規植物白化誘導化合物の作用機構と作用特性(1)不飽和脂肪酸の過酸化作用と細胞膜の破壊作用

 Protox阻害剤の最も特徴的な作用は、植物細胞にポルフィリンの蓄積を誘導し、光条件下ポルフィリンの光増感作用による一重項酸素の発生を促し、生体膜の構造と機能に不可逆的な損傷を与えることである。

 新規植物白化誘導化合物は光条件下でタバコ培養細胞中の不飽和脂肪酸の過酸化作用と細胞膜の破壊作用を示した。不飽和脂肪酸の過酸化作用は、一重項酸素スカベンジャー与えることにより顕著に減少したことから、新規植物白化誘導化合物はタバコ培養細胞中に一重項酸素を誘導し、細胞膜の破壊を引き起こすことが示された。

(2)ポルフィリン蓄積効果

 新規植物白化誘導化合物とクロロフィル生合成前駆体である5-アミノレブリン酸(ALA)を同時にタバコ培養細胞に与えると、暗条件下では数種の蛍光物質がタバコ培養細胞中に蓄積した。これらの蛍光物質を分析した結果、それらは未同定ではあるが、ポルフィリン関連物質であることが明らかとなった。これらポルフィリン関連物質は時間経過とともに増加することが示され、さらに、タバコ培養細胞中に蓄積してきたポルフィリン関連物質は新規植物白化誘導化合物の濃度に比例して増加することが示された。一方、光条件下で植物体の白化が進行するにともなって、これらのポルフィリン関連物質は消失することが示された。これらの作用はいずれもProtox阻害剤の作用と類似していることから、新規植物白化誘導化合物の白化作用は、ポルフィリン類の蓄積とその光増感作用により引き起こされたものと結論した。一方、蓄積されたポルフィリン関連物質とクロロフィル生合成における前駆体の一つであるProto IXとを比較したところ、これらのポルフィリン関連物質はProto IXと異なることが明らかにされた。また、新規植物白化誘導化合物とProtox阻害剤をタバコ培養細胞に同時処理すると、Protox阻害剤により特異的に誘導されるProto IXは蓄積せず、新規植物白化誘導化合物単独処理での場合と同様なポルフィリン関連物質が蓄積された。以上のことにより、新規植物白化誘導化合物はProtox阻害剤と異なるターゲットサイトを有することが示唆された。

(3)白化活性を発現する光波長

 既知のProtox阻害剤の白化活性発現に有効な光波長は540nm付近にあると報告されているが、本研究で合成した新規植物白化誘導化合物の活性発現には、440nm付近の光が最も有効であることが示された。このことから、新規植物白化誘導化合物の白化活性を発現するために機能している光受容体は既知のProtox阻害剤の作用によって蓄積するポルフィリンとは異なることが示唆された。

(4)エチレン合成と呼吸鎖電子伝達阻害活性

 新規植物白化誘導化合物は、ポルフィリンの蓄積による白化誘導活性の他に、エチレン合成阻害活性を示した。さらに、これらの化合物は、植物ミトコンドリア呼吸鎖電子伝達系におけるexternal NADH dehydrogenaseに対して強い阻害活性を示した。そのI50は5.8Mであった。

 一方、強力な呼吸鎖電子伝達阻害剤であるアンチマイシンはエチレンの合成を抑制したものの、タバコ培養細胞に対する明瞭な白化誘導活性を示さなかったことから、新規植物白化誘導化合物の白化誘導活性は、呼吸鎖電子伝達阻害に直接関係づけられるものではなく、先に述べたようにポルフィリンと同様の機能を有する物質の蓄積を誘導することにより引き起こされるものと考えられる。また、新規植物白化誘導化合物で処理したタバコ培養細胞に誘導されるポリフィリン関連物質はProto IXと異なる物質であることから、この系統の化合物は、クロロフィル生合成・代謝とその調節機構解明のための新しい低分子プローブとなりうることが期待できる。

3.新規植物白化誘導化合物のクロロフィル生合成阻害の検定

 新規植物白化誘導化合物は、ポルフィリン類の蓄積を促すことから、クロロフィル生合成系に与える影響を調べることにした。クロロフィル生合成系は数多くの生合成反応を包含している。試料化合物のクロロフィル生合成阻害部位を効率よく特定するためには、生合成系を数段階に分けて解析する必要がある。このことを考慮して、以下のような検討を行った。

(1)簡便なクロロフィル生合成阻害剤検定系の構築

 ホウレンソウから単離した葉緑体の可溶性ストロマ画分にALAなどのクロロフィル生合成前駆体を加えると、強い蛍光を示すProto IXが生合成される。ホウレンソウ葉緑体の可溶性ストロマを大量に調製することは可能であるから、それを生物材料として簡便なクロロフィル生合成阻害剤検定系の構築を試みた。蛍光プレトリーダーを用いる検定系の構築を検討した結果、Protox阻害剤の活性検定において、従来の方法より100倍高い感度を有する検定系が得られた。この検定法は一度に96サンプルの同時測定が可能であることから、Protox阻害剤の構造活性相関研究に利用できる極めて簡便且つ有効な検定法である。

(2)新規植物白化誘導化合物のクロロフィル生合成阻害活性検定

 ALAからProto IXまでの生合成阻害活性検定は、上記の簡便なクロロフィル生合成阻害剤検定系を用いて行った。その結果、新規植物白化誘導化合物はこの段階の阻害活性は示さなかった。Proto IXからMg-proto IXメチルまでの生合成阻害活性検定はエチオプラスチドを用いて行った。その結果、新規植物白化誘導化合物は阻害活性を示さなかった。それ以降のクロロフィル生合成阻害活性を解析するために、タバコ培養細胞に14C-ALAを与え、それに対する新規植物白化誘導化合物の効果を調べることにした。しかし、新規植物白化誘導化合物はタバコ培養細胞のALAの取り込みを強く阻害したことから、この段階のクロロフィル生合成阻害活性に関する情報は現在のところ得られていない。これまでに明らかされたように、新規植物白化誘導化合物はポルフィリンと同様の機能を有する物質の蓄積のほか、呼吸鎖電子伝達阻害など複数の作用を有している。このことを考慮すると、新規植物白化誘導化合物のクロロフィル生合成阻害活性を解析するためには、無傷葉緑体での14C-ALAの代謝における新規植物白化誘導化合物の効果を調べる必要があると思われる。

 本研究において、植物細胞にポルフィリンと同様の機能を有する物質の蓄積を誘導する新規活性化合物を見い出した。この系統の化合物は新規除草剤のリード化合物となりうることが期待できる。今後、本研究がポルフィリン生合成・代謝とその調節機構解明における新たな展開の一つの端緒となるものと考えられる。

審査要旨

 本論文は、光合成において重要な役割を演じるクロロフィル生合成に関わる新規化合物の合成、生理作用、活性発現機構に関する研究結果をまとめたものであり、序論のほか3章からなっている。

 まず、序論において光合成におけるクロロフィルの役割、その生合成酵素の阻害物質についての既往の研究結果ならびに除草剤への利用について述べたのち、第一章では、光合成能を有するタバコ培養細胞を用いた光合成阻害物質検定系の構築、既存の白化型除草剤の構造的特徴ならびにそのクロロフィル生合成酵素阻害機構に基づく新規活性物質のデザインとリード化合物の基本的構造(1)の設定、その構造修飾による一連の化合物の合成、さらに構造活性相関の検討結果について述べている。その過程で、もっとも強い活性を有するものとして化合物2を見出し、以下の章に述べる研究に供した。また、化合物2を含むいくつかの化合物について除草活性を調べ、それら一連の化合物についての構造修飾による新しい型の除草剤創製の可能性を示した。

 第二章においては、化合物2の作用性ならびに作用発現機構についての追究結果を、既知白化型殺草物質であるS-23142と対比しつつ述べている。2はタバコ培養細胞に対して、光条件下において白化作用を示すが、その作用はクロロフィル生合成阻害により生じたポルフィリンの光増感作用により誘導された一重項酸素によるものであることを、エタンならびにマロンジアルデヒドの生成、アミノ酸漏出などにより確認した。この作用は、S-23142の作用機構に類似しているが、光に関する作用スペクトルが異なること、またS-23142はエチレン生成を促進するのに対し、2はエチレン生成を阻害するということから、異なる作用点を有することが示された。また、エチレン生成阻害は、2が植物ミトコンドリア呼吸鎖電子伝達系におけるexternal NADH dehydrogenaseを阻害することによるATP生成の抑制に起因することも明らかにされた。以上の結果は、2の活性発現が、S-23142の活性発現機構、すなわちクロロフィル生合成における酵素の一つであるProtoxの阻害とは異なるものであることを示している。その作用部位を特定するため、2でタバコ培養細胞を処理した際に生成する蛍光物質のうちで主要な2物質の構造解明を試みた。紫外・可視部吸収スペクトル、蛍光スペクトル、マススペクトルを詳細に検討した結果、当該蛍光物質はクロロフィル生合成経路上ある既知物質には一致しないが、その中間体に関連したポルフィリン様物質である可能性が示された。

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 以上の結果、新規白化誘導物質2はクロロフィル生合成を阻害することが明らかにされたが、その阻害部位を特定するための検定系の構築を行った。ホウレンソウから単離した葉緑体のストロマ画分にクロロフィル生合成の前駆体である5-アミノレブリン酸を加えと強い蛍光を発するクロロフィル生合成中間体であるProto IXが生成する。これを材料とし、蛍光プレートリーダーを用いる検定系の構築を試みた結果、従来の検定法よりも100倍の感度を有し、簡便かつ迅速に測定可能な検定系を構築することができた。これを用いて2による作用部位を調べた結果、Proto IXの段階までの阻害は認められなかった。さらにProto IXからMg-proto IXメチルまでの生合成経路における阻害活性をエチオプラストを用いて検定したが、その段階でも2による阻害は認められなかった。それ以降の生合成段階における阻害活性を調べるために、放射性標識した5-アミノレブリン酸を投与する実験を行ったが、2の存在下においては取り込みが非常に低く、それによる変換実験は現在までのところ成功していない。以上の結果を要約すると、2はクロロフィル生合成経路において、Mg-proto IX以降のいずれかの段階を阻害するか、あるいはクロロフィル生合成中間体について生合成経路から逸脱した変換物生成に関与することにより、その光増感作用によって白化活性を示すものと考えられる。他方、2はexternal HADH dehydrogenaseを阻害することによってATP生成を抑え、それが白化作用に何らかの関連性を有する可能性もある。以上の現象を解明することにより、クロロフィル生合成に関する新しい知見を得ることが期待できるのみならず、それを新規除草剤の創製に積極的に利用する方途もあり得るものと考えられる。

 以上、本論文は、光合成において重要な役割を演じているクロロフィルの生合成に関係した課題において興味ある成果を提示したものであり、学理的ならびに実用的見地から価値ある点が少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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