植物の耐塩性機構の一つとして適合溶質を誘導合成し、細胞内外の浸透圧調節を行うことが知られている。適合溶質であるグリシンベタイン(GB)の生合成反応はコリン(Cho)からベタインアルデヒド(BAD)を通じて2段階の酸化反応により進行する。近年、GB合成に関するコリンモノオキシゲナーゼ(CMO)やベタインアルデヒドデヒドロゲナーゼ(BADH)等の遺伝子を植物に導入することが試みられているが、前駆体としてのChoやBADの投与がなければ耐塩性を獲得できず、完全な耐塩性の獲得にはまだ成功していない。 著者はGBの誘導合成に関わる各因子を定量的に捉えるための分析法を開発するとともに、それを用いて栽培植物および実際の塩類土壌で生育した植物におけるGBの誘導合成・蓄積を解析し、GBの誘導と耐塩性の関係を考察した。またGB投与が植物の耐塩性を付与する可能性についても研究を行った。 序論にひき続き第2章では、キャピラリー電気泳動法を用いて、GB誘導合成系の前駆体Cho、中間体BADおよび最終産物GBの分離定量法を開発した。また、この方法は中間体BADの定量も高感度で行えるので、酵素のアッセイ法としても期待でき、植物中の塩ストレス誘導によるCMOの活性評価が可能となった。この研究の対象物質はすべて水溶性でUV吸収を持たないことから、植物の抽出液を直接誘導体化によりUV吸収を持つ陽イオン化合物に変換することとした。反応液を直接電気浸透流のない低pHで泳動することにより、目的物は共存する遊離アミノ酸、他の4級アンモニウムや水溶性低分子物質および未反応の試薬などと再現性よく分離できた。また実際の植物試料を用いて検討した結果、この方法は感度がよく簡便・迅速な分離・定量法として有効であった。 第3章はGreenwayらの分類による塩耐性の異なる9種類の植物を選び、塩負荷の実験を行った。塩ストレス条件下で成長曲線、葉内の水分、無機元素、水溶性タンパク質、クロロフィル、可溶性糖類、プロリンなどの含量を測定し、植物体内の物質の様々な応答を明らかにした。それぞれの植物に対してGBの分離・定量を行ったところ、6種類の耐塩性のある植物からGBを検出した。一方、塩に弱い種からは検出されなかった。さらにGBの誘導パターンと耐塩性との関係を調べた結果、培地塩濃度に比例してGB含量が急増するもの(Type I)と、あまり変化しないもの(Type II)の二種類が存在し、Greenwayらの植物の耐塩性の分類と今回のGBによるタイプ分類とよい対応を示した。この結果は実際の塩類土壌で採取した植物試料における土壌塩濃度とGB生産量の関係とはよい一致を示した。 第4章では、中国塩類土壌地帯で採集した土壌およ植物試料中の構成成分とGBの関係を調べた。場所により土壤化学成分および分布の差異がかなり大きかった。塩分(Na+、Cl-、SO42-)含量の高い土壌では、K、Ca、Mgの含量もわずかながら増加の傾向を示した。採取した植物は土壤中の元素組成の変化を反映していた。植物試料のGB含量を測定したところ、13種類25検体からGBを検出した。採取したワタは、葉の中の塩含量が少なかったが、GB含量は高かった。GB蓄積植物については、GB含有量と耐塩性の関係をある程度タイプ分けできることが示唆された。 第5章はインゲンの水耕液にGB、BADおよびChoをそれぞれ添加し、いずれの化合物も吸収され、葉に蓄積された。GBを蓄積しているものでは明らかな耐塩性の向上が観察された。またChoを投与したインゲンからはBAD、GBは検出されなかった。しかし、BADを投与した実験では、葉からBADおよびGBを検出した。従って、インゲンはCMOは欠損しているが、BADHが存在する可能性が示唆された。一方、実際の作物栽培では市販のGBの添加はコスト上の問題があるため、GB含量が高く、かつNa含量が低いワタをGB源とする添加実験を行い好結果を得た。さらにGB存在下でインゲンに塩ストレスをかけ、水耕栽培および未熟子葉in vitro培養法のいずれの培養法においても、(Na+GB)共存下で誘導される25kDaタンパクを見出した。今後の実用化に向けての検討が期待された。 以上、本論文では植物中のGB合成系関連化合物の新たな定量法を開発し、GBの誘導パターンと耐塩性の関係を明らかにした。またワタの葉をGB源として植物に投与する実用的方法を提案した。植物の耐塩性研究として学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |