脳虚血疾患いわゆる脳卒中による神経細胞死は、脳虚血によって細胞外に過剰に放出されたグルタミン酸により惹起される興奮毒性によるものであると考えられている。この興奮性アミノ酸が原因と考えられる中枢神経疾患は数多く有り、脳虚血疾患いわゆる脳卒中アルツハイマー病、パーキンソン病等が知られている。しかしこれらの疾病に対して有効な薬剤は殆ど知られていない。 本論文はこのような背景に基づき、動物細胞を用いて、微生物の代謝産物からこれらの疾病に有効な薬剤の探索研究を行なったもので、序論及び4章よりなる。 序論では、神経興奮物質であるグルタミン酸の毒性発現メカニズムと、それが関与する疾病に関しての治療上の問題点をレセプターを含めて説明している。 第1章は、神経細胞保護物質のスクリーニングに関して説明している。種々検討を加えた結果、ニワトリ胚初代中脳神経細胞が本実験の目的に適していることが判明した。この系を用いてスクリーニングを行った結果、新規グルタミン酸毒性抑制物質mescengricinを見出した。 また、作用機作の異なるAMPA/KA型レセプターを介した興奮毒性抑制物質のスクリーニングを行なうため、受精卵5日胚由来の初代終脳神経細胞の利用を検討し、新規カイニン酸毒性抑制物質としてkaitocephalinを発見した。 第2章では、mescengricinの理化学的性状および構造決定について説明している。本化合物の生産菌はStreptomyces griseoflavusと同定された。mescengricinの精製は、菌体アセトン抽出物を種々のクロマトグラフィーを組合わせて行い、赤褐色粉末の純品として単離した。本化合物の分子式は、高分解能FAB-MSスペクトルよりC21H20N2O5と決定した。 図1.Mescengricinの構造 mescengricinの構造研究は各種NMRスペクトルの解析により行い、図1に示すような-carboline骨格を有する化合物であることを決定した。本化合物は、ニワトリ胚初代中脳神軽細胞に対するグルタミン酸毒性をEC50値6.0nMで抑制した。mescengricinは抗酸化物質が活性を示すマウス神経芽細胞腫とラット網膜神経細胞とのハイブリドーマであるN18-RE-105細胞には活性を示さなかったため、本化合物のグルタミン酸毒性抑制活性は抗酸化活性以外の作用によるものであると考えられる。 第3章では、kaitocephalinに関して説明している。本化合物の生産菌はEupenicillium sheariiと同定された。kaitocephalinの精製は、菌体アセトン抽出物より種々のクロマトグラフィーを行い、白色粉末として単離された。kaitocephalinの分子式は、高分解能FAB-MSスペクトルより、C18H21N3O9Cl2と決定した。 本化合物の構造は、主に各種NMRスペクトルの解析によって図2のように決定した。次いで、kaitocephalinの相対立体構造を明らかにするために、1H-NMRスペクトルのスピン結合定数に基づく二面角の情報およびNOEスペクトルの解析によって得られた各水素原子間の距離の情報を用いて、コンピューターによる解析を行った。その結果、図2に示すようなkaitocephalinの相対立体配置を決定した。 図2.CR9143の構造 本化合物は、ニワトリ胚初代終脳神経細胞におけるカイニン酸およびAMPAによる毒性を、それぞれ0.68mMおよび0.60mM以上の濃度で抑制した。また、ラット初代海馬神経細胞を用いた場合、kaitocephalinはカイニン酸及びAMPAによる毒性をそれぞれ2.4mMと0.4mM以上の濃度で抑制し、哺乳類におけるグルタミン酸毒性を抑制することが判明した。さらにkaitocephalinは他のグルタミン酸レセプターであるNMDA型レセプターに対して、nMオーダーの強い結合阻害を示すことが判明した。 第4章は、実験の部である。 以上本論文は、神経細胞保護物質であるmescengricinおよびkaitocephalinの単離、構造決定を行い、生物活性を明らかにしたものであって、学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |