学位論文要旨



No 112698
著者(漢字) 金,炫
著者(英字)
著者(カナ) キム,ヒョン
標題(和) 韓国と日本における温泉地の景観評価に関する比較研究
標題(洋)
報告番号 112698
報告番号 甲12698
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1761号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 熊谷,洋一
 東京大学 教授 井手,久登
 東京大学 教授 永田,信
 東京大学 助教授 下村,彰男
 東京大学 助教授 斎藤,馨
内容要旨

 韓国では、現在温泉リゾートへの関心が大変高まっている。特に、1981年に温泉法が施行されて以来その動きが一挙に加速され、韓国の全国各地で温泉地開発が活発に進められている。しかし、これら近年の温泉地開発は、快適な滞在・居住空間のあり方について十分に検討されておらず、都市計画による機械的な区画整理や単なる行政の施策の流行として画一的な整備がなされているとの指摘も多い。本来、温泉地の景観はそこに暮らす住民や利用者が快適に生活・滞在できるように形成されるべきであり、地域の特徴を表わす景観が形成されるべきである。こうした観点からの景観計画論の構築が急務である。

 一方日本においては、温泉地は長い形成の歴史を持つが、近年滞在空間として再び注目されており、その景観のあり方について同様に論議されている。

 そこで本研究は、韓日両国における温泉地を取り上げ、どのような景観が宿泊拠点として、そして温泉地として人々に好ましく感じられるかを明らかにし、真に魅力ある温泉地景観のあり方やそれらに関する両国の差異について考察した。つまり温泉地景観計画に資するために、温泉地の魅力や特徴を創り出すための基礎的な資料を提供することを意図したものである。

 本論文は5章から構成されている。

 第I章では、本研究の背景、目的、対象地について述べ、さらに研究の進め方の立脚点を明確にして、温泉地研究の中での本研究の位置づけを行った。

 本研究の目的は以下のように設定した。(1)韓国の温泉地開発の現状を把握するとともに、法制度を中心とした韓日両国の相違点の分析を通して韓国における温泉地開発の特徴を明らかにし、韓国での温泉地開発の今後の課題を考察する。(2)韓日の温泉地における街路空間と街路景観の実態を明らかにし、現状の温泉地景観の特徴を把握する。(3)韓日両国の温泉地の景観評価構造と両国の差異を明らかにし、韓国における今後の温泉リゾート地の景観のあり方に関して考察することの3点である。

 研究の対象地としては、韓国において、宿泊施設やレクリエーション施設などの集積があり、それが資源となって明確な温泉街が形成されている水安堡温泉、白岩温泉、釜谷温泉を選定した。一方日本においては、伝統的な温泉地景観を有する代表格であり、独自に景観条例を制定し、伝統的な町並みの保存に努めている城崎温泉を対象地とした。

 第II章では、韓国における温泉地の現状や開発制度そして韓日両国における関連法の比較・分析を通して韓国における温泉地開発の特徴を明らかにした。

 まず、韓国における温泉地区の現況や開発制度および開発の手順を整理し、韓国の温泉地開発の実情を把握した。さらに、韓日における温泉法の内容を比較・整理し、それらの結果を考察した。

 その結果、(1)韓国では「温泉」を温泉地つまり空間や場所として捉えているのに対し、日本では泉源あるいは泉水として把握している。そのため空間整備の進め方に関する制度が韓国の方が明確である。(2)韓国では温泉地開発を全国的な観光・レクリエーション振興の一環として位置づけ、現在活発に推進しているのに対し、日本では長い歴史の中でその健康・医療との関わりが強く意識されており、制度面でも泉源保護に力点が置かれていること、の2点が明らかになった。

 そして、(1)韓国の温泉地では制度が明確に規定されているが故に計画が画一的になりがちであり、地域性の反映や周辺環境との調和という点で問題が生じる可能性が高く、温泉地らしさを創出していく必要がある。(2)都市周辺のレクリエーション施設としての日帰り温泉地と、観光・リゾート空間としての宿泊型温泉地について、各々に計画や開発のあり方を検討していく必要がある等の課題も考察された。

 第III章では、韓日両国の温泉地の景観を街路の側面から捉え、街路空間及び街路景観の実態を明らかにした。

 まず、街路空間に関しては、街路構造に関する基本的な3項目(幅員、線形、歩道の有無)と周辺土地利用の計4項目を取り上げ街路空間をタイプ分類した。そして4温泉地における各タイプの分布調査を通して、街路空間の構成について比較・検討を行い、以下の点を明らかにした。(1)白岩温泉及び城崎温泉は歴史的な集積と地形に沿ったシンボル街路が存在し、水安堡温泉や釜谷温泉に比べて中心性がより明確である。(2)韓国の3温泉地では、沿道の土地利用の混在と、比較的広い道路幅員によって特徴づけられる混在型街路が多く見られる。これが韓国における温泉地景観の印象を画一的で希薄なものにする一因となっていると考えられる。(3)日本の城崎温泉は韓国の3温泉地に比べて、存在する街路空間のタイプが多様であり、これが観光体験の幅を広げることと結びついていると考えられる。

 また、街路景観に関しては、韓国と日本の対象4温泉地において各々主要道路を1本づつ取り上げ、ファサードの色彩と形態について分析した。色彩に関しては基調色と強調色の2面から調査・考察を行った。その結果以下の点が明らかになった。(1)基調色に関しては、韓国では全体的に無彩色が中心であること、そして他の色彩では類似した色調と変化に富んだ色相を有しているのに対し、日本の場合はむしろ色調に多様性が見られ、色相に関しては伝統的な木造建物の集積から茶系統が中心である。特に、屋根の色彩は色相・色調ともにそろっており、景観全体の色彩に統一感を与えている。(2)一方、強調色に関しては、韓国では色相・色調ともに多様である中で、特に赤・黄・青・緑などのビビッド色への集中がみられるのに対し、日本の城崎温泉では無彩色が圧倒的に多く、全体的に調和がとれている。しかし日除けに関しては鮮明色であり、街並への影響も大きい。

 次に、各温泉地のファサードの形態については、以下の点が明らかになった。(1)韓国3温泉地では、近代建築が多いことからその輪郭線が全般的に単純であるのに対し、伝統的な建築物が多い日本の城崎温泉の場合は輪郭線が複雑である。(2)城崎温泉ではファサードを構成する建築物の規模や形態がそろっているため、街並に連続性が感じられるのに対し、韓国では特に釜谷温泉と水安堡温泉において建物の規模やプロポーションがそろっていないこと、また突出看板が存在することから街並の連続性に欠ける点が注目された。しかしながら韓国においても、白岩温泉では緑地の存在により連続性が保たれている点が注目された。

 以上、街路景観の色彩及び形態の分析から(1)豊かな滞在空間としては各地域のコンセプトに合わせたファサードの色彩・形態などに関するデザインコードの設定が必要である。また、(2)白岩温泉の例に注目すると、緑の存在の有無によってファサードの印象が異なることから、人工物の集積の中への緑地の取り込みが重要であるなどの課題が考察された。

 第IV章では、韓日両国における宿泊拠点としての好ましさや温泉地らしさに関する評価構造の特性を明らかにした。

 まず、第3章の街路分析で用いた4つの項目に、景観に直接関係すると考えられる4項目(並木、舗装、街灯、自然隣接度)を補足し、これら8項目を指標に、全街路を対象にクラスター分析を行い、街路景観という観点から街路をタイプ分類した。そしてその分析を基に、韓国側では24の街路、日本側では18街路の計42街路を抽出した。次に、各街路を代表する写真42枚を選び出し、それらを韓国人と日本人に提示し、「宿泊拠点としての好ましさ」及び「温泉地らしさ」の2つの評価項目についてレパートリーグリット発展手法により分析を行い、両国の評価構造を比較・分析した。さらに、評価構造上重要とされる評価項目と、宿泊拠点としての好ましさや、温泉地らしさにおいて上位にランクされた写真との関係を数量化I類により分析した。そして両者の分析を通して両国の評価構造を比較・検討した。

 その結果、以下のことが明らかになった。(1)韓国人が宿泊拠点として好む景観は、並木がある広い道路、豊かなみどりと低層の自然素材による建物が存在し、商業地域が分離されている景観である。(2)また、韓国人が温泉地らしいと評価する景観は、豊かな自然の中に木造の建物が散在し、全体的に色彩が落ち着いている景観である。(3)一方、日本人が宿泊拠点として好む景観は、地域の生活が感じられ、人工的な植栽よりも周辺の山や川を取り込み、その中に伝統的な建物の集積がある景観である、(4)日本人が温泉地らしいと評価する景観は、街並に歴史性が感じられると同時に、商業的な賑わいをも楽しめる景観である。

 以上、韓日両国において宿泊拠点としての好みや温泉地らしさに関する評価が明確に異なることが明らかになると同時に、各国で温泉地に求める景観が存在し、他の観光地との差別化を図っていくことが必要であることなどが考察された。

 第V章では、本研究で明らかになった点及び今後の研究の課題を整理し、本論文の結びとした。

審査要旨

 韓日両国で、温泉リゾートへの関心が高まっている。レクリエーション拠点として、また宿泊滞在拠点として、温泉地の在り方が両国の観光研究の重要な課題となっている。そして歴史的、文化的に関わりの深い両国間での実態や志向の差異や共通点を明確にすることは、各々の国らしさを考察するうえで重要な手がかりとなる。

 そこで本論文は、韓日両国における温泉地を取り上げ、開発制度や街路景観の実態を明らかにすると同時に、どのような景観が宿泊拠点として、そして温泉地として人々に好ましく感じられるかを明らかにし、真に魅力ある温泉地景観のあり方やそれらに関する両国の差異について考察している。

 本論文は5章から構成されている。

 第I章では、研究の背景、目的、対象地について述べ、さらに温泉地研究の中での本論文の位置づけに言及している。韓国の水安堡温泉、白岩温泉、釜谷温泉、日本の城崎温泉を対象とし、街路景観の実測調査や、両国の人々に対するインタビュー調査を通して、実証的に分析・考察したことが述べられている。

 第II章では、まず韓国における温泉地区の現況や開発制度および開発の手順を整理し、韓国の温泉地開発の実情が把握された。さらに韓日における温泉法を比較分析し、以下の2点を明らかにしている。(1)「温泉」を韓国では空間や場所として捉えているのに対し、日本では泉源あるいは泉水として把握している。そのため空間整備の進め方に関する制度が韓国の方が明確である。(2)韓国では温泉地開発を全国的な観光・レクリエーション振興の一環として位置づけているのに対し、日本では長い歴史の中でその健康・医療との関わりが強く意識されており、泉源保護に力点が置かれている。

 第III章では、街路空間及び街路景観の実態を明らかにした。まず街路空間に関しては、幅員、線形、歩道の有無、周辺土地利用の4項目の調査を通して、韓国の3温泉地は日本の城崎温泉に比べ、(1)シンボル街路に代表される中心性が不明確である、(2)沿道の土地利用の混在と広幅員道路によって特徴づけられる混在型街路が多く見られる、(3)存在する街路空間のタイプが少なく画一的である、以上の3点を明らかにしている。

 一方、街路景観に関しては、主要道路のファサードの色彩と形態について分析し、以下の点を明らかにしている。(1)韓国の3温泉地では、基調色は無彩色が中心、強調色は色相・色調ともに多様でビビッド色への集中がみられるのに対し、日本の場合は基調色の色調に多様性がみられ、色相に関しては茶系統が中心である。(2)韓国3温泉地では、建築物が大規模独立型でその輪郭線は単純であるのに対し、城崎温泉の場合は輪郭線が複雑であるが街並には連続性が感じられる。

 第IV章では、韓日両国における宿泊拠点としての好ましさや温泉地らしさに関する評価構造の特性について分析・考察している。

 まず、韓国24、日本18の街路を代表する42枚の写真を韓国人と日本人に提示し、「宿泊拠点としての好ましさ」および「温泉地らしさ」について両国の評価構造を比較・分析した。その結果、以下の点が明らかになった。(1)韓国人が宿泊拠点として好む景観は、道路、建物、みどりが計画的に整備され、人工と自然とが美しく調和した景観であり、温泉地の景観には一層の自然性と落ち着きが求められる。(2)一方、日本人が宿泊拠点として好む景観は、計画的に整った美しさだけでなく、地域性や伝統性も求められる。また温泉地らしさでは、歴史性と商業的賑わいが感じられる街路景観が評価される点に特徴がある。

 第V章では、明らかになった点と今後の課題が整理されており、韓日両国における温泉地開発の現状が把握され、宿泊拠点らしさ、温泉地らしさの評価が両国で異なる点が明らかになったことが述べられている。

 以上、本論文は韓日両国の温泉地における開発制度および景観の実態、そして両国の人々の宿泊施設や温泉地に対する評価構造、目標像を明らかにすることを目的としたものである。申請者は両国の対象地での実測、観測調査によって、各々の温泉地景観の実態を明らかにすると同時に、綿密なインタビュー調査を通して、両国の人々が理想とする宿泊施設・温泉地イメージに関する差異と共通点を明らかにすることに成功している。

 適切な研究方法と十分な作業にもとづき、有意義な結論を導出したものと判断でき、申請者が明らかにした両国における宿泊施設、温泉地に対する評価の差異や共通点は、今後の両国の観光計画に関する研究、および両国の観光地・温泉地計画実務に対し重要な知見を与えるものと評価できる。したがって学術上、応用上貢献することが少なくないと考え、審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位を授与するにふさわしいと判断した。

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