学位論文要旨



No 112699
著者(漢字) 李,春熙
著者(英字)
著者(カナ) イ,チュンヒ
標題(和) ソウルと東京における公園緑地政策の比較研究
標題(洋)
報告番号 112699
報告番号 甲12699
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1762号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 森林科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 永田,信
 東京大学 教授 熊谷,洋一
 東京大学 教授 武内,和彦
 東京大学 助教授 斎藤,馨
 東京大学 助教授 井上,真
内容要旨

 韓国と日本はどちらも東アジア型というべき経済発展を遂げており、近年、公園緑地の重要性が増してきている。しかるに、両国の首都であるソウルと東京における公園緑地政策の比較は、今までにほとんどなされておらず、これを行うことは意義あることと考える。本研究は、両都市における公園緑地政策の異同とその背景を明らかにし、今後の公園緑地政策の方向性を検討することを主な目的とした。

 本研究は第一部(第I章〜第III章)と第二部(第IV章〜第VI章)に構成されており、第一部では、両都市における公園緑地の現況、政策の変遷過程、行政組織などを比較した。第二部では、第一部をもとに、公園緑地の行政組織と面積・配置に関するあり方と評価方法を考察・提案して、両都市を対象に評価を試みた。さらに、それらを総括し、公園緑地をめぐる展望を加えて、ソウルを中心に公園緑地政策の方向性と課題を考察した。

 第I章では、公園緑地政策を比較する背景として、ソウル市と東京都23区を中心にして一般概況と公園緑地現況をそれぞれ対比させつつ、文献調査を中心に公園緑地の観察調査でおぎないつつ考察した。両都市は、気候、規模など、似通うところが多いが、1月の平均気温はソウルが7度低い。東京都23区は概ね平地なのに対して、ソウル市は約4分の1が山地であり、その多くが公園になっている。公園分類は東京の方が細分化されている。公園面積ではソウル市が東京都23区より圧倒的に広く、公園の配置は東京都23区が比較的均等である。公園施設では東京では水遊び関連施設が、ソウルでは散歩関連施設が多い。

 第II章では、両都市おける都市の発展過程と公園緑地政策の変遷過程を文献調査を中心に考察し、特徴を明らかにした。それらは、両都市におけるこれからの公園緑地政策の方向性を模索する基礎としての意義も持っている。

 19世紀半ばに約20年早く日本が開港したことを受けて、東京は積極的に、しかしソウルは受動的に西欧の文物を吸収してきた。大戦までに、東京は飛躍的に発展したが、ソウルはあまり発展せず、発展度合の差はますます開くところとなった。戦後に両都市共に都市発展の空白期があった。その後、朝鮮戦争特需の影響を受けて経済離陸をはたした東京は1950年代半ばから高度経済成長期を迎え大いに発展したが、ソウルでは1960年代初期まで空白期が続き、60年代後半なってから経済成長期を迎え飛躍的に発展した。70年代に入ると、東京では都市発展が鈍化したが、ソウルは飛躍的な経済発展を続けた。80年代半ば以降も東京の都市発展は鈍く、新しい方向性を模索している。それに対してソウルは80年代以降も発展を続け、両者の発展度合の差はちぢまっている。

 西欧で19世紀中葉以降形成された公園制度は、日本を経て韓国に伝えられた。東京では西欧で公園制度が形成された直後、明治政府の国策として、それを積極的に取り入れたが、ソウルでは公園制度を積極的に吸収しなかった。戦前、ソウルでもいくつかの公園の開園及び、都市計画による計画公園が策定されたが、実現できなかった。一方、東京では、都市計画法制定、公園建設、公園計画標準策定等、公園制度が飛躍的に発展した。戦後一時期ソウルでは計画公園が多く蚕食されたが、経済成長期を迎え、公園法制定、大規模公園建設、開発制限区域区画等、公園緑地政策が飛躍的に発展した。東京でも戦後一時的に公園緑地が減少したが、その後公園緑地関連法令の整備、海上公園建設などが活発に推進された。さらに、1970年代初頭からは環境問題が注目され、都市環境の保全に関連して公園緑地への期待が高くなった。ソウルでも70年代後半から環境に関する市民の関心が高くなり、80年代に公園緑地関連法令の整備と大規模公園建設事業が活発に推進された。80年代入ってからの東京では体系的な公園緑地マスタープランが策定されたほかには、制度的に大きな発展はなかった。ソウルでも80年代後半から公園緑地の質的改良などに関する動きがみられるが、公園緑地に関する総合・体系的長期計画は不十分な状態が続いている。

 公園緑地面積の推移をみると、両都市とも最近になって驚異的に増加している。公園緑地職制をみると、東京では公園緑地の行政需要によって、徐々に拡張・発展してきたのに対し、ソウルでは公園緑地需要の変化よりも、職制の全般的な改編の中で変遷してきている、また1985年以降、東京では識制の改編がほとんどないのに比べ、ソウルでは大きく改編されてきた。両都市の公園緑地政策の変遷過程は、公園制度の伝来と初期の公園開園期、都市計画公園の登場期、関連法令の整備と公園の建設期、公園緑地の質的改良期、公園緑地マスタープラン策定期の順に区分できる。

 第III章では、両都市側の公園緑地関連行政組織を主管部署と協調部署、区役所と国等に分けて、機構、業務分掌、人員などについて両都市側の内部資料と関係者とのインタビューを通じて調査・考察した。公園緑地組織の規模は、東京都がソウル市の約3倍である。専門職は、ソウル市では林業職であるのに対して東京都は造園職と異なり、ソウル市では公園緑地主管部署が公園緑地業務と共に林政業務を担当するが、東京都では林政業務とは独立している。東京都下の区役所の公園緑地組織は区ごとに多様である。また、東京都側では公園緑地に関する国の組織と役割が大きい。公園緑地専担の外郭団体とスタッフ系統の組織が発達していることも特筆に値する。

 第IV章では、主に公園緑地行政業務の経験を活用して、公園緑地政策の構造を究明し、第III章の知見を基に、公園緑地組織のあり方を考察した。さらに、公園緑地組織の評価方法を提案し、両都市側の内部資料と関係者とのインタビュー調査を基に評価を試みた。

 公園緑地組織のあり方を考察した主な結果は次の通りである。(1)韓日の大都市における公園緑地主管部署の機構は、独立部局で4〜7課が適当である。(2)公園緑地専門職としては公園緑地業務に最も近い職種が求められる。(3)他の業務にあまり関係がない限り公園緑地関連部署を統合するべきである。(4)国と地方自治団体との業務の分掌は、利用者の範囲を基準にすべきである。(5)慎重性や迅速性が共に必要な業務については、スタッフ系統の組織の活用が求められる。(6)公園緑地行政組織は情況の変更に応じ、組織の基本枠は維持しながら、チームを中心とした可変性が求められている。(7)業務の専門性と連続性が必要なポストを決めて、そのポストについては職員の長期勤務が必要である。

 公園緑地行政組織の評価は、技能系を除外した事務系の人員で、さらに、その人員を評価するにあたって、都市公園面積をとることにした。具体的には、公園緑地都市計画組織は「職員1人当たり都市計画区域面積」、都市公園組織の一括評価に関しては「職員1人当たり都市公園面積」で評価する。さらに、公園緑地関連組織が拡散しているため公園緑地専担人員を算定することが困難な場合は、「公園緑地専門職員1人当たり公園緑地面積」で評価することを提案した。評価をしてみると、職員1人当たり担当都市計画面積は、ソウル市は333km2、東京都は216km2で、ソウル市は東京都の約1.5倍である。職員1人あたり担当都市公園面積をみると、ソウル市は70千m2、東京都は30千m2でソウル市は東京都の約2.3倍である。換言すれば、東京都の都市公園面積あたり人員はソウル市の約2.3倍ということになる。専門識の比率はほとんど等しく、そのため専門職1人当たり担当公園面積もソウル市は東京都の約2.2倍となっている。

 第V章では、都市公園関連法令と公園緑地の現状を分析して、公園緑地の範囲や機能を明らかにした。そして、面積と配置基準に関する公園緑地の理想モデルを想定し、それに基づいた新しい公園緑地環境整備水準の評価指標を提案した。さらに、両都市を対象に公園調書を分析して評価指標を概算した。

 公園の範囲は公共性、非建ぺい地、利用性の基準からとらえ、最小面積基準としては500m2を提案した。都市公園は公園緑地の主なものであり、それは建ぺい率1%以下、工作物10%以下、緑被率75%で構成されている。都市公園以外の公園緑地については、都市公園を基準にその機能、緑被率によって公園度を推定することにした。そして、1人当たり公園緑地面積20m2、都市公園の配置規定等を基準にし、人口、公園緑地の面積と配置を考慮した総合公園緑地評価は「公園緑地誘致圏率」、存在効果の評価は「公園緑地率」、利用効果の評価は「1人当たりの有効利用公園緑地面積」、配置の評価は「公園緑地計画区別の公園緑地率の標準偏差」で算定する評価指標を提案した。

 1人当たり公園面積はソウル市は東京都23区の約2倍あるが、総合誘致圏率を概算した結果、ソウル市は27.53%、東京都23区は20.97%とその差が小さくなった。これは東京都23区の公園がより体系的に配置され、その恵みを受ける区域が相対的に広いことを示す。

 第VI章では、第V章までの各章をまとめた上で、新たに地球環境と一般社会の展望を加えて、それらをもとに両都市における公園緑地をめぐる将来を展望した。さらに、それらに基づいてソウルを中心に、これからの公園緑地政策の方向性と課題を検討した。

 その主な内容は、(1)公園緑地を広義にとらえて都市の土地利用別に対応する政策を推進すること、(2)公園緑地の類型を細分し、類型別に整備・管理すること、(3)公園緑地の基礎調査研究を実施し、記録をしっかりと管理して公園緑地政策の基盤を確立すること、(4)公園緑地整備水準を再評価し、公園緑地の有機的かつ適正な配置を図ること、(5)公園緑地関連事業を大幅に民間に移譲し、公園緑地行政組織を評価・整備すること、(6)国と地方自治団体における公園緑地業務の分掌を調整すること、(7)自生植物の植栽を拡大し、公園緑地の生態的側面を重視すること、(8)適切な公園緑地中長期マスタープランを樹立すること、(9)公園施設を多様化し、運営プログラムを開発すること、(10)未供用公園緑地用地政策を見直すこと、(11)利用情報の効果的提供などで公園緑地の適正利用管理を図ることなどである。

審査要旨

 韓国と日本は、ともに戦後の経済が発展・成長するのに伴って、都市環境の改善と余暇時間の活用が重要な課題となってきており、その中で公園緑地の果たす役割が注目されている。特に両国の首都であるソウルと東京では、市民生活における公園緑地の重要性が高まり、その内容を一層充実させることが期待されている。

 韓日両国の風土や社会は似通っているといわれており、共通する部分の多い両国を対象に多方面からの比較研究が行われてきたが、公園緑地(政策)の変遷や実態を比較検討した研究は少ない。つまり、両国、殊に両国の首都における公園緑地(政策)の特徴や異同、さらにはそれを踏まえた今後のあるべき方向性の検討が必要不可欠となっている。

 本論文は二部で構成され、こうした背景と認識のもとで、第一部(第I章〜第III章)では両都市における公園緑地の現況、政策の変遷過程、行政組織などの比較考察を行った。第二部(第IV章〜第VI章)では、第一部の成果をもとに、公園緑地の行政組織と面積・配置のあり方と評価方法を考察・提案するとともに、公園緑地をめぐる展望を加えてソウルを中心に公園緑地政策の方向性と課題を検討した。

 序章では、上述のような課題設定と研究方法、論文構成が述べられた。

 第1章では、公園緑地政策を比較する背景として、両都市の一般概況と公園緑地現況を文献調査と観察調査によって比較考察した。都市の一般概況として位置、気候、人工、面積、行政区画などを、公園緑地の現況として公園の分類法、面積、配置、施設などを取り上げた。

 第II章では、公園緑地政策の方向性を模索する基礎として、両都市の発展過程と公園緑地政策の変遷過程を主に文献によって調査・考察した。都市の形成はソウルのほうが400年ほど早いが、東京の人口の著しい増加は明治以降であるのに対し、ソウルでは戦後であり、近代都市としての発展は東京の方が早い。公園緑地政策に関しては、公園緑地関連法令の制定など東京の方が概して先行するが、今日ではほぼ同じ様な内容になっており、近年どちらも驚異的な公園緑地面積増を見ている。

 第III章では、両都市の内部資料と関係者への聞き取り調査をもとに考察した。東京の公園緑地関連行政組織はソウルの3倍の人員を持ち、国の権限が大きいこと、外郭団体、民間委託、スタッフ系組織の発達などが特徴である。また東京の公園緑地専門職が造園職であるのに、ソウルでは林業職であることも特筆に値する。

 第IV章では、公園緑地組織のあり方を考察し、公園緑地組織の評価方法を提案した。委託の有無の影響を排除するため、技能系以外の一般系職員当たりの公園面積を用いるならば、東京はソウルの2.3分の1であると判断された。

 第V章では、都市公園関連法令と公園緑地の現状を分析して、公園緑地の範囲や機能を明らかにした。また、面積と配置基準に関する公園緑地の理想モデルを想定し、そのモデルに基づいた新しい公園緑地環境整備水準の評価指標を提案した。具体的には、公園の誘致圏を公園種別に計算し、公園種別の占有率で加重平均することにより誘致圏率を求めた。従来の一人あたり公園面積ではソウルは東京の2倍であるが、誘致圏率では東京の20%に対し、ソウルは27%と実感に近い評価指標が得られた。

 第VI章は、本論文をまとめるとともに、新たに地球環境問題と一般社会の展望を加えて、両都市における公園緑地をめぐる将来を展望した。さらに、それらに基づいてソウルを中心に、これからの公園緑地政策の方向性と課題を検討した。

 このように、本論文は韓国と日本の両都市の公園緑地を主に行政的な側面から考察・評価し、両都市における異同と解決すべき課題を明らかにしたものである。

 以上のように、本研究は学術上のみならず応用上も価値が高い。よって審査委員-同は、本論文が博士(農学)の学位を授与するにふさわしいと判断した。

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