森林資源の環境財としての需要、特にそのレクリエーション(以下、レクと略す)的な利活用は、韓日両国とも高度経済成長期以降、増加しており、1990年代に入って森林教育や森林文化教育、環境教育等への関心も一層高まっている。これらの社会的要請に適切に対応するためには、森林レクの供給サイドにおける利用環境整備が求められている。これらの利用環境整備のための課題を解明することは、森林レクの利用環境を造成し、それを持続的に管理・運営していく上で重要であるが、その研究は十分になされてこなかった。 そこで本研究では、まず第1部で、韓国と日本における森林レクの歴史的展開を考察した。この中から、韓日両国の森林レク政策における今後の重要施策を導出し、更に第2部では、それらについて日本を中心に体系的に検討した。日本の森林レク政策の検討は、日本のみならず、韓国の森林政策を考える上でも不可欠であると考えたためである。なお、本研究では広範な領域からの分析を行うために社会経済学的視点を取り入れた。 第I章では、主として資料・文献調査によって韓国と日本における森林レクの制度的な変遷を定性的に把握し、両国の森林レク政策面の展開を明らかにした。更に、両国の社会経済的な流れに結び付けながら政策上のメカニズムの相違点等についても考察した。 韓日両国では森林レクの場として指定される森林の規模や森林レク利用環境の質に差はあるものの、各時代の社会的要請に応じて施策が展開されてきていることが明らかになった。しかしながら、韓国における既存の森林レク政策は多様性に乏しく、利用者の需要構造の違いを踏まえて、独自性を持った多様な政策を工夫することが必要であると判断された。今後、都市と山村との活発な交流や都市生活者のより快適な生活環境の実現に向けて、森林資源を環境財資源として教育や文化、保健休養などにより一層利活用することが必要である。その推進のためにも、森林レク利用空間の適正な配置を考慮に入れながら、その環境を適切に整備していかねばならないと考えられる。 第II章では、韓国の北漢山国立公園と日本の明治の森・高尾国定公園の利用者を対象にアンケート調査を行い、韓国と日本の都市近郊における森林レク利用者の利用特性および意識構造の特徴と異同を明らかにした。 両国の都市型森林レク利用者の森林レクに対する楽しみ方や利用特性については、差違が目立ち、韓国では利用回数や頻度が多く、同行者パターンも半数近くが友人連れであるのに対し、日本では家族連れが過半を占めていた。森林レクへの日常的な意識・認識の構造については類似点が多く、森林レクの利用により得られる効果として「自然とのふれあい」を挙げる者が両国ともに多く、ごみ対策に対する考え方も「利用者への指導」を重視する者が多かった。また、現在のところ森林レク利用に対する両国民の認知度はまだ低位にあることもわかった。つまり、両国の自然を愛でる心が基盤にあることに鑑みて、楽しみながら自然の仕組みと環境の大切さを学ぶシステムや関連施設の設置が求められていると言えるだろう。そうした持続的で健全な森林レクの利活用を推進していくためには、ハード面における整備とともに「森林インタープリター」等の人材養成システムの確立や多様な森林レクプログラムづくりを含む、ソフト面をより重視した管理手法の開発や利用環境の設定が重要な課題と考えられるのである。 第III章では、21世紀のより快適な森林レクの利用環境形成に向けて、韓国と日本における既存の森林レク政策の歴史的展開の評価及び長期的予測と、それに適切に対応するための政策課題についてデルファイ法を用いて明らかにした。 専門家アンケート調査の結果によれば、21世紀に向けた両国それぞれの森林レク政策を考える上での優先項目は、韓日両国とも同様であり、「森林インタープリター」や駐車場.ごみ問題が上位となった。ただし森林レクプログラムについては、既に様々なものが展開されている日本では優先度が低く、まだ準備段階にある韓国では高くなった。そして適切な「森林インタープリター」の養成にあたって、最も重要な要素として、また実現する上での問題点として、「養成システムの確立と人材の確保」が共通に挙げられた。21世紀に向けた森林レクのあり方を考える上で、両国共通に、人材の育成やプログラムの開発、森林と人間との関わりなど、森林・環境教育システムに繋がるものが特に必要な研究分野として指摘された。 こうした第1部の比較分析の結果から、両国の森林レク政策において特に「森林インタープリター」制度の確立・充足と森林・環境教育政策の策定が重要と考えられた。第2部では、第1部の結果を踏まえて、森林レク利用における利用者教育・管理システムを、より先進的である日本を中心にして体系的に検討するとともに、21世紀に向けて利用と教育のあり方を含めた森林レク政策論を展開した。 第IV章では、現時点における日本の「森林インタープリター」養成システムの状況を正確に把握し、その検討を行った。特に、日本の「森林インタープリター」技能研修の現状を明らかにするため、47都道府県へのアンケート調査を実施し、今後の課題を検討した。 アンケートの結果、19都道府県において様々な形態で「森林インタープリター」の養成や研修が行われていることが把握できた。様々な形態で実施されていることは、「森林インタープリター」の養成システムが、未だ発展途上段階にあるためと考えられる。「森林インタープリター」の適切な活用・普及のためには、特に財政基盤の裏付けを伴った養成や研修プログラムの整備・充実が必要であり、また修了後の連絡会や活用への取組みが課題として挙げられた。 第V章では、日本の「森林インタープリター」が最も多く活動している場である県民の森を事例に、現段階での「森林インタープリター」の利用者教育・管理活動を把握・検討し、今後の森林レク利用環境のあり方、並びに「森林インタープリター」の活動強化方策を考察した。 関東地方を事例としたアンケート調査及び現地調査の結果から県民の森の実態を見ると、県民に対する森林レクの場や森林・環境教育の場として設定されているにもかかわらず、その利活用は未だ不十分であると判断されるところが多かった。そういう状況を改善し、維持・管理していくためにも、「森林インタープリター」の役割がますます重要である。結局、利用空間相互の交流や連絡会などといった人間と情報のネットワークの整備を含む、「森林インタープリター」の養成の場並びに活動の場の充実のための体系的な検討が今後の課題なのである。 第VI章では、「森林インタープリター」のためのモデル教則本の策定に向けた第一段階として、日本における現行の教則本の実態把握と、森林・環境教育の先進国である米国・カナダにおける事例の検討を行った。 モデル教則本の作成は、「地域性」の軸、「ガイド対象者」の軸、そして「具体性」の軸の中に位置づけて整理・作成する必要があると考えられた。日本でも「森林インタープリター」のモデル教則本が必要とされるなか、いくつかの教則本が発行されてきたが、まだ不備な点が見受けられ、それらを改善してより充実させることが必要と判断された。このためには、各地域に適した教則本の整備を含めた、森林レク需要者の多様なニーズに対応する教則本づくりが不可欠である。一方、先進国の教則本の事例を検討したところ、日本におけるモデル教則本の策定に際し、内容面としては、記載内容のコンセプトやモジュール方式のメリット、そして指導原理が体系的である点等の優れた内実を学ぶ必要があると判断された。また体系的かつ実質的な教則本の活用・普及のためには、個々の教則本策定のみならず、それを取り巻く人材と資金・ノウハウなどの「人的・物的支援システム」を整え、継続的に運用していかなければならない点も強調されるべきである。 第VII章では、森林ガイド活動の準備段階と実施段階での教則本の活用実態を踏まえ、森林・環境教育システムにおけるガイド活動研鑚の位置づけと、今後のガイド指標策定に向けた示唆を求めた。 自然教育研究センターと東京都山のふるさと村におけるガイド活動構成の事例を通して、今後のガイド活動研鑚のとるべき方向性の4点を提示・検証した。それらは、(1)ガイド活動の内容と方法を一つのものとして捉えること、(2)普遍的なガイド活動の方法論を求めること、(3)ガイド活動を記録すること、(4)ガイド活動の比較と評価を行うこと、である。また、今後のガイド指標の策定に向けて政策立案者が重点をおくべき指針として、(1)ガイド対象者をよく知るための様々な工夫が必要であること、(2)「参加者アセスメント」という発想に基づくこと、(3)インタープリテーションの能力の前提として「森林インタープリター」が独自の価値観を持てるように考慮すること、の3点を指摘した。更に、森林・環境教育システムの根本ともいえる、森林レクプログラムの解説者の資質を一定水準に確保するためには、「森林インタープリター」の養成に加えて、その身分的保障も考えていかねばならないであろう。 本論文では、韓日における森林レクの歴史的展開及び重要施策を社会経済学的視点から検討・分析し、両国の森林レク政策を推進する上で、「森林インタープリター」と「森林・環境教育」の施策が重要であることが明らかになった。今後はこれまでの成果を生かしながら、利用環境においてより体系的かつ、具体的に森林・環境教育システムを構築することが不可欠と言える。森林レク利用の中での森林・環境教育活動といったソフト政策の整備・重視は、21世紀に向けた快適かつ豊かな森林レク環境を持続的に管理していく上で、今後ともその社会的要請は大いに増大すると考えられるからである。 |