魚類の生殖現象は、日長や水温などの外部環境要因と生理的要因、特に内分泌要因によって調節されている。最近、飼育環境下で自然産卵を行なう魚種が増えているが、いまだ飼育環境下では成熟・産卵をしない魚種も多い。これらの魚種では、生殖腺刺激ホルモン(GTH)やその他の生殖関連ホルモンを繰り返し投与することにより、成熟を促進し産卵誘発を行なわざるを得ない。これまでにいくつかのホルモン投与法が開発されているが、必ずしも充分な成果は得られていないのが現状である。そこで本研究では、ホルモン投与基剤として乳化性を有するリポイル化ゼラチン(LG)に着目し、新たなホルモン投与法を開発するとともに、ウナギにおいてその効果を検討した。本論文は3章から構成されている。 第1章においては、ホルモン投与基剤としてのLGエマルジョンの開発を行っている。まず、種々の直鎖脂肪酸(炭素数2〜22)の中でパルミチン酸(C16:0)を付加させたLGの乳化性が最も優れており、至適乳化条件はLG水溶液と綿実油の比が1:2、LGの終濃度が2%であることを明らかにした。このLGエマルジョンは、W/O/W(Water in Oil in Water)型多相エマルジョンであった。LGエマルジョンからのグルコース放出特性をフロイントの不完全アジュバントで調製したエマルジョン(FIAエマルジョン:W/O型)及び水溶液と比べた結果、水溶液とFIAエマルジョンとの中間的な放出速度を示すことが判明した。また、LGエマルジョンからのグルコース放出速度は、水溶液とは異なり温度が変化しても大きな変化を示さないことも明らかにした。 第2章では、ウナギを用いてLGエマルジョンのホルモン放出特性を調べた。まず、水溶性ホルモンであるサケ生殖腺刺激ホルモン(sGTH)をLGエマルジョン、FIAエマルジョンおよび生理食塩水中にそれぞれ包含させて、未熟な養殖ウナギに投与し、経時的に血液中のsGTHIIの濃度をラジオイムノアッセイ(RIA)で測定した。その結果、LGエマルジョンからは、FIAエマルジョンと水溶液との中間的な速度で水溶性ホルモンが放出されることがわかった。 次に、脂溶性ホルモンである17-hydroxyprogesterone(17P)をLGエマルジョンおよび綿実油に包含させて未熟な養殖ウナギに投与し、経時的に血液中の濃度をRIAで測定した。この結果、LGエマルジョンでは脂溶性ホルモンの放出も綿実油に比べて緩やかなことがわかった。 さらに、未熟な養殖ウナギにsGTHと17Pを同時に包含させたLGエマルジョン、sGTH、17Pをそれぞれ包含させたLGエマルジョンを投与し、経時的に血液中のホルモン濃度を調べた。その結果、sGTHと17Pを同時にLGエマルジョン内に包含させて投与しても、単独に投与した時と変らず、血液中の各ホルモン濃度は緩やかに変化した。また、同様の実験を10℃、20℃および30℃でそれぞれ行った結果、水溶液や油による投与に比して、LGエマルジョンによる投与では温度の影響は小さいことが判明した。 第3章ではLGエマルジョンを用いてホルモンを投与しウナギに対する成熟促進・排卵誘発効果を調べた。sGTHをLGエマルジョン、FIAエマルジョン、生理食塩水中にそれぞれ包含させ、雌化処理した未熟なウナギ(体重566〜1,017g)に週1回、計10回投与(2mg/kg体重)し、成熟促進効果を比較したところ、LGエマルジョンによるホルモン投与では、他の投与法に比べて平均して成熟が促進されることが判明した。 次に、未熟な養殖雌ウナギ(体重438〜886g)と海産下り雌ウナギ(体重366〜557g)を用いて、LGエマルジョンに包含させたsGTHを毎週(2mg/kg体重)または隔週(4mg/kg体重)投与し、ホルモン投与間隔の検討を行った。毎週投与群では、体重や血液中の性ホルモンとsGTHII濃度に隔週投与群の様な大きな変動は見られず、より短期間で最終成熟に至った。この結果、毎週投与の方が成熟促進には効果的であることが判明した。 さらに、LGエマルジョンを用いてsGTHを繰り返し投与し、卵巣卵が核移動期に達した雌ウナギにsGTHと17Pを同時に包含させたLGエマルジョンを投与し、最終成熟及び排卵誘発を試みた。その結果、全個体で排卵が誘発され人工授精により孵化仔魚も多数得られた。 以上、本論文はLGエマルジョンを用いた新たなホルモン投与法を開発するとともに、この方法によりウナギの成熟・排卵が効率的に促進されることを明らかにしたもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |