学位論文要旨



No 112702
著者(漢字) 金,大中
著者(英字)
著者(カナ) キム,デジュン
標題(和) ニジマス下垂体における生殖腺刺激ホルモンの分泌調節に関する内分泌学的研究
標題(洋)
報告番号 112702
報告番号 甲12702
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1765号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 会田,勝美
 東京大学 教授 長澤,寛道
 東京大学 助教授 朴,民根
 東京大学 助教授 小林,牧人
 東京大学 助教授 鈴木,譲
内容要旨

 下垂体で産生される生殖腺刺激ホルモン(GTH)は生殖腺の発達に重要な役割を果たしている。近年、魚類においても構造および機能が異なる二種類のGTH、GTH-IおよびGTH-II、が存在することが明らかにされたが、この二種類のGTHがどのような分泌調節を受けているのかについては、まだ不明な点が多い。特にGTH-Iの分泌調節機構についての知見は殆どない。そこで、本研究ではサケ科魚のニジマスを材料として用い、GTH-IとIIの分泌調節機構を明らかにする目的で以下の実験を行った。まず、成熟度が異なるニジマスおよびテストステロン(T)を経口投与した未熟ニジマスの下垂体を用いて細胞培養を行い、GTH分泌に及ぼす生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)の作用を調べた。次に同様の細胞培養系を用いてドーパミン(DA)による分泌抑制系の解析を行った。次に培養下垂体において性ホルモンによりGTH産生が促進されるか否か、さらにこの培養下垂体からのGTH分泌がGnRHにより促進されるか否かについて調べた。性ホルモン特にT投与未熟ニジマスの下垂体を用いたのは、性ホルモンにより下垂体におけるGTH-II産生が促進されることから、T投与未熟ニジマスの下垂体が成熟魚下垂体のモデル系となりうると考えたからである。最後にT投与および非投与早熟雄における血中GTH-II及び性ホルモンの動態に及ぼす上記神経ホルモンの作用を個体レベルで調べた。以下にその大要を述べる。

1.成熟度の異なるニジマスの培養下垂体細胞におけるGTH分泌に対するGnRHの作用

 未熟期(GSI:雄0.07%;雌0.18%、体重:約300g)、成熟期(GSI:雄3.5%;雌4.6%、体重:約1300g)、完熟期(GSI:雄3.8%;雌19.0%、体重:雄約500g;雌約1700g)ニジマスの下垂体を用いて細胞培養を行いGTH-IとII分泌に及ぼすサケ型GnRH(sGnRH,10-12〜10-6M)、ニワトリ-II型GnRH(cGnRH-II,10-12〜10-6M)およびGnRHアンタゴニスト([Ac-3,4-dehydro-Pro1,D-pF-Phe2,D-Trp3,6]GnRH,10-10〜10-6M)の作用を調べた。雌雄とも成熟の進行に伴ってGTH-IIの自発的分泌量及び両GnRHの刺激による分泌量は増加したが、GTH-I分泌量は変化しなかった。GnRHにより分泌量に有意な増加が認められたのは、未熟期では10-12〜10-10M以上、成熟及び完熟期ではl0-12M以上の濃度であった。GnRHアンタゴニストにより自発的なGTH-IとII分泌は抑制されなかったが、sGnRHによるGTH-II分泌は抑制された。

2.テストステロンを投与した未熟ニジマスの培養下垂体及び下垂体細胞におけるGTH分泌に対するGnRHの作用

 未熟魚(GSI:雄0.03%;雌0.14%、体重:約100g)にTを経口投与し(25g/g diet)、経時的に魚を取り上げ、下垂体細胞中のGTH-IとII含量およびsGnRH刺激による各GTH分泌量を調べた。その結果、GTH-I含量は変化せず、分泌量もsGnRHにより促進されなかったが、GTH-II含量はT投与に伴い急増し、sGnRHにより分泌されるGTH-II量は4週間後に最大となった。そこで、Tを4週間経口投与した未熟魚の培養下垂体細胞からのGTH-IとII分泌に及ぼすsGnRH(10-10〜10-6M)とcGnRH-II(10-10〜10-6M)の効果を調べた。その結果、両GnRHともT投与群のGTH-II分泌を促進した。両GnRHの間で効力はほほ同等であった。一方、対照群のGTH-II分泌は両GnRHにより変化しなかった。また両群のGTH-I分泌も両GnRHの影響を受けなかった。次に、GnRHアナログ(des-Gly10〔D-Ala6〕GnRH ethylamide、10-8M)あるいはsGnRH(10-8M)によるGTH-IとII分泌に及ぼすGnRHアンタゴニスト(10-10〜10-6M)の影響を調べた。その結果、T投与群では両GnRHによるGTH-II分泌は、GnRHアンタゴニストにより濃度依存的に抑制された。しかし、対照群のGTH-II分泌は両GnRHの影響を受けず、GnRHアンタゴニストにより抑制されなかった。また、培養下垂体からのGTH-II分泌も培養下垂体細胞と同様sGnRHにより促進された。以上の結果、T投与を行った未熟魚の下垂体はGnRHおよびGnRHアンタゴニストに対し、成熟魚の下垂体と同様な反応を示すことが明らかとなった。

3.成熟度が異なるニジマスの培養下垂体細胞におけるGTH分泌に対するドーパミンの作用

 サケ科魚にもGTH分泌に対するドーパミン(DA)の抑制系が存在するといわれているが、これまで詳細な報告はない。そこで未熟期、成熟期、完熟期ニジマスの下垂体の細胞培養を行って、sGnRHによるGTH-IとII分泌に対するDA(10-6M)およびD2アンタゴニストdomperidone(10-9〜10-5M)の作用を調べた。その結果、雌雄ともGTH-IとIIの自発的分泌はDAによる抑制を受けなかったが、sGnRHによるGTH-II分泌はDAにより抑制された。特に雄では完熟期に、雌では成熟期に強く抑制された。また、高濃度(10-6と10-5M)のD2アンタゴニストにより自発的なGTH-II分泌が促進され、またsGnRHの相加効果も認められた。一方、GTH-I分泌は雌雄ともsGnRHによって促進されず、DAおよびD2アンタゴニストの影響も受けなかった。以上の結果、成熟魚の下垂体におけるsGnRHによるGTH-II分泌はDAによりD2レセプターを介して抑制されることが示唆された。

4.テストステロンを投与した未熟ニジマスの培養下垂体細胞におけるGTH分泌に対するドーパミンの作用

 T投与(25g/g diet)群と対照群の未熟魚(GSI:雄0.03%;雌0.14%、体重:約100g)の下垂体細胞培養系を用いsGnRHによるGTH-IとII分泌に対するDA、DAアゴニスト(D1・D2アゴニストapomorphine、D1アゴニストSKF38393、D2アゴニストLY171555)およびDAアンタゴニスト(D1アンタゴニストSKF83566、D2アンタゴニストdom peri done)の作用を詳しく調べた。両群の自発的なGTH-IとII分泌はDAあるいはDAアゴニストにより抑制されなかった。T投与群のsGnRHによるGTH-II分泌はD1アゴニストにより抑制されず、DA、D1・D2アゴニストおよびD2アゴニストにより抑制された。また高濃度(10-6と10-5M)のD2アンタゴニストにより自発的なGTH-II分泌が促進され、sGnRHの相加効果も認められた。一方、GTH-I分泌はsGnRHによって促進されず、DAアゴニストおよびDAアンタゴニストの影響も受けなかった。また、対照群のGTH分泌は上記の神経ホルモンの影響を受けなかった。以上の結果、Tを投与した未熟魚の下垂体におけるsGnRHによるGTH-II分泌はDAによりD2レセプターを介して抑制されることが明らかとなった。この結果は、成熟魚の下垂体にも同様な抑制系が存在するという前章の結果を支持している。

5.培養下垂体における性ホルモンによるGTH産生とGnRHによるGTH分泌

 未熟魚(GSI:雄0.03%;雌0.18%、体重:約100g)の下垂体をTとともに培養し、GTH-IとIIの含量およびsGnRH刺激による分泌量の変化を調べた。その結果、GTH-II含量はTの濃度と処理時間に従って増加し、sGnRHにより分泌も促進された。また、T投与による下垂体GTH-II含量の増加はタンパク質合成阻害剤のcycl oheximideにより阻害され、sGnRHによる分泌量も減少した。さらに、他の性ホルモン、特にエストラジオールにより下垂体GTH-II含量が顕著に増加し、sGnRHにより分泌も促進された。一方、GTH-Iの産生は性ホルモンによって影響を受けず、sGnRHによる分泌促進も認められなかった。この結果、性ホルモンは直接下垂体細胞に作用してGTH-IIの産生を促進し、その分泌はsGnRHにより促進されることが明らかとなった。

6.テストステロン投与及び非投与早熟雄の血中GTH-IIと性ホルモン濃度に及ぼすGnRHアナログ及びドーパミン等の作用

 T投与および非投与の早熟雄(GSI:3.5%,体重:約100g)にGnRHアナログおよびGnRHアンタゴニストを投与し、血中GTH-IIと性ホルモン濃度の変化を調べた。実験開始期時にT投与群は対照群よりも血中GTH-II濃度が約2倍高かったが、血中Tと11-KT濃度に差はなかった。両群の魚ともGnRHアンタゴニストのみの投与により血中GTH-II濃度は変化しなかったが、GnRHアナログ投与により血中GTH-II、Tおよび11-KT濃度が上昇した。しかし、その濃度はT投与群の方が高かった。また、GnRHアナログによる両群の血中GTH-II濃度の上昇および対照群の血中Tと11-KT濃度の上昇はGnRHアンタゴニストにより抑制されたが、T投与群の血中Tと11-KT濃度の上昇は抑制されなかった。

 次に、T投与および非投与の早熟雄を用い、血中GTH-II濃度に及ぼすDAおよびD2アンタゴニストの作用を調べた。その結果、両群ともGnRHアナログ投与により血中GTH-II濃度が上昇したが、高濃度(100g/g体重)のDAにより上昇は抑制された。抑制はT投与群の方が顕著であった。さらにD2アンタゴニストとGnRHアナログを同時投与したところ、両群とも血中GTH-II濃度はGnRHアナログの単独投与よりも著しく上昇したが、同時投与による相加効果はT投与群の方が強かった。しかし、両群ともDAおよびD2アンタゴニストのみの投与により血中GTH-II濃度は変化しなかった。以上の結果、個体レベルにおいてもGnRHによりGTH-II分泌が促進されること、DAによりD2レセプターを介してGnRHによる分泌が抑制されることが明らかとなった。またT投与によりGnRHに対する反応性が増大することが示唆された。

 以上、本研究により、ニジマスのGTH分泌調節機構の一端が明らかとなった。またT投与を施した未熟魚の下垂体が成熟魚の下垂体のモデルとして今後使用し得ることがわかった。

審査要旨

 下垂体で産生される生殖腺刺激ホルモン(GTH)は生殖腺の発達に重要な役割を果たしている。近年、魚類においても構造と機能が異なる二種類のGTH、GTH IとII、が存在することが明らかにされたが、この二種類のGTHがどのような分泌調節をうけているのかについては、まだ不明な点が多い。現在2種類のGTHが測定可能なのはサケ科魚に限られている。そこで、本研究はサケ科魚のニジマスを材料として用い、GTH IとIIの分泌調節機構を明らかにすることを目的として行われた。本論文は6章より構成されている。

 第1章では成熟度の異なるニジマスの培養下垂体細胞におけるGTH分泌に対する生殖腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)の作用について、第2章ではテストステロンを投与した未熟ニジマスの培養下垂体及び下垂体細胞におけるGTH分泌に対するGnRHの作用について、第3章では成熟度の異なるニジマスの培養下垂体細胞におけるGTH分泌に対するドーパミンの作用について、第4章ではテストステロンを投与した未熟ニジマスの培養下垂体細胞におけるGTH分泌に対するドーパミンの作用について、第5章では培養下垂体における性ホルモンによるGTH産生とGnRHによるGTH分泌について、第6章ではテストステロン投与及び非投与早熟雄の血中GTH IIと性ホルモン濃度に及ぼすGnRHアナログ及びドーパミンの作用について、調べている。

 その結果、明らかとなった主な結果は以下の通りである。

 1.GTH I分泌はいかなる処理によっても変化しなかった。

 2.自発的GTH II分泌は成熟の進行に伴い増加した。

 3.サケ型GnRH(sGnRH)により、GTH II分泌は未熟期(体重約300g)、成熟期、完熟期ニジマス雌雄で促進された。sGnRHに対する感受性はほぼ同様であったが、分泌量は成熟の進行に伴って著しく増加した。それぞれの成熟段階における分泌量はGnRHの濃度に依存して増加した。

 4.体重約100gの未熟魚では、sGnRHに反応しなかったが、テストステロン投与によりGTH II含量、自発的GTH II分泌量が増加するとともに、sGnRHに対する感受性も出現し、分泌量もsGnRHの濃度に依存して増加した。

 5.sGnRHによるGTH II分泌はGnRHアンタゴニストにより濃度依存的に抑制された。

 6.自発的GTH II分泌はドーパミンにより抑制されなかった。

 7.sGnRHによるGTH II分泌はドーパミンにより濃度依存的に抑制された。抑制の強さは成熟段階、雌雄により異なった。

 8.ドーパミンによる抑制はD2レセプターを介して発現した。

 9.高濃度のD2アンタゴニストによりGTH II分泌量が増加した。

 10.未熟ニジマスにテストステロンを投与することによりドーパミンによる抑制系が発現した。

 11.培養液にテストステロンを加えた下垂体器官培養実験から、テストステロンは直接下垂体に働き、GTH II合成を促進するとともにGnRHによる分泌促進系を発現させた。

 12.早熟雄においても、細胞培養系とほぼ同様な結果が得られた。またテストステロン投与によりGnRHアナログ及びドーパミンによる反応が増強された。

 以上、本研究はニジマスにおけるGTH分泌調節機構を明らかにするとともに、テストステロンを投与することにより未熟ニジマスの下垂体が成熟魚下垂体のモデル系として使用し得ることを明らかにしたもので、学術上および応用上寄与するところが少なくない。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと判断した。

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