学位論文要旨



No 112707
著者(漢字) 堀之内,正博
著者(英字)
著者(カナ) ホリノウチ,マサヒロ
標題(和) アマモ場における魚類群集の構造とその形成機構
標題(洋)
報告番号 112707
報告番号 甲12707
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1770号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 水圏生物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷内,透
 東京大学 教授 沖山,宗雄
 東京大学 教授 川口,弘一
 東京大学 教授 松宮,義晴
 東京大学 助教授 古谷,研
内容要旨 論文要旨

 アマモ場はその周囲の砂泥地と比べ多くの魚類が住み、稚魚の重要な生育場になっているといわれている。しかしアマモ場の魚類群集に関するこれまでの研究は、どのような種がいつ、どのような密度で出現したかということを記述するにとどまり、魚類群集の形成機構についてはあまり明らかにされなかった。そこで本研究では、三浦半島油壺のアマモ場における魚類群集の構造と、各種の餌および生息場所の利用パターンを調べることによって、魚類群集の形成機構を考察し、さらにアマモ場の構造が魚類群集の構造にどのような影響を及ぼすかを野外実験によって明らかにすることを目的とした。

1.アマモ場に出現した魚類

 1993年1月から1995年12月まで毎月1回行った潜水調査で、35科75種の魚類が観察された。種数と個体数は2月から4月に少なく、5月から10月に多い傾向を示した。

 3年間を通じて優占種となっていたのはアミメハギであった。ウミタナゴは1993年と1994年に優占種であったが、1995年においては個体密度が低く、かわりにハゼ科のキヌバリとチャガラが優占種となった。

 アマモ場の魚類には、周年出現した種(アミメハギ、ウミタナゴ、ハオコゼなど)とある時期にのみ出現した種(オキタナゴ、マダイ、ホウライヒメジなど)があった。また、稚魚が長期間出現した種(ゴンズイ、キヌバリなど)もあり、これらの種ではアマモ場が生育場になっていると考えられた。

2.食性

 船曳網による採集を行い、各種の消化管内容物を精査してアマモ場の魚類が餌資源をどのように利用しているのか明らかにした。

 採集した53種は餌利用パターンにより、小型甲殻類(底生及び葉上生)食(18種)、浮遊動物食(10種)、多毛類食(7種)、魚食(5種)、大型甲殻類(底生及び葉上生)食(4種)、貝類食(3種)、デトライタス食(2種)、昆虫食(1種)、卵食(1種)、海草食(1種)、ソフトコーラル食(1種)の11群にわけられた。個体密度の高かった種は小型甲殻類食あるいは浮遊動物食に属していた。

 体長によって利用していた餌が異なっていた種もあった。ウミタナゴでは成長に伴い、主な餌がコペポーダ、ヨコエビ亜目、貝類へと変化した。クロサギの小型個体はコペポーダを、大型個体は多毛類を主に食べていた。また、ヒガンフグでは稚魚はヨコエビ亜目を、大型個体は貝類を主に餌としていた。

3.微細生息場所

 アマモ場における魚類の微細生息場所を明らかにするため、アマモ場の水平方向(周縁部から中心部方向)および垂直方向(アマモに対する相対的な位置により底層、下層、中層、上層、表層)のどの場所に魚類が生息しているかを毎月1回スキューバ潜水で観察した。

 個体密度の高かった種は水平方向には均一に、垂直方向には偏って分布している場合が多く、ハオコゼやスジハゼは底層に、アミメハギは下層から中層に、ウミタナゴやチャガラは中層から表層に主に出現した。

 季節的にその分布パターンが変化する種も見られた。アミメハギでは1月から4月にかけてほぼ下層と中層にのみ出現するが、その後上層から表層まで分布を拡大していった。

 同一種でも体長によって分布パターンが異なることがあった。キヌバリではアマモ場に出現した稚魚は初め表層と上層にのみ分布するが、成長とともにその分布の中心が下方にずれ、成魚になるとほぼ下層にのみ出現した。ヒガンフグでは大型の個体は底層の砂の中に体を埋めて静止していたことが多かったが、稚魚は下層より上方に出現した。メバルでは大型魚が分布していない上層にも当歳魚が出現した。アミメハギでは、より大きな個体が上層あるいは表層に出現していた一方で体長20mm以下の小型個体は中層より下方に出現していた。

4.種間における資源利用の重複パターン

 出現した各種間で餌と微細生息場所の利用がどの程度重複していたのかを食性と微細生息場所の調査結果から明らかにした。

(1)優占種間の資源利用の重複パターン

 1993年と1994年において優占種であったアミヌハギとウミタナゴ間では、1993年において餌と微細生息場所の利用は一方の重複が大きいと他方の重複が小さくなるという変動パターンを示した。前年に比べて相対的にウミタナゴの出現密度が低かった1994年においては、前年の同月と比較してアミメハギの微細生息場所が拡大していた。この現象はこれら2種間における種間競争の存在の可能性を示唆する。1995年において優占種であった3種については、アミメハギとキヌバリ、チャガラ間では重複が小さかったが、キヌバリとチャガラ間では両資源とも重複が大きかった。

(2)餌ギルド内の種間における資源利用の重複パターン

 各月ごとに出現各種が利用していた餌項目の平均体積百分率を用いてクラスター解析を行い、餌利用パターンが類似していたグループに分類した。次にそのグループ内の各種間における垂直方向の微細生息場所利用の重複を明かにし、重複が大きい場合には、餌利用の重複について精査した。各月において、出現魚類は餌利用パターンが類似したグループ(餌ギルド)とそれらに属さず独自の食性を示した種に分類された。餌ギルド内の各種間における垂直方向の微細生息場所利用を調べたところ多くの種では重複が小さかった。重複が大きい場合でも、餌項目をさらに細分化して餌利用を精査すると、重複が小さくなっている場合がほとんどであった。このことはそれらの間に種間競争が存在し、お互いに資源利用パターンをずらすことによって共存している可能性があることを示唆する。

5.アマモ場の構造が魚類群集に与える影響

 アマモの株密度や高さといったアマモ場の構造が、魚類群集の構造に与える影響を明らかにするために、1995年12月から1996年9月にかけてアマモ場にアマモの株密度と高さをそれぞれコントロールの25、50、75%に操作した区と、アマモを全て除去した区を設定し、それらの実験区で観察した魚類をコントロール区と周囲の砂地のものと比較した。

(1)種数と個体数

 12月から1月にかけては株密度が低いほど、あるいはアマモが低いほど、トランセクトあたりの種数と個体数は少なくなる傾向にあったが、2、3月にはコントロール区と実験区とで違いが見られなくなった。4月以降に実験区でハゼ科の浮遊稚魚やメバル稚魚などが出現するようになると、以前とは逆に株密度が低いほど、あるいはアマモが低いほど、出現個体数が多くなり、特にハゼ科の浮遊稚魚ではアマモを全て除去した区で最も密度が高くなった。

(2)ハゼ科浮遊稚魚

 ハゼ科の浮遊稚魚はアマモを全て除去した実験区とアマモをコントロールの25%および50%の高さまで切り込んだ実験区で出現密度が顕著に高かったが、その出現位置は周囲の無処理のアマモとの境界域に偏っていた。またアマモを短くした実験区では、切り込んだアマモの上方部に多くの稚魚が出現していた。そこでこの境界域の要素を取り除くために、孤立したアマモパッチを4つ選びパッチ全体に対してアマモの全除去と高さの操作を行い、コントロールパッチと比較した。操作したパッチ上には浮遊稚魚は全く出現しなかった。さらに広範囲に広がるアマモ場の外縁部と内部に存在する浮遊稚魚の個体数を調べたところ、前者で顕著に多かった。したがって、これらの浮遊稚魚はアマモ場内部ではなく、アマモ場と周囲の砂地との境界にできるような大きなギャップを持った構造を生息場所として選好していることが示唆された。

(3)スジハゼとアミメハギ

 実験区域で恒常的に観察され、個体数も多かったこれら2種に対するアマモ場の構造の影響はそれぞれの種で異なった。

 スジハゼの着底稚魚は7月下旬以降に実験区内に出現した。アマモ場内に設定した実験区とコントロール区との間では、着底稚魚の出現数に有意な差が見られたことは少なく、全実験区間でほぼ均一に分布していた。また、周囲の砂地と比較すると、アマモ場内で出現数が顕著に多かった。すなわち、スジハゼの着底稚魚は生息場所としてアマモ場を選好して住むが、アマモの株密度や高さといった構造はその分布パターンを決定する要因ではないことが示唆された。また、スジハゼの成魚の個体密度もすべての実験区とコントロール区とで差がなかった。

 一方、アミメハギではコントロール区と実験区で出現個体数に差があることが多かった。

6.魚類群集の形成機構

 油壺のアマモ場に出現する魚類は,それらの餌利用パターンからいくつかの餌ギルドにわけられ,その餌ギルド内の種間では、生息場所やより細かなレベルでの餌利用のパターンに差が見られた。したがって,アマモ場における魚類は潜在的に存在する競争を資源分割によって緩和しながら共存し,群集を形成している可能性が示唆された。

 今後は、種間競争によってこのような資源分割が生じるかどうか,除去実験などによって検討していく必要がある。

審査要旨

 アマモ場はその周囲の砂泥地と比べ多くの魚類が生息し、稚魚の重要な生育場になっているといわれているが、アマモ場の魚類群集に関するこれまでの研究では、その形成機構についてはあまり明らかにされなかった。

 本研究は、三浦半島油壺のアマモ場における魚類群集の構造と、各種の餌および生息場所の利用パターンを調べることによって魚類群集の形成機構を考察し、さらにアマモ場の構造が魚類群集の構造に及ぼす影響を野外実験によって明らかにすることを目的としたものである。

 第1章と第2章では、研究の背景と調査地について述べている。

 第3章ではアマモ場に出現した魚類について述べている。1993年1月から1995年12月まで毎月1回行った潜水調査で、35科75種の魚類が観察された。1993年と1994年ではアミメハギとウミタナゴが、1995年ではアミメハギとキヌバリ、チャガラが年を通じた優占種となっていた。アマモ場の魚類には、周年出現した種(アミメハギ、ウミタナゴなど)とある時期にのみ出現した種(オキタナゴ、アオタナゴなど)があった。稚魚が長期間出現した種もあり、これらの種ではアマモ場が生育場になっていると推定された。

 第4章では船曳網で採集した各種の消化管内容物を精査して魚類の餌利用パターンを明らかにしている。出現各種は小型甲殻類食、浮遊動物食、多毛類食、魚食、大型甲殻類食、貝類食、デトライタス食、昆虫食、卵食、海草食、ソフトコーラル食の11群にわけられた。体長によって利用していた餌が異なっていた種もあり、これらの小型個体は浮遊動物や小型の甲殻類を主に利用していたが、成長に伴い食性が変化していた。

 第5章では、潜水観察の結果をもとに、魚類の微細生息場所を明らかにしている。個体密度の高かった種は水平方向には均一に、垂直方向には偏って分布している場合が多かったことを明らかにした。また、同一種でも体長によって分布パターンが異なる場合があることを示している。

 第6章では種間における資源利用の重複パターンを、食性と微細生息場所の調査結果から明らかにしている。優占2種のアミメハギとウミタナゴ間では、1993年において餌と微細生息場所の利用は一方の重複が大きいと他方の重複が小さくなる変動パターンを示した。前年に比べてウミタナゴの出現密度が低かった1994年では、アミメハギの微細生息場所が拡大していた。1995年の各月における優占種間で、餌利用と微細生息場所利用が同時に大きく重複することはほとんどなく、また、餌ギルド内の各種間における微細生息場所利用の重複は小さい場合が多く、大きい場合でも、餌項目を細分化して精査すると餌利用の重複は小さい場合が多かった。このことは優占種間のみならず多くの種間で、お互いに資源利用パターンをずらすことによって共存している可能性を示唆する。

 第7章ではアマモ場の構造が魚類群集に与える影響を、アマモ場にアマモの株密度と高さを操作した区とアマモを全て除去した区を設定し、それらの実験区で観察した魚類をコントロール区と周囲の砂地のものと比較して明らかにしている。コントロール区と実験区間での種数、個体数の違いはその時期に多く出現したものが、アマモ場の構造にどのように影響されるのかということに左右されている可能性があることを示唆している。ハゼ科の浮遊稚魚は、出現密度が顕著に高かった実験区のうち、密度操作区では株の間に均一に分布していたが、全除去区と高さ操作区では周囲との境界域に偏っていた。しかし境界域の要素を持たない実験パッチ上には浮遊稚魚は全く出現せず、またアマモ場の内部よりも外縁部に顕著に多く出現することから、これらの浮遊稚魚がアマモが低密度な場所や、アマモ場と周囲の砂地との境界などにできるギャップ構造を選好して分布することを示唆している。スジハゼでは着底稚魚、成魚とも、実験区とコントロール区間で出現数に有意な差が見られたことは少なく、アマモ場の構造はその分布パターンを決定する要因ではないことが示唆された。アミメハギではアマモが高密度な場所、あるいはアマモが高い場所に多く出現した。

 第8章は、総合考察で、調査地のアマモ場における魚類群集の形成機構について論じている。油壺のアマモ場の魚類群集の構造は種間競争によって形成されている可能性があること、またアマモ場の構造の持つ意義が各魚種によって異なることを示唆している。

 本論文は今まで知見の少なかったアマモ場における魚類群集の形成機構について、野外調査等によって明らかにした出現各魚種の餌、および微細生息場所利用をもとに論じたものであり、また野外実験により、アマモ場の構造と魚類との関わりについて新知見を得たものである。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認める。

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