アマモ場はその周囲の砂泥地と比べ多くの魚類が生息し、稚魚の重要な生育場になっているといわれているが、アマモ場の魚類群集に関するこれまでの研究では、その形成機構についてはあまり明らかにされなかった。 本研究は、三浦半島油壺のアマモ場における魚類群集の構造と、各種の餌および生息場所の利用パターンを調べることによって魚類群集の形成機構を考察し、さらにアマモ場の構造が魚類群集の構造に及ぼす影響を野外実験によって明らかにすることを目的としたものである。 第1章と第2章では、研究の背景と調査地について述べている。 第3章ではアマモ場に出現した魚類について述べている。1993年1月から1995年12月まで毎月1回行った潜水調査で、35科75種の魚類が観察された。1993年と1994年ではアミメハギとウミタナゴが、1995年ではアミメハギとキヌバリ、チャガラが年を通じた優占種となっていた。アマモ場の魚類には、周年出現した種(アミメハギ、ウミタナゴなど)とある時期にのみ出現した種(オキタナゴ、アオタナゴなど)があった。稚魚が長期間出現した種もあり、これらの種ではアマモ場が生育場になっていると推定された。 第4章では船曳網で採集した各種の消化管内容物を精査して魚類の餌利用パターンを明らかにしている。出現各種は小型甲殻類食、浮遊動物食、多毛類食、魚食、大型甲殻類食、貝類食、デトライタス食、昆虫食、卵食、海草食、ソフトコーラル食の11群にわけられた。体長によって利用していた餌が異なっていた種もあり、これらの小型個体は浮遊動物や小型の甲殻類を主に利用していたが、成長に伴い食性が変化していた。 第5章では、潜水観察の結果をもとに、魚類の微細生息場所を明らかにしている。個体密度の高かった種は水平方向には均一に、垂直方向には偏って分布している場合が多かったことを明らかにした。また、同一種でも体長によって分布パターンが異なる場合があることを示している。 第6章では種間における資源利用の重複パターンを、食性と微細生息場所の調査結果から明らかにしている。優占2種のアミメハギとウミタナゴ間では、1993年において餌と微細生息場所の利用は一方の重複が大きいと他方の重複が小さくなる変動パターンを示した。前年に比べてウミタナゴの出現密度が低かった1994年では、アミメハギの微細生息場所が拡大していた。1995年の各月における優占種間で、餌利用と微細生息場所利用が同時に大きく重複することはほとんどなく、また、餌ギルド内の各種間における微細生息場所利用の重複は小さい場合が多く、大きい場合でも、餌項目を細分化して精査すると餌利用の重複は小さい場合が多かった。このことは優占種間のみならず多くの種間で、お互いに資源利用パターンをずらすことによって共存している可能性を示唆する。 第7章ではアマモ場の構造が魚類群集に与える影響を、アマモ場にアマモの株密度と高さを操作した区とアマモを全て除去した区を設定し、それらの実験区で観察した魚類をコントロール区と周囲の砂地のものと比較して明らかにしている。コントロール区と実験区間での種数、個体数の違いはその時期に多く出現したものが、アマモ場の構造にどのように影響されるのかということに左右されている可能性があることを示唆している。ハゼ科の浮遊稚魚は、出現密度が顕著に高かった実験区のうち、密度操作区では株の間に均一に分布していたが、全除去区と高さ操作区では周囲との境界域に偏っていた。しかし境界域の要素を持たない実験パッチ上には浮遊稚魚は全く出現せず、またアマモ場の内部よりも外縁部に顕著に多く出現することから、これらの浮遊稚魚がアマモが低密度な場所や、アマモ場と周囲の砂地との境界などにできるギャップ構造を選好して分布することを示唆している。スジハゼでは着底稚魚、成魚とも、実験区とコントロール区間で出現数に有意な差が見られたことは少なく、アマモ場の構造はその分布パターンを決定する要因ではないことが示唆された。アミメハギではアマモが高密度な場所、あるいはアマモが高い場所に多く出現した。 第8章は、総合考察で、調査地のアマモ場における魚類群集の形成機構について論じている。油壺のアマモ場の魚類群集の構造は種間競争によって形成されている可能性があること、またアマモ場の構造の持つ意義が各魚種によって異なることを示唆している。 本論文は今まで知見の少なかったアマモ場における魚類群集の形成機構について、野外調査等によって明らかにした出現各魚種の餌、および微細生息場所利用をもとに論じたものであり、また野外実験により、アマモ場の構造と魚類との関わりについて新知見を得たものである。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認める。 |