下垂体で産生される生殖腺刺激ホルモン(GTH)は生殖腺の発達を調節する重要なホルモンである。従来魚類のGTHは1種類であると考えられていたが、近年サケ科魚において2種類のGTH、GTHIおよびGTHIIが単離・同定されたことから、魚類でも2種類のGTHにより生殖活動が制御されていることがわかってきた。しかし、これらの2種類のGTHの生物学的意義についてはいまだ不明な点が多いのが現状である。コイ科魚は魚類の生殖内分泌学の研究モデルとして多用されているが、2種類のGTHの存在については明確な証拠はまだ得られていない。そこで本研究では、コイ科魚のキンギョを用い分子生物学的手法によりGTHの二元性を明らかにするとともに、その発現機構を調べ、さらに受容体遺伝子のクローニングを行った。本論文は3章より構成されている。 第1章では、キンギョ下垂体から2種類のGTH、GTH IおよびGTH IIを構成する各鎖(両者に共通な鎖、各ホルモンに特異的なGTH I 鎖およびGTH II 鎖)をコードするcDNAをクローン化して、2種類のGTHの存在を遺伝子レベルで明らかにした。さらにキンギョ以外のコイ科魚数種のゲノムDNAに対してサザンブロット解析を行った結果、キンギョGTH I鎖およびGTH II 鎖に対するシグナルが認められたことから、これまで不明であったコイ科魚における2種類のGTHの存在が確認された。また、GTHと同族な甲状腺刺激ホルモン(TSH)をコードするcDNAもクローン化出来たことから、得られた2種類のGTH鎖cDNAがTSH鎖ではなく、いずれもGTH鎖をコードするcDNAであることを確認した。このようにキンギョにおける2種類のGTHのcDNAがクローン化されたことから遺伝子レベルでの制御機構について解析が可能となった。 第2章では、魚類の2種類のGTHの生物学的意義を解明する端緒として、キンギョの生殖活動における2種類のGTH遺伝子の発現動態、転写調節を調べた。成熟度の違いにょるGTH遺伝子の発現量の変動を調べた結果、鎖、GTH I 鎖、GTH II 鎖遺伝子の発現量はともに、未成熟期で最も低く、成熟が進むにつれて増加し、成熟期で最も高く、退縮期において再び低下した。一方、TSH鎖のmRNA量に顕著な差は見られなかった。特にGTH I 鎖とGTH II 鎖遺伝子は生殖腺の発達とともに同期して急速に発現し、GTH IおよびGTH IIの両方が同時期に生殖腺の発達に関与していることが示唆された。さらに性ステロイドがGTH遺伝子の転写におよぼす影響を調べた結果、GTH I 鎖mRNA量は卵巣除去により増加し、その増加は性ステロイド投与により抑えられた。一方、鎖、GTH II 鎖、TSH鎖のmRNA量に明瞭な変化は見られなかった。このことから、GTH I 鎖遺伝子のみが性ステロイドによる抑制的な転写調節を選択的に受け、鎖およびGTH II 鎖遺伝子とは異なる発現調節機構を持つことが示唆された。 2種類のGTHの生理作用および作用機序を解明する上で、GTH受容体についてもGTHとともに解析することが重要であるが、魚類のGTH受容体は未だ単離されておらず、その構造および発現動態については不明である。そこで第3章では、魚類のGTH受容体の一次構造および遺伝子の発現動態を明らかにするため、キンギョの生殖腺からGTH受容体のcDNAのクローン化を試みた。その結果、精巣からヒトのLH、FSH、TSH受容体とアミノ酸配列で44-57%の相同性を示すcDNAクローン(GGR33)を得た。このGGR33は生殖腺で発現が認めれることから、GTH受容体をコードするcDNAであると判断した。またキンギョでは水温上昇により成熟が促進されることが知られているが、水温上昇による精巣のGTH受容体mRNA量の増加がみられたことから、精巣の発達には、下垂体からのGTH分泌の増加に加え、受容体の増加も関与している可能性が示唆された。 以上、本研究はコイ科魚において始めて、2種類のGTHの存在を証明し、それらの遺伝子の発現動態および転写調節についての基礎的知見を得た後、GTH受容体の一次構造および遺伝子の発現動態の一端を明らかにしたもので、学術上、応用上貢献するところが大である。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |