学位論文要旨



No 112717
著者(漢字) 河野,直践
著者(英字)
著者(カナ) コウノ,ナオフミ
標題(和) 現代日本農業における「産消混合型協同組合」問題
標題(洋)
報告番号 112717
報告番号 甲12717
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1780号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 農業・資源経済学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田中,学
 東京大学 教授 泉田,洋一
 東京大学 教授 生源寺,眞一
 東京大学 教授 谷口,信和
 東京大学 教授 八木,宏典
内容要旨

 「産消混合型協同組合」とは、農畜産物などの生産者と消費者という、異なる経済的立場にある者がともに組合員となって、両者の実質的協同をつうじて事業を行なう協同組合のことである。日本の現行協同組合法制は、農業・漁業などの業種ごとに、主としてそれぞれの事業従事者を組合員とする協同組合を定め、他方で消費者を組合員とする生協を認めるという「職能別個別立法」によっており、産消混合型協同組合の設立を認めていない。だが近年、実質的に農業生産者と消費者がともに組合員となって運営する生協や、株式会社形態によりつつも、両者の協同によって組織運営される協同組合類似の組織(「協同組織」)が出現し、徐々に実力をつけるようになってきた。

 こうしたタイプの協同組合や協同組織についての研究は、皆無に近い状態であるが、輸入農産物との本格的競争時代に突入しつつある日本農業の将来を考えるにあたって、消費者と生産者の有機的協同によって農産物自給をはかるこの種の組織は興味ある研究対象である。また、農協・生協など既存の協同組合陣営が運動体としての活力低下や経営危機に直面するなかで、これらの新しい組織の動向に着目することは、協同組合運動の方向を考える上でも有意義と思われる。そこで、本論文では、産消混合型の協同組合や協同組織出現の背景、それらの組織・事業実態を明らかにするとともに、日本農業や協同組合をめぐる情勢をふまえて、その将来展望を試みたものである。

 論文は5章構成で、第1章では、職能別の個別協同組合法制への異論(「一般協同組合」論)が、戦後それなりに存在してきたことを振り返って、そのあゆみと現状を整理した。議論はそれぞれの時代背景を反映して固有の展開を見せ、大きくは3つに時期区分できる。具体的には、(1)戦後の新たな協同組合法制をいかに制定するかをめぐって議論された第1期(1940年代後半)、(2)農協の「地域組合化」という現実の変化や、将来にむけた「協同組合地域社会づくり」という提起を受けて議論が行なわれた第2期(1980年代まで)、(3)産消混合型協同組織や労働者協同組合といった、既存の法制に収まらない新しい協同組織が実際に出現・定着してきた第3期(1990年代)である。そして、既存の職能別協同組合法制の限界が理論上にとどまらず、すでに現実の問題になってきたところに今日的特徴があることを述べ、このうち産消混合型協同組合の問題に焦点を絞ることを提起した。

 次に、第2章と第3章では、産消混合型協同組織を考察するうえでの関連分野として、産消提携・産直活動と都市農村交流活動について、その歴史と現段階的特徴を押さえた。産消混合型協同組織の形成は、生産者と消費者(農山村民と都市住民)の協同活動の一形態であるが、農産物流通を軸とした両者の協同という点では、かねてから産消提携や産直活動が取り組まれてきたし、近年は、農山村民と都市住民の協同による各種の交流活動も活発化していることを考慮したものである。

 第2章では、産消提携・産直についての文献を整理したうえで、熊本県を選んで、性格の異なる複数の事例調査を行なった。そして、これらを総合することによって、(1)産消提携や産直はこれまで徐々に発展をしてきたものの、近年は農協・生協間産直の停滞や内容の変質、有機農産物の提携グループの停滞など、曲がり角局面にあること、(2)しかし、多様化を伴いつつ生産者サイドの動きが活発化している面もあり、全体の伸びがゆるやかな増加に転じてくるにつれ、担い手組織の再編の兆しが出てきていること、(3)産直の巨大化とシステム化、農産物輸入をともなう価格破壊をつうじて、活動内実が問われる時期にきているなかで、産消混合型協同組織の存在は注目に値することを論じた。

 同様に第3章では、都市農村交流に関する文献整理と、自治体・農協の行なっている都市農村交流活動の事例(自治体間の縁組、滞在型市民農園、水田のオーナー制度、農協間の姉妹提携)を分析した。結論としては、(1)農業・農村活性化のために都市農村交流に期待がかけられており、政策的な位置づけも高まっていること、(2)だが実際には、農業振興効果に乏しかったり、内容そのものが農業振興とはほど遠い土木事業に転化していたり、観光に傾斜するなどの歪みも顕在化していること、(3)こうした問題を克服し、都市農村交流の発展をつうじて農業振興をはかるには、ノウハウ上の問題も多々あると同時に、その推進主体である自治体や農協そのものに組織論的な限界があり、産消混合型協同組織に固有の可能性がはらまれていることを論じた。

 第4章では、近年新たに生まれてきた各種の産消混合型協同組織について、典型的な4タイプの事例を取り上げて分析した。これらは、法人形態、規模、参加運営方法、労働者の位置づけ、販売ルートなどの点で多様性をもち、大きくは以下の4つに類型化できる。(1)生産者・消費者の実質協同によって設立・運営される生協。生産者組合員の作った農産物を、もっぱら消費者組合員が消費するもので、県域以下で組織され、比較的小規模である(産消混合型の協同組合I)。(2)株式会社形態をとりつつも、生産面・消費面の双方の事業利用者を株主とし、協同組合に比較的類似した組織・運営形態をとるとともに、それを市民運動体の監視下に置くなどして会社の独走防止に配慮するもの(産消混合型の協同組合的会社)。(3)都市住民を含む多数個人の参加で組織され、生産物の一部はメンバー自身も消費するが、組織外への販売の比重が大きいもの。都市住民は利用者というよりも支援者的性格が強い(産消混合型の同人的会社)。(4)労働者協同組合が、事業利用者を組合員として巻き込み産消混合型に発展していくもの。農業分野での実例には乏しいが、たとえば、農作業に従事する労働者組合員が土地提供者や農産物の消費者を組合員に組織していくという展開が想定できる(産消混合型の協同組合II)。

 産消混合型協同組織はこのように多様であるが、歴史的に新しく、多数の生産者と消費者の双方の実質的参加によって運営され、全体として単一組織としての実態をもっていること、組織内の消費者に対する販売が多かれ少なかれ行なわれていること、組織自体の大規模化には慎重で、内部の分権化に積極的なことなどの共通性をもつ。そして、これらは既存の協同組合間協同などと比べて実際に固有の機能を果たしていると評価できることから、その存在の積極性を主張しうる固有の範疇をなすことを示した。

 第5章では全体を総括して、日本農業論・協同組合論上での産消混合型協同組合問題の今日的位相を見極めるとともに、将来を展望した。すなわち、産消混合型協同組織は、生産者と消費者の相互扶助をとおして農業を安定的に継続しうる条件を創出している点で評価できるが、まだ点的な存在であるうえに、多様なメンバー間の利害調整、内部の需給調整など、特有の困難も有する。したがって、これらは既存の産直などでは満足できない人をひきつけて成長する可能性もあるが、さしあたりは少数派にとどまると思われる。しかしながら、農産物の輸入自由化時代を迎え、農業への国民的コンセンサスの形成をつうじた自給率向上が課題となり、農政理念・農法論・担い手論などでも従来のような経済合理性中心基調からの転換のきざしも出てくるなかで、今後それらへの位置づけが高まる可能性も考えられる。

 産消混合型協同組織の実態は、既存の株式会社制度とも協同組合制度とも異質な面がある(産消混合型協同組織は、生産者と消費者という多様な事業利用者の実質的協同によるが、株式会社制度は株主と事業利用者の重なりを想定しない組織であり、他方で協同組合は同質な組合員の均等な利用を想定している)。これらを実際に法人化する場合、組合員資格や組合の地区など、規制の多い既存の協同組合法制によることは困難であり、より自由な株式会社制度によらざるをえない場合が多いので、それを協同組合として設立できるようにするには、協同組合法制の変革が必要である。協同組合とは、経済事業体であると同時に市民の運動体としての性格ももっているから、法制変革に取り組むかどうかは運動次元の選択とも考えられるが、資本主義の深化のなかで協同組合への期待が高まりつつある一方、既存の協同組合が運動体としての活力を喪失し、それが経営危機に波及している協同組合情勢をみたとき、一つの意義ある選択肢とも考えられる。

 具体的には、協同組合一般法の新規制定による場合と、既存の協同組合法(農協法、生協法、中協法)の修正による場合があるが、とくに農協との関係が問題となると考えられるので、(1)既成の農協はそのまま存続させつつも、広域の専門農協として産消混合型の農協を新たに認める、(2)既成の農協を徐々に混合型へと自己変革させる、(3)第1次産業にかかわる各種協同組合や生協を含む全体を再編させる、といった3つのケースについて、法制変革の具体的方向と、その可能性や課題などを検討した。さらに、このような農協制度の検討は、農協論上の課題とされてきた「職能組合論」と「地域組合論」の対立に新たな類型を付加すると同時に、両者を止揚する可能性もあることを論じ、農協論上の自らの位置確定を行なったうえで、本論の到達点と課題を整理して、考察を閉じた。

審査要旨

 本論文の題目にある「産消混合型協同組合」という用語ないし概念は、現在のところそれほど一般的に用いられるものではない。そこでまず、この用語について説明しておくことが必要と考えられる。

 「産消混合型協同組合」とは、農産物などの生産者とその消費者、商品取引という視点からすれば、売り手と買い手という、異なる経済的立場にある者がともに組合員となって、両者の実質的協同を通じて事業を行う協同組合のことである。

 ただし、日本の現行の協同組合法制のもとでは、農業協同組合や漁業協同組合などのように、主としてそれぞれの業種の従事者を組合員とする協同組合を定め、他方では消費者を組合員とする消費生活協同組合(生協)を認めるという「職能別個別立法」によっており、ここで言うところの産消混合型協同組合の設立は認められていない。

 しかしながら、近年いわゆる産直活動の拡大などを通じて、実質的に農業生産者と消費者が協同して運営する生協や、株式会社の形態をとりつつも生産者と消費者が協同で運営する協同組合類似の組織が各地に出現し、業績を拡大しつつある。輸入農産物が大幅に増加し、日本農業が種々の困難に直面するなかで、農協・生協など既存の協同組合の活動力の低下と経営危機が問題とされている現在、こうした新しい組織形態とその動向を分析することは、日本農業や協同組合運動の将来を展望する上で極めて重要な意義を有するものである。

 以上のような問題意識に基づいて、申請者は広範囲かつ詳細な実態調査と資料の収集を行い、従来皆無に近い状態であったこの新しい組織と運動の分野の研究を集大成したのである。

 論文は全5章から構成されている。まず第1章では、戦後の協同組合法制をめぐる論争を時期別・段階的に整理し、1990年代以降、前述した産消混合型協同組合や労働者協同組合などが数多く出現し、既存の職能別協同組合法制が理論的にも現実的にも限界を迎えていることを明らかにした。

 第2章では、従来生産者と消費者の直接的提携の主要な形態であった、いわゆる産直に焦点をあて、多くの事例調査や文献研究を通じて、例えば農協と生協のあいだの組合間産直が内容的にかなり変質しつつあり、また総じて停滞傾向がみられること、しかしその反面で取引の規模は巨大化し、かつシステム化してきて、そこで産消混合型協同組織の果たす役割が注目されていること等が指摘されている。

 第3章では、生産者と消費者の関係を自治体や農協などが行っている都市農村交流活動の事例(自治体間の縁組み、滞在型市民農園、水田のオーナー制度など)を分析し、これらの活動に農業・農村活性化の大きな期待がかけられているが、この場合にもノウハウの点や活動領域の問題など、既存組織には限界があることが明らかにされている。

 第4章は、本論文の中心となる産消混合型協同組織そのものについて、典型的とみなされる4つの類型を取り出して比較検討している。各類型はそれぞれの特徴を持っているが、共通していることは多数の生産者と消費者の双方が実質的に運営に参加することによって、単一組織としての実態をそなえ、また規模の拡大には慎重で、内部の分権化に留意していることなどであり、これらは従来の協同組合組織とは別な機能を果たしており、固有の範疇をなすものとして評価出来る。

 第5章は全体を総括し、問題点や今後の展望を示した部分である。すなわち、産消混合型協同組織は、生産者と消費者の相互扶助を通して日本農業を安定的に継続しうる条件を創出する可能性を有するものとして積極的に評価しうる反面、生産者と消費者のあいだの多様な利害の調整など特有の問題点もかかえている。また、これらの組織は既存の株式会社制度とも協同組合制度とも異質な面があり、実際に法人化しようとする場合には法制上の問題点も存在する。

 しかしながら、前述のような日本農業の当面する多くの困難を考えるならば、こうした組織による新しい可能性の追求は極めて重要である。本申請者は、多くの事例分析を通じて具体的な問題の所在を開示したのみならず、その法制上の可能性に至るまで精密な検討を加えている。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として十分価値あるものと認めた。

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