学位論文要旨



No 112720
著者(漢字) 黒田,清一郎
著者(英字)
著者(カナ) クロダ,セイイチロウ
標題(和) 野菜畑地からの硝酸態窒素流出特性 : 関東ローム台地上の多施肥畑地を対象として
標題(洋)
報告番号 112720
報告番号 甲12720
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1783号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物・環境工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,洋平
 東京大学 教授 中野,政詩
 東京大学 教授 中村,良太
 東京大学 助教授 宮崎,毅
 東京大学 助教授 山路,永司
内容要旨

 近年,化学肥料の普及とその使用量の増大に伴い,畑地帯において作物に吸収されずに溶脱した硝酸態窒素がひき起こす水質汚濁,すなわち硝酸態窒素による地下水汚染と河川・湖沼等への窒素流出が非常に大きな問題となっている.

 硝酸態窒素高濃度の水の飲用は,乳幼児や家畜においてメトヘモグロビン欠症の原因となるので,地下水の硝酸汚染は世界的に大きな問題となっている.我が国でも多くの報告が地下水中の硝酸態窒素が高濃度化していることを示している.また,汚染された地下水が河川・湖沼に流出した場合,閉鎖性水域の富栄養化の原因ともなる.農耕地主体の集水域においては地下流出水の占める割合が高く,河川の汚濁や閉鎖性水域の富栄養化問題の原因や対策を考える上で地下水流出・中間流出の汚濁特性の把握は非常に重要である.

 しかしながら現在までのところ,地下水・地下流出水中の硝酸態窒素の濃度・負荷量の実態と変動特性については未解明の点が多い.この地下水濃度・地下水流出に伴う窒素流出量の不透明さが,地下水や河川・閉鎖性水域の汚濁の面源対策を立案する上で大きな障害となっている.

 そこで本研究では,硝酸態窒素による地下水汚濁および地下水流出に伴う窒素流出の実態を明らかにし,地下水汚濁機構を解明するために,実際に地下水の硝酸態窒素高濃度化が進行した畑地帯(茨城県稲敷郡)において,(1)地下流出水である湧水の流量・硝酸態窒素濃度・負荷量,(2)畑地直下の地下水の水位・水質,(3)畑地土層中の硝酸態窒素の鉛直分布に関して連続的な調査を行い,得られた知見より

 1.実際に地下水の硝酸態窒素高濃度化が進行した畑地帯において,湧水・地下水の硝酸態窒素濃度・負荷量の変動特性を明らかにする

 2.地下水の硝酸態窒素が高濃度化した畑地圃場において,土層中の硝酸態窒素の分布の特徴を明らかにする

 ことを目的とした.

 1章では,研究の背景である,畑地帯における地下水の硝酸汚染・および窒素の流出による河川の汚濁の実態についてふれ,研究の目的・構成について述べた.

 2章では,まず畑地肥料の溶脱によって硝酸態窒素が高濃度化した湧水を選定した.その湧水について日単位の流量・硝酸態窒素濃度・負荷量を1年間測定し,その変動特性について調査した.

 まず湧水の流量・硝酸態窒素濃度の時間単位での変動を16日間調査したところ,この期間67mmの降雨があったが,両者の変動は,変動係数にして流量1.1%,濃度3.0%と小さなものであった.このことから流量読み取り頻度と採水頻度は1日1回で十分と思われた.そこでその後1年間,測定頻度を1日1回とし湧水の観測を継続した.多施肥の野菜畑の下に位置するこの湧水の硝酸態窒素濃度は非常に高く,調査開始時では約35mg/Lであった.その後の1年間の調査においても,平均値で29.3mg/L,最低値でも26.0mg/Lと,高濃度の状態を維持することがわかった.その硝酸態窒素濃度の変動は比較的小さく,1年間の変動係数にして7%であった.そして施肥・降雨等によって急激で大きい濃度変動は生じないことが分かった.このような硝酸態窒素の安定性によって負荷量は流量にほぼ比例することとなった.またこのことから多雨期とその直後の期間は負荷量増大期となった.

 この負荷量と流量の比例の関係を検討すると,比例係数として硝酸態窒素濃度の年平均値を用いて推定した値と,毎日の実測の流量・濃度をかけて計算した負荷を比較すると,その標準誤差は負荷量の平均値の8.9%と小さいものであった.よって実用上は,湧水の濃度はほぼ一定で,負荷量は流量に比例するとみなせた.

 湧水の硝酸態窒素濃度は以上の様に変動が少なかったが,比較的小さな季節変動が認められた.この変動は流量の変動に関連性を見いだすことができ,流量が増大した後に硝酸態窒素濃度が上昇し,流量減少に伴い濃度も低下するという傾向があった.

 第3章ではこの結果を踏まえ,湧水の3年間の観測を継続し,第2章で明らかになった変動特性についてさらに詳細な検討を加えた.

 湧水の硝酸態窒素濃度は全期間の平均値が26.8mg/L,最低値でも21.6mg/Lであり,3年間を通じて安定的に高濃度であった.また硝酸態窒素濃度の変動は少なく,変動係数は11%であり,流量の30%に比べて低い値であった.負荷量と流量の関係を検討したところ比例型のLQ解析の標準誤差は負荷量平均値の13%,指数型では10.6%で,指数式の指数は1よりも大きかった.硝酸態窒素濃度の安定性から,年間流出負荷量は年間流出水量に大きく依存し,降雨量の多い年が負荷量も多く,降雨量の少ない年は流出負荷量も少なかった.

 硝酸態窒素濃度の季節変動について検討してみたところ,窒素施肥による影響はほとんどないと考えられた.また.硝酸態窒素濃度は,高流量時に希釈効果によって低濃度になるということはなく,むしろ高濃度になるという傾向を持っていた.そして一時期の例外期間を除いて,濃度を流量で直線近似することができた.この流量と濃度の関係をより詳細に検討したところ,流量増大後に濃度が上昇するという傾向がみられ,その対応の時間遅れは2週間であった.

 第4章では湧水の近隣にある畑地圃場直下の地下水について,地下水位,硝酸態窒素と共存する陰イオンを,1994年2〜12月まで調査した.

 その結果,地下水面が浅い地点では地下水位変動に対応した水質変化がみられた.硝酸態窒素については地下水流動方向上流における土地利用の影響がみられた.塩化物イオンについては地下水位上昇時に濃度が減少する傾向がみられた.また硫酸イオンについては水位上昇期に濃度が高くなる傾向がみられた.一方地下水面が比較的深い場合,濃度は安定的であった.また硫酸イオンが検出されなくなる傾向がみられた.

 第5章では湧水近隣の畑地土層における硝酸態窒素の分布について詳細に調査を行った.

 年間窒素施肥量が500kg/haの多施肥の畑地において,土層中のNO3-N分布について調査した.全体的に土層中には多くの窒素が保持されており,特に土壌溶液中の硫酸イオンが検出されなくなる下層土では,土壌が持つ陰イオン交換能によって多量の硝酸イオンが吸着されていた.その硝酸態窒素保持量は地表2.4mまでの土層全体で1242kg/haと年間施肥量の2.5年分であった.またそのうち吸着態は847kg/haと半分以上を占めていた.

 林地土層に関しては,表層土壌の硝酸態窒素は比較的高濃度であったが,深層部では非常に低濃度であった.また硫酸イオンは全体的に低濃度であった.そのため心土層では塩化物イオンが多く吸着されていた.林地土層の硝酸態窒素量が非常に低かったことから,畑地で蓄積していた多量の硝酸態窒素はほとんど全てが施肥由来であると考えられた.

 一方で,地下水面が浅い地点で,1994年4〜12月で継続的に調査したところ,1〜2mの心土層で硝酸態窒素が検出されないという特徴があり,地下水面が深い場合の硝酸態窒素の鉛直分布の特徴と異なっていた.そこで同一の圃場で地下水面が浅い地点と深い地点で土壌溶液中の陰イオン濃度・吸着量を測定し比較したところ,地下水面が浅い地点では,土壌溶液中に硫酸イオンが土層全体にわたり存在していたため,NO3-Nの保持に対する吸着の影響はあまりみられなかった.

 硝酸態窒素の鉛直分布の時間的な変化については,秋の台風に伴う高い降雨量に対しては比較的明瞭な変化があり,土層中硝酸態窒素の鉛直分布の下方への移動がみられた.

 最後に第6章において研究の全体をまとめた.

 畑地における地下水汚染・窒素流出に関しては我が国でも多くの研究が行われているが,実際に汚濁が進行した地域において,土壌・地下水そして河川への流出という,汚濁物質の流れに沿い全体的に実態を把握した研究例は多いとはいえない.地下水の硝酸汚濁に対する完全な対策が実行に移されておらず,その方法すら確立されたとはいえない現状においては,畑地耕作が地下水に与える影響を正しく評価する方法を確立することが必要である.そのためには施肥された窒素が地下水に到達し流出するまでの汚濁過程の全貌を明らかにし,汚濁機構を定量的に解明することが望まれる.

 本研究での,地下水の硝酸態窒素濃度の高濃度化が実際に進行した畑地域における,土壌・地下水・湧水という流れの中で総合的・継続的に行ってきた一連の調査の結果は,この汚濁過程の解明という現在の大きな課題に貢献できるものと考える.

 また地下水中の汚濁物質の濃度変動は現在大きな関心事となっているが,その実態及び要因については不明な点が多い.また硝酸態窒素の土壌への蓄積も今後ますます深刻な問題となると思われるが,その実態について明らかにした事例は少ない.本研究における一連の成果は,地下水硝酸汚染に関する上述のような大きな問題点に関し貢献し得たものと考える.

審査要旨

 近年、化学肥料の使用量の増大に伴い、畑地帯において作物に吸収されずに溶脱した硝酸態窒素がひき起こす水質汚濁、すなわち地下水汚染と河川・湖沼等への窒素流出・富栄養化が非常に大きな問題となっている。しかしながら現在までのところ、地下水・地下流出水中の硝酸態窒素の濃度・負荷量の実態と変動特性については未解明の点が多い。この不透明さが、面源対策を立案する上で大きな障害となっている。

 そこで本研究では、1)湧水の硝酸態窒素濃度変動特性・窒素流出特性を把握すること、2)湧水の近くの土層・地下水中の硝酸態窒素の分布状況を明らかにすること、および3)台地畑における硝酸態窒素の汚濁・流出過程の解明することを、目的としている。

 第1章は研究の背景で、上記のような研究の背景および目的について述べている。

 第2章は、湧水について日単位の流量・硝酸態窒素濃度・負荷量の測定とその変動特性についての解析である。

 まず湧水の流量・硝酸態窒素濃度の時間単位での変動については、変動係数にして流量1.1%、濃度3.0%と小さなものであったことから、流量読み取り頻度と採水頻度は1日1回で十分としている。そこでその後1年間、測定頻度を1日1回とし湧水の観測を継続しているが、それにおいても、平均値で29.3mg/L、最低値でも26.0mg/Lと、高濃度の状態を維持し、変動係数も7%と小さかった。一方、比較的小さな季節変動は認められている。この変動は流量の変動と関連があり、流量が増大した後に硝酸態窒素濃度が上昇し、流量減少に伴い濃度も低下するという傾向を認めている。

 第3章ではこの結果を踏まえ、湧水の3年間の観測を継続し変動特性についてさらに詳細な検討を加えている。

 負荷量と流量との関係では、比例型のLQ解折の標準誤差は負荷量平均値の13%、指数型では10.6%で、指数式の指数は1よりも大きい。また硝酸態窒素濃度の季節変動についての検討からは、窒素施肥による影響はほとんどないとしている。また、硝酸態窒素濃度の流量との関係をより詳細に検討し、流量増大後に濃度が上昇するという傾向と、その時間遅れを明らかにしている。

 第4章では湧水の近隣にある畑地圃場直下の地下水について、地下水位、硝酸態窒素と共存する陰イオンを、ほぼ1年間調査した結果、地下水面が浅い地点では地下水位変動に対応した水質変化を明らかにしている。すなわち、硝酸態窒素については地下水流動方向上流における土地利用の影響がみられ、塩化物イオンについては地下水位上昇時に濃度が減少する傾向が、また硫酸イオンについては水位上昇期に濃度が高くなる傾向が、それぞれみられている。一方地下水面が比較的深い場合、濃度は安定的であり、また硫酸イオンが検出されなくなる傾向を明らかにしている。

 第5章では湧水近隣の畑地土層における硝酸態窒素の分布について詳細に調査を行っている。すなわち、全体的に土層中には多くの窒素が保持されており、特に土壌溶液中の硫酸イオンが検出されなくなる下層土では、土壌が持つ陰イオン交換能によって多量の硝酸イオンが吸着されていた。その硝酸態窒素保持量は地表2.4mまでの土層全体で1242kg/haと年間施肥量の2.5年分もあった。

 林地土層に関しては、表層土壌の硝酸態窒素は比較的高濃度であったが、深層部では非常に低濃度であった。また硫酸イオンは全体的に低濃度であった。そのため心土層では塩化物イオンが多く吸着されていた。このことから、畑地で蓄積していた多量の硝酸態窒素は殆ど全てが施肥由来であると考えられた。

 第6章は、これら現場での測定結果の実験室における再現実験と、現場では観測できない条件下でのシミュレーション的実験である。実験には深土層から不撹乱試料を取り出し、これに各種イオンをさまざまに変えた溶液を滴下し、流出水の濃度の変動過程を調べたものである。これにより、土層中でのイオン吸着・交換のメカニズムが明らかにされている。

 最後に第7章において研究の全体をまとめ、今後の課題を指摘している。

 本研究は、卒業論文以来6年間の長きにわたって、現場での測定を継続しつつ、実験室での実験や理論的考察を加えることで、全体的なメカニズムの解明にあたったもので、結果、土層-地下水-湧水という流れの中における、硝酸等のイオンの吸着・蓄積・排出のメカニズムを体系的に説明している。本研究における一連の成果は、地下水硝酸汚染に関する間題点に関し、具体的な貢献をし得たものと判断される。

 よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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