学位論文要旨



No 112722
著者(漢字) 毛,光伶
著者(英字)
著者(カナ) マオ,クァンリン
標題(和) べたがけ下の微気象に関する基礎的研究
標題(洋) Fundamental Studies on Microclimate under Row Covers
報告番号 112722
報告番号 甲12722
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1785号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物・環境工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高倉,直
 東京大学 教授 岡本,嗣男
 東京大学 教授 瀬尾,康久
 東京大学 助教授 藏田,憲次
 東京大学 助教授 大下,誠一
内容要旨 序論1、研究の背景

 近年、べたがけ栽培は世界中に普及している。べたがけ栽培とは、通気性資材を直接植物群落上に被覆して栽培を行う方法である。べたがけは、昇温、加湿、生育促進、凍害と風害の防止など、様々な効果を持っている。現在、べたがけ下の微気象の成立機構はまだよく解明されていないため、べたがけ栽培における被覆の時期と期間、資材の選択などは、栽培者の経験から決められているのが現状である。このため、栽培環境や、植物種によっては、効果が不安定あったり、負の効果が生じることもある。

 現在まで、被覆の効果に関する研究はいくつか報告されているが、べたがけ下微気象の成立機構に関する理論的研究は多くない。特に微気象に関する体系的かつ定量的な研究やシミュレーションの研究はまだ行われていない。

2、研究の目的

 本研究では、べたがけ下微気象成立機構の解明と微気象シミュレーションモデルを作成することを目的とした。

 しかし、べたがけ下微気象の形成過程には、いくつか未知の点があるため、シミュレーションモデルを作成する際には、以下の点を調べる必要がある。通気性資材であるべたがけにおいて、(1)被覆内外の運動量とスカラー量の交換が資材によって、どのように変わってくるか?あるいは資材によって乱流拡散はどのようになっているか?(2)べたがけ下の湿度が高いため、特に夜間は放射冷却により、いばいば資材に結露が生じる。その際に、資材の間隙率と長波放射特性がどのように変わるか?(3)被覆下微気象の形成と深く関係する日射透過率は、緯度や季節、被覆形式によって、どのように変化するか?(4)被覆下の狭い空間内での資材、植物、土壌の間の放射交換はどうなるか?あるいは形態係数はどうなるか?

本論1、運動量の乱流拡散に関する風洞実験

 風洞実験の床面に作物の模型を配置した。被覆資材は、模型群落上に直接被覆した。風洞の断面は、60cmかけ60cmの正方形である。模型は、直径2.3cm、高さ5cmである。前後、横の間隔は10cmで、千鳥状に配置した。本研究では、供試べたがけ資材として、間隙率が0.54,0.39および0.19の三種類の被覆資材を使用した。資材Aは割繊維不織布で、資材BとCは長繊維不織布である。割繊維不織布と長繊維不織布では、素材が異なる。

 図1は風洞内風速の垂直分布の実測結果である。横軸は風速、縦軸は高さである。本実験では、2種類の風速下で風速分布を測定した。風速は高さ15cmの位置で、0.46と0.92m/sの2通りを設定した。この結果から、べたがけ資材により、被覆上の風速分布が異なることが解った。また、被覆下の風速は、極度に小さくなることが解った。風速の対数分布式から、最小2乗法を用いて、風速分布の実測値から、諸係数を求めた。また、運動量の乱流拡散係数と2点間の抵抗を計算した。表1に低風速下での測定値に基づいて計算した諸係数を示す。3つの資材を比較すると、間隙率が小さくなるほど、dは大きくなり、Znは小さくなった。いずれの資材も、乱流拡散の変化は、無被覆の時に比べて、最大でも、40%程度であった。高風速下での諸係数の変化は、低風速下における時とほぼ同じ結果になった。

 以上の結果をまとめると、まず、べたがけ資材の間隙率が小さくなると、地面修正量が大きくなり、粗度長は小さくなることが解った。また、被覆による群落上の運動量の乱流拡散抵抗の変化は、無被覆の時の75〜175%にすぎなかった。

2、群落内外のスカラー量の乱流拡散に関する風洞実験

 本実験では、CO2ガスをラインソースとして放出できるように、床面を横断するかたちで、直径5mmのパイプを設置した。ボンベからCO2ガスを放出し、測定部分でCO2濃度の絶対値と風方向20cmの濃度差の垂直分布を測定した。風速は高さ45cmの位置で0.46m/sに設定した。炭酸ガス連続拡散の式から、風方向の濃度勾配と垂直勾配を用いて、スカラー量の乱流拡散計数が求められた。さらに、抵抗も求めた。

 図2に炭酸ガス濃度の垂直分布を示した。hは群落の高さである。無被覆より、被覆下と被覆上の付近の炭酸ガス濃度は高くなることが解った。しかも、資材の間隙率が小さいほど、濃度は高くなった。表2に無次元スカラー量の乱流拡散係数と抵抗を示した。被覆下と被覆上の付近においての乱流拡散係数は無被覆より極度に小さくなり、しかも、間隙率が小さくなるにしたがって、係数は小さくなることが解った。被覆下と被覆上の付近において抵抗は無被覆よりいちじるしく大きくなった。しかも、間隙率が小さくなるにしたがって、抵抗は急激に大きくなった。

 結果をまとめると、べたがけ資材の被覆により被覆下と被覆上の付近においてスカラー量の乱流拡散がいちじるしく抑制された。資材の間隙率が小さくなるほど、拡散の抑制が顕著になった。0.9hとhの間の抵抗は無被覆より25から126倍に増加し、hと2.6hの間の抵抗は無被覆より11から28倍に増加した。

3、濡れた資材の間隙率と長波放射特性の変化

 3種類の資材を枠に固定して、水槽の上に置いた。資材に結露が早くできるように、水をヒータで加熱した。濡れた部分がはっきり見えるように、あらかじめ、水溶性の青い染色剤を資材につけておいた。平均を求めるため、1種類の資材につき、濡れ量を天秤で2回はかり、写真を12枚撮った。濡れ量の増加にしたがって、資材Bと資材Cの間隙率は小さくなったが、資材Aの間隙率は変わなかった。

 減衰係数を用いて、濡れていない時の資材Aの間隙率、透過率、結露の厚さと反射率によって、濡れている資材の透過率と反射率を計算した。資材BとCに対しては、結露部分の透過率が0と仮定して、濡れている資材の透過率と放射率の計算式を得た。図3は資材Bの間隙率、透過率、放射率と反射率の計算結果である。

 まとめると、まず、実測値によって間隙率と濡れ量の回帰式を得た。そして、その結果から、濡れた資材の長波放射特性の変化を計算ことができた。

4、べたがけ下微気象シミュレーションモデル

 まず、直達日射透過率について説明する。本研究で用いる直達日射透過率とは、被覆空間内部に入射した直達日射量と、無被覆条件において、同じ空間内に入射した直達日射量の比のことである。被覆の畝方向の長さは無限、断面は台形、側面と地表面との角度は75°と仮定した。また、被覆の高さを1として被覆した地表面の幅はそれぞれ4.10.22とした。被覆方向あるいは畝の方向はそれぞれ南北、東西、SE-NW,とSW-NE方向とした。直達日射量はブーゲの式で計算した。大気透過率Pはそれぞれ冬至0.80、春分0.73、夏至0.66とした。表4に緯度と被覆形式による日積算直達日射透過率の変化を示す。この図から、冬至における東西方向の日積算直達日射透過率は最大になり、南北方向では最低になることが解る。また、緯度が高い地点における各方向の日積算直達日射透過率の差は大きくなる。各方向の変化は、被覆幅が広くなるに従って、小さくなる。夏至には、南北方向の日積算直達日射透過率が最大になり、東西方向は最低になることが解る。また、被覆幅が広くなると、透過率は高くなる傾向がある。

 次に、形態係数について説明する。群落による光の遮蔽を考えて、相互関係を利用して、すべての形態係数を計算できる。表5はK=0.5の時の形態係数の計算結果である。乱流拡散に関する風洞実験の結果より、資材の間隙率と外部の風速によって、被覆内外の抵抗を計算できた。

Table 1 Parameters values at low wind velocity.Porosities are from Chen et al.(1988).Superscript(*)indicates control experiment(no-cover).Km:turbulent diffusion coefficient at 130mm(10-3m2s-1) rm:turbulent diffusion resistance of between 50mm and 130mm(102sm-1)

 次にシミュレーションモデルの構成について説明する。システムモデルは4つのサブモデルで構成され、それぞれ資材サブシステム、内部空気サブシステム、群落サブシステム、と土壌サブシステムである(図4)。図5は微気象シミュレーションプログラムのフローチャートである。モデルの検証のため、野外実験を行った。パラメータの一部は実験の実測値を用いた。一部は文献によって調べたデータである。一部はシミュレーション結果と実測結果が合うものを選った。

Table 2 Turbulent diffusion coefficients(Kc)and resistances(rc).Values in parenthesis are those divided by the corresponding values in the control.

 図6は95年4月5日における資材Bの内部気温の実測値と計算結果を示す。図7は同じく内部湿度の24時間の実測値と計算結果である。図8は内部地表面温度の実測値と計算結果を示す。正午頃の計算値は実測値より4-5℃程度低くなっている。この原因は、被覆下二条栽培のため、真ん中の植物の密度が低いためであると思われる。

Table 3 Measured data of dew weight(gm-2)and porosity.

 まとめると、直達日射透過率、形態係数と乱流拡散抵抗のサブモデルとべたがけ下微気象シミュレーションモデルを作った。シミュレーション結果からモデルの有効性が示された。

Table 5 View factors of row covers for extinction coefficient of 0.5 with top width 65,base width 90 and height 35.
総括

 運動量の乱流拡散に関する風洞実験、群落内外のスカラー量の乱流拡散に関する風洞実験とぬれた資材の間隙率と長波放射特性の変化に関する実験を行った。べたがけ下の微気象の成立機構を解明した。べたがけ下の微気象シミュレーションモデルを作った。シミュレーション結果からモデルの有効性が示された。

Table 4 Transmissivity of daily total integrated direct solar radiation at different latitudes for row cover height-to-width ratios of 1:4 and 1:10.WS for Winter Solstice,SE for Spring Equinox,and SS for Summer solstice.Fig.1 Wind profiles in and above model vegetation.Fig.2 CO2 Concentration profiles in and above model vegetation.Fig.3 Changes of longwave characteristics with dew deposition for material B.Fig.4 Schematic illustration of energy and mass flow for a fabric row cover.Fig.5 Flow chart of computer program for microclimate simulation under row covers.Fig.6 Measured and slmulated internal air temperature on Apr.5,1995 for material B.Fig.7 Measured and simulated internal air humldity on Apr.5,1995 for material B.Fig.8 Measured and slmulated soil surface temperature on Apr.05,1995 for material B.
審査要旨

 べたがけは、作物群落上に直接通気性資材を被覆する栽培方法で、生育促進、凍冷害からの作物の保護、虫害からの保護、土壌保全、風害からの保護など多様な効果があり、近年世界的に普及している。しかし、べたがけをした場合の作物群落近辺の環境の成立機構に関する定量的な研究がないため、べたがけの時期の決定や適切な資材の選択は、従来経験的に行われてきた。また、べたがけをしたためにかえって負の効果が出るなどの失敗例も報告されている。本研究は、べたがけ下の微気象の成立機構を物理的観点から解明し、微気象の定量的な予測のためのシミュレーションモデルの開発を目的とした。使用したべたがけ資材は、割繊維不織布1種類、長繊維不織布2種類の計3種類の資材であり、間隙率は0.19から0.54の範囲であった。

 まず、風洞実験で、べたがけをした場合の作物群落上の運動量の乱流拡散の特徴を風速分布の測定値から調べた。その結果、地面修正量はべたがけにより大きくなること、また地面修正量はべたがけ資材の間隙率が小さいほど大きくなること、粗度長は間隙率が小さいほど小さくなること、乱流拡散抵抗はべたがけをしない場合の75-175%の範囲であることなどの知見を得た。

 次に、顕熱、潜熱(水蒸気)や二酸化炭素などのスカラー量の乱流拡散のべたがけによる変化を、同じく風洞実験で二酸化炭素をトレーサーとして調べた。その結果、スカラー量の乱流拡散抵抗は、べたがけをしない場合と比べて、作物群落内で最高130倍、群落直上で最高30倍と著しく大きくなること、抵抗が大きくなる度合いは資材の間隙率が小さいほど大きいことなどの知見を得た。

 べたがけ栽培では、被覆資材に結露することがよくある。結露は資材の実質的な間隙率を変え、また長波放射特性を変化させる。これらの変化は、べたがけ下の微気象に大きな影響を与えるものと予想される。そこで、実際に屋外でべたがけ資材に結露させ、結露量と資材の間隙率の変化を調べ、その回帰曲線を得た。またこの結果に基づき、結露による資材の長波放射特性の変化を計算により明らかにした。結露量が増えるに従って、資材の放射率は増加し、反射率、透過率は減少する。

 次に、べたがけをした場合の太陽放射の透過率を計算により求めた。ここでいう透過率とは、べたがけをした場合の作物群落へ入射した太陽放射量の、べたがけをしない場合の同じ量に対する割合のことである。その結果、冬至では、東西方向の畝の方が、南北方向の畝に比べて透過率が高く、夏至ではその関係が逆転すること、東西畝と南北畝の差は冬至の高緯度地方ほど大きいこと、べたがけの断面の形状の幅に対する高さの比が小さいほど、上記の透過率の差は小さいことなどの知見を得た。

 上記の各点はそれ自体としてべたがけによる作物群落近辺の微気象の変化を実験的にあるいは計算によって解明したものであるが、さらにこれらの知見を総合して、べたがけ下の微気象を予測するシミュレーションモデルを作成した。モデルは4つのサブモデルからなる。それらは、被覆材サブモデル、群落内空気層サブモデル、群落サブモデルおよび土壌サブモデルである。上記最初の3つのサブモデルでは、上記の風洞実験による乱流拡散抵抗の算定やの屋外での結露実験の結果などを応用して、各部位のエネルギー収支、水分収支を計算した。土壌サブモデルでは地中伝導熱量を計算した。べたがけ下気温、湿度、地中温度などの日変化の計算結果は実測値とよく一致した。ただし、地表面温度の場合は実測値と計算値で若干の差があった。この原因は、測定値が地表面温度の平均値を正しく反映していないためと推測された。

 以上の結果から、このシミュレーションモデルはべたがけ下の微気象の成立の物理的プロセスを再現しており、与えられた気象条件、土壌条件、被覆材でのべたがけ下の微気象を予測するのに有効であること、あるいは、与えられた気象条件、土壌条件下、作物に適切な被覆材の選択、または被覆材の設計などに有効であることが示された。また、このモデルを用いて、被覆材の違いによるべたがけ下微気象の違いを検討し、間隙率の違いにより群落近辺の微気象が大きく異なることなど、実用上有益な知見を得た。

 以上、要するに、本研究はべたがけ下の微気象の成立機構を実験的また理論的に明らかにしたものであり、学術上、応用上貢献するところが極めて大きい。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として十分な価値を有するものと判定した。

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