べたがけは、作物群落上に直接通気性資材を被覆する栽培方法で、生育促進、凍冷害からの作物の保護、虫害からの保護、土壌保全、風害からの保護など多様な効果があり、近年世界的に普及している。しかし、べたがけをした場合の作物群落近辺の環境の成立機構に関する定量的な研究がないため、べたがけの時期の決定や適切な資材の選択は、従来経験的に行われてきた。また、べたがけをしたためにかえって負の効果が出るなどの失敗例も報告されている。本研究は、べたがけ下の微気象の成立機構を物理的観点から解明し、微気象の定量的な予測のためのシミュレーションモデルの開発を目的とした。使用したべたがけ資材は、割繊維不織布1種類、長繊維不織布2種類の計3種類の資材であり、間隙率は0.19から0.54の範囲であった。 まず、風洞実験で、べたがけをした場合の作物群落上の運動量の乱流拡散の特徴を風速分布の測定値から調べた。その結果、地面修正量はべたがけにより大きくなること、また地面修正量はべたがけ資材の間隙率が小さいほど大きくなること、粗度長は間隙率が小さいほど小さくなること、乱流拡散抵抗はべたがけをしない場合の75-175%の範囲であることなどの知見を得た。 次に、顕熱、潜熱(水蒸気)や二酸化炭素などのスカラー量の乱流拡散のべたがけによる変化を、同じく風洞実験で二酸化炭素をトレーサーとして調べた。その結果、スカラー量の乱流拡散抵抗は、べたがけをしない場合と比べて、作物群落内で最高130倍、群落直上で最高30倍と著しく大きくなること、抵抗が大きくなる度合いは資材の間隙率が小さいほど大きいことなどの知見を得た。 べたがけ栽培では、被覆資材に結露することがよくある。結露は資材の実質的な間隙率を変え、また長波放射特性を変化させる。これらの変化は、べたがけ下の微気象に大きな影響を与えるものと予想される。そこで、実際に屋外でべたがけ資材に結露させ、結露量と資材の間隙率の変化を調べ、その回帰曲線を得た。またこの結果に基づき、結露による資材の長波放射特性の変化を計算により明らかにした。結露量が増えるに従って、資材の放射率は増加し、反射率、透過率は減少する。 次に、べたがけをした場合の太陽放射の透過率を計算により求めた。ここでいう透過率とは、べたがけをした場合の作物群落へ入射した太陽放射量の、べたがけをしない場合の同じ量に対する割合のことである。その結果、冬至では、東西方向の畝の方が、南北方向の畝に比べて透過率が高く、夏至ではその関係が逆転すること、東西畝と南北畝の差は冬至の高緯度地方ほど大きいこと、べたがけの断面の形状の幅に対する高さの比が小さいほど、上記の透過率の差は小さいことなどの知見を得た。 上記の各点はそれ自体としてべたがけによる作物群落近辺の微気象の変化を実験的にあるいは計算によって解明したものであるが、さらにこれらの知見を総合して、べたがけ下の微気象を予測するシミュレーションモデルを作成した。モデルは4つのサブモデルからなる。それらは、被覆材サブモデル、群落内空気層サブモデル、群落サブモデルおよび土壌サブモデルである。上記最初の3つのサブモデルでは、上記の風洞実験による乱流拡散抵抗の算定やの屋外での結露実験の結果などを応用して、各部位のエネルギー収支、水分収支を計算した。土壌サブモデルでは地中伝導熱量を計算した。べたがけ下気温、湿度、地中温度などの日変化の計算結果は実測値とよく一致した。ただし、地表面温度の場合は実測値と計算値で若干の差があった。この原因は、測定値が地表面温度の平均値を正しく反映していないためと推測された。 以上の結果から、このシミュレーションモデルはべたがけ下の微気象の成立の物理的プロセスを再現しており、与えられた気象条件、土壌条件、被覆材でのべたがけ下の微気象を予測するのに有効であること、あるいは、与えられた気象条件、土壌条件下、作物に適切な被覆材の選択、または被覆材の設計などに有効であることが示された。また、このモデルを用いて、被覆材の違いによるべたがけ下微気象の違いを検討し、間隙率の違いにより群落近辺の微気象が大きく異なることなど、実用上有益な知見を得た。 以上、要するに、本研究はべたがけ下の微気象の成立機構を実験的また理論的に明らかにしたものであり、学術上、応用上貢献するところが極めて大きい。よって審査員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として十分な価値を有するものと判定した。 |