学位論文要旨



No 112723
著者(漢字) 朝倉,靖弘
著者(英字)
著者(カナ) アサクラ,ノブヒロ
標題(和) パーティクルボードの吸放湿特性と室内湿度調節性能
標題(洋)
報告番号 112723
報告番号 甲12723
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1786号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 生物材料科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大熊,幹章
 東京大学 教授 岡野,健
 東京大学 教授 水町,浩
 東京大学 教授 尾鍋,史彦
 東京大学 教授 有馬,孝礼
内容要旨

 居住空間の湿度を内装材料によって調節する事(以下調湿と呼ぶ)は,恒常的な効果が期待出来る上に,動力を使わないため維持費がほとんどかからないというメリットがある.また,省エネルギー的にも有望な作用であるといえる.木材が,調湿材料として有効であることは良く知られており,多くの報告がなされている.さて,住宅における室内湿度変化は,季節変化などに代表される長周期のものと,日変動や生活行動による水蒸気の発生などによる比較的短期の変動に分けて考えられる.このうち,比較的短期の湿度変動を内装材料によって調節することを目的とした場合,内装材料に求められるのは高い吸放湿速度性能と,大きな湿気容量であるといえる.木材を元に作られたパーティクルボード(PB)は,木材の水分吸着機構を有しつつ,低密度化などにより水蒸気の通り道となりうる空隙を多数存在させることが可能であり,調湿材料として有効であることが考えられる.そこで本報告では,PBの吸湿性能と調湿性能を測定し,検討を行った.また,さらに調湿性能を高める方法についての検討を行った.以下に概略を述べる.

【各種市販木質ボードの吸湿性能】[概要]

 数種の市販木質ボードの吸湿性能について検討を行った.試験に用いたボードは,中質繊維板(MDF),配向削片板(OSB),硬質繊維板(HB),軟質繊維板(IB),PB,針葉樹合板,南洋材合板およびアカマツ板目板の8種類である.

[湿気容量性能の検討]

 木質ボードの平衡含水率(EMC)は,おおむねアカマツ板目板より低くなった.これは,製造時の熱圧による吸着点の減少と,ボードが吸湿量の少ない接着剤を含んでいるためと考えられる.また,湿度が単位量変化した場合に,どれだけの量の水分を吸放湿可能であるかを示す湿気容量値(kg/m3(kg/kg’))を算出した.はOSBがもっとも高く,ついでアカマツ板目板,HB,PBの順となった.また,IBはもっとも低い値を示した.

[吸湿実験]

 各ボードを片側一面を除いて,アルミテープおよびビニールシートで断湿した.この結果,材料は一面からのみ吸放湿を行い、また材内の水分の動きは材厚方向の一次元流と見なせる.材料を20℃,54%RHで十分に養生した後,周囲湿度を75%まで増加させ,吸湿による重量増加を経時的に測定した.吸湿量はIBがもっとも大きく,ついでPB,MDFの順となった.

[湿気伝導率’の概算]

 吸湿実験の結果と湿気容量値から,’(kg/mh(kg/kg’)を次式を用いて算出した.

 

 ここで,X0は周囲湿度の変化幅(kg/kg’),Wは吸湿量(kg),tは測定開始からの経過時間(h)である.’はIBがもっとも高く,ついで,PB,MDFとなった.しかしながら,IBはが低いため,長期にわたって吸湿(放湿)状態が続いた場合には容量が不足する事が考えられる.PBはIBに次ぐ’と素材に近い湿気容量性能を持ち,調湿材料として有効であることが考えられた.

【PBの吸湿性能に及ぼす密度の影響】[概要]

 PBの密度が吸湿性能に及ぼす影響を検討するために,密度が0.3〜0.7g/cm3のボードを製造し,その吸湿性能を検討した.

[湿気容量の検討]

 製造したPBのEMCは原料チップより小さくなった.特に高密度ボードでは,その傾向は顕著であった.これは,高密度であることから熱伝導率が高く,また材厚も高密度の物ほど薄く設定されていたため,製造時に材内部まで熱の影響をうけた結果であると考えられる.また,は密度の影響を受けるため,低密度化によって減少を示した.

[吸湿実験]

 ボード密度の低下によって吸湿量の増加が見られた.吸湿量の経時変化から得られた吸湿速度係数は,密度低下に対して直線的に増加した.

[吸湿実験のシミュレーション]

 熱湿気同時移動の基礎式を用いて,吸湿による重量増加のシミュレーションを行った.その際,シミュレーション結果と実測値の適合を繰り返すことにより,試験体の’を決定した.得られた’の対数とボード密度の間には強い回帰関係が見られた.低密度化による吸湿量の増加は,の減少を補ってあまりある’の大幅な増加によることが示唆された.

[材内の水分分布変化の推定]

 シミュレーションの結果から,吸湿時の材内水分分布の経時変化を推定した.その結果,低密度ボードは材内のより深部まで吸湿に寄与していることが示唆された.

【実大空間における木質材料の調湿性能】[概要]

 4畳半大の高気密空間内の温度を変化させた場合の,木質材料の調湿性能を測定した.実験は冬季に行い,測定期間は3日とした.試験体には,アカマツ板目板およびPB(密度0.5g/cm3)を用いた.

[室内湿度の変動]

 木質材料の施工により室内の湿度変動は抑制され,調湿効果が確認された.また,PBはアカマツよりも湿度変化を早期に押さえる効果があった.

[B値による評価]

 調湿性能の評価指標であるB値を用いて,評価を行った.その結果,内装面積が増加するにつれ調湿性能は増加するものの,アカマツ板目板とPB間の差異は小さくなることが判った.

[吸放湿水分量の算出]

 木質材料が吸放湿する水分量を算出した.その結果,内装された木質材料は乾燥傾向にあることが判った.これは,外部の乾燥した空気が流入するためと考えられた.そのため,継続的に調湿性能を得るためには,何らかの方法で水分を補給する必要性があることが示唆された.

【無機塩含浸ボードの調湿性能】[概要]

 以上の結果から,低密度化によってPBの湿気伝導性能を増加させることが可能であることが判った.より調湿性能に優れた材料の開発を目的とした場合,材料の湿気容量を増加させることが考えられる.そこで,PBに無機塩 (硝酸マグネシウム:Mg(NO3)2)を含浸させたボードを作成し,吸湿および調湿性能を検討した.

[試験体の作成]

 密度0.5g/cm3のPBを硝酸マグネシウム水溶液中に浸漬し,減圧による注入を行った.その後,全乾状態にして測定に供した.処理により,約18%の重量増加が発生し,塩の含浸が認められた.

[湿気容量の測定]

 含浸試験体のEMCは無処理の物に比べ全体的に増加した.特に硝酸マグネシウム水溶液の平衡湿度である54%(20℃時)以上の湿度域ではその増加が著しい.また,同湿度以下の湿度域においても,結晶水によるものと思われる増加が確認された.また,湿気容量値も大幅に増加した.

[吸湿実験]

 含浸処理により吸湿量は著しく増大した.また,その効果が吸脱湿を繰り返した場合においても同様に発現され,再現性があることが判った.これは,含浸試験体の吸着等温線にヒステレシスループが見られなかったことからも確認された.

[調湿実験]

 デシケーター内に試験体を設置し,デシケーター周囲の温度を変化させた場合の内部の湿度変化を経時的に測定した.その結果,含浸試験体は無処理試験体に比べて,温度変化による相対湿度変化幅を小さく押さえることが判った.また,デシケーター内の相対湿度を一定(20℃の場合54%)に保つ作用のあることが判った.

[シミュレーションによる調湿効果の検討]

 実大空間内の湿度変動をシミュレーションによって予測したところ,含浸試験体が高い調湿性能を示すことが判った.また,デシケーターでの実験時に見られた一定の湿度に保つ作用が,確認された.

【結論】

 本研究によって,比較的低密度のPBが調湿材料として有効であることが示唆された.実用に際してはPBは内装下地として用いられ,壁紙等の表面修飾を受けることとなると思われるが,透湿性を持つ壁紙の使用によってその性能を発揮することが可能であると考えられる.また,無機塩含浸ボードにおいては,今後,力学的性質や塩の溶脱性といった実用時に問題となる諸性能についての検討が必要であろう.

審査要旨

 居住空間の湿度変動は、季節変化に代表される長周期のものと、日変動や生活行動による水蒸気の発生によるものなどの比較的短期の変動に分けて考えられる。このうち、比較的短期の湿度変動を内装材料の吸放湿性能によってコントロールすることが住空間の居住性維持、向上のために必要である。このような目的を達成するために内装材料に求められるのは、高い吸放湿速度性能と大きな湿気容量である。木材が吸放湿性能に優れ、調湿材料として有効であることはよく知られているが、低比重パーティクルボードなどの木質ボード類は上記の性能をさらに増加させることが可能であると考えられる。

 本論文は、製材の板および各種木質材料の吸放湿特性、調湿性能を測定し、その結果を理論的に解析するとともに、上記性能を増大せしめる手法について考察したものである。論文は全6章からなっているが、第1章では研究の目的とその背景を述べ、第2章においては本論文テーマに関する既往の研究を解説している。第3章から第6章までが本論文の主要な部分であるが、その内容の概略を以下に示す。

第3章 各種市販木質ボードの吸湿性能

 MDF、OSB、ハードボード(HB)、インシュレーションボード(IB)、パーティクルボード、針葉樹合板、南洋材合板およびアカマツ板目板の吸湿性能を検討した。吸湿を一面に限定した各ボードの周囲湿度を変化させた場合、パーティクルボードは高い吸湿性能を示した。故に、調湿材料として有効であると予想された。

第4章 パーティクルボードの吸湿性能に及ぼす密度の影響

 密度が0.3〜0.7g/cm3のパーティクルボードを製造し、その吸湿性能を吸湿量の経時変化と平衡含水率の測定およびコンピューターシミュレーションにより検討した。密度の低下によって吸湿速度の増加が見られた。また、それが密度低下による湿気容量の減少を補ってあまりある湿気伝導率の増加によるものであると説明された。

第5章 実大空間における木質材料の調湿性能

 4畳半大の高気密な空間内に壁面材としてアカマツ板目板およびパーティクルボード(密度500kg/m3)を施工し、調湿性能を検討した。木質材料の施工により室内の湿度変動は抑制され、調湿効果が確認された。また、パーティクルボードはアカマツ材よりも湿度変化を早期に押さえる効果があった。また、調湿性能の差異は、比較的内装面積の小さい場合に顕著であることが判った。

第6章 無機塩含浸ボードの調湿性能

 パーティクルボードに硝酸マグネシウム(Mg(NO3)2)を含浸(重量比18%)させ、乾燥した後吸湿性能を検討した。処理により吸湿速度および湿気容量は増加を示した。また、この吸放湿性能は再現性があることが確認された。さらに、調湿実験とシミュレーションにより調湿効果を検討したところ、処理材料は調湿性能に優れ、空間湿度を一定(20℃、54%RH)に保つ働きのあることが示唆された。

 以上要するに、本論文は木質系材料の吸放湿特性および調湿性能を解析したものであり、多くの測定実験を積み重ね、その結果をコンピュータシミュレーションによって普遍化するとともに、無機塩含浸ボードを試作してその吸放湿性能が格段に上昇し、再現性にも優れていることを認めて新しい調湿材料の開発の道を開いたもので、学術上、応用上貢献するところが少なくない。よって審査員一同は本論文提出者が博士(農学)の学位を授与されるに値するものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/53960