学位論文要旨



No 112730
著者(漢字) 後藤,幸七
著者(英字)
著者(カナ) ゴトウ,コウシチ
標題(和) マウスシンタキシン結合タンパク質(Munc-18)遺伝子の構造と機能の解析
標題(洋) Structural and functional analysis of mouse syntxin-binding protein(Munc-18)gene
報告番号 112730
報告番号 甲12730
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1793号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 依田,幸司
 東京大学 教授 高木,正道
 東京大学 教授 上野川,修一
 東京大学 助教授 片岡,宏誌
 通産省工業技術院生命工学工業技術研究所 所長 大石,道夫
内容要旨 序論

 近年、分子生物学的手法を用いて、シナプスでの神経伝達物質開口放出に関する研究が急速に進んでいる。神経終末でのシナプス小胞のみならず、種々の小胞輸送経路に於いて、Rothmanは、SNARE仮説といわれる小胞融合の仮説を提唱した。多くの場合、小胞と、その標的となる膜との融合には、NSF(N-ethylmaleimide-sensitive factor)と呼ばれる、ATPaseが必要である。NSFの膜への結合には、膜表在性のSNAP(soluble NSF attachment protein)という因子が必要で、小胞とその標的膜には、それぞれ、v-SNARE(vesicle-SNAP receptor)、t-SNARE(target-SNAP receptor)という、膜に埋め込まれたSNAP受容体が存在する。小胞が正しいオルガネラとドッキングするという特異性は、SNAREファミリーの結合の特異性による、というものである。神経終末におけるシナプス小胞と細胞膜との融合にも、NSF-SNAP複合体が必要であり、ここでは、v-SNAREに相当するものがsynaptobrevin/VAMP、t-SNAREに相当するものがシンタキシンとSNAP-25(synaptosomal protein 25kD)であると考えられている。

 神経終末においてシナプス小胞の開口放出は、プレシナプス膜上のactive zoneといわれる部分でのみ行われるので、新たに神経伝達物質をとりこんだシナプス小胞は、まずこのactive zoneへと移行し、膜とドッキングしていなければならない。(docking)この過程には、Rab3AとRabphilin-3Aが関与していると考えられている。ここでシナプス小胞は、カルシウムの流入があったときに、すぐに膜と融合できるような状態へと変化する。(priming)このprimingはATP依存的で、NSF-SNAP-SNARE複合体が必要である。Munc-18は、以下に述べるように、このdockingとprimingの過程に関与していると考えられている。

 Munc-18は、1993年、T.C.Sudhofらによって、シンタキシン結合蛋白質としてラットからクローニングされた。Munc-18は、線虫のunc-18、ショウジョウバエのrop、また酵母のsec-1遺伝子の哺乳類ホモログである。線虫のunc-18の変異は、全身がしびれているといった表現形を示し、ショウジョウバエのropの変異は、分泌欠陥を示す。またショウジョウバエでの、ropの過剰発現は、神経終末でのシナプス小胞の蓄積をもたらす。生化学的には、Munc-18蛋白質はシンタキシンと強く結合する。t-SNAREであるシンタキシンは、同じくt-SNAREであるSNAP-25、v-SNAREであるsynaptobrevin/VAMPと1:1:1の割合で、SDS resistantな、core complexといわれる複合体を形成するが、MUNC-18と結合したシンタキシンは、SNAP-25と結合することができない。従って、Munc-18は、シンタキシンと結合することによって、シナプス小胞の開口放出に対しては抑制的に制御していることが予想され、また、unc-18やropの変異体の表現形とRab3Aノックアウトマウスの類似性から、小胞のactive zoneへのtargetingとの関与も考えられている。t-SNAREであるシンタキシン、SNAP-25とv-SNAREであるsynaptobrevin/VAMPからなるcore complexの結合は非常に強いが、実際in vivoでは、シンタキシンはある程度MUNC-18と結合しており、synaptobrevin/VAMPは大部分synaptophysinと結合している。Munc-18、Synaptophysinの機能は、両者がなければ会合してしまうcore complexの相互作用を阻害し、適切な量のシナプス小胞がactive zoneへ移行するよう、制御することにあるのかもしれない。

 我々の研究室でもこのMunc-18 cDNAを独自に単離し、その遺伝子の構造と機能の解析を行っている。

第1章Munc-18の発現

 Munc-18のマウス各組織における、また発生過程における発現の変化をみた。ノーザンプロット解析の結果、マウスにおいても脳特異的に発現がみられ、そのmRNAサイズは、約3.7Kbであった。発生過程においては、生後もその発現が増大しているが、2〜3週齢あたりからは、ほぼよこばいである。Munc-18の神経終末におけるその機能から考えて、脳のニューロンネットワークの成熟と関係しているのかもしれない。

第2Munc-18ゲノムの構造

 マウスのgenomic libraryをスクリーニングし、Munc-18ゲノムの構造を明らかにした。S1 mappingにより転写開始点を、3’RACEによりpolyadenylation siteを決定したところ、マウスMunc-18遺伝子の構造は、ゲノムサイズが40Kb以上にわたること、19のエキソンから成ることが明かとなった。プロモーター領域はGC-richでTATA-lessであった。

第3章CAT assayによる転写調節領域の解析

 CAT(chloramphenicol acetyltransferase)遺伝子をreporter geneとし、PC12D細胞をモデル系としてMunc-18遺伝子の転写を制御している領域を決定した。PC12D(ラット由来)はendogenousなMunc-18を発現しており、L-cell(マウス由来)はMunc-18の発現がみられないことは確認している。また、PC12Dは、NGFの添加によって神経細胞様に分化することが知られているが、Munc-18の発現自体はNGFの添加によっては、ほとんど変化しない(多く見積もっても1.5倍程度)ので、trnasfection、CAT assayは全て分化前の細胞で行った。プロモーター活性は予想していたよりもPC12DとL-cellで差がなかったが、2〜3倍程度の差はみられ、またコンストラクトを削っていくにしたがって活性の減少もみられた。

図表
第4章転写調節蛋白質の検索

 ゲルシフトassayにより、転写調節蛋白質の有無を検討した。しかしbinding proteinの有無は、PC12Dとbrainで多少違う結果となった。あるproteinは、brain、liver、L-cellの核抽出液にはあるが、PC12Dには少ないようである。また、あるproteinはbrain specificかとも思われたが、PC12D、L-cellの核抽出液にもあるようだ。

考察

 Munc-18は3つのサブタイプが報告されているが、脳で発現しているのは、本研究のMunc-18aだけである。Munc-18は脳で強い発現がみられるが、副腎髄質や、膵臓のendocrine cellでも発現があると報告されている。これは、Munc-18ばかりではなく、SNAP-25やsyntaxin、VAMPなどもそうである。これらの小胞融合に関与する蛋白質は、脳での神経伝達物質の開口放出ばかりでなく、副腎髄質や、膵臓でのホルモン分泌にも重要な役割を果たしていると思われる。

 PC12Dは副腎髄質由来の細胞であるので、Munc-18のプロモーター活性をPC12Dでみれば、脳の転写調節を反映しているとは限らないが、副腎髄質での発現はかなり正確にみられると思われる。従って、ここではPC12Dで、脳ではなく副腎髄質でのプロモーター活性を調べており、脳と副腎髄質との間の転写調節の違い、あるいは共通部分がゲルシフトアッセイで検出できると考えられる。

 以上から、Munc-18遺伝子について、そのゲノムの構造が明かとなり、PC12Dにおいて、その転写調節に必須のDNA elementを同定したといえる。

審査要旨

 神経終末でのシナプス小胞による神経伝達物質の放出は、種々の真核細胞において行われている小胞輸送の一形態とみなされるが、この小胞の融合についてSNARE仮説といわれる仮説がRothmanにより提唱され、基本的に支持されている。これによると、一般に、小胞と標的膜との融合にはNSFと呼ばれるATPaseが必要で、NSFの膜への結合にはSNAPという因子が必要である。これらは一般的な因子で、小胞と標的膜に特異的な因子としては、それぞれv-SNARE、t-SNAREと呼ばれる、膜結合蛋白質のSNAP受容体が存在する。即ち、小胞が正しい標的膜とドッキングする特異性は、個々のSNAREファミリーの結合の特異性による。

 Munc-18は、1993年、T.C.Sudhofらによって、syntaxin-binding proteinとしてラットからクローニングされた。Munc-18蛋白質はsyntaxinと強く結合することが分かっている。syntaxinはt-SNAREであり、同じくt-SNAREのSNAP-25、及びv-SNAREのsynaptobrevin/VAMPと1:1:1の割合で、SDS耐性なcore complexといわれる複合体を形成するが、Munc-18と結合したsyntaxinはSNAP-25やsynaptobrevin/VAMPと結合できない。従って、Munc-18は、神経細胞において、適切な量のシナプス小胞がactive zoneへ移行するように、core complexの形成を制御するという重要な機能を果たしていると考えられる。本論文は、マウスからMunc-18cDNAを単離し、その遺伝子の構造と機能の解析を行った結果をまとめたもので、4章よりなる。

 第1章では、Munc-18のマウス各組織における、また発生過程における発現の変化をみた。ノーザンプロット解析の結果、マウスにおいても脳で強い発現がみられ、そのmRNAサイズは約3.7Kbであった。発生過程においては、生後もその発現が増大しているが、2〜3週齢あたりからは、ほぼよこばいであった。Munc-18は脳で強い発現がみられるが、副腎髄質や膵臓のendocrine cellでも発現があると報告されている。これはMunc-18ばかりではなく、SNAP-25やsyntaxin、VAMPなどもそうである。これらの小胞融合に関与する蛋白質は、脳での神経伝達物質の開口放出ばかりでなく、副腎髄質や、膵臓でのホルモン分泌にも重要な役割を果たしていると思われる。

 第2章では、マウスのgenomic libraryをスクリーニングし、Munc-18ゲノムの構造を明らかにした。S1 mappingにより転写開始点を、3’RACEによりpolyadenylation siteを決定したところ、マウスMunc-18遺伝子の構造は、ゲノムサイズが40Kb以上にわたること、19のエキソンから成ることが明かとなった。プロモーター領域はGC-richでTATA-lessであった。

 第3章では、クロラムフェニコール・アセチルトランスフェラーゼ遺伝子(CAT)をreporter geneとし、PC12D細胞をモデル系としてMunc-18遺伝子の転写を制御している領域を決定した。プロモーター活性はPC12DとL-cellで最大約3倍ほどの差があり、PC12Dにおいて、-300から-200付近に活性のピークがみられた。

 第4章では、ゲルシフトassayにより、転写調節蛋白質の有無を検討した。-284から-39の領域に結合する3種類のbinding proteinが存在することが明かとなり、そのうちの1つは、脳、肝臓、PC12D、L-cell全ての核抽出液に存在し、1つはPC12D以外の組織及び細胞、1つは肝臓以外の組織及び細胞の核抽出液に存在した。

 以上本研究は、神経細胞における伝達物質の開口放出において重要な働きをするMunc-18遺伝子に関する新たな知見を明らかにしたもので、学問上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク