神経終末でのシナプス小胞による神経伝達物質の放出は、種々の真核細胞において行われている小胞輸送の一形態とみなされるが、この小胞の融合についてSNARE仮説といわれる仮説がRothmanにより提唱され、基本的に支持されている。これによると、一般に、小胞と標的膜との融合にはNSFと呼ばれるATPaseが必要で、NSFの膜への結合にはSNAPという因子が必要である。これらは一般的な因子で、小胞と標的膜に特異的な因子としては、それぞれv-SNARE、t-SNAREと呼ばれる、膜結合蛋白質のSNAP受容体が存在する。即ち、小胞が正しい標的膜とドッキングする特異性は、個々のSNAREファミリーの結合の特異性による。 Munc-18は、1993年、T.C.Sudhofらによって、syntaxin-binding proteinとしてラットからクローニングされた。Munc-18蛋白質はsyntaxinと強く結合することが分かっている。syntaxinはt-SNAREであり、同じくt-SNAREのSNAP-25、及びv-SNAREのsynaptobrevin/VAMPと1:1:1の割合で、SDS耐性なcore complexといわれる複合体を形成するが、Munc-18と結合したsyntaxinはSNAP-25やsynaptobrevin/VAMPと結合できない。従って、Munc-18は、神経細胞において、適切な量のシナプス小胞がactive zoneへ移行するように、core complexの形成を制御するという重要な機能を果たしていると考えられる。本論文は、マウスからMunc-18cDNAを単離し、その遺伝子の構造と機能の解析を行った結果をまとめたもので、4章よりなる。 第1章では、Munc-18のマウス各組織における、また発生過程における発現の変化をみた。ノーザンプロット解析の結果、マウスにおいても脳で強い発現がみられ、そのmRNAサイズは約3.7Kbであった。発生過程においては、生後もその発現が増大しているが、2〜3週齢あたりからは、ほぼよこばいであった。Munc-18は脳で強い発現がみられるが、副腎髄質や膵臓のendocrine cellでも発現があると報告されている。これはMunc-18ばかりではなく、SNAP-25やsyntaxin、VAMPなどもそうである。これらの小胞融合に関与する蛋白質は、脳での神経伝達物質の開口放出ばかりでなく、副腎髄質や、膵臓でのホルモン分泌にも重要な役割を果たしていると思われる。 第2章では、マウスのgenomic libraryをスクリーニングし、Munc-18ゲノムの構造を明らかにした。S1 mappingにより転写開始点を、3’RACEによりpolyadenylation siteを決定したところ、マウスMunc-18遺伝子の構造は、ゲノムサイズが40Kb以上にわたること、19のエキソンから成ることが明かとなった。プロモーター領域はGC-richでTATA-lessであった。 第3章では、クロラムフェニコール・アセチルトランスフェラーゼ遺伝子(CAT)をreporter geneとし、PC12D細胞をモデル系としてMunc-18遺伝子の転写を制御している領域を決定した。プロモーター活性はPC12DとL-cellで最大約3倍ほどの差があり、PC12Dにおいて、-300から-200付近に活性のピークがみられた。 第4章では、ゲルシフトassayにより、転写調節蛋白質の有無を検討した。-284から-39の領域に結合する3種類のbinding proteinが存在することが明かとなり、そのうちの1つは、脳、肝臓、PC12D、L-cell全ての核抽出液に存在し、1つはPC12D以外の組織及び細胞、1つは肝臓以外の組織及び細胞の核抽出液に存在した。 以上本研究は、神経細胞における伝達物質の開口放出において重要な働きをするMunc-18遺伝子に関する新たな知見を明らかにしたもので、学問上応用上寄与するところが少なくない。よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |