筋緊張性ジストロフィ-(以下DM)は成人型筋ジストロフィーの中では最も発症率が高く、およそ8,000人に1人の割合で発症するといわれている。常染色体優性の遺伝形式をとり、ミオトニア(筋収縮後の弛緩障害)に加えて、筋萎縮、筋力低下などの筋症状を主張とする全身性多系統疾患である。世代を重ねるに従い発症年齢が早まり重症化する表現促進現象(anticipation)がみられる。この現象は、DMの原因遺伝子産物ミオトニンキナーゼ(以下MtPK)の3’非翻訳領域に存在するCTGリピートの増加(トリプレットリピート病)として説明されている。私は、CTGリピートの増加に伴って、発現するMtPKの量的変化が起こることが発症に繋がっていると考え研究を進めた。 MtPKのcDNAの3’非翻訳領域にCTGリピートを人工的に組み込んだコンストラクトをラットの筋芽細胞株であるL6細胞にエレクトロポレーション法を用いてトランスフェクトした。発現したMtPKのタンパク量をイムノブロット法で解析すると、CTGリピートが長くなるほどタンパク量も増加した。このことは、ある程度までの長さのCTGリピートは、mRNAの安定性に寄与しているか翻訳の効率を上げている可能性を示唆している。また、同細胞を用いて抗MtPK-C末端抗体を用いて免疫蛍光抗体染色を行ったところ、局在はリピート数に影響を受けなかった。 さらに、MtPKの生理機能を明らかにするために、マウス筋芽細胞株であるC2C12細胞を用いて、MtPKが安定形質発現したクローンを取得した。CTGリピートが、5回の細胞をC2-Mt5,46回のものをC2-Mt46と呼ぶことにする。C2-Mt5細胞を抗MtPK-C末端抗体を用いて免疫蛍光抗体染色すると、L6細胞に一過的にMtPKを発現させたときと全く同じ局在を示した。核の周辺の細胞内構造体が特異的に染色され、その染色パターンからMtPKは筋小胞体様の構造に局在しているものと考えられる。 これらのクローン(C2-Mt5,Mt46)はコントロールの細胞(C2-neoと呼ぶ)と比較して、筋芽細胞状態での増殖速度にはほとんど差がなかった。しかし、クレアチンキナーゼの活性を指標として、筋細胞分化の度合いを比較してみると、MtPKを発現させた細胞では分化の遅れを示した。特に、C2-Mt5よりもC2-Mt46の方がより分化の遅れを示した。このような筋細胞発達の不全は、DM患者でも示唆されていることである。 筋芽細胞が分化するためには、分化時に筋小胞体様の構造からのCa2+イオンの流入が必要であることが知られている。また、正常なヒトの筋芽細胞に比べ、DM患者の筋芽細胞では、細胞内Ca2+イオン濃度が高いという報告がある。そこで、Fura-2を用いてC2-Mt5とC2-neo細胞の細胞内Ca2+イオンの濃度を比較してみると、C2-Mt5細胞では細胞内Ca2+イオン濃度が高く、高K+緩衝液を用いて脱分極を起こさせても細胞内Ca2+イオンの上昇が見られなかった。MtPKを発現させることによって、恒常的に細胞内Ca2+イオン濃度が高くなり、十分な筋小胞体様の構造からのCa2+イオンの流入が起きないために、分化が遅れる可能性が示唆された。 MtPKを発現させることによって、細胞内Ca2+イオン濃度が高くなっていることから、MtPKが筋細胞内で興奮-収縮連関に関わっていることが考えられる。そこで、上記の細胞にカルバコールを添加し、筋芽細胞の収縮率を測定した。C2-neo細胞の収縮率に比べ、C2-Mt5及びC2-Mt46細胞ではカルバコール添加前から筋芽細胞の収縮が認められるため、低い収縮率を示した。C2-Mt5とC2-Mt46細胞を比べてみると、C2-Mt46細胞の方がより低い収縮率を示した。以上の結果から、MtPKは筋細胞内で、DHPR(dihydro pyridine receptor;L-type Ca2+ channel)の活性を上昇させることによって、興奮-収縮連関に関わっている可能性が示唆された。 筋緊張を呈する他の疾患として、先天性ミオトニア(優性遺伝形式のトムセン病、劣性遺伝形式のベッカー病に分けられる)がある。先天性ミオトニアでは、Cl-チャンネルのコンダクタンスの低下でミオトニアが起こるとされている。そこで、MtPKを安定形質発現させた上記の細胞でもCl-チャンネルの活性が変化しているかどうか、を検討した。細胞内のCl-イオンの濃度をMQAE(Cl-イオンの特異的蛍光プローブ)を用いて評価してみると、静止状態でC2-neoに比べてC2-Mt5細胞では細胞内Cl-イオンの濃度が低いことがわかった。さらに、外液のCl-イオンの濃度を下げることによって、細胞からのCl-イオンの流出量を比較してみると、C2-Mt5細胞の方が有意に高い値を示した。これらの結果から、MtPKを発現させることによって細胞膜のCl-チャンネルの活性が変化している可能性が示唆された。 次に、同細胞のCl-チャンネルの活性をパッチクランプ法を用いて詳細に検討してみた。パッチクランプ法では、ピペットの先端に微小な範囲の細胞膜を切り出してくることによって、切り出してきた膜に含まれるイオンチャンネルの活性を単一チャンネルのレベルで解析することが出来る(excised-patch mode)。Cl-チャンネル由来の電流が優位になるような組成の緩衝液を用いて、C2-neoとC2-Mt5細胞のCl-チャンネルの活性を測定した。チャンネルがどの程度イオンを流しやすいかの指標となるコンダクタンス(抵抗の逆数)を求めてみると、いずれの細胞のCl-チャンネルも45pS前後であり、差はなかった。つまり、MtPKを発現させてもCl-チャンネルには大きな構造的変化は起こっていないものと考えられる。次に、チャンネルが単位時間当たりどの程度開いているか(開口確率:open probability)を求めた。すると、C2-Mt5細胞のCl-チャンネルの方が、静止電位から脱分極電位の間では10%から20%高い値を示した。過分極電位では差は現れなかった。さらに、このCl-チャンネルがどのくらいの時間開状態が維持されるかを示す時定数を求めた。静止電位から脱分極電位にかけて、C2-MtPK細胞のCl-チャンネルの方が、1.5から2倍程度長い時間開状態が維持されていることが明らかになった。このような差は、おそらくCl-チャンネルのリン酸化などによって、Cl-チャンネルタンパクの荷電状態の変化によって引き起こされているものと推察する。以上の結果から、MtPKを発現させた細胞ではCl-チャンネルのコンダクタンスは変化しないが、開口確率が上昇することによって細胞全体のCl-イオンの透過性が上昇しているものと考えられる。 Cl-チャンネルは細胞の静止膜電位の維持に関わっていると考えられている。静止状態でのおよそ80%のイオン性電流はCl-イオンであることも知られている。今回測定されたCl-チャンネルの電位依存性から、MtPKを発現させると静止状態でもCl-チャンネルは異常に活性化されてしまい、細胞内からのCl-イオンの流出が起こり、結果として細胞内のCl-イオン濃度が下がり、静止膜電位が浅くなっているものと考えられる。このことを筋細胞に置き換えてみると、筋細胞自体が興奮(脱分極)しやすくなっていることが考えられる。正常なヒトの筋芽細胞とDM患者の筋芽細胞を、パッチクランプ法のホールセルパッチ法を用いて測定すると、確かにDM患者ではCl-チャンネルの電流が上昇している可能性が示唆された。 これまでに、DM患者においてNa+チャンネルの活性が変化している可能性が示唆されている。本研究の結果と合わせてみると、少なくともMtPKは複数のイオンチャンネルの活性を制御し、複合的にミオトニーを含むDM症状を呈しているものと考えられる。 以上の結果はMtPKを過剰発現させた細胞で、DMに見られるいくつかの表現型を再現していることを示している。CTGリピートの伸張に伴い筋芽細胞では、MtPKの合成量が増加したことと考え合わせると、これらの結果は理に適っているように思える。しかし、MtPKの量的増減だけでDM発症の全てを説明できるかどうかは、これからの課題である。少なくとも、DMが常染色体優性の遺伝形式をとることから、CTGリピートの伸張が何らかのドミナントネガティブな作用を起こしている可能性は十分に考えられる。また、DM患者ではむしろMtPKは減少していると考えられている。このことは、おそらくDM患者の筋肉は筋萎縮を伴っているため、筋萎縮を起こした筋細胞ではMtPKも分解されているためと考えている。 今後は、本研究で用いたMtPKを安定形質発現した筋芽細胞株を一つのDM疾患モデル細胞として用いることによって、新しい治療薬の探索を行うことが出来るものと考えられる。 図1.DM原因遺伝子は第19染色体長腕19q13.3に存在する。セリン/スレオニンキナーゼと相同性の高いタンパク(MtPK)をコードしている。MtPKの3’側非翻訳領域にCTGリピートが存在し、リピート数が増大すると発症すると考えられている。 |