学位論文要旨



No 112733
著者(漢字) 西川,直子
著者(英字)
著者(カナ) ニシカワ,ナオコ
標題(和) ヒトゲノム中における三重鎖DNA形成配列の単離・同定とその生物学的意義
標題(洋) Studies on triplex DNA structure in human genome : Isolation,identification and biological significance
報告番号 112733
報告番号 甲12733
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1796号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 徳田,元
 東京大学 教授 高木,正道
 東京大学 教授 高橋,秀夫
 東京大学 助教授 吉田,稔
 通産省工業技術院生命工学工業技術研究所 所長 大石,道夫
内容要旨

 microsatelliteDNAは、1〜6塩基の繰り返し単位を持つ反復配列である。代表的なものとしては、(dC-dA)n・(dT-dG)nがあり、ヒトゲノム上に105存在していることが知られているが、その生物学的な役割は明らかになっておらず、しばしばjunk DNAと呼ばれてきた。しかし、最近、このような配列はその繰り返しの回数が変化するpolymorphismを示すことからゲノムマッピングなどに利用されている。また、ミスマッチ修復遺伝子の突然変異によって、大腸癌と正常組織間の遺伝子で、その繰り返しの回数が変化したり、また、ハンチントン病のような遺伝病においてその繰り返し回数が異常に増幅しているなどの報告がある。一方、テロメア配列のようにゲノム末端の保護に働いているものもある。

 ポリプリン・ポリピリミジン配列であるポリ(dA)・ポリ(dT)配列、ポリ(dG-dA)・ポリ(dT-dC)配列、ポリ(dG)・ポリ(dC)配列はmicrosatellite DNAの一つであり、Mg2+存在下で三重鎖を形成することが知られている。そこで、本研究では、三重鎖を作らせることにより、このような三重鎖形成可能なmisrosatellite DNAをヒトゲノムより単離し、ライブラリーを作成し、その解析を行うことを試みた。また、ポリ(dG-dA)・ポリ(dT-dC)配列を例にとり、このような配列におけるクロマチンレベルでの構造と生物学的意義について検討した。

第1章三重鎖DNA形成配列の単離と同定

 我々はすでに適当な制限酵素で切断したヒトゲノムDNAと三本目の鎖となるビオチン標識した(dT)34とをMg2+存在下で混合し、streptavidin magnetic beadsに吸着させ、Mg2+を含む緩衝液で三重鎖を形成しないDNAを洗浄後、EDTAを含む緩衝液で三重鎖を形成した配列のみを濃縮するという方法(Mg2+依存triplex affinity capture法)を用いてポリピリミジン・ポリプリン・ポリピリミジン(YRY)型三重鎖形成配列であるポリ(dA)・ポリ(dT)配列を含むクローンのライブラリーを作成し、その解析を行った。そこで今回、三本目の鎖として(dG-dA)17または、(dG)34を用いて同様の方法でポリプリン・ポリプリン・ポリピリミジン(RRY)型三重鎖を形成するポリ(dG)・ポリ(dC)配列または、ポリ(dG-dA)・ポリ(dT-dC)配列を含むクローンのライブラリーを作成しその解析を行った。まず、Mg2+依存triplex affinity capture法が、これらの配列の単離においても有効であるかをpUC19に(dG-dA)17・(dT-dC)17を挿入したプラスミドpGA19と(dG)34・(dC)34を挿入したプラスミドpGC19を用いて検定したところ、どちらのプラスミドにおいても濃縮が認められ、pGA19では21倍(4.8%から98.8%)、pGC19では26.7倍(3.0%から80%)の濃縮がみられた。

 RRY型三重鎖形成配列もMg2+依存triplex affinity capture法により濃縮されることが分かったので、ヒトゲノムより、ポリ(dG)・ポリ(dC)配列をMg2+依存triplex affinity capture法を用いて単離し、ライブラリーを作成した。affinity capture一回では、濃縮が不十分であったため、溶出液の一部をPCRで増幅しこの方法を繰り返し行なった。その結果、この方法を3回繰り返すと最も高い濃縮がみられ、4回目では、濃縮の度合いの上昇がそれ以上みられなかったため、3回目のサンプルを用いてライブラリーを作成した。生育したコロニーのうち任意に42個を拾い、三重鎖DNAゲルアッセイを行い、ライブラリーの検定を行ったところ約78%のクローンが三重鎖を形成した。またこのクローンの塩基配列を決定したところ、このライブラリーのクローンは、ポリ(dA)・ポリ(dT)配列を含むクローンのライブラリーの場合と異なり、長いポリ(dG)・ポリ(dC)配列は存在せず、2〜6bpの短い繰り返し配列が分断されて連なっていた。また、この分断は、AだけでなくピリミジンであるTやCによるものも多く見られた。一方、得られたクローンのうち最長のポリ(dG)・ポリ(dC)配列は10bPであった。また、クローンのいくつかは、(TGGAG)nや(TGGAA)mといったヒトのテロメア配列と似た繰り返し配列も含んでいた。

 次に、同様にして、ポリ(dG-dA)・ポリ(dT-dC)配列を含むDNA断片の濃縮を試みた。(dG-dA)・(dG-dA)・(dC-dT)三重鎖は、Mg2+、Hg2+、Ca2+、Ba2+存在下では、安定に形成されないが、Mn2+、Cd2+、Co2+、Ni2+、Zn2+存在下では安定であるという報告がある。そこで、triplex affinity capture法に用いる二価陽イオンを三重鎖形成の安定性を指標に決定したところMg2+、Mn2+を含む緩衝液で反応させた場合安定に三重鎖を形成したが、Zn2+を含む緩衝液で反応させた場合は安定した三重鎖は形成されなかった。さらに、これらの間で三重鎖形成配列の濃縮の効率を比較したところMg2+を含む緩衝液で反応させた場合のみ顕著な濃縮が見られた。従って、ポリ(dG-dA)・ポリ(dC-dT)配列はMg2+存在下において安定に三重鎖を形成し、ポリ(dG)・ポリ(dC)配列と同様にMg2+依存triplex affinity capture法を用いることが可能であるとわかったので、この方法を用いてヒトDNAから三重鎖形成配列を単離し、ライブラリーを作成した。このライブラリーを検定したところ約86%のクローンがポリ(dG-dA)配列と三重鎖を形成した。また、三重鎖を形成したプラスミドのDNA塩基配列を決定したところ、必ずひとつ以上のポリ(dG-dA)・ポリ(dT-dC)配列が存在しており、その長さは約30〜84bpであった。この配列のほとんどは完全な繰り返しだったが、いくつかは、(dC-dT)10-(dC)-(dC-dT)9のような配列を持ち、バリエーションに富んでいた。以上のように、三本目の鎖となるオリゴヌクレオチドを変えることにより、簡便かつ同一の条件で違うタイプの三重鎖形成配列が取得できたことから、Mg2+依存triplex affinity capture法は、三重鎖を形成できるタイプのmicrosatelliteを効率良く濃縮し、ライブラリーを構築することのできる方法であることが示された。

第2章三重鎖形成配列の解析と生物学的意義(1)ポリ(dG)・ポリ(dC)配列を含むライブラリーの解析

 (dG)34を用いてヒトゲノムDNAより単離され、三重鎖形成のシグナルを示したクローンは、長いポリ(dG)配列を持たず短いポリ(dG)配列を多数含んでいたこと、プラスミドをリニアーにすると、そのシグナルが消失するものも存在していたことなどからその特徴に従って、3つのタイプに分類された。タイプIは、プラスミドがスーパーコイルの状態でもリニアーの状態でも安定にシグナルが検出され、ポリ(dG)が10bp連なった領域を保持していた。また、DNase I footprinting assayの結果、(dG)34は確かにこの配列に結合していることが確認された。タイプIIは、プラスミドがスーパーコイルの時には、シグナルが検出されるがリニアーの時にシグナルが消失してしまうもので、これらの塩基配列は、3〜6bpのGがTによってはさまれた配列を多数持っていた。また、タイプIIのうち、プラスミド精製時にフェノール処理を行うとプラスミドがスーパーコイルであってもシグナルが消失するものが存在し、これは、タイプIIIとして分類した。このタイプの塩基配列は、サテライトDNAの一部であり、ヒトテロメアの配列と良く似た(TGGAG)n、(TGGAA)mといった配列が長い領域で繰り返していた。このライブラリーにおけるそれぞれのタイプの頻度は、タイプIが8.3%タイプIIが25.0%タイプIIIが66.7%であった。ポリ(dG)・ポリ(dC)配列は、ヒトゲノム中にその存在量が少ないことが知られているが、以上の結果は、これを反映していると考えられる。また、その結合の安定性は、Gが連続して連なっている数に依存し、また、結合の安定化に負の超らせんが関与していることが示唆された。

(2)ポリ(dG-dA)・ポリ(dT-dC)配列を含むライブラリーの解析

 ヒトerythropoietin receptor遺伝子の上流域の配列には、(dG-dA)17・(dT-dC)17が存在していることが知られているので、この既知の遺伝子が実際に今回作製したポリ(dG-dA)・ポリ(dT-dC)配列のライブラリーにあるかどうかをPCRを用いて検定した。その結果、予想された長さのDNAがPCRにより増幅され、作製したライブラリーは確かにヒトゲノムから単離されたDNA断片を含んでいることが示された。また、サイクル数により濃縮率を計算したところ、affinity captureを三回繰り返すことにより、この遺伝子は1000倍の濃縮がかかったと考えられる。

 microsatelliteであるポリ(dC-dA)・ポリ(dT-dG)配列は、ヒト遺伝子上に多く存在し、またpolymorphismを示すため、ゲノムマッピングなどに利用されている。今回作製したライブラリーのクローンが持つポリ(dG-dA)・ポリ(dT-dC)配列もポリ(dC-dA)・ポリ(dT-dG)配列同様ヒトゲノム中に高頻度で見られることから、microsatelliteの性質であるpolymorphismを示す可能性がある。そこで、PCRを用いて20人の日本人間のこの配列の長さを比較した。その結果、いくつかの配列について個人間においてpolymorphismが見られ、その頻度は、PIC>0.7であった。また、日本人の親子間において、この配列は、メンデルの遺伝を示し、遺伝の過程においてinstabilityは見られず、安定に遺伝されていた。しかし一方、大腸の正常組織と癌組織より単離したDNAを用いてこの配列の長さを比較したところ、一部の配列についてinstabilityが見られた。このように、今回取得したライブラリーは、polymorphismのマーカーのライブラリーとしても十分利用できることが示され、これと従来のポリ(dC-dA)・ポリ(dT-dG)配列を用いることにより、さらに、マッピングや遺伝病の検査などのよい指標に利用できる可能性が示唆された。

(3)ポリ(dG-dA)・ポリ(dT-dC)配列の生物学的意義

 micrasatelliteは、ゲノム中に高頻度で存在しているにも関わらず、その生物学的意義が明らかではなく、また、今回作製したライブラリーの利用を考えるうえでもmicrosatelliteの生物学的意義を考察することは重要であると考えられる。そこで、erythropoietin receptor遺伝子の上流域のヌクレオソームの存在様式を再構築系を用いて決定した。その結果、ヌクレオソームは、転写開始点の上流域においてその存在位置が不安定であったが、エキソンが始まる当たりから一定位置に並んでいた。また、この領域に存在している(dG-dA)17・(dT-dC)17上には、ヒストンは結合していなかった。この配列は、S1マッピングによって、S1 nuclease高感受性領域であることを考え合わせると、このような配列は高次構造をとりやすく、ヌクレオソームの形成が妨げられている可能性が示唆された。

まとめ

 以上のように本研究では、次のことが示された。Mg2+依存triplex affinity capture法によって三重鎖形成配列であるポリ(dG)・ポリ(dC)配列が効率良く単離され、そのライブラリーが作製できた。このライブラリーの解析により取得されたポリ(dG)・ポリ(dC)配列は、連続した長い配列ではなく、短い配列が分断されているものが多く存在し、それらに対する(dG)34の結合は、そのGの繰り返す数とプラスミドの負の超らせんに依存して安定していた。一方、同様に得られたポリ(dG-dA)・ポリ(dT-dC)配列のうち、多くは完全な繰り返し配列であったがいくつかはバラエティーに富み、その繰り返し回数も15〜42とかなり長いものも存在していた。また、ポリ(dG-dA)・ポリ(dT-dC)配列のクマチンレベルでの解析により、この配列は、高次構造をとることが可能で、ヌクレオソームの存在様式に影響を与えていることが示唆された。また、この配列は、polymorphismを示し、今回作製したポリ(dG-dA)・ポリ(dT-dC)配列を含むクローンのライブラリーは、マッピングや遺伝病の検査などにおけるひとつの指標として十分利用できることが示された。

参考文献1.R.Kiyama,N.Nishikawa and M.Oishi.(1994)Enrichment of Human DNAs that Flank Poly(dA)・poly(dT)Tracts by Tripex DNA Formation.J.Mol.Biol.237,193-2002.N.Nishikawa,M.Oishi and R.Kiyama.(1995)Human Genomic Library of Clones Containing Poly(dG-dA)・poly(dT-dC)Tracts by Mg2+-dependent Triplex Affinity Capture.J.Biol.Chem.270,9258-92643.N.Nishikawa,M.Oishi and R.Kiyama.Enrichment of Poly(dG).poly(dC)-containing Fragments from Human Genomic DNA by Mg2+-dependent Triplex Affinity Capture.(投稿中)
審査要旨

 ポリ(dA)・ポリ(dT)配列、ポリ(dG-dA)・ポリ(dT-dC)配列、ポリ(dG)・ポリ(dC)配列はmicrosatellite DNAの一つであり、Mg2+存在下で三重鎖DNAを形成することが知られている。そこで、本研究では、三重鎖DNA形成可能なmicrosatellite DNAをヒトゲノムより単離し、ライブラリー作製とその解析を行い、いくつかの特徴を明らかにした。また、ポリ(dG-dA)・ポリ(dT-dC)配列を例にとり、このような配列におけるクロマチンレベルでの構造と生物学的意義について検討した。

1.三重鎖DNA形成配列の単離と同定

 三重鎖DNA形成配列の単離は、ヒトゲノムDNAとビオチン標識したオリゴヌクレオチドをMg2+存在下で反応し、streptavidin magnetic beadsに吸着させ、Mg2+を含む緩衝液で三重鎖を形成しないDNAを洗浄後、EDTAを含む緩衝液で三重鎖を形成した配列のみを濃縮するという方法(Mg2+依存triplex affinity capture法)を用いて行った。まず、プラスミドを用いた検定によりこの方法が、これらの配列の単離に有効であることが示された。そこで、ヒトゲノムよりポリ(dG)・ポリ(dC)配列または、ポリ(dG-dA)・ポリ(dT-dC)配列を単離し、ライブラリーの作製に成功した。つまり、Mg2+依存triplex affinity capture法は三本目の鎖となるオリゴヌクレオチドを変えることにより、簡便かつ同一の条件で違うタイプの三重鎖DNA形成配列の単離が可能で、三重鎖DNA形成可能なmicrosatellite DNAを効率良く濃縮し、ライブラリーを作製することのできる方法であることが示された。

2.ポリ(dG)・ポリ(dC)配列を含むライブラリーの解析

 ポリ(dG)・ポリ(dC)配列を含むライブラリーのクローンは、その特徴に従って3つのタイプに分類された。タイプIは、プラスミドがスーパーコイルまたは、リニアーDNAでも安定にシグナルが検出され、(dG)34が結合したdGが10bp連なった領域を保持していた。タイプIIは、スーパーコイルDNAでのみシグナルが検出され、これらの塩基配列は、3〜6bpのGがTによってはさまれた配列を多数持っていた。また、プラスミド精製時にフェノール処理を行うとスーパーコイルDNAであってもシグナルが消失するものが存在し、これはタイプIIIとして分類し、これらはヒトテロメア様の配列を保持していた。また、ポリ(dG)配列の結合の安定性は連続したGの数に依存し、結合の安定化に負の超らせんが関与していることが示唆された。

3.ポリ(dG-dA)・ポリ(dT-dC)配列の示すpolymorphism

 PCRを用いて20人の日本人間のこの配列の長さを比較したところ、いくつかの配列についてpolymorphismが見られた。また、親子間において、この配列は安定に遺伝されていた。一方、大腸の正常または癌組織のDNA間においては一部の配列についてinstabilityが見られた。このように、今回作製したライブラリーはpolymorphismマーカーとして十分利用できることが示され、これと従来のポリ(dC-dA)・ポリ(dT-dG)配列を用いることにより、さらに、マッピングや遺伝病の検査、親子鑑定などのよい指標に利用できる可能性が示唆された。

4.ポリ(dG-dA)・ポリ(dT-dC)配列の生物学的意義

 microsatellite DNAは、その存在量にもかかわらず働きが明らかでなく、また、作製したライブラリーの利用を考える上でも生物学的意義を考察することが必要である。そこで、erythropoietin receptor遺伝子の上流域のヌクレオソームの位相を再構築系を用いて決定した。ヌクレオソームは一定位置に並んでいたが、(dG-dA)18・(dT-dC)18上には見られなかった。また、S1または、DNaseI高感受性部位がこの配列上に存在していた。このような配列は高次構造をとりやすく、転写時におけるヌクレオソームの位相にこの高次構造が何らかの影響を与えている可能性が示唆された。

 以上、本論文は三重鎖DNA形成配列を単離、同定し、その生物学的意義についても考察したものであり、学術上、応用上寄与するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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