カルシウム依存性システインプロテアーゼであるカルパインは細胞質に存在するプロテアーゼで、限定分解によって基質タンパク質の性質、機能を変える一種のバイオモジュレーターと考えられる。カルパインは動物細胞に普遍的に存在しており、カルシウムイオンによって活性化されることからカルシウムイオンが関与する種々の細胞機能、特にシグナル伝達系において重要な機能を持っていると予想されている。哺乳類においてはカルシウム感受性の異なる2種類の組織普遍的に発現するアイソザイムが発見され、詳細に研究されている。これらは、-およびm-カルパインで、それぞれMおよびmMカルシウムの存在下に基質を切断する。両アイソザイムとも分子量約11万で、プロテアーゼ活性をもつ大サブユニット(80K)と小サブユニット(30K)からなるヘテロダイマーである。両アイソザイムは異なる80K(CLとmCL)と共通の30Kで形成されている。さらに最近、p94(nCL-1)、nCL-2、nCL-3等の組織特異的なアイソザイムが発見され、組織普遍的および組織特異的な多くのアイソザイムがカルパインファミリーを形成していることが明らかにされた。 ニワトリでは、2種類のカルパインが同定され、哺乳類の-、m-カルパインに相当すると考えられたが、最近m-カルパインが新しく同定され、これまでm-カルパインと考えていたものが-とm-の中間のカルシウム感受性をもつ/m-カルパインであると同定され、各アイソザイムの相互関係に関心が高まってきた。ニワトリカルパインは、唯一3種類の組織普遍的なアイソザイムが存在することと、/m-カルパインがドミナントな翻訳産物である(哺乳類の場合はm-カルパイン)ことから各アイソザイムの構造や生理機能についての研究が注目を集めている。しかし、-カルパインとm-カルパインがそれぞれ遺伝子レベルとタンパク質レベルで同定されていないため、これらを明確にすることが重要な課題になってきた。 本研究では、ニワトリカルパインの各アイソザイムの構造・機能相関を明らかにすることを目的として分子生物学的、生化学的研究を行った。まず、-カルパイン大サブユニット(CL)及び小サブユニット(30K)のcDNAのクローニングを行い、ニワトリカルパインの全アイソザイムの構造を遺伝子レベルで明確にした。さらに、m-カルパインをタンパク質レベルで同定するため、バキュロウイルス発現系を用いて、リコンビナントm-カルパインを発現させた。また、各アイソザイムの性質を比較すろ目的で-、/m-カルパイン及びp94についても同様に発現を行った。その中で、活性が見られた/m-、m-カルパインを精製してそれぞれの性質を比較し、m-カルパインの酵素学的な性質を明らかにした。また、各アイソザイムの構造・機能相関を検討するため、ドメインを入れ替えたキメラカルパインを構築してこれらの解析を行った。その結果、ニワトリカルパインの全アイソザイムの構造と性質が明らかになった。 1。ニワトリ-カルパイン大サブユニット(CL)及び30KのcDNAのクローニング ニワトリCLについては、ヒトCLのcDNAをプローブとして用い、ニワトリ脾蔵のcDNAライブラリーからハイブリダイゼーション、PCRを行い、2145bpからなる全長のcDNAをクローニングした。ニワトリCLは715残基(Mr≒81,410)のアミノ酸からなり、ドメインIからIVまでの4つのドメインで形成される、典型的なカルパインの構造をもっていた。ヒトCLと82%の高いアミノ酸配列の相同性を示し、ニワトリ/mCL、mCLとはそれぞれ約71%、62%のアミノ酸配列相同性を示した。 ニワトリカルパイン30Kは、ウサギの30KのcDNAをプローブとして用い、ニワトリ脾蔵および肺のcDNAライブラリーからハイブリダイゼーション、PCRを行った。その結果、全長のcDNAクローンはとれなかったものの、N末端領域(ドメインV)の一部を除いたニワトリ30KのcDNAをコードするクローンが得られた。得られた30Kは214残基のアミノ酸からなり、ドメインVとIV’の2つのドメインで形成され、哺乳類の30Kと80%以上の高いアミノ酸配列相同性を示した。CLと30KのcDNAをプローブとして用いたノーザンブロット解析の結果、CLと30Kは組織普遍的な分布をしめした。以上の結果から、ニワトリでは少なくとも3種類の組織普遍的なカルパインが存在していることが遺伝子レベルで明確になあた。 2。バキュロウイルス発現系を用いたニワトリカルパイン各アイソザイムの発現 各アイソザイムの80K及び30KのcDNAを導入したリコンビナントバキュロウイルスを構築した。30Kは、全構造が明らかにされていないため、ドメインVが欠如している23kDaのコンストラクト(ck30K)の他に、ヒトの30KのドメインVをニワトリの30Kに導入したキメラ30K(hu-ck30K)を作製した。各80Kサブユニットを単独または30Kとの共感染によりSf9細胞に発現させ、抗ヒトm-カルパイン抗体を用いたウエスタンブロット及びカゼインを基質とする酵素活性測定を行った。m-カルパイン80K(mCL)は30Kと共発現されると可溶性の画分で活性を持つことが認められ、タンパク質レベルでのニワトリm-カルパインの検出に初めて成功した。/mCLは、共発現だけではなく単独発現の場合でも活性を持つことが判明した。CLは不溶性の画分のみで発現が検出され、酵素活性は見られなかった。p94は可溶性の画分で全長および55kDaの自己消化断片の発現が検出されたが、酵素活性は見られなかった。 3。リコンビナントm-、/m-カルパインの精製および性質の比較 発現により酵素活性が見られたm-、/m-カルパインについて大量発現を行った。DEAE-トヨパール、Superdex200、Mono Qカラムによって精製し、その性質を比較した。共発現によって得られたリコンビナント/m-、m-カルパインは天然カルパインと同様に正常な80K+30Kのヘテロダイマーを形成した。意外なことに、/mCLを単独発現させると、Superdex200カラムを用いたゲルろ過でちょうど160Kの所に溶出され、80K同士の二量体を形成していることが明らかになった。単独発現させたmCLは不活性な会合体を形成した。 m-カルパインは至適温度、pH、阻害剤など典型的なカルパインの性質を示し、50%活性に必要なカルシウムイオン濃度は約1.5mMで/m-カルパインの0.35mMより高いことから、タンパク質レベルでもm-カルパインと確認された。また、m-カルパインはカルシウム感受性だけではなく至適温度、pH等の性質も/m-カルパインとは多少異なった。リコンビナント/m-カルパインはカルシウム感受性、比活性、温度、pH、阻害剤など天然カルパインと同様の性質を示した。/m-、m-カルパインとも、異なる両30K(ck30Kとhu-ck30K)と共発現させても酵素学的性質に差は見られなかった。/mCL二量体はカルシウム感受性が少し高いことを除けば/m-カルパインと同じ性質を示した。 各臓器において天然m-カルパインを検出するため、精製したニワトリm-カルパインの80K(mCL)だけでウサギを免疫し、抗体を作製した。抗体の評価の結果、ニワトリmCLに対して非常に高い特異性を示し、30K、/mCL、CLはほとんど認識しなかった。抗ニワトリmCL抗血清を用い、ニワトリ各臓器についてウエスタンブロットを行った結果、筋肉、胃などから弱いシグナルが検出された。さらに、筋抽出液のDE-52カラムによる溶出画分にも天然m-カルパインのバンドが検出された。 以上の結果をまとめると、バキュロウイルス発現系を用いて発現したリコンビナントカルパインは天然のカルパインと同様の性質をもっていることが示された。ニワトリm-カルパインの性質が初めて明らかになった。ニワトリm-カルパインは典型的なカルパインの性質を示し、細胞の中に微量に存在することが予想される。ニワトリカルパインには3種類の組織普遍的なアイソザイムが存在し、-、/m-、及びm-カルパインは細胞内でそれぞれ異なる特異的な生理機能を持っていると予想される。/mCL二量体の存在から、/mCLの80Kモノマーは非常に不安定で、細胞内の生理的な条件下では実際に80K同士の二量体が活性化型である可能性が示唆される。また、mCLは立体構造をとるために30Kを必要とすることから、/m-、m-カルパインの活性化メカニズムは異なっていると考えられる。 4。キメラカルパインの機能解析によるカルパインの構造・機能相関 カルパイン80KのドメインIとIVはそれぞれ自己消化、カルシウム結合に関連するドメインで各アイソザイムの間で一番相同性が低い、すなわち、各アインザイム特異的な性質を決める領域である。そこで、m-カルパインのドメインI、IVを他のアイソザイムのドメインと入れ替えたキメラコンストラクトを構築し、各キメラ80Kを単独またはhu-ck30Kと共発現させた(図1)。ミュータント1から4までのドメインIVだけを入れ替えたキメラは不溶性画分のみに検出されるか、あるいは発現が認められなかった。ミュータント5から8までのキメラは可溶性画分で酵素活性が検出されたので、/m-、m-カルパインと同様に精製し、解析を行った。これらのキメラカルパインは正常な80K+30Kのヘテロダイマーを形成しており、比活性、至適温度などの性質はm-カルパインと同様であった。意外なことに、ミュータント7と8の場合、本来の-、/m-カルパインより低いカルシウム感受性を示した。また、ドメインIだけを入れ替えたミュータント5と6の場合もカルシウム感受性の変化が見られ、しかも、ミュータント5より6が、より低いカルシウム感受性を示した。以上の結果から、各アイソザイムのカルシウム感受性の違いは、ドメインIVのカルシウムイオン結合部位のアミノ酸配列の違いだけには起因しないことと、ドメインIもカルシウム感受性に直接関与することが強く示唆される。すなわち、カルシウム感受性の違いはカルパインの立体構造に起因すると考えられる。特に、立体構造におけるドメインIとIVとの密接な関係が示唆される。カルパインの構造・機能相関をさらに明確にするためには、全ドメイン各々についてキメラコンストラクトを構築して解析する必要がある。 図1。キメラカルパインの構造 |