No | 112737 | |
著者(漢字) | 大友,量 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オオトモ,リョウ | |
標題(和) | 酵母Candida maltosaにおけるcytochrome P450 ALK遺伝子群の転写誘導機構の解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 112737 | |
報告番号 | 甲12737 | |
学位授与日 | 1997.03.28 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(農学) | |
学位記番号 | 博農第1800号 | |
研究科 | 農学生命科学研究科 | |
専攻 | 応用生命工学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | n-アルカン資化能を有する無胞子酵母Candida maltosaはn-アルカンやその誘導体を単一炭素源として培養した場合、その資化に関与するチトクロームP450(P450 ALKs)を転写レベルで誘導する。この誘導はグルコースの共存により抑制される。またn-アルカン培養時に小胞体(ER)膜など細胞内膜系の顕著な発達が観察されるが、この現象はP450 ALKsの大量発現によっても認められた。すなわち本菌におけるこのような細胞内構造の劇的変化においてもn-アルカンを炭素源とすることによるP450 ALKsをはじめとした遺伝子の転写活性化が最初の重要なステップであると考えられる。現在まで他の生物も含めてn-アルカン応答性の転写因子については報告例がない。本研究はC.maltosaにおけるP450 ALKsの転写誘導機構を明らかにし、それを一つのモデルとして真核生物の疎水性物質に対する応答機構を考察することを目的とした。 ノーザン解析、レポーター遺伝子を用いた解析によって、これまでに単離された8種のALK遺伝子のうちALK1、ALK2、ALK5の3種はn-アルカンを単一炭素源として含む培地に移した後、2時間以内という比較的早い時期に転写レベルが最大に達することを確認した。この転写誘導には新規の蛋白質合成を必要としないこと、4種の主要なP450遺伝子の破壊によってn-アルカン資化能を失った株においてもレポーター遺伝子の発現が誘導されることなどから、n-アルカンが低分子リガンドとして転写因子に作用し、直接転写誘導に関わっている可能性が考えられた。さらにALK3、ALK5ではn-アルカンを炭素源とした培養の後期に2次的な誘導が起こることを見いだした。 次にALK5プロモーター領域の欠失解析によりn-アルカンによる直接の転写誘導に必要な領域約130bp(ARR5と命名)を同定した。この領域を含むDNA断片をプローブとしたゲル移動度シフトアッセイにより、この領域に配列特異的に結合する蛋白質の存在を見いだした。この蛋白質は非誘導条件下、あるいはグルコースによってALK遺伝子群の転写を抑制した菌体内にも認められた。同じDNA断片をプローブとして用いたUV-クロスリンク実験からはこれらの蛋白質がARR5の下流約60bpに配列特異的に結合していることが示唆された。そこでサウスウエスタン法によりこのDNA結合タンパク質をコードする遺伝子のクローニングを試みた。すなわち大腸菌の発現ベクター-ExCellを用いて構築したC.maltosaのゲノムライブラリーにおいて、-ガラクトシダーゼとの融合タンパク質として発現していることが期待された目的とする転写因子のDNA結合領域を、放射ラベルしたARR5をプローブとしてスクリーニングすることを試みた。しかし条件を変えながら最終的に約200万クローンをスクリーニングしたにも関わらず、ポジティブなクローンを得ることは出来なかった。 C.maltosaは一般にはロイシンとして翻訳されるCUGコドンをセリンとして翻訳するという特殊性を有する。このため大腸菌やS.cerevisiae内で発現したC.maltosaの蛋白質が本来の活性を持たない可能性は十分に考えられる。またサウスウェスタン法では複数の蛋白質の相互作用によって初めてDNA結合活性を獲得するような蛋白質は原理的に単離できない。UV-クロスリンク実験では主要な一本のバンド以外に幾つかの弱いシグナルが確認されている。これらの蛋白質の相互作用が目的の転写因子のDNA結合活性に大きな影響を与えているのかも知れない。 n-アルカンによる誘導とは別に、動物細胞においてある種のチトクロームP450の誘導合成やペルオキシソームの増殖を引き起こすことが知られている疎水性薬剤であるクロフィブレートの存在下でC.maltosaを培養することによってもP450のスペクトルが上昇することを見いだした。ノーザン解析の結果から、ALK2、ALK3の2種の遺伝子の転写がクロフィブレート、Wy-14,643などのペルオキシソーム増殖剤によって活性化される事を確認した。ガスクロマトグラフィーによる解析から、添加したクロフィブレートは培養中に代謝分解されないことが示唆されたため、この場合もやはりクロフィブレートが直接のシグナル物質となって転写誘導に関与していると考えられる。しかしALK1ではクロフィブレートによる誘導培養後期にのみ転写が見られ、またALK5はクロフィブレートによってはほとんど誘導されなかった事からn-アルカンによる転写誘導とは異なる機構が関与しているであろうことが示唆された。 動物細胞ではペルオキシソーム増殖剤による転写の誘導には核内受容体の一つであるPPAR(Peroxisome Proliferator Activated Receptor)が関与していることが明らかにされている。そこで同様の機構が酵母でも働いている可能性を考え、マウスPPAR 遺伝子のDNA結合領域およびリガンド結合領域をプローブとしてC.maltosa全DNAに対するサザン解析を行ったが有意なシグナルは認められなかった。 ALK2のクロフィブレートによる転写誘導は下等真核生物におけるペルオキシソーム増殖剤応答遺伝子の初めての例である。そこでALK2プロモーターの下流にレポーター遺伝子として大腸菌由来のLacZ遺伝子を連結し、他の酵母に導入してクロフィブレートによる転写誘導を検討した。その結果、やはりn-アルカン資化能を有する酵母Yarrowia lipolyticaにおいてクロフィブレートによる-ガラクトシダーゼ活性の上昇を確認した。下等真核生物におけるペルオキシソーム増殖剤応答機構には何らかの共通性があるのかも知れない。しかしSaccharomyces cerevisiaeでは培養条件による転写活性の変化は認められなかった。 次にALK2プロモーター領域の欠失解析によりクロフィブレートによる転写誘導に必要な領域を約250bpに縮小化した。この領域内にはn-アルカンによる転写誘導活性も含まれていた。この領域内の特徴的な配列として、他のALK遺伝子のプロモーター領域にも共通に見られ、またS.cerevisiae において脂肪酸によるペルオキシソーム関連遺伝子の転写誘導のシスエレメントとして同定されているORE(Oleate Responsive Element)に類似したCCGを含むリピート配列が見いだされた。最近、この配列に結合してペルオキシソーム関連遺伝子の転写誘導を行う転写因子Pip2をコードする遺伝子がクローニングされたことから、C.maltosaにおいてこの類似体がn-アルカンやその誘導体、またはペルオキシソーム増殖剤による転写誘導に関与している可能性を考え、PCRによって増幅したPIP2遺伝子ををプローブとしてC.maltosa全DNAに対するサザン解析を行った。しかし検討した最も温和な条件下においても有意なシグナルは認められなかった事から、本菌における疎水性物質による転写誘導にはこれとは別種の転写因子が関与していると考えられた。 以上述べたような状況を背景として、C.maltosaのin vitro転写系を構築し、転写誘導に関与する因子を生化学的に解析することを試みた。まずC.maltosaの無細胞抽出液を用い、AKL5プロモーターおよびS.cerevisiae由来のCYC1コアプロモーターからの転写を行わせる事に成功した。それぞれのプロモーターを単独で用いた系では誘導時・非誘導時の細胞抽出液で転写産物量に有意な差はなかったが、両方のプロモーターを同時に加えた系では、グリセロール培養の抽出液ではCYC1コアプロモーターからの転写しか確認できなかったのに対し、n-アルカン培養菌体からの抽出液では両方の転写産物を確認する事が出来た。このことからn-アルカン培養菌体の抽出液ではグリセロール培養の抽出液と比べてALK5プロモーターの選択性が上昇していることが考えられる。単独のプロモーターを用いた系ではおそらく大量のプロモーターDNAを用いているためこの選択性の差が検出できなかったものと考えられる。 このin vitro転写系に競合DNAとしてALK5のcis配列を含む断片を加えてもALK5プロモーターからの転写を抑制することは出来なかった。これはin vivoでの結果と同じであった。しかしALK5プロモーターのcis配列を固定化したDNAアフィニティーカラムで細胞抽出液を処理することによって、ゲルシフトのバンドの消失と呼応してALK5プロモーターからの転写だけではなく、CYC1コアプロモーターからの転写も完全に消失する事が確認された。このアフィニティーカラムから高塩濃度のバッファーを用いて溶出した画分はARR5をプローブとしたゲル移動度シフトアッセイにおいて元の細胞抽出液と同じシフトバンドを与えた。またこの画分をin vitro転写系に加えることによってプロモーターの種類に関わらず転写産物量を約2倍に上昇させることが出来た。このcis配列に結合すると考えられる転写因子は細胞抽出液中ですでに基本転写因子と複合体を形成していたものと考えられる。 n-アルカン培養菌体からの抽出液をヘパリンアガロースアフィニティーカラムによって分画することも試みた。ゲル移動度シフトアッセイを指標として酢酸カリウムのステップグラジェントにより抽出液を分画したところ、0.3Mおよび0.7Mの2つの溶出画分で活性が確認された。これらの画分はゲルシフトの競合実験から、先に同定したARR5に対するアフィニティーが異なる事が示され、ALK5の転写誘導に関して異なる活性を持つことが期待される。 以上のようにALK5、ALK2の2つの遺伝子を中心にC.maltosaの有する、n-アルカン応答性、ペルオキシソーム増殖剤応答性の機構に関して解析し、この誘導に関与するプロモーター上の機能領域を明らかに出来た。また転写因子の単離には至らなかったが、その特殊性・新奇性を示すことが出来た。最後に、本研究で構築したin vitro転写による解析系は不完全菌であるため遺伝学的手法が充分活用できない本菌において、その特徴的な転写誘導現象を生化学的に解析していく上で有用であると考えられる。 | |
審査要旨 | n-アルカン資化能を有する無胞子酵母Candida maltosaは、n-アルカンを単一炭素源として培養した場合、その資化に関与するチトクロームP450(P450ALKs)を転写レベルで誘導する。本研究はC.maltosaにおけるP450ALKsの転写誘導機構を明らかにし、それをモデルとして真核生物の疎水性物質に対する応答機構を考察することを目的とした。 まず、ノーザン解析、レポーター遺伝子を用いた解析によって、主要な4種のP450の転写が、誘導培養開始後1時間以内という比較的早い時期に最大に達することを確認した。この誘導には新規の蛋白質合成を必要としないこと、4種の主要なP450遺伝子の破壊によってn-アルカンの水酸化能を失った株においても誘導が見られることなどから、n-アルカンが低分子リガンドとして、直接転写誘導に関わっていると考えられた。 次にALK5プロモーター領域の欠失解析によりn-アルカンによる転写誘導に必要な領域約130bp(ARR5)を同定した。さらにこの領域を含むDNA断片をプローブとしたゲル移動度シフト法により、この領域に配列特異的に結合する蛋白質の存在を示した。同じDNA断片を用いたUV-架橋実験から、これらの主要なものは約26kDaの分子量を有することがが示された。そこで幾つかの方法を用いてこのDNA結合蛋白質をコードする遺伝子の単離を試みたが、陽性なクローンは得られなかった。 一方、n-アルカンによる誘導とは別に、動物細胞である種のチトクロームP450の誘導合成やペルオキシソームの増殖を引き起こすことが知られている疎水性薬剤・クロフィブレートの存在下でC.maltosaを培養することによってもP450のスペクトルが上昇することを見いだした。ノーザン解析の結果から、ALK2、ALK3の2種がクロフィブレート、Wy-14,643などのペルオキシソーム増殖剤により、著しく誘導される事を確認した。ガスクロマトグラフィーによる解析から、添加したクロフィブレートは培養中に代謝分解されないことが示唆されたため、この場合もやはりクロフィブレートが直接のシグナル物質となって転写誘導に関与していると考えられる。 ALK2プロモーター領域の欠失解析によりクロフィブレートによる転写誘導に必要な領域を約250bpに縮小化した。この領域内の特徴的な配列として、他のALK遺伝子のプロモーター領域にも共通に見られ、またS.cerevisiaeにおいて脂肪酸によるペルオキシソーム関連遺伝子の転写誘導のシスエレメントとして同定されているORE(Oleate Responsive Element)に類似したCCGを含む反復配列が見いだされた。そこで、この配列を認識する転写因子Pip2の類似体がALK遺伝子の転写誘導に関与している可能性を考え、PCRによって増幅したPIP2遺伝子をプローブとして本菌の全DNAに対するサザン解析を行った。しかし検討した最も温和な条件下においても有意なシグナルは認められなかった。 以上述べたような状況を背景として、C.maltosaのin vitro転写系を構築し、転写誘導に関与する因子を生化学的に解析することを試みた。まずC.maltosaの無細胞抽出液を用い、AKL5プロモーターおよびS.cerevisiae由来のCYC1コアプロモーターからの転写を行わせる事に成功した。それぞれのプロモーターを単独で用いた系では誘導時・非誘導時の細胞抽出液で転写産物量に有意な差はなかったが、両方のプロモーターの競合転写では、非誘導菌体の抽出液でCYC1コアプロモーターからの転写しか確認できなかったのに対し、誘導培養を行った菌体の抽出液では両方の転写を確認する事が出来た。このことから誘導培養菌体の抽出液ではALK5プロモーターの選択性が上昇していることが考えられた。 この転写活性のある細胞抽出液をDNAアフィニティーカラムによって分画しin vitro転写系に加えることによってALK5プロモーターからの転写産物量を約2倍に上昇させることが出来た。同時に細胞抽出液をヘパリンアガロースアフィニティーカラムによって分画する条件についても検討した。これらの画分はゲルシフトの競合実験から、先に同定したARR5に対する結合特異性が異なる事が示され、ALK5の転写誘導に関して異なる活性を持つと期待される。 以上、ALK5、ALK2の2つの遺伝子を中心にC.maltosaの有する、n-アルカン応答性、ペルオキシソーム増殖剤応答性の機構に関して解析し、この誘導に関与するプロモーター上の機能領域を明らかにし、さらにそこに特異的に結合する蛋白質について解析した。また本研究で構築したin vitro転写による解析系は、その特徴的な転写誘導現象を生化学的に解析していく上で有用であると考えられる。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 | |
UTokyo Repositoryリンク | http://hdl.handle.net/2261/54585 |