序論 海洋性の発光細菌Vibrio fischeriのフラビン還元酵素FRase Iは、NADHとNADPHの両方を電子供与体として、FMNなどフラビンの還元を触媒する酵素である。生成した還元型のFMNH2は発光酵素luciferaseの基質として使われると考えられているが、詳しい生理的な役割は不明である。
FRase Iをコードする遺伝子は共同研究者によって、Vibrio fischeri ATCC7744からクローニングされ、その塩基配列が明らかになった。塩基配列から推定されたFRase Iの一次構造は、大腸菌など腸内細菌群の酸素非感受性ニトロ還元酵素NfsBや、好熱菌のNADH酸化酵素(NOX)と相同性を持つことが解った。また、発光細菌Vibrio harveyiのNADPH依存型フラビン還元酵素FRPや大腸菌のニトロ還元酵素NfsAとも僅かながら相同性を持つことが明らかになった。
これらはその相同性から同一の遺伝子から派生した新規の蛋白質ファミリーを形成すると考えられるが、酸化還元反応において、電子供与体、電子受容体ともに基質特異性が異なり、基質の認識や反応機構がどのようになっているか大変興味深い。これら酵素の特質を明らかにするために反応機構、基質特異性を各酵素について調べる必要がある。本研究では、特にFRase Iについて反応の詳細を明らかにするため大腸菌の発現系で大量に発現されたFRase Iを用い、生化学的な解析、構造生物学的な解析の両面からのアプローチを試みた。
(1)生化学的な解析 大量発現されたFRase Iはフラビン類に特徴的な吸光スペクトルをもつflavoproteinであり、定量的な実験から1モノマーに1つのFMNを結合していることが明らかになった。また、ゲル濾過での推定分子量、化学架橋の実験からFRase Iはホモダイマーとして働くことも明らかにされた。
本酵素FRase Iの反応機構については以前から二つのモデルが提唱されていた。一つは、Vibrio fischeriから直接部分精製された酵素を用いた研究で、酵素結合のFMNは無いとされ、NADH存在下でシステインに特異的な化学修飾剤であるNEMで不活化されることから、酸化還元反応の活性中心はジスルフィド結合とシステインのシャトルであるとするモデルであった。もう一つはアポ酵素がフラビン還元能を持つことから、酵素結合のフラビンが反応中に入れ替わり、アポ酵素が酵素の本体であるとするモデルであった。本研究では、FRase Iの活性中心は何であるのか、酵素結合のFMNは入れ替わるのか否かに着目して解析を行った。
FRase Iのフラビン還元活性をNADHを電子供与体に、FMNを電子受容体に用いて反応速度論の解析を行ったところ、Lineweaver-Burk plotで平行線が得られ、ping pong bi bi機構に従うことが判明した。またFRase Iを嫌気条件下で強還元剤dithioniteを用いて還元滴定したところ、酵素の完全還元には1分子あたり2電子を要することが解った。ここでFMNの還元に既に2電子を必要とすることから、還元滴定の結果はFRase Iはその酵素結合のFMN以外には還元されうる分子種を持たないことを示している。これによりシステインのシャトルモデルは否定された。同様の滴定を本来の基質であるNADHを還元剤として用いて行った場合も、同じ結果が得られ反応の前半部はNADHから酵素結合のFMNへの2電子の転移であることが判明した。
次に、酵素法で32Pラベルを導入したFMNを基質に用いてフラビン還元反応を行い、FRase Iの酵素結合FMNがどれくらい入れ替わるかを解析した。その結果、約10回の反応で25%のラベルFMNが取り込まれるに過ぎず、1回の反応では酵素結合のFMNの入れ替わりは起こらないと考えられる。酵素結合のFMNは、通常の補酵素として2電子の転移の仲介を行っていると考えられる。
またFRase IはNADH存在下でシステインの修飾剤NEMで阻害されるものの、dithioniteによる還元条件下ではNEMでの修飾・阻害は起こらなかったことから、この結果はNADHの結合によって酵素のconformationが変化し、溶媒に露出したシステインがNEMによって修飾を受け、立体障害により活性の阻害が起きたものと解釈できる。
以上の結果を基にして、新たに次のような反応機構モデルを提唱した。まずNADHが酵素に結合し、conformationの変化を引き起こすと同時に2電子が補酵素FMNへと流れる。次に、酸化されたNAD+は酵素から離れる。還元型になったFRase Iに基質であるFMNが結合し、還元型の補酵素FMNH2から2電子が流れ、還元された基質FMNH2は酵素から解離し、1サイクルの反応が終了する。このモデルを図示したものが図1である。
図1 FRase Iの反応機構モデル(2)X線結晶構造解析 FRase Iの反応機構を詳細に検討するため、生化学的な解析と同時にFRase Iの結晶を作成しX線結晶構造解析を行った。
FRase I結晶は、PEG4000を沈殿剤として25℃で蒸気拡散法によって前平衡化した後、streak seeding法によって、0.2×0.2×0.1mm3の結晶を得ることができた。この結晶のX線回折強度データは、実験室系のR-AXIS IIcおよび高エネルギー物理学研究所放射光施設で収集した。これらのデータとプリセッション写真から、FRase I結晶は単斜晶系の空間群C2に属することが解った。またNativeのデータは1.8A分解能までが解析に使えることが判明した。
水銀化合物EMTS,白金化合物K2PtCl4,cis-[PtCl2(NH3)2]を浸透させて作成した重原子誘導体と、メチオニンの硫黄原子をセレンに置換したFRase I結晶を作成し異常分散を考慮できる良質のデータを収集した。重原子誘導体のデータから重原子同形置換法(MIR)で位相情報を得ることができた。さらに電子密度の平均化によって改良した位相を用いて解釈可能な結晶の電子密度図を得て、初期モデルを作成することができた。モデルは10-1.8Aのデータに対し、プログラムX-PLORを使って精密化を行い、最終的にR=18.7%,Rfree=22.3%で精密化を終了した。結晶の非対称単位にダイマーと2つのFMN、186個の水分子を含んでいる。蛋白質としてのジオメトリーや平均的な構造とのずれ等の値は、精密化が精度良く行われたことを示していた。以下、このモデルから示唆されることを列挙する。
モノマーは5本からなる-シートと9本の-ヘリックスからできている。FRase Iは密接に相互作用しあうホモダイマーであり、ダイマー間のポケットの奥にFMNが存在している。大きく堅いコアを形成するドメインと、突き出た2本の-ヘリックスからなるフレキシブルな小さなドメインからなる。
最近、相同性蛋白質であるNOXとFRPのX線結晶構造が発表されたが、コアの部分のフォールディングは互いに類似している。またFMNと蛋白質との水素結合による相互作用は類似性がかなり高く、相同性は低いものの共通の祖先蛋白質から派生したファミリーであることを表している。FMNは両方のダイマーと13本の水素結合を作り安定化されている。この水素結合のネットワークは強く密接であり、温度因子も低くかなり安定に存在していると思われる。このことは、酵素結合のFMNが反応中も蛋白質から離れず、通常の補酵素として働くとしたモデルを良く説明できる。
活性中心は生化学の解析からFMNと考えられ、FMNの付近のポケットとその周辺が基質の認識、結合に関与していると考えられる。フレキシブルなドメインは、温度因子も高く結晶中でも動いていると考えられるが、このドメインは触媒部位のポケットの入り口にあり、基質の認識結合に大きく関与していると思われる。実際この部位の変異型酵素では基質の特異性が変わることが示されている。また一次構造の比較からもこの部分の残基数はファミリーの酵素でまちまちであり、基質特異性の違いに関係することを示唆している。
ダイマー中6個のシステインは互いに離れており、ジスルフィド結合を作るのは不可能である。さらにNADH存在下でのみNEMで修飾され得るシステインは溶媒に露出しておらず、NADHの結合によりconformationの変化が起きることを示唆している。
図2 FRase Iの立体構造モデル