学位論文要旨



No 112743
著者(漢字) 高島,晶
著者(英字)
著者(カナ) タカシマ,ショウ
標題(和) 糸状菌のセルラーゼ遺伝子群の解析と応用に関する研究
標題(洋) Studies on Biotechnology of Fungal Cellulase Genes
報告番号 112743
報告番号 甲12743
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1806号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 魚住,武司
 東京大学 教授 高木,正道
 東京大学 教授 松澤,洋
 東京大学 教授 北本,勝ひこ
 東京大学 助教授 正木,春彦
内容要旨

 セルラーゼはセルロース分解に関与する様々な酵素の総称であり、実際にはセルロースの-1,4結合を非特異的に分解するエンドグルカナーゼ(EGL)、セルロースの非還元末端に作用してセロビオースやグルコース単位で分解していくエキソグルカナーゼ(EXO)、セロビオースやセロオリゴ糖などをグルコース単位に分解する-グルコシダーゼ(BGL)などがその主成分である。これらの酵素は単独では天然セルロースに対する分解力は極めて弱いが、複数の成分を組み合わせることにより、その分解力は飛躍的に向上する。

 セルロースはバイオマスの中でも最も大量に存在する資源でありながら、大部分は未利用のままである。本研究ではセルロース資源の有効利用の際、重要な役割を果たすと考えられるセルラーゼ生産性糸状菌のうち、高温性糸状菌Humicola griseaと、強力なセルラーゼ生産菌として知られているTrichoderma reeseiに着目し、これら二株の生産するセルラーゼ群の、遺伝子およびタンパク質レベルでの解析を行い、最終的にはより強力なセルラーゼ系を構築することを目的として以下の研究を行った。

1.H.griseaのセルラーゼ成分の精製およびその諸性質の検討

 T.reeseiのセルラーゼ系ではBGL活性が低く、セルロース糖化の際、多量のセロビオースが残るといわれている。一方、Humicola属のセルラーゼ系ではBGL活性が高いとの報告があり、T.reeseiのセルラーゼ系を相補する候補として挙げられている。そこでBGLを中心にH.griseaのセルラーゼ成分を精製し、それらの諸性質を検討した。硫安分画、各種クロマトグラフィーなどの組み合わせによってH.griseaの培養抽出物よりEGLp1〜2、EXOp1、BGL1〜6の計9種の酵素を精製した。各酵素の至適温度は50℃から70℃の間に存在しており、至適pHは5から7の間に存在していた。精製酵素のうち、BGL1はp-ニトロフェニル--D-グルコシドに対する活性が高いアリル--グルコシダーゼであり、-キシロシダーゼ活性も有していた。BGL2,3,6はセロオリゴ糖に対し広い基質特異性を有していた。BGL4はラクトースなども分解する-ガラクトシダーゼ活性をもつ酵素であった。BGL5は長鎖型セロオリゴ糖に対し高い活性を示した。精製したEXOp1は他のセルラーゼ成分との相乗作用を失ったためか結晶性セルロースに対しては弱い活性しか示さなかった。EGLp1,p2はカルボキシメチルセルロースに対して高い活性を示したが、キシラン等に対しては活性がなかった。解析の結果からBGL4と5がセロオリゴ糖分解に大きく関わっていることが示唆された。本研究によりH.griseaが-グルコシダーゼ活性を持つ多数の酵素を生産していることが明らかとなった。

2.セルラーゼ遺伝子群のクローン化と大量発現系の構築

 精製酵素のアミノ酸配列に関する情報や他の糸状菌のセルラーゼ遺伝子とのホモロジーを利用して、bgl4遺伝子、EXOp1とは異なるEXO酵素をコードするexo遺伝子、EXOの一種であるセロビオハイドロラーゼ(CBH)の遺伝子、EGLp1,p2とはいずれも異なる酵素をコードする4種類のegl遺伝子、キシラナーゼをコードしていると思われる遺伝子をH.griseaの染色体上の独立した位置よりそれぞれクローン化し、その塩基配列の決定を行った。これらの遺伝子は近縁のH.insolensのセルラーゼ遺伝子と非常に高い相同性を示すものが多く、H.griseaとH.insolensのセルラーゼ系には共通点が多いことが示唆された。また、T.reeseiからもすでに報告されているセルラーゼ遺伝子の塩基配列などを利用して、2種のbgl遺伝子、2種のcbh遺伝子、3種のegl遺伝子をクローン化した。これらクローン化したセルラーゼ遺伝子をAspergillus oryzae由来のタカアミラーゼプロモーター下流に連結し、マルトースで誘導をかけA.oryzaeでの大量発現を行った。A.oryzaeで発現させたセルラーゼはnativeな酵素とは異なる糖鎖付加様式を示すことが示唆されたが、いずれの場合も活性は保持していた。酵素学的な解析を行ったところ、H.griseaのセルラーゼでは至適温度は55℃以上にあり、EGLの中には高温の熱処理に対しても安定な耐熱性酵素もあった。また至適pHは5付近にあるものが多かったが、中性〜アルカリ性領域でも活性を保持しているものもあり、T.reeseiのセルラーゼより高い温度条件や広いpH領域で活性を示すことがH.griseaのセルラーゼ系の特徴であると考えられた。一方、H.griseaとT.reeseiのセルラーゼ系を比較すると、T.reeseiの酵素では各基質に対する比活性がH.griseaのそれよりも高いものがあり、T.reeseiが効率のよいセルラーゼ系を構成しているものと思われた。

3.タンパク質工学的手法によるセルラーゼの改変

 糸状菌のセルラーゼでは触媒ドメイン、セルロース結合ドメイン(CBD)、およびこれらをつなぐhinge領域により構成されているものが少なくない。H.griseaのCBHは上述のような構造をとるものの、CBHと57.7%の相同性を示すEXOにはCBDやhinge領域は存在しない。そこでCBH、EXOに関して、部位特異的変異導入法などを用いてお互いの各ドメイン間で組み換えを可能にし、これによって生じるキメラ酵素をA.oryzaeで大量発現させ、その諸性質を検討した(図1)。CBDのないEXOやCExは、至適温度が、CBDのあるCBHやExCにくらべて5℃高かったことから、CBDが各酵素の温度特性に影響を与えている可能性が示唆された。結晶性基質であるAvicelに対する活性ではCExの活性がCBHよりも減少したことから、CBHによる効率のよい結晶性基質の分解に関しては、CBDが必要なものと思われた。一方、ExCではAvicel分解に関してCBD付加による顕著な効果は認められず、また可溶性基質であるカルボキシメチルセルロースに対する活性もEXOにくらべ激減するなどの結果から、EXOにはCBDは必ずしも必要でないと思われた。しかし、他のセルラーゼと組み合わせてAvicel分解を行った場合では、ExCがEXOよりも高い相乗効果を示したことは興味深い。

図1CBHとEXO、およびそれらのキメラ酵素

 つぎにH.griseaのBGL4とこれと73%の相同性を示すT.reeseiのBGL2の成熟酵素のN末端およびC末端領域約70残基をお互いの酵素間で組み換えたキメラ酵素を作製し、A.oryzaeで発現させ、その諸性質を検討した。なお、N末端側の組み換えでは11残基、C末端側の組み換えでは15残基がnativeな酵素とは異なるアミノ酸残基をもつことになる。N末端領域を交換した場合、H.griseaのBGL4の至適温度は55℃から50℃に減少したが、T.reeseiのBGL2では40℃のままだった。また組み換えにより活性がnativeな酵素にくらべ上昇したものや減少したものがあったことから、N末端およびC末端領域が活性発現に影響を与えていることが示唆された。

 また糸状菌のCBD間ではよく保存されているアミノ酸残基が存在することが知られているが、このうちTyrやTrpといった芳香属系のアミノ酸残基が疎水平面を形成し、この疎水平面とセルロースとの相互作用で、セルロースに結合することが知られている。そこでこれらのアミノ酸残基に変異を導入したH.griseaのCBHを作製し、セルロースへの結合に及ぼす影響を解析中である。

4.セルラーゼ遺伝子の発現制御に関する解析

 Aspergillus属の糸状菌からカタボライト抑制にかかわるzinc fingerタンパク質をコードするcreA遺伝子が単離されている。そこでA.nigerのcreA遺伝子をプローブとしてT.reeseiからcreA(crel)遺伝子をクローン化した。さらにT.reeseiのcreA(crel)遺伝子をプローブとしてH.griseaからもcreA遺伝子をクローン化した。T.reeseiのセルラーゼ系はカタボライト抑制をうけることが知られているが、H.griseaのセルラーゼ系に関しては知見が得られていないので、ノーザン解析を行ったところ、グルコース存在下でセルラーゼ遺伝子の発現が抑制され、かつこの条件下でcreA遺伝子が強く発現していることが確認できた。つぎにT.reeseiおよびH.griseaのCREA(CRE1)タンパク質のzinc finger領域と大腸菌マルトース結合タンパク質との融合タンパク質を作製し、これらを用いて、セルラーゼ遺伝子のプロモーター領域とのbinding assayを行った。ゲルシフト法およびDNaseI footprintingによる解析の結果、Aspergillus属のCREAが結合するSYGGRG様配列に融合タンパク質が結合していることがわかり、T.reeseiおよびH.griseaのCREA(CRE1)がセルラーゼ遺伝子のカタボライト抑制に関与していることが強く示唆された。

5.まとめ

 本研究によりH.griseaおよびT.reeseiのセルラーゼ系を構成する様々な酵素の諸性質や遺伝子構造を明らかにした。両菌株のセルラーゼ遺伝子の大量発現系の確立とタンパク質工学による酵素の改変の成果、ならびにセルラーゼ遺伝子の発現制御に関する本論文の知見は、菌株の改良等による強力なセルラーゼ系を構築する上で大いに役立つと考えられる。

審査要旨

 本論文では、バイオマスとしてのセルロースの有効利用に役立つセルラーゼ類を高温性糸状菌Humicola griseaから精製し、酵素学的諸性質を解明するとともに、H.griseaとTrichoderma reeseiのセルラーゼ遺伝子群をクローン化し、Aspergillus oryzae中で活性を発現させ両菌の酵素の性質を比較している。さらに、両菌のセルラーゼ遺伝子の活性発現調節機構についても、調節遺伝子のクローン化とその産物のin vitroでのDNA結合活性を調べることによって解析したものであり、7章からなっている。

 第1章は序論であり、糸状菌のセルラーゼ類に関する従来の知見とさらなる研究の必要性について論じている。

 第2章では、H.grisea var.thermoidea IFO9854株から-グルコシダーゼ(BGL)6種、エンドグルカナーゼ(EGL)2種ならびにエキソグルカナーゼ(EXO)1種を精製し、酵素学的諸性質を解明した。

 各酵素の至適温度は50℃から70℃の間にあり、至適pHは5から7の間にあった。精製酵素のうち、BGL1はp-ニトロフェニル--D-グルコシドに対する活性が高いアリル--グルコシダーゼであり、-キシロシダーゼ活性も有していた。BGL2、3、6はセロオリゴ糖に対し広い基質特異性を有していた。BGL5は長鎖型セロオリゴ糖に対し高い活性を示した。EGLp1、p2はカルボキシメチルセルロースに対して高い活性を示した。また、BGL4と5がセロオリゴ糖分解に大きく関わっていることを示唆している。

 第3章では、H.griseaからEGL遺伝子4種、BGL遺伝子1種、EXO遺伝子1種ならびにセロビオハイドロラーゼ(CBH)遺伝子1種をクローン化し、それらの塩基配列を決定した。さらに、T.reeseiのBGL遺伝子1種をクローン化して塩基配列を決定するとともに、同菌の既知セルラーゼ遺伝子6種をクローン化して、次章以下の遺伝子発現とキメラ酵素作成のために供した。

 第4章では、麹菌A.oryzaeのアミラーゼ遺伝子(amyB)のプロモーターを利用して、麹菌中で、H.griseaとT.reeseiのセルラーゼ類を大量発現させる系を構築し、生産した酵素の性質を解析した。H.griseaのセルラーゼでは至適温度は55℃以上にあり、EGLの中には高温の熱処理に対しても安定な耐熱性酵素もあった。また至適pHは5付近にあるものが多かったが、中性〜アルカリ性領域でも活性を保持しているものもあり、T.reeseiのセルラーゼより高い温度条件や広いpH領域で活性を示すことがH.griseaのセルラーゼ系の特徴であった。

 第5章では、蛋白質工学的手法を用いて各種セルラーゼのキメラ遺伝子を作成してキメラ酵素を麹菌で生産させ、その性質を検討することにより、セルロース結合領域(CBD)の役割などを解析し、結晶性基質であるAvicelに対する活性には、CBDが必要であるとの結果を得た。また、糸状菌のCBD間でよく保存されている芳香属アミノ酸残基のうちTyrやTrpを蛋白質工学的に他のアミノ酸に改変することにより、これらのアミノ酸残基が形成する疎水平面がセルロースへの結合能にとって重要であることを確認した。

 第6章では、H.griseaとT.reesei両菌のセルラーゼ遺伝子発現におけるカタボライト抑制に関わる遺伝子creAとcrelをクローン化し、塩基配列を解析し、Aspergillus属の糸状菌のカタボライト抑制にかかわるzinc fingerタンパク質をコードするcreA遺伝子との相同性を認めた。さらに、H.griseaについてノーザン解析を行ない、グルコース存在下でセルラーゼ遺伝子の発現が抑制され、かつこの条件下でcreA遺伝子が強く発現していることを確認した。

 つぎにT.reeseiおよびH.griseaのCREA(CRE1)タンパク質のzinc finger領域と大腸菌マルトース結合タンパク質との融合タンパク質を作製し、これらを用いて、セルラーゼ遺伝子のプロモーター領域とのin vitroのbindingによるゲルシフト法およびDNaseI footprintingによる解析の結果、プロモーター上流のSYGGRG様配列に融合タンパク質が結合していることを明らかにした。

 第7章は総合討論と考察である。

 以上要するに、本研究は、H.griseaおよびT.reeseiのセルラーゼ系を構成する様々な酵素の諸性質や遺伝子構造を明らかにし、両菌株のセルラーゼ遺伝子の大量発現系の構築とタンパク質工学による酵素の改変により、セルラーゼの構造と機能の相関を解析し、さらに、セルラーゼ遺伝子の発現制御に関しても新しい知見を加えたものであり、学術上ならびに応用上寄与するところが少なくない。

 よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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