本論文では、バイオマスとしてのセルロースの有効利用に役立つセルラーゼ類を高温性糸状菌Humicola griseaから精製し、酵素学的諸性質を解明するとともに、H.griseaとTrichoderma reeseiのセルラーゼ遺伝子群をクローン化し、Aspergillus oryzae中で活性を発現させ両菌の酵素の性質を比較している。さらに、両菌のセルラーゼ遺伝子の活性発現調節機構についても、調節遺伝子のクローン化とその産物のin vitroでのDNA結合活性を調べることによって解析したものであり、7章からなっている。 第1章は序論であり、糸状菌のセルラーゼ類に関する従来の知見とさらなる研究の必要性について論じている。 第2章では、H.grisea var.thermoidea IFO9854株から-グルコシダーゼ(BGL)6種、エンドグルカナーゼ(EGL)2種ならびにエキソグルカナーゼ(EXO)1種を精製し、酵素学的諸性質を解明した。 各酵素の至適温度は50℃から70℃の間にあり、至適pHは5から7の間にあった。精製酵素のうち、BGL1はp-ニトロフェニル--D-グルコシドに対する活性が高いアリル--グルコシダーゼであり、-キシロシダーゼ活性も有していた。BGL2、3、6はセロオリゴ糖に対し広い基質特異性を有していた。BGL5は長鎖型セロオリゴ糖に対し高い活性を示した。EGLp1、p2はカルボキシメチルセルロースに対して高い活性を示した。また、BGL4と5がセロオリゴ糖分解に大きく関わっていることを示唆している。 第3章では、H.griseaからEGL遺伝子4種、BGL遺伝子1種、EXO遺伝子1種ならびにセロビオハイドロラーゼ(CBH)遺伝子1種をクローン化し、それらの塩基配列を決定した。さらに、T.reeseiのBGL遺伝子1種をクローン化して塩基配列を決定するとともに、同菌の既知セルラーゼ遺伝子6種をクローン化して、次章以下の遺伝子発現とキメラ酵素作成のために供した。 第4章では、麹菌A.oryzaeのアミラーゼ遺伝子(amyB)のプロモーターを利用して、麹菌中で、H.griseaとT.reeseiのセルラーゼ類を大量発現させる系を構築し、生産した酵素の性質を解析した。H.griseaのセルラーゼでは至適温度は55℃以上にあり、EGLの中には高温の熱処理に対しても安定な耐熱性酵素もあった。また至適pHは5付近にあるものが多かったが、中性〜アルカリ性領域でも活性を保持しているものもあり、T.reeseiのセルラーゼより高い温度条件や広いpH領域で活性を示すことがH.griseaのセルラーゼ系の特徴であった。 第5章では、蛋白質工学的手法を用いて各種セルラーゼのキメラ遺伝子を作成してキメラ酵素を麹菌で生産させ、その性質を検討することにより、セルロース結合領域(CBD)の役割などを解析し、結晶性基質であるAvicelに対する活性には、CBDが必要であるとの結果を得た。また、糸状菌のCBD間でよく保存されている芳香属アミノ酸残基のうちTyrやTrpを蛋白質工学的に他のアミノ酸に改変することにより、これらのアミノ酸残基が形成する疎水平面がセルロースへの結合能にとって重要であることを確認した。 第6章では、H.griseaとT.reesei両菌のセルラーゼ遺伝子発現におけるカタボライト抑制に関わる遺伝子creAとcrelをクローン化し、塩基配列を解析し、Aspergillus属の糸状菌のカタボライト抑制にかかわるzinc fingerタンパク質をコードするcreA遺伝子との相同性を認めた。さらに、H.griseaについてノーザン解析を行ない、グルコース存在下でセルラーゼ遺伝子の発現が抑制され、かつこの条件下でcreA遺伝子が強く発現していることを確認した。 つぎにT.reeseiおよびH.griseaのCREA(CRE1)タンパク質のzinc finger領域と大腸菌マルトース結合タンパク質との融合タンパク質を作製し、これらを用いて、セルラーゼ遺伝子のプロモーター領域とのin vitroのbindingによるゲルシフト法およびDNaseI footprintingによる解析の結果、プロモーター上流のSYGGRG様配列に融合タンパク質が結合していることを明らかにした。 第7章は総合討論と考察である。 以上要するに、本研究は、H.griseaおよびT.reeseiのセルラーゼ系を構成する様々な酵素の諸性質や遺伝子構造を明らかにし、両菌株のセルラーゼ遺伝子の大量発現系の構築とタンパク質工学による酵素の改変により、セルラーゼの構造と機能の相関を解析し、さらに、セルラーゼ遺伝子の発現制御に関しても新しい知見を加えたものであり、学術上ならびに応用上寄与するところが少なくない。 よって、審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |