申請者津久井通君の論文は「アデノウイルスを仲介とするマウス透明帯除去卵への遺伝子導入に関する研究」である。 平成9年1月24日東京大学農学部7号館405号室において、主査小川智也教授、副査舘鄰教授、勝木元也教授、豊田裕教授および東條英昭助教授のもとで論文についての説明とそれに対する質問、および論文全体に対する審査を行なった。当日、豊田裕教授は帯広畜産大学における重要用件のため欠席であったが、書面で主査宛に審査結果を托された。 論文の内容は、現代のバイオサイエンスに不可欠な技術となった遺伝子導入法の一つであるアデノウイルスをベクターとし、マウス受精卵へ導入可能にするための技術の開発と開発された技術を用いて得られたトランスジェニックマウスに組み込まれた導入遺伝子に関する新しい知見に関するものである。マウス受精卵には透明帯が存在し、そのままではウイルスが細胞に感染しない。そこで申請者は、透明帯を酸性溶液で溶かし、培養液中に透明帯除去受精卵をとり出し、ウイルスを感染させたところ、ウイルス濃度および感染時間に依存してウイルス感染が増加した。アデノウイルスベクターには-ガラクトシダーゼ遺伝子を挿入してあり、SRのプロモーターの支配下で発現をみたところ、桑実胚および胚盤胞のすべての細胞で発現が検出された。染色体への組み込みについて、次に検討した。その結果、生まれた仔マウスの約1割に、遺伝子が組み込まれていた。導入遺伝子は、3匹のトランスジェニックマウスにおいてすべて1コピーであった。また挿入された部位は3匹とも異なり、ランダムであると推定された。 本論文に示された実験結果は、精度においても、その量においても充分信頼できるものである。論旨においても、論理的であり、結果には新規性がある。 しかしながら、本研究は技術的な要素が多いため、この方法を用いた実験的応用の成果がないことは物足らないと言わざるを得ない。副査からは、アデノウイルスが培養細胞ではなぜ染色体に組み込まれないのか、そこには細胞と受精卵とでDNAの取り込みに違う機構があるのではないかとの質問が呈された。申請者は、これに対して受精卵と細胞との表面積のちがいをあげ、受精卵の方がアデノウイルスを大量に取り込むことができることを指摘し、染色体への挿入はベクターの量によるとの考えを述べた。 また導入遺伝子の発現がマイクロインジェクション法による遺伝子導入より高いことについての質問に対し、ウイルスベクターが早く核に移行できること、1コピーであるためメチル化を受け難いことをあげ、その可能性について説明した。 以上の他にも、多くの質問に対して適確に解答したので、本研究に関しての知識は充分であると判定された。 すでに発表されている2編の論文も、審査が厳しいものであり、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |