学位論文要旨



No 112748
著者(漢字) 津久井,通
著者(英字)
著者(カナ) ツクイ,トオル
標題(和) アデノウイルスを仲介とするマウス透明帯除去卵への遺伝子導入に関する研究
標題(洋) The Eggs and The Adenovirus : Studies on Adenovirus-Mediated Gene Tansfer into Mouse Zona-Free Eggs
報告番号 112748
報告番号 甲12748
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1811号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小川,智也
 東京大学 教授 勝木,元也
 東京大学 教授 舘,鄰
 帯広畜産大学 教授 豊田,裕
 東京大学 助教授 東條,英昭
内容要旨

 近年、トランスジェニック動物は、クローン化された遺伝子の機能及びその制御機構を個体レベルで解析できる系して広くその有用性が示されている。また、この技術は今までの培養細胞系等で知られる知見に対し、生殖細胞に直接遺伝子操作することにより、個体における生体内でのより複雑な生理機能を総合的に理解することを可能とした点で、分子生物学の分野で革命的な技術革新の一つにかぞえられる。具体的にはトランスジェニック動物を利用することにより、特定遺伝子を過剰に発現させたり、その機能を欠失及び置換したりすることが個体レベル可能である。受精卵前核期がら初期胚及びES(Embryonic stem)細胞に遺伝子を導入する主な方法として、1)物理的に遺伝子を導入する(顕微注入法、電気穿孔法)、及び2)ウイルスベクター(レトロウイルス)を利用する方法が挙げられる。しかしながらこれらの技術は、複雑な操作を必要とする上に、生殖系列への遺伝子導入効率が低いことがあげられる。それゆえ、特定の遺伝子の機能を個体レベルで解析する系として、より簡単で効率的なトランスジェニック動物作製法の開発は、今後ますます重要な課題と考えられる。

 そこで本研究では、効率的な遺伝子発現が可能であるため、従来体細胞への遺伝子治療のために注目されながら、生殖系列への導入の可能性については全く報告されていなかったアデノウイルスベクターについて、トランスジェニック動物作出の手段となりうるか否かについて検討した。

1.Gene Transfer and Expression into Mouse Preimplantation Embryo by Adenovirus Vector

 本章では、透明帯を除去したマウス前核期卵と、レポーター遺伝子であるLacZを含む組換えアデノウイルス(Adex4SRLacZL)を共培養させることにより、X-gal染色を指標とするLacZの発現を検討することにより、アデノウイルスがマウス初期胚のベクターとして使用可能であるかどうか検討した。本研究から1細胞期胚に感染させたアデノウイルスDNA上のLacZの発現は、2細胞期から胚盤胞期まで観察され、透明帯を除去したマウス前核期卵のベクターとしてアデノウイルスが使用可能であることを示した。さらにマイクロインジェクション法とLacZの発現を比較した場合、有意に高い率で遺伝子発現を得られた(Table 1,Figure 1)。しかしこれらLacZの発現は、1×107(pfu/ml)で感染させた場合、13.5日胚では、その発現を確認できなかった。

Table 1 Effcet of the viral dosage on the exprestion of the SR -LacZ gene and the development of embryos to the blastocyst stage.Figure 1
2.A Novel Transgenesis Adenovirus-mediated Gene Transfer into Mouse Zoan-Free Eggs

 本章では、導入する組換えアデノウイルスとしてLacZに核移行シグナル(nls)を付加したアデノウイルスペクター(AxCNLacZ)を透明帯除去したマウス前核期卵に5×107pfu/mlで感染させ、これら感染胚を偽妊娠の仮親マウスに移植し得られた産仔について、アデノウイルスDNAの存在について検討した。次いでこれらの感染胚から得られた27匹のマウスのうち3匹のマウス染色体上にアデノウイルスDNAが組み込まれていることが証明された。先ず、トランスジェニック動物の作製効率を検討するために、組換えアデノウイルス(AdCNLacZ)を透明帯除去したマウス前核期卵に1×107,5×107,及び1×108pfu/mlで感染させ、初期胚の発生率及びアデノウイルスDNAの組み込み効率の検討を行った結果、5×107pfu/mlで感染させた場合、生まれてきた個体の12.5%でアデノウイルスDNAの組み込みが認められた(Table 2)。

Table2.Effect of viral dosage on embryos survival and integration frequencyFraction of blastocysts that transferred to foster mothers.ND:Not determined.Values with different superscripts are significantly different in the same colmn at P<0.01.

 これらのトランスジェニック動物のDNAのサザン解析から、アデノウイルスDNAは1コピーのみがマウス染色体上に組み込まれていることが示された。また、アデノウイルスDNAを組み込まれたマウスと野生型マウスを交配させ、そこで得られたF1の産仔のアデノウイルスDNAの存在についてサザンプロット解析した結果、メンデルリズムに従い約半数の産仔からアデノウイルスDNA由来のトランスジーンが検出され、安定的に導入遺伝子が子孫に伝達されることが示された。以上の結果から、アデノウイルスベクターによるトランスジェニック動物の作出が可能であることが実証された。本研究から新たに可能となった組換えアデノウイルスによるトランスジェニックマウスの作製法の要点を次項に示す(Figure2)。

Figure2

 本研究により、組換えアデノウイルスが哺乳類であるマウス初期胚に対する遺伝子導入のベクターとして、極めて有効であり。また、既存のトランスジェニック動物の作製法と明らかに違い、遺伝子を1コピーだけ挿入することが可能な方法で、今までトランスジェニック動物の作製が困難であった他の動物種においても、その可能性を示唆している。その応用性は1種類の組換えアデノウイルスベクターを利用することにより、特定遺伝子に対し一過性及び安定的な遺伝子発現を培養系及び個体において相補的に得ることができることを示した。

審査要旨

 申請者津久井通君の論文は「アデノウイルスを仲介とするマウス透明帯除去卵への遺伝子導入に関する研究」である。

 平成9年1月24日東京大学農学部7号館405号室において、主査小川智也教授、副査舘鄰教授、勝木元也教授、豊田裕教授および東條英昭助教授のもとで論文についての説明とそれに対する質問、および論文全体に対する審査を行なった。当日、豊田裕教授は帯広畜産大学における重要用件のため欠席であったが、書面で主査宛に審査結果を托された。

 論文の内容は、現代のバイオサイエンスに不可欠な技術となった遺伝子導入法の一つであるアデノウイルスをベクターとし、マウス受精卵へ導入可能にするための技術の開発と開発された技術を用いて得られたトランスジェニックマウスに組み込まれた導入遺伝子に関する新しい知見に関するものである。マウス受精卵には透明帯が存在し、そのままではウイルスが細胞に感染しない。そこで申請者は、透明帯を酸性溶液で溶かし、培養液中に透明帯除去受精卵をとり出し、ウイルスを感染させたところ、ウイルス濃度および感染時間に依存してウイルス感染が増加した。アデノウイルスベクターには-ガラクトシダーゼ遺伝子を挿入してあり、SRのプロモーターの支配下で発現をみたところ、桑実胚および胚盤胞のすべての細胞で発現が検出された。染色体への組み込みについて、次に検討した。その結果、生まれた仔マウスの約1割に、遺伝子が組み込まれていた。導入遺伝子は、3匹のトランスジェニックマウスにおいてすべて1コピーであった。また挿入された部位は3匹とも異なり、ランダムであると推定された。

 本論文に示された実験結果は、精度においても、その量においても充分信頼できるものである。論旨においても、論理的であり、結果には新規性がある。

 しかしながら、本研究は技術的な要素が多いため、この方法を用いた実験的応用の成果がないことは物足らないと言わざるを得ない。副査からは、アデノウイルスが培養細胞ではなぜ染色体に組み込まれないのか、そこには細胞と受精卵とでDNAの取り込みに違う機構があるのではないかとの質問が呈された。申請者は、これに対して受精卵と細胞との表面積のちがいをあげ、受精卵の方がアデノウイルスを大量に取り込むことができることを指摘し、染色体への挿入はベクターの量によるとの考えを述べた。

 また導入遺伝子の発現がマイクロインジェクション法による遺伝子導入より高いことについての質問に対し、ウイルスベクターが早く核に移行できること、1コピーであるためメチル化を受け難いことをあげ、その可能性について説明した。

 以上の他にも、多くの質問に対して適確に解答したので、本研究に関しての知識は充分であると判定された。

 すでに発表されている2編の論文も、審査が厳しいものであり、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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