動物の形態形成過程では、細胞は増殖しつつも時間的空間的に制御された分化を行う。そうした調和のとれた分化には細胞どうしの相互作用が、不可欠である。従って、形態形成過程での細胞分化の調節の仕組みを解くひとつの手がかりとして細胞の相互作用の研究が急がれている。今日ではこのような研究が遺伝子のレベルで進み、数多くの遺伝子が細胞間相互作用に関わっていることが知られるようになった。NotchとDeltaは、こうした相互作用を担う分子として、細胞運命の決定や選択に関わると考えられている。例えばショウジョウバエ胚の中枢神経において、等価な神経芽細胞集団の中でごく一部の細胞のみが神経細胞へと分化する。その周囲の細胞はlateral inhibitionと呼ばれる相互作用によって神経細胞への分化が抑制され表皮となる。ここで神経細胞へと分化する細胞はDeltaを発現し、周囲の細胞で発現するNotchに働きかけ、神経細胞への分化を抑制すると考えられている。NotchとDeltaは、共に細胞外にEGF様リピートを持つ膜貫通型タンパク質であり、お互いの細胞外部位を通して物理的な結合能を持つ。しかし、Notchのみが細胞内領域に神経細胞への分化を抑える機能的な活性部位を持つことから、NotchがレセプターでDeltaがリガンドであると考えられている。リガンドには他にもSerrateという膜貫通型タンパク質があり、ハエの翅の形成に必要とされている。ハエでは他にも、複眼細胞のパターン形成、筋肉分化などの幅広い発生分化過程においてNotchの情報伝達が必要とされている。また線虫では、分化能の異なる組織間の相互作用にもNotchシグナルが機能することが示されている。脊椎動物でもNotch遺伝子は進化的に保存されており、マウスでは4種類のホモログが同定されている。またリガンドとしては、ラットのJagged、マウスとニワトリのDeltaが同定されている。そして筋肉及び神経の分化に対する阻害的な役割が示唆されている。 本研究では、Notchレセプターのホモログ(C-Notch-1とC-Notch-2)とリガンドと考えられるSerrateのホモログ(C-Serrate-1とC-Serrate-2)を同定し、それにHenriqueらが同定したC-Delta-1を加えた、5種類の遺伝子について、その発現様式をwhole-mount in situ hybridizationにより調査した。その結果をもとに脊椎動物の個体発生におけるNotch情報伝達系の役割を考察した。 ニワトリ色素上皮細胞のcDNAライブラリーとニワトリのゲノムライブラリーからマウスNotch-1,-2のプローブを用いてそれぞれスクリーニングし、C-Notch-1,C-Notch-2に相当するをクローンを得た。さらにRT-PCRとニワトリ3日目胚のライブラリーからのスクリーニングから、C-Notch-1は細胞内と細胞外の各部位を,C-Notch-2はほぼ全長をそれぞれクローン化した。またリガンドについては既に公表されている配列をもとにdegenerate primerを作製してRT-PCRを行い、C-Serrate-1及びC-Serrate-2の断片を得た。そして5’-,3’-RACEを用いてさらなるクローンを得、それらのアミノ酸配列を調べた所、C-Serrate-1は最近Myatらによりクローン化された遺伝子と同一でありラットのJaggedと同様のグループに属するSerrateホモログであることが分かった。一方で、C-Serrate-2は脊椎動物での新規のSerrateホモログであることが分かった。そしてNothem blot解析から、クローン化された遺伝子の転写産物のおよその大きさは、C-Notch-1、及びC-Notch-2が各10kb、C-Serrate-1及びC-Serrate-2が各6kbと推定された。 次に、クローン化したcDNAをプローブとし、whole-mount in situ hybridizationで、それらの遺伝子のニワトリ胚での発現を調査した。その結果、まず3日から4日目胚での各遺伝子の発現様式の概要が明らかとなった(表1)。神経系とpresomitic mesodermで、C-Notch-1とC-Delta-1の発現が観察された一方で、C-Notch-2は体中の間充織で発現が認められた。C-Serrate-1はレンズ、心臓 間脳、鰓弓、そして特に神経管では頭から尾にかけて2本の線状に発現がみられ、C-Serrate-2は端脳、鰓弓、体節の一部で発現が見られた。 また様々な発生段階の胚とその切片を用いた解析から、以下のような各組織でのこれら遺伝子の発現を観察した。嚢胚形成時のprimitive streakとgrooveでのC-Delta-1の発現から初期の外、中、内胚葉への運命選択にNotchシグナルが関与することが示唆された。体節形成前においてはpresomitic mesodermでC-Notch-1とC-Delta-1が、形成後ではdermomyotomeでC-Notch-2の発現が、それぞれ観察された。さらに体節が分化するとmyotome(筋節)で主にC-Notch-1とC-Serrate-2の発現が認められる一方、dermatome(皮節)では、主にC-Notch-2の発現が観察された。このことから体節形成とその後の筋肉や真皮への体節の分化にNotchシグナルが関与することが示唆された。脳では、C-Notch-1の発現が全体的に一様に観察されるのに対し、C-Delta-1は脳全体に点状に、C-Serrate-1は間脳に点状に、C-Serrate-2は端脳に一様に、それぞれ発現が観察された。この事実から、C-Delta-1とC-Serrate-1は共にハエと同様なlateral inhibitionとしての機能を想像できるが、C-Serrate-2は細胞集団レベルでの分化阻害因子として働くことが想像される。神経管においてはC-Notch-1は分化した神経細胞をふくむマントル層を除いて一様に、Deltaは数個の細胞集団で、C-Serrate-1は2本の水平線状に、それぞれ発現が観察された。ここから未分化な神経細胞の運命選択にNotchシグナルが関与することが示唆される。中腎では主にC-Notch-1,C-Delta-1,C-Serrate-1,C-Serrate-2の発現が観察され、その後の腎臓と生殖器官への分化への関与が示唆された。心臓では管構造を形成する前のstage9のmyocardiumでC-Serrate-1の発現が観察され、その後も引き続いてC-Serrate-1の発現が観察された。C-Serrate-1は、眼の組織ではstage13の肥厚し始めたレンズプラコードで発現が観察された。こうした結果から、心臓やレンズなどの周囲の組織からの誘導シグナルをうけて発生する器官の形態形成にNotchシグナルが関与することが示唆された。また3日目胚のレンズではC-Serrate-1が繊維化し始めたレンズの後部で、C-Notch-1、C-Notch-2が増殖している細胞を多数含む前部でそれそれの発現が観察され、さらにC-Notch-2は眼胚の外層(将来の色素上皮)と内層(将来の神経網膜)の境で発現が観察された。このことからレンズの繊維化や眼胚の色素上皮層と神経網膜層への運命選択にNotchシグナルが関与することが示唆された。4日目胚の肢芽のAERでC-Notch-1とC-Serrate-2の発現が認められる一方、C-Notch-2とC-Serrate-1は、間充織で発現が認められ、肢芽の成長への様々な組み合わせのNotchシグナルの関与が示唆された。5日目胚では、C-Serrate-1は四肢の指間部の水掻きの部位で発現することが観察された。発生の後の段階で、この領域で観察されるプログラムされた細胞死とNotchシグナルの関係を示唆するようなデータは今の所ない。しかし、細胞死のプログラムが作動するまでの間、細胞を未分化状態に維持するといった形でNotchシグナルが関わっている可能性は考察されえた。 本研究を通じて、ニワトリ胚には少なくとも2種類のNotchレセプターと、新たなSerrateホモログを含めた3種類のリガンドが存在し、それらが重なり合いながらもそれぞれ別々の発現様式を示すことが明らかとなった。上記の成果は、Notch情報伝達系が数種のレセプターとリガンドの複雑な組み合わせによって、ニワトリ胚の形態形成に深く関わっていることを示唆している。そして本研究は、無脊椎動物では主にlateral inhibitionとして知られるNotch情報伝達系の働きが、脊椎動物の複雑さを増した発生プログラムにおいていかに進化して機能するかを考える上で、重要な基礎的知見と考えられる。 表1.Notchレセプターとリガンドのニワトリ胚での発現比較 |