学位論文要旨



No 112751
著者(漢字) 水谷,昌人
著者(英字)
著者(カナ) ミズタニ,マサト
標題(和) 脳心筋炎ウイルス誘発心筋炎および糖尿病の免疫学的研究
標題(洋) Immunological studies on encephalomyocarditis virus-induced myocarditis and diabetes in mice
報告番号 112751
報告番号 甲12751
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 博農第1814号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 応用動物科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小野寺,節
 東京大学 教授 小野寺,一清
 東京大学 教授 小川,智也
 東京大学 教授 舘,鄰
 東京大学 助教授 松本,芳嗣
内容要旨

 自己免疫疾患は治療困難な疾病の一つとして、医学のみならず獣医学領域においても数多く確認されている。若年性I型糖尿病(IDDM)や一部の心筋炎も自己免疫反応により発症する自己免疫疾患である。これらの疾患を誘発する因子には、遺伝的要素と環境因子があり、ヒトの自己免疫疾患患者の膵臓や心筋中にウイルス(コクサッキーウイルス)の存在が認められたことより、環境因子の一つとしてウイルスが考えられている。特にコクサッキーウイルスの属するピコルナウイルス科のウイルスの多くは、マウスに感染させることにより種々の自己免疫疾患を誘発することが可能である。ピコルナウイルス科の脳心筋炎ウイルス(Encephalomyocarditis virus, EMCV)もマウスに自己免疫性のIDDM、心筋炎および中枢神経病変を誘発するウイルスとして知られている。このEMCVは、多くの近交系マウスにおいて心筋炎やIDDMを誘発するため、哺乳類のウイルス性自己免疫疾患のモデル動物作成に有用であると考えられる。

 EMCV誘発疾患の発症機序としては、様々な免疫担当細胞の関与が報告されている。EMCV誘発疾患ではウイルスの増殖に加え、発症や組織障害の進行にT細胞が深く関与することが報告され、近年では、EMCV感染初期には浸潤マクロファージの関与も報告されている。さらに免疫細胞によるEMCV誘発疾患の組織障害は、免疫細胞の直接的な自己細胞の攻撃のみならず、免疫細胞から産生されるサイトカインが深く関与することが報告されている。この様にEMCV誘発疾患では、様々な自己免疫機構が複雑に働くため不明な点も多く残されており、EMCV誘発疾患の発症機構を免疫学的に明らかにすることは、疾病防御に重要な役割を果たすと考えられる。

 そこで本論文では、EMCV誘発心筋炎と糖尿病の進行と防御について免疫学的見地より解析することを目的とした。まず第一章では、EMCV誘発疾患の組織障害の経過について、特にウイルスの増殖の後に続く浸潤免疫細胞による組織障害の経過に注目して検討した。第二章では、免疫系に様々な作用をもたらす生体物質、血清胸腺因子(facteur thymique serique,FTS)の前投与によるEMCV誘発疾患の発症抑制を試み、第三章では、FTSの炎症性サイトカイン産生に対する作用についてin vivoで検討した。

 第一章では、ウイルス誘発自己免疫性心筋炎における経時的な心筋細胞破壊を明らかにする目的で、EMCVのD株(EMCV-D)感染マウスにおける血清クレアチンホスホキナーゼ(CPK)活性の連続的な変動を検討した。103 PFUのEMCV-Dを接種したBALB/cマウスにおいてCPK値は感染後4または5日(4または5DPI)に最高値を示した後に減少した。しかし、7DPI以降に全てのマウスにおいて再びCPK値の上昇が認められた。心臓中のウイルス感染価は、4DPIに最高値を示した後に速やかに減少し、10DPI以降は検出限界以下を示した。心臓のHE染色の結果では、4DPIには心筋層で浸潤細胞はほとんど認められなかったが、10DPI以降は顕著な細胞浸潤が認められた。

 この研究では、血清CPK値の変動からEMCV-D誘発心筋炎における心筋細胞障害を感染初期(4DPI)と感染後期(10DPI)の2つの時期に分けることが可能となった。本研究で感染初期の組織障害が組織中のウイルスの増殖のピークと一致していること、またHi rasawaらの報告(1995)で抗マクロファージ抗体を投与したマウスでは、EMDV-D感染初期のCPK値の上昇が抑えられたことより、感染初期においてはウイルスの増殖およびマクロファージによる組織障害が示唆された。感染初期における組織中の細胞浸潤は軽度であることより、マクロファージによる組織障害は直接感染細胞の貪食よりむしろ、活性化マクロファージから産生される因子の関与が推察された。一方、後期に認められた異常CPK値は、心臓のウイルス感染価が検出限界以下であること及び心臓において細胞浸潤が増加することより、浸潤した免疫細胞が主因であると考えられた。また感染後期の組織障害は、EMCVを感染させたヌードマウスでは免疫正常マウスとの比較において感染後期での致死の減少が認められたKishimotoらの報告(1984)より、特にT細胞の関与が示唆された。以上のことより、この研究では血清CPK活性測定によりEMCV増殖、マクロファージとT細胞による心筋障害の経過を示すことが可能となった。今後、EMCV-D感染での各々の免疫細胞による心筋障害を研究する上で、血清CPK活性測定は有用な方法であると考えられた。

 第二章では、自然発症によるヒトのウイルス誘発自己免疫疾患を再現した病態モデルとしてのEMCV低感染におけるIDDMや心筋炎の発症抑制について、免疫系に作用する生体物質を用いて検討した。本研究で用いた血清胸腺因子(facteur thymique serique,FTS)は胸腺ホルモンの一つであり、T細胞やNK細胞をはじめとする免疫細胞の活性化や分化増殖、さらに放射線照射、抗癌剤による骨髄破壊やウイルス感染を抑制する。FTSは自己免疫疾患(EAEなど)に対する発症抑制効果も報告されているが、FTSの作用機序については明らかではない。本研究では、EMCV誘発自己免疫疾患に対するFTSの発症抑制効果を検討した。

 EMCV10PFU接種BALB/cマウスでは、40%のマウスで高血糖が認められた。しかしながら、FTS 50 g前投与(ウイルス接種2、1日前投与)したEMCV 10 PFU接種BALB/cマウスでは14DPIまで血糖値の上昇は認められなかった。病理組織学的検索においてはFTS前投与群では、19DPIの膵臓や心臓での組織障害や単核円形細胞浸潤がほとんど認められなかった。また、免疫組織化学染色によりFTS投与群では膵島におけるインスリンがほぼ完全に残っていた。ウイルス感染価の比較を行ったところ、FTS投与群および非投与群の膵臓と心臓においてはほとんど差が認められなかった。

 FTS前投与によりEMCV誘発自己免疫疾患の発症が抑制された。EMCV誘発疾患の組織障害を誘発する因子には、ウイルスの増殖に加え、マクロファージやT細胞の免疫細胞がある。EMCV誘発疾患におけるFTSの発症抑制効果は感染初期より認められていることから、FTSはウイルス増殖または活性化マクロファージによる組織障害に作用していると考えられた。しかしながら組織中のウイルス感染価はFTS投与群および非投与群で差が認められなかったことより、FTSの効果は抗ウイルス効果以外と考えられた。活性化マクロファージによる細胞障害活性は炎症性サイトカイン産生や活性酸素放出などが知られている。Yamadaらの報告(1994)によるとEMCV誘発自己免疫疾患において抗腫瘍壊死因子(TNF)-抗体投与により組織障害が抑えられることから、TNF-がEMCV感染初期の病態進行に関与する主要因子の一つとみなした。加えて、in vitroでIL-1やTNF-が膵臓ランゲルハンス島細胞との混合培養で障害作用が示す。これらのことよりEMCV感染誘発疾患における組織障害は炎症性サイトカインが重要な役割を担っていると考えられる。これまでの報告で、FTSはIL-2やIFN-などのサイトカインの産生調節作用も報告されており、Garabedianらの報告(1993)では全身性エリテマトーデス患者由来マクロファージからのIL-1、IL-6とTNF-の産生がin vitroでのFTS投与により抑制された。EMCV誘発自己免疫疾患におけるFTS前投与による発症抑制効果に関しても、FTSが炎症性サイトカイン産生を左右している可能性が考えられた。

 そこで第三章では、EMCV感染における組織障害に関与する重要な因子である炎症性サイトカイン、特にTNF-の産生に対するin vivoでのFTSの作用を明らかにする目的で、菌体成分のリポ多糖体(LPS)投与に対するFTSの効果を検討した。LPSは生体内の投与で様々な作用を有し、TNF-などの炎症性サイトカインの産生増加も認められている。マウスにLPSを投与することで胸腺細胞がアポトーシスを起こし、胸腺の萎縮が起こることがZhangyら(1993)の報告により明らかにされた。さらに彼らは、抗TNF-抗体投与でこのDNAの断片化が抑えられることより、LPS投与で誘導されるTNF-が胸腺細胞のアポトーシスを誘発する因子の一つであると考察している。

 LPS(Sallmonela thyphimurium 由来)10g投与後12時間のBALB/cマウスの胸腺においては、アガロースゲル電気泳動によりDNA断片化が認められた。しかしながら、FTS 50g前投与(LPS接種前1、0日投与)マウスの胸腺においては、FTS非投与マウスと比較して断片化したDNAの減少が認められた。in vivoでのFTS前投与によりLPS誘発胸腺のDNA断片化が減少したことより、FTSがLPS誘発TNF-の産生を抑制している可能性が考えられた。しかしながら、LPS刺激により誘発される炎症性サイトカイン(TNF-、IL-1とIL-6)のmRNAの発現をRT-PCR法で検討したところ、IL-6 mRNAの発現の減少がFTS前投与マウスで観察された。

 以上、本論文ではウイルス誘発自己免疫性心筋炎と糖尿病モデルにおける防御効果を示す免疫因子について一考察を示した。本論文の成果は今後、ヒトの自己免疫疾患の発症防御に関する研究発展に寄与すると考えられる。

審査要旨

 本論文では、脳心筋炎ウイルス(Encephalomyocarditis virus,EMCV)誘発心筋炎と糖尿病の進行と防御について免疫学的見地より解析することを目的とした。まず第一章では、EMCV誘発疾患の組織障害の経過について、特にウイルスの増殖の後に続く浸潤免疫細胞による組織障害の経過に注目して検討した。第二章では、免疫系に様々な作用をもたらす生体物質、血清胸腺因子(facteur thymique serique,FTS)の前投与によるEMCV誘発疾患の発症抑制を試み、第三章では、FTSの炎症性サイトカイン産生に対する作用についてin vivoで検討した。

 第一章では、ウイルス誘発自己免疫性心筋炎における経時的な心筋細胞破壊を明らかにする目的で、EMCVのD株(EMCV-D)感染マウスにおける血清クレアチンホスホキナーゼ(CPK)活性の経時的な変動を検討した。103PFUのEMCV-Dを接種したBALB/cマウスにおいてCPK値は感染後4または5日(4または5DPI)に最高値を示した後に減少した。しかし、7DPI以降に全てのマウスにおいて再びCPK値の上昇が認められた。心臓中のウイルス感染価は、4DPIに最高値を示した後に速やかに減少し、10DPI以降は検出限界以下を示した。心臓のHE染色の結果では、4DPIには心筋層で浸潤細胞はほとんど認められなかったが、10DPI以降は顕著な細胞浸潤が認められた。

 第二章では、自然発症によるヒトのウイルス誘発自己免疫疾患を再現した病態モデルとしてのEMCV低感染におけるIDDMや心筋炎の発症抑制について、免疫系に作用する生体物質を用いて検討した。本研究で用いた血清胸腺因子(FTS)は胸腺ホルモンの一つであり、T細胞やNK細胞をはじめとする免疫細胞の活性化や分化増殖、さらに放射線照射、抗癌剤による骨髄破壊、ウイルス感染やEAEなどの自己免疫疾患を抑制する。

 EMCV 10 PFU接種BALB/cマウスでは、40%のマウスで高血糖が認められた。しかしながら、FTS50 g前投与(ウイルス接種2、1日前投与)したEMCV 10 PFU接種BALB/cマウスでは14DPIまで血糖値の上昇は認められなかった。病理組織学的検索においてはFTS前投与群では、19DPIの膵臓や心臓での組織障害や単核円形細胞浸潤がほとんど認められなかった。ウイルス感染価の比較を行ったところ、FTS投与群および非投与群の膵臓と心臓においてはほとんど差が認められなかった。EMCV誘発疾患におけるFTSの発症抑制効果は感染初期より認められていることから、FTSはウイルス増殖または活性化マクロファージによる組織障害に作用していると考えられた。しかしながら、組織中のウイルス感染価はFTS投与群および非投与群で差が認められなかったことより、FTSの効果は抗ウイルス効果以外と考えられた。

 第三章では、EMCV感染における組織障害に関与する重要な因子である炎症性サイトカインの産生に対するin vivoでのFTSの作用を明らかにする目的で、菌体成分のリポ多糖体(LPS)誘発の炎症反応に対するFTSの効果を検討した。LPSは生体内の投与で様々な作用を有し、TNF-などの炎症性サイトカインの産生増加も認められている。マウスにLPSを投与することで胸腺細胞がアポトーシスを起こし、胸腺の萎縮が起こることがZhangyら(1993)の報告により明らかにされた。さらに彼らは、抗TNF-抗体投与でこのDNAの断片化が抑えられることより、LPS投与で誘導されるTNF-が胸腺細胞のアポトーシスを誘発する因子の一つであると考察している。

 LPS(Sallmonela thyphimurium由来)10g投与後12時間のBALB/cマウスの胸腺においては、アガロースゲル電気泳動によりDNA断片化が認められた。しかしながら、FTS50g前投与(LPS接種前1、0日投与)マウスの胸腺においては、FTS非投与マウスと比較して断片化したDNAの減少が認められた。in vivoでのFTS前投与によりLPS誘発胸腺のDNA断片化が減少したことより、FTSがLPS誘発TNF-の産生を抑制している可能性が考えられた。しかしながら、LPS刺激により誘発される炎症性サイトカイン(TNF-、IL-1とIL-6)のmRNAの発現をRT-PCR法で検討したところ、IL-6 mRNAの発現の減少がFTS前投与マウスで観察された。

 本論文の審査において、さらにサイトカイン遺伝子ノックアウトマウスを用いての研究の必要性が指慮された。

 本研究では、新たなウイルス誘発性自己免疫病モデルをEMCウイルスを用いて確立した。さらにこの疾患は胸腺ホルモン(FTS)により治療され得る事を明らかにし、その治療はIL-6レベルの低下である点を示唆した。以上の様な内容からして、本論文は充分に農学博士を授与するにふさわしいと考えられた。

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