牛のTriglyceride-rich lipoproteins(TRL,d<1.006g/ml)は、Triglyceride(TG)代謝と密接に関係しており、乳脂合成の重要な因子の1つである。また、TRLの構造や機能の基本となるものは、apolipoprotein B(apoB)であるため、牛の泌乳に関わるTG輸送を理解する上で、apoBの役割を明らかにする必要がある。 本研究は、抗牛apoBモノクローナル抗体を用いたEnzyme-linked immunosorbent assay(ELISA)法を開発し、まず乳用牛および肉用牛のリポ蛋白中のapoB含量について比較検討した。ついで乳用牛の泌乳ステージ(泌乳期および非泌乳期)によるリポ蛋白中のapoB濃度の変化および乳腺におけるapoBの動静脈差について検討し、さらに乳腺細胞におけるこれらリポ蛋白の取り込みに関する膜蛋白を検索し、乳脂合成に関連したapoBの役割について検討したもので、序、総括を含む5章から構成されている。 第2章では、モノクローナル抗体用いたELISAによりapoB-48およびapoB-100の測定系を確立し、乳用牛(Holstein)および肉用牛(Japanese black)のリポ蛋白中のapoB濃度をELISAで測定し、血漿中TG値と併せて比較検討した。 乳用牛および肉用牛双方において、TRLに含まれるapoB-100濃度は、測定限界以下の値(<0.32g/ml)であった。また、血漿中TG値とTRL中のapoB-48濃度には有意な相関[乳用牛(r=0.92,p=0.01)、肉用牛(r=0.80,p=0.01)]が認められた。したがって、TRLの主たるアポ蛋白はapoB-48であり、血中のTGは主に腸管由来であると考えられた。また、乳用牛のTRLに含まれるapoB-48濃度および血漿中TG値は、肉用牛に比べ有意(P<0.01)な低値を示したことより外因性(腸管由来)のTGが乳脂合成に関連すると推測された。 第3章では、リポ蛋白中apoB濃度に及ぼす泌乳の影響を明らかにするために、乳用牛(Holstein)を泌乳前期、後期および非泌乳期の3群に分け、リポ蛋白中に含まれるapoB濃度ならびに血漿中TG値を測定した。また、乳腺におけるapoB含有リポ蛋白の取り込みを明らかにするために、乳腺の動静脈血中のapoB濃度を測定した。 泌乳期の血漿中TGおよびTRL中のapoB-48は非泌乳期に比べ有意(p<0.01)に低値であった。 また、泌乳前期の血漿中TGならびに泌乳期のTRL中apoB-48の動静脈差は、非泌乳期に比べ有意(それぞれ、p<0.05)に大きかった。したがって、泌乳期の乳腺は外因性(腸管由来)TRLを取り込み、TGを乳脂合成に利用していると推測された。 第4章では、泌乳期の乳腺に腸管由来のTRL取り込み機構が存在すると推測されたことから、乳腺組織および初代培養乳腺細胞の細胞膜蛋白について、TRLとの結合をLigand blottig analysisで検討した。 泌乳期の乳腺組織では、2本のバンド(90〜120kDa)が認められたのに対して、非泌乳期の乳腺組織では認められなかった。したがって、泌乳期の乳腺にはTRLに結合する膜蛋白の存在が明らかとなった。一方、初代培養細胞においても泌乳期の乳腺組織と同様に2本のバンドが認められ、とくにmammotropic hormone(hydrocortisone、prolactin、estrogenおよびprogesteron)添加培養液で培養した細胞で増強する傾向が窺われた。従って、泌乳期の乳腺細胞ではapoBおよびapoEレセプターを介した外因性(腸管由来)のTGの取り込みが増加していると考えられた。 以上のように、本論文は、乳牛におけるapoBは外因性のTG輸送と乳腺細胞でのTGの取り込みに関連し、乳脂合成に重要な役割を果たしていることを明らかにしたもので、獣医学および畜産学上貢献するところが少なくない。 よって、審査員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |