哺乳類の精子と卵子の細胞膜における相互認識に関わる物質の解析は、受精の機構を明らかにする上で重要であるが、卵子を大量に調製することが困難であることから、卵子側の精子受容体に関する情報は極めて少ないのが現状である。本研究はマウスを用い、精子受容体として機能する物質を同定することを目的として、まず最も精子融合能の高い卵子を得る条件を確立し、このような卵子を用いて精子受容体として機能する可能性を持つ物質を検索し、さらに細胞接着分子の一つであるインテグリン61が精子受容体として機能することを明らかにしたものである。論文は3章より構成されている。 第1章では、高い精子融合能を持つ透明帯除去卵子を得ることを目的として、酸性タイロード溶液処理、プロナーゼ処理およびキモトリプシン・ピペッティング処理により作製した透明帯除去卵子の精子融合能について比較検討している。透明帯除去卵子の精子融合能は透明帯除去の方法に依存し、また培養により精子融合能が上昇することから、卵子細胞膜の精子受容体がタンパク質であり、透明帯除去の際に損傷を受け、卵子を培養することによりその機能が回復することを示している。 第2章では、透明帯除去直後には精子融合能が低下し、卵子を培養することにより精子融合能が十分に回復する現象に着目し、酸性タイロード溶液、プロナーゼおよびキモトリプシン・ピペッティング処理により得られた卵子を用いて培養前後の卵子表面タンパク質の発現パターンの違いを検討し、70、90、135、150kDaの4種類のタンパク質が培養前後で顕著に変化していることを明らかにした。また一方、精子受容体の条件として精子と親和性を持つことが挙げられるが、この4種類の中で135kDaタンパク質のみが精子に強く結合することを示した。さらに、135kDaタンパク質を含む卵子抽出物で処理した精子を受精に用いた場合、卵子抽出物量に依存して受精阻害が起こることを確認した。これらの結果から、精子と強く結合する135kDa卵子膜タンパク質が、精子受容体の候補である可能性が非常に高いと述べている。 第3章では、第2章で同定した135kDaタンパク質がインテグリン61であるか否かを明らかにするとともに、インテグリン61が精子受容体として機能するかどうか解析している。135kDaタンパク質はインテグリン6および1抗体により沈降することから、本タンパク質がインテグリン61であることを確認した。また、プロナーゼ、酸性タイロード溶液で透明帯除去した卵子におけるインテグリン61の発現を調べたところ、いずれの方法でも透明帯除去直後には非常に発現レベルが低く、卵子培養後、酸性タイロード溶液で処理した卵子で発現量が顕著に増加するのが認められた。次に、インテグリンは機能部位に局在することが知られているので、インテグリン61の受精前後における局在性の変化について検討したところ、インテグリン6および1は精子の結合部位でクラスターを形成したが、このクラスター形成は一時的なものであり精子が卵子に侵入した後にはその部位から消失した。一方、機能的なインテグリンと局在性を共にすることが知られている細胞骨格タンパク質のビンキュリンの局在部位もインテグリン6および1のクラスター形成部位とよく一致した。また、インテグリン61とビンキュリンのクラスター形成率は精子融合率とよく一致したことから、クラスターは精子侵入部位に形成されており、インテグリン61が精子卵子の接着融合に機能的であることが示された。また、インテグリン6および1のクラスター形成はエタノール処理により活性化した卵子、およびインテグリン6および1に対する抗体をコートしたビーズと結合した卵子では観察されず、精子との結合により引き起こされる現象であることが示された。これらの結果から、インテグリン61は精子受容体として機能する可能性が極めて高いと考察している。 以上のように、卵子から精子受容体としての条件を満たす135kDaのタンパク質を分離し、インテグリン61であることを明らかにした。また、インテグリン61が精子結合部位でクラスターを形成し、精子受容体として機能する可能性が極めて高いことを明らかにした。よって審査員一同は、本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値のあるものと認めた。 |