学位論文要旨



No 112763
著者(漢字) 橋本,統
著者(英字)
著者(カナ) ハシモト,オサム
標題(和) アクチビン情報伝達系の阻害機構
標題(洋)
報告番号 112763
報告番号 甲12763
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 博農第1826号
研究科 農学生命科学研究科
専攻 獣医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 林,良博
 東京大学 教授 高橋,迪雄
 徳島大学 教授 杉野,弘
 東京大学 助教授 九郎丸,正道
 国立予防衛生研究所 室長 西原,達次
内容要旨

 TGF-スパーファミリーに属する細胞の分化・増殖因子であるアクチビンは、下垂体前葉細胞からのFSH分泌促進、神経細胞生存維持、血球および生殖線細胞の分化、初期胚の発達、さらには種々の細胞におけるアポトーシス誘導作用など様々な生理作用を有している。しかしながらこの種々の生命現象において重要な役割を担っているアクチビンの情報伝達経路の詳細は解明されていない。本研究において、著者はこのアクチビン情報伝達系を解明することを目的とし、ホリスタチン(アクチビン結合蛋白質)およびアクチビン受容体によるアクチビン情報伝達の調節機構を検討した。その結果以下の知見を得た。

1、アクチビンとその受容体の結合に及ぼすホリスタチンの阻害作用

 ホリスタチンはアクチビンと特異的に結合することで下垂体前葉細胞からのFSH分泌抑制などのアクチビン作用を中和することがわかっているが、その詳細な作用機序は明らかではない。そこでアクチビンとその受容体への結合に対するホリスタチンの効果について検討した。COS細胞にアクチビン受容体(I型とII型)を発現させ、アクチビンとアクチビンレセプターの結合に及ぼすホリスタチンの影響を125I-アクチビンを用いたアフィニテイークロスリンク法により解析した。その結果、ホリスタチンはアクチビンとアクチビン受容体の結合を阻害しアクチビンがホリスタチンと複合体を形成し細胞表面に結合したと考えられるシグナルが観察された。ホリスタチンは細胞表面のヘパラン硫酸プロテオグリカン(HSPG)に結合することが報告されていることから、複合体がHSPGに結合していると考えられる。実際、この複合体の細胞表面への結合はヘパラン硫酸の添加によって阻害された。以上からホリスタチンはアクチビンのアクチビン受容体への結合を阻害し、アクチビンと複合体を形成して細胞表面のHSPGに結合することが示唆された。

 ホリスタチンにはmRNAのスプライシングの違いにより、翻訳される領域が異なるFS-288及びFS-315の分子種が存在する。これらはともにアクチビンへの親和性は同程度であるが、FS-288はFS-315に比べHSPGに高い親和性を有しラット下垂体前葉からのFSH分泌を強く阻害する。以上からHSPGへの結合がアクチビンの中和作用において重要と考えられている。そこで、FS-288とFS-315のアクチビン情報伝達に対する阻害機構を検討するためにラット下垂体前葉細胞初代倍養系を用いて同様の実験を行った。

 125I-アクチビンを用いたアフィニテイークロスリンク法により、下垂体細胞においてもアクチビンがその受容体に結合したと考えられるシグナルが観察されたが、この結合はFS-288またはFS-315により阻害され、アクチビンはこれらと複合体を形成して細胞表面のHSPGに結合するのが観察された。次に下垂体細胞に放射性標識アクチビンと種々の濃度のFS-288またはFS-315をインキュベートし細胞表面に結合するアクチビン量を測定したところ、アクチビンは単独では結合性をほとんど示さなかったがアクチビンは共存するFS-288の濃度依存性に細胞表面に結合した。一方、FS-315のこの効果は低かった。このアクチビン・FS-288の細胞表面への結合は細胞のヘパリチナーゼ処理により抑制された。しかしコンドロイチナーゼABCの影響は見られなかった。これらのことからホリスタチンはアクチビンと複合体を形成することによりアクチビンとその受容体の結合を阻害し細胞表面のHSPGに結合することが明らかとなった。

2、ホリスタチンによるアクチビンクリアランス機構

 次に、下垂体前葉細胞を125I-アクチビンとFS-288またはFS-315の存在下で培養し、代謝されるアクチビンを調べるために、培養上清をトリクロロ酢酸処理しその可溶性画分中の放射活性を測定することによってアクチビン分解量を経時的に追跡した。その結果、アクチビンの分解はアクチビン単独ではほとんど起こらなかったが、時間および添加するホリスタチンの濃度に依存して促進された。ホリスタチンの分解促進作用は、FS-288の方が約5倍FS-315よりも強かった。このFS-288によるアクチビンの分解促進作用はヘパラン硫酸の添加やヘパリチナーゼ処理によって細胞表面のHSPGのヘパラン硫酸側鎖を消化することにより阻害された。また、クロロキンおよびライソソーム系のプロテアーゼ阻害剤、E-64やロイペプチンさらにエンドサイトーシスを抑制するモネンシンの作用により抑制された。さらにFS-288の存在下においてアクチビンの細胞内への取り込みが促進されているのがオートラジオグラフィーにより観察された。下垂体前葉細胞においてアクチビンはホリスタチン特にFS-288によって細胞表面のHSPGにトラップされエンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれた後ライソソームによる分解を受けその分解産物が細胞外に放出されていることが分かった。

 次に、アクチビンが促進するラット卵巣顆粒膜細胞の分化に対して、ホリスタチンによるアクチビンのクリアランスがどのように機能しているかを検討した。顆粒膜細胞による125I-アクチビンの分解に対するFS-288またはFS-315の影響を検討したところ、下垂体細胞同様、FS-288によるアクチビンの分解促進がみられた。この分解もヘパラン硫酸、クロロキンにより抑制された。

 顆粒膜細胞培養系へのFSHの添加によりホリスタチンの産生が亢進されることが知られている。そこでFSHと125I-アクチビンを同時に作用させアクチビンの分解量を求めた。その結果、FSHの添加により無添加に比べ約2倍分解が促進されていた。このFSHによるアクチビン分解作用はヘパリンまたはヘパラン硫酸で阻害された。さらにアクチビンによる顆粒膜細胞のLH受容体発現およびプロゲステロン分泌促進もヘパリンの添加により抑制されたことからFSHによって産生が亢進されたホリスタチンの影響であると考えられた。このように顆粒膜細胞の分化過程で過剰または不必要になったアクチビンを排除する目的としてホリスタチンによるアクチビン分解機構が考えられた。

3、アクチビンIA型受容体によるアクチビン情報伝達の阻害機構

 アクチビンはその特異的な受容体に結合することでその生物活性を及ぼす。この受容体はI型およII型の二つに分類され、I型およびII型受容体にはともに二種類ずつが存在する(ActRIA,ActRIB;ActRIIA,ActRIIB)。これらの受容体のシグナル伝達経路の詳細は未だ不明であるが、ActRIBは細胞増殖抑制に対するシグナルを伝達するとの報告がある。そこでアクチビンの刺激によりアポトーシスを引き起こすマウスB-cellハイブリドーマ、HS-72細胞系を用いてアクチビンによる細胞増殖調節機構に及ぼすActRIAの影響を検討した。ActRIAのcDNAを発現ベクターに組み込みHS-72細胞にトランスフェクションして安定形質発現株(HARI)を得た。HARI細胞のActRIAの発現量はコントロール細胞(ベクターのみを導入した細胞)に比べ非常に高かった。このHARI細胞にアクチビンを作用させ、細胞の増殖、細胞周期、アポトーシスを解析したところ、コントロール細胞に比べ、アクチビンの誘導する増殖抑制、G1期停止、DNAの断片化および-フォドリンの分解が抑制されていた。このようにActRIAの過剰発現はアクチビンの作用に対しドミナントネガティブの働きを示したことから、HS-72細胞においてアクチビンが誘導するアポトーシスのシグナルはActRIBを介して伝達され、ActRIAはこのActRIBが介するシグナルを抑制していることが考えられた。

 以上の様に、ホリスタチンによるアクチビンの情報伝達阻害機構として、ホリスタチンはアクチビンと複合体を形成することでアクチビン受容体へのアクチビンの結合を阻害しさらに細胞表面HSPGに結合した後、エンドサイトーシスにより細胞内に取り込まれリソソームで分解を受けやすくするという、アクチビンのクリアランスに重要な役割を有していることが明らかにされた。また、もう一つのアクチビンの情報伝達の調節機構として受容体自身による抑制機構の存在が示唆された。

審査要旨

 本論文はTGF-スーパーファミリーに属する細胞の分化および増殖因子であるアクチビンの阻害機構を明らかにするとともに、アクチビン情報伝達機構に関する知見を深めようと試みたものである。

 第1章ではアクチビンとその受容体の結合に及ぼすホリスタチン(アクチビン結合蛋白質)の影響を検討した。COS細胞にアクチビン受容体(I型とII型)を発現させ、アクチビンとアクチビンレセプターの結合に及ぼすホリスタチンの影響を125I-アクチビンを用いたアフィニテイークロスリンク法により解析した。その結果、ホリスタチンはアクチビンと複合体を形成して受容体への結合を阻害し、複合体として細胞表層に結合したと考えられるシグナルが観察された。

 第2章ではホリスタチン分子種であるFS-288及びFS-315のアクチビン情報伝達に対する阻害機構をラット下垂体前葉細胞初代培養系を用いて検討した。下垂体前葉細胞のアクチビン受容体へのアクチビンの結合はFS-288またはFS-315により阻害された。また、アクチビンはFS-288またはFS-315と複合体を形成して細胞表層に結合するのが観察された。このFS-288のアクチビンの細胞表層への結合促進作用はFS-315に比べ非常に高く、ヘパリチナーゼ処理によって細胞表面のヘパラン硫酸プロテオグリカン(HSPG)のヘパラン硫酸側鎖を消化することにより抑制された。これらのことからホリスタチンはアクチビンと複合体を形成することによりアクチビンとその受容体の結合を阻害し細胞表面のHSPGに結合することが明らかとなった。さらにアクチビンは共存するホリスタチンの濃度に比例し下垂体前葉細胞により分解されていた。この分解促進作用もFS-288の方がFS-315に比べ高かった。FS-288によるアクチビンの分解促進作用はヘパラン硫酸の添加やヘパリチナーゼ処理によって阻害された。また、クロロキンおよびライソソーム系のプロテアーゼ阻害剤さらにエンドサイトーシス阻害剤、モネンシンの作用により抑制された。下垂体前葉細胞においてアクチビンはホリスタチン特にFS-288によって細胞表面のHSPGにトラップされエンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれた後、ライソソームによる分解を受けその分解産物が細胞外に放出されていることが分かった。

 第3章ではアクチビンが促進するラット卵巣顆粒膜細胞の分化に対して、ホリスタチンによるアクチビンの分解促進機構が、どのように機能しているかを検討した。顆粒膜細胞によるアクチビンの分解はFSHの添加により無添加に比べ約2倍分解が促進されていた。このFSHによるアクチビン分解作用はヘパリンまたはヘパラン硫酸で阻害された。さらにFSH存在下でのアクチビンによる顆粒膜細胞のLH受容体発現およびプロゲステロン分泌促進もヘパリンの添加により抑制されたことからアクチビンの分解はFSHによって産生が亢進されたホリスタチンの影響であると考えられた。このように顆粒膜細胞の分化過程で過剰または不必要になったアクチビンを排除する目的としてホリスタチンによるアクチビン分解機構が考えられた。

 第4章ではアクチビンの刺激によりアポトーシスを引き起こすマウスB-cellハイブリドーマ、HS-72細胞系を用いてアクチビンによる細胞増殖調節機構に及ぼすアクチビンIA型受容体(ActRIA)の影響を検討した。ActRIAのcDNAをHS-72細胞にトランスフェクションしてActRIAの高発現株(HARI)を得た。このHARI細胞にアクチビンを作用させ、細胞の増殖、細胞周期、アポトーシスを解析したところ、コントロール細胞(ベクターのみを導入した細胞)に比べ、アクチビンの誘導する増殖抑制、G1期停止、DNAの断片化および-フォドリンの分解が抑制されていた。このようにActRIAの過剰発現はアクチビンの作用に対しドミナントネガティブの働きを示したことから、HS-72細胞においてアクチビンが誘導するアポトーシスのシグナルはもう一つのアクチビンI型受容体であるActRIBを介して伝達され、ActRIAはアクチビンのシグナルを負に制御していることが考えられた。

 本論文によって、ホリスタチンによるアクチビンの情報伝達阻害機構として、ホリスタチンはアクチビンのクリアランスに重要な役割を有していることが明らかにされた。

 また、もう一つのアクチビンの情報伝達の調節機構として受容体自身による抑制機構の存在が示唆された。以上の研究内容は他の分化および増殖因子の情報伝達機構の研究の基礎的データとしても価値があり学術的に貢献するところが大きく、本論文が博士(獣医学)の学位論文としてふさわしいものであると、審査員一同が認めた。

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