本論文はTGF-スーパーファミリーに属する細胞の分化および増殖因子であるアクチビンの阻害機構を明らかにするとともに、アクチビン情報伝達機構に関する知見を深めようと試みたものである。 第1章ではアクチビンとその受容体の結合に及ぼすホリスタチン(アクチビン結合蛋白質)の影響を検討した。COS細胞にアクチビン受容体(I型とII型)を発現させ、アクチビンとアクチビンレセプターの結合に及ぼすホリスタチンの影響を125I-アクチビンを用いたアフィニテイークロスリンク法により解析した。その結果、ホリスタチンはアクチビンと複合体を形成して受容体への結合を阻害し、複合体として細胞表層に結合したと考えられるシグナルが観察された。 第2章ではホリスタチン分子種であるFS-288及びFS-315のアクチビン情報伝達に対する阻害機構をラット下垂体前葉細胞初代培養系を用いて検討した。下垂体前葉細胞のアクチビン受容体へのアクチビンの結合はFS-288またはFS-315により阻害された。また、アクチビンはFS-288またはFS-315と複合体を形成して細胞表層に結合するのが観察された。このFS-288のアクチビンの細胞表層への結合促進作用はFS-315に比べ非常に高く、ヘパリチナーゼ処理によって細胞表面のヘパラン硫酸プロテオグリカン(HSPG)のヘパラン硫酸側鎖を消化することにより抑制された。これらのことからホリスタチンはアクチビンと複合体を形成することによりアクチビンとその受容体の結合を阻害し細胞表面のHSPGに結合することが明らかとなった。さらにアクチビンは共存するホリスタチンの濃度に比例し下垂体前葉細胞により分解されていた。この分解促進作用もFS-288の方がFS-315に比べ高かった。FS-288によるアクチビンの分解促進作用はヘパラン硫酸の添加やヘパリチナーゼ処理によって阻害された。また、クロロキンおよびライソソーム系のプロテアーゼ阻害剤さらにエンドサイトーシス阻害剤、モネンシンの作用により抑制された。下垂体前葉細胞においてアクチビンはホリスタチン特にFS-288によって細胞表面のHSPGにトラップされエンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれた後、ライソソームによる分解を受けその分解産物が細胞外に放出されていることが分かった。 第3章ではアクチビンが促進するラット卵巣顆粒膜細胞の分化に対して、ホリスタチンによるアクチビンの分解促進機構が、どのように機能しているかを検討した。顆粒膜細胞によるアクチビンの分解はFSHの添加により無添加に比べ約2倍分解が促進されていた。このFSHによるアクチビン分解作用はヘパリンまたはヘパラン硫酸で阻害された。さらにFSH存在下でのアクチビンによる顆粒膜細胞のLH受容体発現およびプロゲステロン分泌促進もヘパリンの添加により抑制されたことからアクチビンの分解はFSHによって産生が亢進されたホリスタチンの影響であると考えられた。このように顆粒膜細胞の分化過程で過剰または不必要になったアクチビンを排除する目的としてホリスタチンによるアクチビン分解機構が考えられた。 第4章ではアクチビンの刺激によりアポトーシスを引き起こすマウスB-cellハイブリドーマ、HS-72細胞系を用いてアクチビンによる細胞増殖調節機構に及ぼすアクチビンIA型受容体(ActRIA)の影響を検討した。ActRIAのcDNAをHS-72細胞にトランスフェクションしてActRIAの高発現株(HARI)を得た。このHARI細胞にアクチビンを作用させ、細胞の増殖、細胞周期、アポトーシスを解析したところ、コントロール細胞(ベクターのみを導入した細胞)に比べ、アクチビンの誘導する増殖抑制、G1期停止、DNAの断片化および-フォドリンの分解が抑制されていた。このようにActRIAの過剰発現はアクチビンの作用に対しドミナントネガティブの働きを示したことから、HS-72細胞においてアクチビンが誘導するアポトーシスのシグナルはもう一つのアクチビンI型受容体であるActRIBを介して伝達され、ActRIAはアクチビンのシグナルを負に制御していることが考えられた。 本論文によって、ホリスタチンによるアクチビンの情報伝達阻害機構として、ホリスタチンはアクチビンのクリアランスに重要な役割を有していることが明らかにされた。 また、もう一つのアクチビンの情報伝達の調節機構として受容体自身による抑制機構の存在が示唆された。以上の研究内容は他の分化および増殖因子の情報伝達機構の研究の基礎的データとしても価値があり学術的に貢献するところが大きく、本論文が博士(獣医学)の学位論文としてふさわしいものであると、審査員一同が認めた。 |