肩関節窩上腕不安定症の発生率は全人口の2-8%といわれており、特に運動選手においては再発の多い臨床上重要な疾患である。関節包の余剰、過度の伸展は共通の病理学的所見であり、数多くの治療法(リハビリテーション、関節包転位術、関節鏡手術等)が報告されているが、いずれも普遍的な成功に達しておらず、再発もしくは機能の制限などから免れることができない。近年、肩関節不安定症の患者の過剰に伸展した関節包に、関節鏡手術下で非切開出力範囲のレーザーエネルギーを照射すると、組織が短縮し、その結果関節安定性や症状の劇的な改善がもたらされ、術後の早期回復が可能となることが報告された。一方、獣医学領域においても、種々の習慣性脱臼はしばしば治癒困難であり、これらの治療にレーザーの応用が期待される。 レーザーはその正確で強力なエネルギー特性のため、医学特に外科手術領域において広く応用されている。外科用レーザーは主に切開や止血などの効果を利用したものであるが、一方でそのエネルギー出力を調節することにより様々な作用をもたらすことも示されている。最近のレーザーによる組織の接合および眼科領域の研究において、低出力のレーザーエネルギーが組織を切開、融解、あるいは炭化することなしに、コラーゲンの構造的特性を調節することができるという結果が多数報告されている。これらの現象のメカニズムについては現在統一した見解が得られていないが、いずれの研究もレーザーによる組織の形態的変化、特にコラーゲン組織の著しい短縮が大きく関与していることを示唆している。これらの研究結果は、レーザーのコラーゲン性組織への応用が多大な可能性を有することを強く示唆しているが、その効果の機序に関する詳細な検討はこれまで行われていない。 本研究では、非切開レベルのレーザーエネルギーが密性コラーゲン性結合組織である関節包に及ぼす効果とその機序を力学的、形態学的、ならびに生化学的な観点から総合的に検討した。 第一に、肩関節窩上腕不安定症の40人(男性31人、女性9人、平均28歳)、41関節に対し、ホルミウム:ヤグレーザー10ワット(W)による関節鏡を用いた照射を行い、その予後を平均6カ月間(2-12ヵ月)追跡した。その結果、年齢、性別、利き腕、不安定性の方向などによらず、すべての患者において、術後の関節機能の評価が術前のものに比ベて有意に高いものであることが示された。 次に、18羽のウサギ(New Zealand White)の膝関節に5Wのレーザー照射を実施し、照射直後、7日後および30日後の組織を摘出し、組織学的に検討した。その結果、照射直後はコラーゲンのび漫性の硝子化や線維芽細胞の核濃縮が認められた。しかし、30日後にはこれらの変性した組織はいずれも正常な結合組織によって置換されており、迅速で活発な治癒過程が示された。 これらの検討結果から、本治療法の良好かつ迅速な効果が確認された。そこで次の実験として、ウサギの膝関節関節包を用い、in vitroおけるレーザー照射の効果をより詳細に検討した。すなわち、成ウサギの膝関節内側、外側部より切出した幅10mm、長さ20mmの関節包組織を、5W(ワット)群、10W群、15W群、あるいは対照群へと割り当て、標本採取後ただちに各処置を行った。レーザー処置には、臨床例と同様に、この目的に最も適した波長、安全性、エネルギー伝達特性を持つホルミウム:ヤグレーザーを用いた。レーザーエネルギーは、リンゲル液中にて一定の速度と一定の距離を保ちながら4経路へ与え、各組織へ与えられた総エネルギーを記録した。なお、これらの材料および方法は以下の実験にすべて共通である。 力学的研究では、関節包標本をMTSコントローラー(力学試験機械)へ固定し、レーザー照射前後の長さの変化、組織の剛性、粘弾性、および組織をレーザー照射前の長さに引き戻すために要する負荷(組織の強度)を測定した。レーザー処置の結果、肉眼的に明らかな関節包組織の短縮がいずれの出力群においても観察された。また、用いたレーザーエネルギーはいずれも組織を切り離すことなく、照射領域の組織は、肉眼で容易に判別可能な程度に正常な白色から、やや透明で肥厚した外観へと変化した。 組織の短縮はいずれの出力群においても照射前に比べ有意に高く、その短縮率はより高い出力群においてそれぞれ有意に高かった(5W:9%、10W:26%、15W:38%)。さらにそれらは与えられた総エネルギーに有意な強い相関を示した(p<0.001、相関係数=0.8)。組織剛性は、10W群および15W群において、照射前値ならびに5W群と対照群に比べ有意に低かった。一方、組織粘弾性にはいずれの群の照射前後、あるいはいずれの群間においても有意差は認められなかった。組織強度の評価のために行った試験では、組織を元の長さへ引き戻すのに要する負荷は、10W群、15W群が5W群に比べ有意に高かったものの、両群間には有意差は認められなかった(5W:3.6N、10W:15N、15W:14N)。 これらの力学的試験の結果から、レーザーの出力を低出力範囲に保つことにより、有意な組織の短縮が力学的特性に悪い影響を与えることなしに達成できることが示された。しかし、より高い出力ではより大きな短縮をもたらすものの、同時に組織剛性も低下するため、レーザーエネルギーの適用レベルには注意を要することが示唆された。 組織学的研究では、同様にレーザー照射前後の関節包の線維芽細胞およびコラーゲンにおける形態学的変化を、ヘマトキシリン染色切片を作成して光学顕微鏡的に観察した。また、マッソントリクローム染色特性の変化についても観察を行った。その結果、すべての出力群のレーザーを受けた領域内で、コラーゲン組織の線維構造の均一化や核濃縮などの線維芽細胞の変化が観察された。レーザーの影響による組織学的な変化が認められた総面積は、より高い出力群において有意に大きかった(5W:22%、10W:65%、15W:82%)。レーザー路間の直接照射を受けていない領域は、エネルギー出力により効果が異なり、特に5W群では変化が認められず、コラーゲン線維および線維芽細胞は正常な組織像を示した。またレーザーによって変化した組織はマッソントリクローム染色で正常の青色とは異なり赤色の染色性を示した。これらの組織学的所見はレーザーの効果は主に熱による作用であること、さらに、直接影響を受けた領域のマトリックスと細胞は傷害を受けていることを強く示唆した。また、レーザーの作用を受ける組織の体積は出力により異なるが、その効果は限局していることも示された。 レーザー照射前後の生化学的変化については、高速液体クロマトグラフィー法を用いて関節包の総コラーゲン(ハイドロキシプロリン)量、および非還元性成熟架橋(HP:ハイドロキシリシルピリディノリン)について分析した。その結果、総コラーゲン量においては群間に有意な差が認められず、また非還元性架橋にも有意な変化を認めなかった。したがって、レーザーエネルギーは、組織中のコラーゲンを除去せず、また架橋の形成あるいは架橋の破壊のいずれももたらさないことが示され、レーザーエネルギーは組織コラーゲンの構成要素には影響を与えず、むしろその構造的な特徴に変化を与えることが示唆された。 さらに透過型電子顕微鏡を用い、コラーゲン細線維の超微細構造の変化について評価を行った。その結果、横断像においてはレーザー照射後の著しく膨大したコラーゲン細線維が、経軸側像においては特徴的な周期的横紋構造の喪失が観察された。形態計測学的手法により測定したコラーゲン細線維の直径は、より高い出力群においてそれぞれ有意に大きかった(対照群:58nm、5W:86nm、10W:102nm、15W:185nm)。これらの結果から、レーザーの影響を受けたコラーゲン細線維は、規則的な構造を失い正常な形状を表わしていないが、各細線維のロープ状の形態は著しい膨化の後でも保たれていることが観察され、組織学的に見られたコラーゲンの癒合や融解は起こっていないことが示された。 以上の成績から、従来十分に解明されていなかった非切開低出力レーザーエネルギーによる関節包組織短縮の機序は、コラーゲンの成熟架橋を維持した上で、三重らせん構造の展開といった分子構造の変化の結果によるものと推測され、その変化はおそらく熱によるものと考えられた。本研究で示したように関節包には有意な短縮が見られるものの、粘弾性に有意な変化がなかったことは、本治療法のきわめて良好な治療成績を支持する結果であった。しかし、より高い出力域での組織剛性の低下、さらにはコラーゲンの変性、細胞の損傷などを考えると、今後さらなる長期的生体反応の検討の必要性が示唆された。 |