マレック病(MD)はマレック病ウイルス(MDV)の感染によって起こる鶏の悪性リンパ腫で、伝播性は極めて強く、末梢神経の腫大や臓器組織におけるリンパ腫形成を特徴とする。 MDVは血清学的に三つのタイプ(MDV1、MDV2、MDV3)に分けられている。MDV1は全ての強毒株とそれらの継代株並びに弱毒株、MDV2は鶏や他の鶉鶏類に属する鳥類から分離された非病原性株、MDV3は七面鳥ヘルペスウイルス(HVT)で知られる七面鳥由来の非病原性株からなる。MDVのゲノムは約150〜180kbpの長さで、遺伝学的にも構造的にもヘルペスウイルスと最も関係が深く、unique long(UL)領域とunique short(US)領域がそれぞれ一対の倒置反復配列(IRL/TRLとIRS/TRS)を付した構造である。クロスハイブリダイゼーションとMDVの塩基配列により、MDVと他のヘルペスウイルスはUL領域とUS領域で相同性を持っていることが示されている。 MDの予防には、MDV1の弱毒株や非病原性株またMDV2やHVTのウイルス株が単独あるいわ幾つか組み合わせてワクチンとして用いられている。このことは、MDのワクチンによる防御機構を解明する上で、MDVの三つの血清型間の共通性の解析が有用であることを示している。しかし、MDV2の分子生物学は、その重要性にも関わらず、MDV1やHVTの分子生物学に比べてその解析が遅れている。本研究はMDVの腫瘍発生機構及びワクチン免疫を解明することを最終目的として4章から構成されている。第1章から第3章においてMDのワクチン免疫において重要な役割をしていることが予想されるエンベロープ糖蛋白遺伝子「ヒト単純ヘルペスウイルス1型(HSV-1)の相同糖蛋白gD(第1章)、gI(第2章)、gE(第3章)」をMDV2(HPRS24株)ゲノム内に同定しその性状を解析した。更に、MDV2 gI並びにgEはバキュロウイルスベクターを用いた発現を行い、その発現蛋白の性状について検討した。また、第4章においてHSV-1などのウイルス増殖に非必須蛋白に対する相同遺伝子を、MDV2 US領域から同定しそれらの転写産物と共に性状解析を行った。 第1章MDV2gD 遺伝子の同定およびその性状の解析 HSV-1のgDは、in vitroでのウイルス感染及び増殖に必須蛋白であり、また防御免疫を誘導することが知られている。しかし、MDV感染及び発症防御におけるgDの役割は不明である。そこで、MDV2 gDの塩基配列を決定し、他のヘルペスウイルスのgD遺伝子との相同性及びそこから予想されるアミノ酸配列について検討した。 MDV2gDは、386アミノ酸残基をコードし得る1158塩基であり、MDV1とHVTとはアミノ酸配列において各々55%、41%の比較的高い相同性が認められたのに対し、牛ヘルペスウイルス1型とは27%、オーエスキー病ウイルスとは26%、猫ヘルペスウイルス1型とは23%、馬ヘルペスウイルス1型とは21%、HSV-1とは20%のアミノ酸配列の低い相同性が認められた。また、哺乳動物由来のヘルペスウイルスのgDには幾つかの共通的なアミノ酸残基、特に高次構造に関与する6つのシステイン残基が完全に保存されているが、MDV2gDアミノ酸配列にも同様に保存されていた。更に、予測されるN-linkの糖鎖付加部位並びにシグナル配列や膜貫通部位が存在することより膜糖蛋白の性状を有していると考えられた。一方、MDV1gDは、in vitroおよびin vivoの感染において非必須で、また、MDV1gDの遺伝子は存在するものの、その転写産物はほとんど検出されないことが報告されている。これに対し、MDV2gDの特異的な4.2kb転写産物は極めて多量に発現されているのが示された。今後、得られたMDV2gDの塩基配列及び転写産物はMDV型間の感染細胞でのgD発現の相違の解明及びMDV感染におけるgD糖蛋白質の役割を検討するのに有用であると考えられる。 第2章と第3章MDV2gI及びgEの遺伝子解析及びバキュロウイルスベクターを用いた発現 HSV-1のgIは、gEと共にIgGのFcレせプターとの結合によりウイルス感染及び伝播に関与し、また防御免疫を誘導することが知られている。しかし、MDVのgI及びgEのウイルス感染や防御免疫における役割は不明である。そこで、MDV2gI及びgEの防御免疫における役割について検討することを最終目標として、今回両遺伝子の塩基配列を決定し、解析を行った。また、MDV2gI及びgEを発現するリコンビナントバキュロウイルス(rAcNPV:rAcMDV2gI及びrAcMDV2gE)を作製し、その性状について検討した。 MDV2gIは、355アミノ酸残基をコードし得る1065塩基であり、MDV1とHVTとはアミノ酸配列において各々49%、36%の相同性を示した。また、MDV2gEは、488アミノ酸残基をコードし得る1464塩基であり、MDV1とHVTとはアミノ酸配列において各々47%、39%の相同性を示した。他のヘルペスウイルスのgI及びgEと同様に高次構造に関与するシステイン残基がMDV2gI及びgEのアミノ酸配列においても完全に保存されていた。更に、予測されるN-linkの糖鎖付加部位並びにシグナル配列や膜貫通部位が存在することより膜糖蛋白の性状を示した。MDV2(HPRS24株)感染鶏由来の血清を用いた免疫沈降解析によりリコンビナント蛋白の発現を検討したところ、rAcNPVgI感染細胞では45〜43kDaの特異バンドが、rAcNPVgE感染細胞では72〜66kDaの特異バンドが検出された。また、ツニカマイシン処理により糖鎖付加阻止試験を行ったところ、前者では35kDaの蛋白、後者では45kDaの蛋白が検出された。これらの結果より同定された45〜43kDa(rAcMDV2gI)と72〜66kDa(rAcMDV2gE)のバンドは翻訳後、N-linkの糖鎖付加により分子量が増加したものと考えられ、両rAcNPVが目的のリコンビナント蛋白を発現していることが示された。これらの発現蛋白は他のMDV1GA株、MDV2SB-1株及びHVT FC126株の感染鶏由来の血清によっても共に認識され、型間または株間での共通のエピトープを持つこととin vivoで発現されることが示唆された。以上の結果より、MDV2gI及びgEはワクチンによる防御免疫のターゲットになる可能性が示唆された。 第4章MDV2US領域の遺伝子構造及び転写産物の解析 MDV2のゲノムはウイルスの非腫瘍原性を理解するために重要であると考えられる。以前我々の教室で作製した制限酵素地図により、MDV2は、倒置反復配列を付した長さ12kbのUS領域を含むことが示された。MDV2US領域の全長の塩基配列を決定するため、BamHIのF、M1、R断片をシークエンスした。MDV2US領域は11084bpで、蛋白をコードする可能性のある9つのオープンリーディングフレーム(ORF)が含まれていた。その内7つのORFはHSV-1のUS1(ICP22)、US2、US3(protein kinase)、US6(gD)、US7(gI)、US8(gE)、US10と相同性を示した。US10以外のこれらORFは、HSV-1と同様に配置されていたが、US10のORFはMDVの三つの血清型全てのUS領域で配置が入れ替わっていた。MDV2 ORF2の予想されるアミノ酸配列は鶏痘ウイルスのORF4やMDV1のSORF2と相同性があった。同様にMDV2のORF5はMDV1やHVTのSORF3、鶏伝染性喉頭気管支炎ウイルスのSR1と相同性があった。更に倒置反復配列内にも1つのORFが同定され、このORFはMDV1のUS領域に存在するSORF1と相同性があったが、他の既存のヘルペスウイルスの遺伝子とは明白な関係はなかった。同定された全てのORFの位置はHVTや他のヘルペスウイルスよりも、MDV1に近いことが示された。RNAの解析により、SORF1を含むMDV2のUS領域で同定された全ての遺伝子が発現していることが示された。MDV2のUS領域でコードされる蛋白をアミノ酸レベルでMDVの他の血清型と比較すると、MDV1の相当する遺伝子とは46〜70%、HVTの相当する遺伝子とは33〜59%の相同性を示した。MDVの三つの血清型のUS領域の遺伝子の構造は、幾つかのヘルペスウイルスで報告された一般的な遺伝子構造と類似しているが、その予想されるアミノ酸配列は、HVTよりもMDV1と近縁であると考えられた。今回得られた結果はMDVの血清型間の異なる病原性を理解する上で有益であると思われる。また、現在ワクチンとして用いられているMDV2をベクターウイルスとするリコンビナント生ワクチンの開発の一歩として、外来遺伝子の導入可能な領域を同定するのに有効であると思われる。 MDV2の分子生物学の発展は、MDV1の腫瘍発症機構の解析及びワクチンによるMD腫瘍発症防御機構の解明に役立つことが期待される。そのためには、より多くのMDV2の遺伝子の解析が必要であり、本研究において解析されたMDV2遺伝子はこれらをより理解するのに有用であろう。また、ワクチンによる防御機構の解明にはMDV2の糖蛋白は重要であると考えられる。本研究のMDV2 gD,gI,gEについての解析とin vitro及びin vivoで発現されていることは、今後のMDVの研究に示唆を与えるものと考えられる。 |