細胞内では核近傍で合成された蛋白質が、多くは膜蛋白あるいは膜小器官に結合した形で、多種類の膜小器官として、必要とされる部位に異なった速度で送り分けられている。また、この輸送には微小管がレールとして働いており、その上をキネシン、細胞質ダイニンといった、微小管関連のモーター分子が動き、物質輸送をおこなっている。 この細胞内の物質輸送の分子機構を明らかにするため、キネシンや細胞質ダイニン以外に、多種類の新しいモーター分子があると考え、我々の研究室ではマウスの脳からPCR法を用いて、約10種類の新しいキネシン類似の蛋白質であるKIFs(Kinesin Superfamily Proteins)を同定した。 私はまず、これらのKIFsのうち、KIF3Bと命名した新しいモーター蛋白の完全長のクローニングを行い、その分子細胞生物学的解析をおこなう事とした。クローニングの結果、一次構造では、KIF3Bは747アミノ酸をコードし、KIF3A(701アミノ酸)とは全長にわたり47%のidentityがあり、ほかのどのKIFよりも相同性が高かった。 次にこのKIF3BのcDNAをもちいてバキュロウイルス-Sf9発現系をたちあげ、ポリヒスチジン-タグを用いた方法で大量の抗原を精製し、抗体の作製をおこなった。また、この抗体を用い、ウエスタンブロットや免疫染色などの種々の検索をおこなった。その結果、KIF3BはKIF3Aと同様、ほとんどの臓器に存在するが、特に脳と精巣に多く発現し、神経系では主に細胞体に染色が見られた。また軸索にも存在しており、末梢神経の結さつ実験でもその近位端にKIF3Bがたまることから、KIF3Bが速い軸索輸送をおこなうモーターであることがわかった。また、軸索内のKIF3Bを免疫沈降し、電顕で観察したところ、それが膜小器官と結合していることを観察した。 一方、興味深いことにKIF3AとBは蛋白レベルでは常に挙動を共にし、非常に良く似たパターンを示した(ただしノザンブロットでは、両者のmRNAの発現は少し解離する)。このため私は、これらが複合体を形成しているかもしれないと推測した。 免疫沈降やバキュロウイルス再構成系を用いた実験で、両者が実際に複合体を形成しているかどうかを確認したところ、両者はネイティブ蛋白でもリコンビナント蛋白でも常に強く結合しており、KIF3AとKIF3Bはヘテロ二量体のモーターであることがわかった。さらにこのリコンビナント蛋白をロータリーシャドー電顕で観察した結果、2個の球状の頭部と1個の球状の尾部とそれをつなぐ一本の茎をもつ小型のキネシン様の分子であることがわかった。また、この複合体蛋白を用い、微小管や軸糸のmotility assayをおこなったところ、KIF3A/3B複合体は順向性の速いモーターであることがわかり、その動きは抗KIF3B抗体によって阻害されることを示した。さらにKIF3Bの頭部とKIF3Aの茎部・尾部をもつキメラ蛋白を作成することにより、KIF3B単独でもモーター活性を持っていることを示した。 次に私は、KIF3の細胞内における機能を調べるため、マウスの脳を細胞下分画にわけた。そのときにさらにシナプス小胞の分画をわけ、その分画でのKIF3の量をみたところ、KIF3は濃縮されなかった。すなわちこれはKIF3がシナプス小胞のモーターの有力な候補ではないことを意味した。 ところで、KIF3は、モーターとしてはヘテロ二量体であるが、免疫沈降により、もう一分子の関連蛋白(約100kD)が存在し、全体としては三量体であることがわかった。この関連蛋白を私はKAP3(Kinesin Superfamily Associated Protein3)と命名し、脳ではモル比の違う3本のバンドとして見い出されることを示した。また精巣でも免沈をおこなったところ、KAP3のバンドは1本のみであり、臓器によってはKAP3の組成が違うという事を示した。すなわちこれらのことから、KAP3がKIF3の機能の調節に、重要な役割を果たしているかもしれないという事が推測された。 私は、その推測を証明するため、このKAP3のcDNAのクローニングおよびその一次構造の決定をおこなった。その結果、KAP3はC末端部位のalternative splicingにより、二つのisoformであるKAP3A(793アミノ酸)とKAP3B(772アミノ酸)を生じることがわかった。さらに、KAP3は、ほぼ全長が-helix構造で、キネシン軽鎖をはじめ、既知のどの蛋白ともホモロジーがないユニークな蛋白であった。 さらに私は、バキュロウイルス-Sf9細胞発現系でKAP3のリコンビナント蛋白とその特異抗体の作成をおこない、同様に解析を試みた。その結果、KAP3は、KIF3A/3Bとは、組織及び細胞内での局在や発現に差はなく、分子形態の観察ではKAP3は直径約11nmの球状の蛋白で、KIF3A/3Bの尾部に結合していることがわかった。また、KAP3は、KIF3A/3Bのモーター活性(微小管によって活性化されるATP ase活性や微小管上を動く速度)には影響せず、むしろ細胞下分画における免疫沈降の結果から、cargoとの結合の調節に関与していることが示唆された。 私は、以上に述べてきたように、KIF3がモーター蛋白としては極めて特異的な性質をもつことを初めて証明した。また、KAP3は、キネシン軽鎖に次いで発見された、二番目のモーター蛋白関連蛋白である。今後の研究の継続において、細胞内物質輸送の分子機構の理解にKIF3が重要な手がかりをあたえることを示している。 |