学位論文要旨



No 112774
著者(漢字) 崔,永喜
著者(英字)
著者(カナ) チュイ,ヨンズイ
標題(和) ウサギ組織におけるステロイド硫酸基転移酵素の活性発現に関する研究
標題(洋) Expression and Regulation of Hydroxysteroid Sulfotransferase in Various Rabbit Tissues
報告番号 112774
報告番号 甲12774
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1144号
研究科 医学系研究科
専攻 第二基礎医学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 脊山,洋右
 東京大学 教授 武谷,雄二
 東京大学 助教授 久保田,俊一郎
 東京大学 助教授 竹島,浩
 東京大学 講師 小山,文隆
内容要旨 緒言

 ヒドロキシステロイド硫酸基転移酵素(ST)は活性硫酸(3’-phosphoadenosine 5’-phosphosulfate,PAPS)からステロイド構造を持っている基質へ硫酸基の転移を行う酵素であり、ホルモンの代謝、神経伝達物質の合成、薬物や毒物などの代謝などを反応を行う重要な酵素である。基質構造の違いにより異なるSTが硫酸基転移反応を行うことが知られており、今までにクローニングされている10数種類のSTの遺伝子は動物種間の相同性は高く、よく保存された酵素であることが知られている。ヒドロキシステロイドSTのイソ酵素と思われるコレステロール硫酸基転移酵素(cholesterol sulfotransferase,CST)に関してはコレステロール硫酸(CS)をケラチノサイトの分化過程において特異的に発現させ、新たに合成されたCS角化過程のセカンドメッセンジャーとしての働きを担うことが明らかにされている。皮膚顆粒層に特に高濃度に分布している蛋白質キナーゼCはCSにより活性化され、トランスグルタミナーゼI型をリン酸化することにより活性発現し、ケラチン合成を増強してコーニファイド エンベロープの形成を促進する。また、魚鱗癬の欠陥遺伝子がCS脱硫酸酵素であり、角質層上部においてCSの脱硫酸が阻害されることにより角質層の脱落が阻止されるのが原因であることから、角質層の形成と脱落にCSの合成と分解が重要な働きをしていることが予想されている。また、ウサギ子宮内膜ではステロイドホルモンによってCSの代謝が厳密に調整されていることが明らかになった。CSの硫酸基が着床現象に関与しており、硫酸基転移酵素はステロイドホルモンによる制御を受けていることが示唆された。これらのことからコレステロール硫酸が生理活性分子として重要であることが予想された。コレステロール硫酸の機能と代謝を調べるため、まず、生体内の各組織におけるCSの分布情況を検索し、続いて今回研究目的としたコレステロール硫酸の合成と分解に関わる酵素の活性を測定した。更に既に報告されている各種硫酸基転移酵素の遺伝子情報を参考にし、RT-PCRとノーザンブロット法によりウサギ各組織における硫酸基転移酵素の遺伝子の発現及びヒドロキシステロイド硫酸基転移酵素との関連性についても調べた。

方法

 ウサギ(NZW,生後6ケ月、メスとオス)は日本生物材料センター株式会社(東京)より購入した。偽妊娠の誘導は0.5mgの17-エストラジオールを筋注し、3日後にヒト絨毛性ゴナドトロピン250IUを静注して行った。

 1、酸性脂質の定量

 シアル酸と硫酸を含む酸性脂質はTLC-デンシトメトリー法で定量した。5mg乾燥重量相当の酸性脂質抽出液と既知量のコレステロール硫酸とスルファチド及びGM3をHPTLCプレートにスポット後展開した。検出された各スポットはTLC-デンシトメーター(CS-9000、Shimadzu)により定量した。

 2、酵素活性の測定

 各組織を細切し、組織の4倍量の0.25M庶糖溶液を加えポリトロンで15秒間ホモジナイズした。4℃で700×g10分間遠心後、上清をコレステロール硫酸基転移酵素(CST)とコレステロール硫酸脱硫酸酵素(CSS)の測定に用いた。CSTの酵素反応液の組成は100mMリン酸バッファー(pH7.5)、10mM DTT、0.2mM cholesterol、10mg/ml 2-hydroxypropyl--cyclodextrin及び1.35mM35S-PAPS(74.0GBq/mmol;NEN)、50g酵素タンパク液であった。生成したコレステロール硫酸の検出はバイオイメージアナライザー(BAS-2000;富士フィルム株式会社、東京)を用いて測定した。また、CSSの反応液は11.0M[1,2,6,7-3H]-コレステロール硫酸(0.28KBq)、50mMイミダゾールー塩酸バッファー(pH7.0)、50g Triton X-100及び50g酵素タンパク液であった。液体シンチレーションカウンター(TRI-CARB1500;Packard)にて生成されたコレステロール硫酸を測定した。

 3、ウサギの3-ヒドロキシステロイド硫酸基転移酵素遺伝子のクローニング

 ラットとマウス肝臓及びヒトの3-ヒドロキシステロイド硫酸基転移酵素及びウシ胎盤のエストロゲン硫酸基転移酵素のcDNAより混合ブライマーをデザインした。ウサギ各組織の全RNAを用いてRT-PCRを行い、得られた陽性フラグメント(RPU-650)を精製し、cDNA blunting kitを用いてpBlucscriptll SK(+)ベクターのSmal siteに挿入し、大腸菌competent cell XL-I blueにリン酸カルシウム法で導入した。制限酵素SmaI処理を行って、目的とするDNAを含むフラスミドを選定し、ヌクレオチド配列を解析するとともにフローブとして用いた。

結果1、ウサギ各組織におけるコレステロール硫酸の分布

 ウサギ各組織より得た酸性脂質画分の5mg乾燥重量相当量をTLCにスポットし発色させた結果、コレステロール硫酸(CS)の組織分布についても興味ある特徴が観察された。毛、爪、腎臓、食道上皮、胃粘膜には高濃度に含まれ、十二指腸、空腸上皮、偽妊娠子宮内膜上皮、皮膚、子宮頚部上皮、肺、脾、副腎、前立腺にも比較的高濃度に含まれていた。筋層には全く含有されていないことから粘膜を含む上皮組織の成分になっていることが明らかになった。爪と毛髪におけるCSの存在に関してはすでに報告があり、皮膚角質層と同様に接着分子としての役割が予想されている。

2、ウサギ各組織のスルファチドの検出

 新たに作成した抗スルファチド抗体TCS-1を利用してTLC免疫染色により各組織のスルファチド含量を測定した。すでに知られているようにスルファチドは脳に最も高濃度に含まれ、胃、腸、腎臓における濃度も高かった。またTCS-1と反応するセミノリピドは睾丸にのみ含まれる硫糖脂質であることが分かった。消化管におけるスルファチド濃度を比較すると食道には全く含まれず、胃、十二指腸、空腸へと濃度が増加していた。この濃度変化をCSとのモル比で比べると、興味あることに、食道は0、胃は0.09、十二指腸は0.85、空腸は2.01となり、下部消化管の方が高くなることが分った。また、腺構造が発達しておらず羊歯状になったウサギ偽妊娠子宮内膜にはスルファチドが検出できなかったことから、おそらくスルファチドは腺を含む上皮の機能に関与していることが予想された。

3、ウサギ各組織におけるコレステロール硫酸基転移酵素の活性

 CST活性は毛髪と副腎以外のすべての組織に検出された。酵素活性の強さは組織のCS含有量とは相関せず、最も高い活性は食道上皮に見られた。偽妊娠ウサギ子宮内膜においては、非妊娠子宮内膜の15倍の比活性の増加が認められ、偽妊娠ウサギ子宮内膜におけるCSの蓄積には硫酸基転移酵素活性の寄与が大きいことが分かった。

4、ウサギ各組織におけるコレステロール硫酸脱硫酸酵素の活性

 ウサギ各組織のコレステロール硫酸脱硫酸酵素(cholesterol sulfate sulfatase)活性は肝臓がきわだって高く、その他の組織においては4〜3lpmol/mg protein/hr.の範囲に入っており、コレステロール硫酸基転移酵素の比活性程の大きな違いを示さなかった。興味深いことに、毛髪をバッファー中で超音波処理すると脱硫酸酵素活性がバッファー中に検出されるようになり、生細胞の存在しない毛髪にも強い活性が存在することが明らかになった。

5、ウサギ各組織における3-ヒドロキシステロイド硫酸基転移酵素の遺伝子の検出

 異なる動物の異なるステロイド硫酸基転移酵素のホモロジーの高い配列を混合プライマーとして用い、ウサギ組織より得たRNAをテンプレートとしてRT-PCRを行った結果、肝、肺、非妊娠と偽妊娠子宮内膜から650bpのバンドが増幅され、このバンドのサイズは対照として用いたラット肝から増幅されたバンドと一致した。また、ラット3-ヒドロキシステロイド硫酸基転移酵素ST-40のcDNAをプローブとしてブロッテイングすると、PCRで増幅された650bpのバンドのみが反応し、ウサギ遺伝子断片も相同性の高い配列を持っていることが分かった。その配列を解析したところラット肝の3-ヒドロキシステロイドSTcDNA(ST-20)と99%、ST-40と92%、マウス肝の3-ヒドロキシステロイドSTcDNAと86%、ヒトの3-ヒドロキシステロイドSTcDNAと72%、ラットのSenescence Marker Protein(SMP)-2と64%の高いホモロジーを持っていた。従って、得られたDNA断片はウサギの3-ヒドロキシステロイドSTcDNAの一部塩基配列であると考えられた。しかし、ウサギ各組織の3-ヒドロキシステロイドSTのmRNAの発現量を調べたところ、ウサギの肝、心、食道、非妊娠子宮内膜には検出できたが、皮膚と偽妊娠子宮内膜には検出できなかった。CSTは心、肝と非妊娠子宮内膜では低い活性であり、皮膚と偽妊娠子宮内膜では高い活性が検出できることから、遺伝子の発現量とは一致せず、コレステロールを硫酸化する遺伝子は3-ヒドロキシステロイド硫酸基転移酵素とは異っていると予想された。

審査要旨

 本研究では異種動物間のよく保存された酵素でヒドロキシステロイド硫酸基転移酵素のイソ酵素と思われるコレステロール硫酸基転移酵素に関する機能と代謝を調べるため、ウサギ生体内の各組織におけるコレステロール硫酸及び関連酵素の比活性を測定し、更に、遺伝子工学的手法を利用してウサギ各組織における硫酸基転移酵素の遺伝子の発現及びヒドロキシステロイド硫酸基転移酵素との関連性について調べ、下記の結果を得ている。

 1.コレステロール硫酸はスルファチドよりも広範囲な組織に分布し、上皮組織に主として分布していることが示された。食道、胃、十二指腸、空腸のコレステロール硫酸とスルファチドの濃度は逆相関の関係にあり、コレステロール硫酸の濃度はこの順に減少した。この変化は上皮構造の違いに由来することが示された。

 2.コレステロール硫酸基転移酵素はコレステロール硫酸を含有する組織に検出されるが、比活性は組織間で大きな違いがあった。コレステロール硫酸の濃度に比例せず、酵素と基質が含有されていてもコレステロール硫酸を含まない組織があった。子宮内膜においては偽妊娠誘導後4日目に転移酵素活性の急激な増加とコレステロール硫酸の蓄積が観察された。

 3.コレステロール硫酸脱硫酸酵素の比活性は肝が最も高く、その他のすべての組織にも検出された。肝以外の組織の比活性は硫酸基転移酵素のような違いを示さなかった。また、生細胞の存在しない毛髪にも活性が検出された。

 4.ウサギ3-ヒドロキシステロイド硫酸基転移酵素の遺伝子の一部を初めてRT-PCR法で増幅した。得られたcDNA断片はラット肝の遺伝子(ST-20)と99%、ST-40と92%、マウス肝の3-ヒドロキシステロイドSTcDNAと86%、ヒト肝のヒドロキシステロイドSTcDNAと72%、ラットのSMP-2タンパク遺伝子と64%のホモロジーを持ち、ウサギ組織のみならず、ラット肝の酵素遺伝子とも反応した。このcDNA断片をプローブとして用いNorthern解析を行ったところ、コレステロール硫酸基転移酵素の比活性が低い肝、非妊娠子宮内膜と心に1000bpのRNAが検出されたが、酵素活性を持つ皮膚と偽妊娠子宮内膜には検出されず、3-ヒドロキシステロイドとコレステロールに対する硫酸基転移酵素は異なる配列を持つことが示唆された。

 以上、本論文は生理活性分子としてのコレステロール硫酸と関連酵素の分布をウサギ各組織について調べ、ヒドロキシステロイド硫酸基転移酵素との関連性について検索しており、コレステロール硫酸は主として上皮組織に広範囲に分布し、その関連酵素の活性は組織間で大きな違いがあるという研究を中心にしてまとめたものである。また、ウサギの子宮内膜では偽妊娠によりコレステロール硫酸基転移酵素が特徴的に増加し、その結果、コレステロール硫酸を蓄積することが示されたことにより、硫酸基転移酵素はステロイドホルモンによる制御を受け、コレステロール硫酸の硫酸基は受精卵の着床現象に関与していることが明らかになった。これらの知見は生物的にも極めて重要な意義を持つことと考えられる。コレステロール硫酸と関連酵素哺乳類動物の上皮組織における分布と活性の発現調節に関する知見はコレステロール硫酸の生理的意義の解明に重要な貢献なすと考えられ、本研究は学位の授与に値するものと判断される。以上審査結果を報告する。

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