出芽酵母のCdc7蛋白質とCdc28蛋白質は、増殖細胞周期においてDNA合成の開始に作用するセリン/スレオニンキナーゼ蛋白質である。本研究では、変異Cdc7蛋白質を用いて、Cdc7蛋白質のin vivoにおける機能発現の調節機構、増殖時の細胞周期におけるCdc7蛋白質とCdc28蛋白質の機能について解析を行った。 本研究で用いた変異Cdc7蛋白質(T281E,T281A,D182N,D163N,T167E)はキナーゼ保存ドメインに、ひとつのアミノ酸残基の変異を有する。いずれの変異Cdc7蛋白質もcdc7(ts)の温度感受性増殖の相補能に欠損を生じたが、T281AとT167Eは、増産した場合相補能を回復した。また、増産した場合でも、いずれの変異Cdc7蛋白質もDNA合成の開始に欠損のあるdbf4(ts)の温度感受性増殖を相補出来なくなった。 許容温度下における変異Cdc7蛋白質の増産の影響を調べたところ、dbf4(ts)の温度感受性株では、いずれの変異Cdc7蛋白質も増殖抑制を惹起し、cdc7(ts)の温度感受性株では、T281E、D182N、D163Nが増殖抑制を起こした。また、T281E、D182N、D163Nは、野生株においても増殖抑制能を示した。増殖を停止した細胞では、ほとんどの細胞のDNA含量が1Cに収束し、制限温度下におけるcdc7(ts)或いはdbf4(ts)の温度感受性株の増殖停止時と同様の、大きな芽を持った鉄亜鈴型を呈する細胞が増加した。従って、変異Cdc7蛋白質の増産によって、Cdc7/Dbf4蛋白質複合体の作用が阻害され、DNA複製を開始出来ずに増殖が停止したと考えられる。 変異Cdc7蛋白質による増殖抑制は、Cdc7蛋白質或いはDbf4蛋白質の共増産により解除され、変異Cdc7蛋白質が、野生型Cdc7蛋白質に対しドミナントネガティブに作用して、増殖抑制を惹き起こしたことを示している。さらにその分子機序として、変異Cdc7蛋白質が、野生型Cdc7蛋白質からDbf4蛋白質を奪取することが考えられた。事実、いずれの変異Cdc7蛋白質もDbf4蛋白質との結合能を保持しており、変異Cdc7蛋白質からDbf4蛋白質との結合に必要なC端の領域を欠失させると増殖抑制能を失った。 以上の結果は、機能を喪失した変異Cdc7蛋白質を増産させると、変異Cdc7蛋白質が野生型Cdc7蛋白質からDbf4蛋白質を奪取することにより、Cdc7/Dbf4蛋白質複合体の作用を阻害し、DNA複製が開始されずに増殖が停止することを示しており、in vivoにおいて、Cdc7蛋白質の増殖時細胞周期における機能の発現にDbf4蛋白質の結合が必要であることを示している。 Cdc7蛋白質とCdc28蛋白質のin vivoにおける相互作用を調べるために、変異Cdc7蛋白質をcdc28(ts)の温度感受性株(cdc28-1N(ts))に増産し、その表現型を調べたところ、T281E、D182N、D163Nに加え、野生株では増殖抑制能を示さないT281Aが増殖抑制能を示した。これらの増殖抑制はCdc7蛋白質の共増産により解除されるが、Dbf4蛋白質の共増産では解除されない。このことは、cdc28-1N(ts)における変異Cdc7蛋白質によるドミナントネガティブな増殖抑制が、増産された変異Cdc7蛋白質が野生型Cdc7蛋白質からDbf4蛋白質を奪取することでのみ生じるわけではないことを示唆している。 増殖を停止した細胞(cdc28-1N(ts))のDNA含量は1Cには収束せず、2CのDNA含量を有する細胞が存在し続けた。興味深いことに、1C以下のDNA含量を有する細胞が序々に増加した。Dbf4蛋白質を共増産した場合にも、DNA含量は1Cには収束せず、2CのDNA含量を有する細胞が存在し続け、1C以下のDNA含量を有する細胞が序々に増加した。また、このときには、1Cで停止する細胞は減少した。このDNA含量のパターンは、cdc28-1N(ts)を制限温度下で増殖を停止させたときのDNA含量のパターンと酷似している。また、Dbf4蛋白質の共増産下で増殖を停止した場合の形態は、大きな芽を持った鉄亜鈴型とはならなかった。変異Cdc7蛋白質のうち、T281Aの増産による増殖抑制は、Cdc28蛋白質の共増産により解除されたが、T281E、D182N、D163Nの増産による増殖抑制は、Cdc28蛋白質の共増産では解除されず、その解除にはCdc28蛋白質とDbf4蛋白質両方の共増産が必要であった。また、Cdc28蛋白質の共増産下で増殖が停止した場合の形態は、鉄亜鈴型を示した。以上のことはcdc28-1N(ts)における変異Cdc7蛋白質による増殖抑制が、G1/S期とG2/M期の両方で起こっており、G1/S期の増殖抑制はCdc7/Dbf4蛋白質複合体の作用が阻害されることにより、G2/M期の増殖抑制はCdc28-1N蛋白質の機能が阻害されることにより生じ、それぞれが、Dbf4蛋白質とCdc28蛋白質の共増産で解除されることを示している。さらに、1C以下のDNA含量を有する細胞が序々に増加することから、Cdc28-1N蛋白質は、制限温度下においてDNA合成と細胞分裂の制御機能の破綻を来しており、変異Cdc7蛋白質の増産がこの制御機能の破綻を助長する可能性が示唆される。 T281Aの増産によるcdc28-1N(ts)における増殖抑制は、野生型Cdc28蛋白質をシングルコピーベクターにより供給することでも解除される。また、他の温度感受性変異cdc28-13(ts)を有する株や、野生株では、T281Aの増産による増殖抑制は起こらないことから、T281Aの増産によるcdc28-1N(ts)における増殖抑制は、野生型CDC28遺伝子に対して劣性であり、cdc28-1N(ts)に依存していると言える。このようにある変異遺伝子の影響が、別の遺伝子の変異に依存して及ぼされる様式をintergenetically recessiveと呼ぶことにしたい。T281AとT167Eによるdbf4(ts)の温度感受性株における増殖抑制もintergenetically recessiveに作用する例である。 intergenetically recessiveに作用する増殖抑制の様式は、特異的に細胞増殖を抑制する仕方があるということを提示している。このことは、創薬上の観点から極めて重要なことであると考える。例えば、近年の癌の治療法の課題のひとつはいかに特異性を高めるかという点にあるが、特異的増殖抑制を利用すれば特異性を高めることが可能となる。 |