学位論文要旨



No 112785
著者(漢字) 宇於崎,宏
著者(英字)
著者(カナ) ウオザキ,ヒロシ
標題(和) 骨肉腫における薬剤耐性関連蛋白の発現と予後との比較検討
標題(洋)
報告番号 112785
報告番号 甲12785
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1155号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 助教授 村上,俊一
 東京大学 助教授 井上,純一郎
 東京大学 講師 降旗,千恵
 東京大学 講師 石田,剛
内容要旨 1.はじめに

 骨肉腫は比較的稀な腫瘍であるが、骨原発の悪性腫瘍の中では最も頻度が高く、10歳代の長管骨の骨幹端部に好発する。治療は外科的切除の他、術前術後に補助的化学療法が行われる。最近の20年で骨肉腫の予後は劇的に改善したが、これは大量メソトレキセートやシスプラチン(CDDP)を用いた化学療法の進歩と転移巣の切除が容易になったことによると考えられている。

 一方、制癌剤の耐性に関連する蛋白が見つかっている。骨肉腫の主要な治療薬剤であるCDDPに対してはメタロチオネイン(MT)やグルタチオンS-トランスフェラーゼ(GST )が知られている。熱などのストレスで誘導される熱ショック蛋白27(Hsp27)や熱ショック蛋白70(Hsp70)も薬剤耐性に関係していると考えられている。また、P-糖蛋白や、Multidrug resistance associated protein(MRP)、Lung resistance-related protein(LRP)は多剤耐性に関係していることが知られている。癌抑制遺伝子として知られているp53も薬剤耐性に関連しているという報告がある。これらの蛋白の過剰発現は乳癌や卵巣癌などで予後不良との関連が報告されている。

 本研究の目的は骨肉腫における薬剤耐性関連蛋白の発現と予後との関連を検討することである。p53については遺伝子の点突然変異も検索した。次いで、MT、GST、Hsp27、Hsp70、LRP、p53蛋白の骨肉腫における発現を調べ、予後との比較検討をした。

2.対象と方法2.1.対象2.1.1.新鮮凍結材料

 新鮮凍結材料は東大病院と癌研病院の骨肉腫15例を使用した。14例は通常型、1例は骨表面高悪性度骨肉腫であった。男性9例、女性6例であり、発症時年齢は10歳から59歳で平均年齢は23.7歳であった。2例は術前化学療法無しで切除手術を受けていた。

2.1.2.生検及び手術材料

 1983年から1996年に東大病院および帝京大病院で術前化学療法後、切除術を受けた30歳以下の四肢発生通常型骨肉腫64例を対象とした。そのうち生検例は54例、転移例は20例が使用可能であった。10%ホルマリンで固定後、必要に応じて脱灰し、パラフィン包埋したものを使用した。

 男性39例、女性25例であり、発症時年齢は5歳から30歳で、平均年齢は16.2歳であった。Ennekingらの分類に基づく病期は、IIA期が1例、IIB期が52例、III期が11例であった。組織学的亜型は51例が骨芽細胞型、9例は線維芽細胞型、4例は軟骨芽細胞型であった。切除標本で病変の最大割面が総て標本となっている59例については組織学的に壊死率の評価を行い、90%以上が壊死に陥っているものを術前化学療法の著効例とした。

2.2.方法

 p53遺伝子の検索はDNA結合領域をコードし、変異が多く見つかっているエクソン4〜9について行った。新鮮凍結材料からDNAを抽出し、目的とするエクソンをPCRにより増幅後、サブクローニングし、373A DNA Sequencer(Applied Biosystems)によって塩基配列を決定した。最低4クローンを検索し、変異の見つかったものについては、同じ変異を持つクローンを他に確かめた。

 蛋白の発現の検索については、パラフィン包埋ブロックから薄切した標本に免疫組織化学的染色を行った。ヒストファインSAB-POキット(ニチレイ)を用い、説明書に従って行った。一次抗体はマウスモノクローナル抗MT抗体(E9)、ウサギポリクローナル抗GST抗体、マウスモノクローナル抗Hsp27抗体(2B4)、ウサギポリクローナル抗Hsp70抗体、マウスモノクローナル抗LRP抗体(LRP56)、マウスモノクローナル抗p53抗体(DO7)を使用した。

 免疫組織化学的染色の評価は臨床情報を伏せて行った。MT、GST、Hsp27、Hsp70、LRPの免疫組織化学的染色の結果は腫瘍細胞のうちの陽性細胞の占める割合で次の4群に分けた。-:0%、±:10%未満、+:10%以上70%未満、++:70%以上の細胞がそれぞれ陽性であるもの。過剰発現は+または++と判定されたものとした。p53蛋白は腫瘍細胞の10%以上が陽性であるものを過剰発現とした。

 p53遺伝子の変異による壊死率の差の検定にはウィルコクソン検定、2変量間の分布の偏りの検定にはフィッシャーの直接確率検定を使用した。蛋白の発現の差については対応のあるウイルコクソン検定を行った。生存率はカプラン・マイヤー法によって求め、生存率の差の検定はログランク検定を行った。生存率の多変量解析にはコックスの比例ハザードモデルを用いた。

3.結果と考察3.1.p53遺伝子の点突然変異の解析

 15例中5例にミスセンス変異が見つかった。これは他の研究の範囲内(20-65%)である。特定の変異部位は無かったが、一つは変異のホットスポットとされている第248アミノ酸残基に見つかった。免疫組織化学的染色では15例中5例に過剰発現を認めた。腫瘍細胞の核にのみ陽性像を認めた。変異と蛋白の過剰発現には有意な関連は無かった。また、変異の有無や過剰発現による生存率や化学療法の効果の差は無かった。症例数が少なく、高齢例や稀な組織亜型など症例のばらつきがあったために傾向がつかみ難かった可能性が考えられた。

3.2.薬剤耐性関連蛋白の発現

 各蛋白の発現を免疫組織化学的染色にて検索した結果、下表のように各蛋白の過剰発現が観察された。

図表

 MT、GST、Hsp70、LRPの陽性像は細胞質と核に見られた。Hsp27の陽性像は細胞質のみ、p53蛋白の陽性像は核のみに見られた。

 手術時には術前化学療法が施されており、蛋白の発現に治療の影響があることが予想される。生検と手術との間でGSTの陽性率の有意な減少、LRPには有意な増加が有った。GSTは他に喉咽頭癌で放射線治療後に発現が減少したとする報告があるが、理由はよく分からない。LRPの増加は術前化学療法による誘導、あるいは発現細胞が化学療法を生き残った結果と考えた。

 手術時はp53蛋白以外の蛋白の過剰発現相互間に有意な関連(p<0.05)が有った。また、手術時のMT、GST、LRPの過剰発現とIII期、術前化学療法の非著効の間に関連が有った。III期の腫瘍がII期の腫瘍より大きいこと、化学療法の効きが悪い例が多いことも合わせて考えると、進んだ病期の腫瘍は大きいために薬剤が十分に行き渡り難く、生き残った腫瘍細胞にこれらの蛋白が共に誘導されるか、あるいは共に発現している細胞が生き残ったために、手術時には過剰発現の相互に関連がみられたのではないかと考えた。生検、手術時共にHsp27とp53蛋白の過剰発現相互の関連が有ったが、理由はよく分からない。

 生検時のHsp27とp53蛋白の過剰発現と悪い予後との有意な関連(p<0.01)が有ったが、他の蛋白の過剰発現と予後との間には有意な関連は無かった。腫瘍本来のHsp27とp53の過剰発現が予後不良と関連が有るといえる。しかし、生検時の各蛋白の過剰発現と術前化学療法の効果との関連は無かった。手術時では、MT以外の総ての蛋白の過剰発現と悪い予後との有意な関連(p<0.05)が有ったが、上記のように手術時の蛋白の発現は他の因子の影響を受けていると考えられるので、各蛋白の過剰発現が直接に予後と関連が有るとは言えない。転移時の過剰発現と予後の関連は無かった。蛋白以外では、病期による生存率の差が有った(p=0.02)。

 Hsp27とp53蛋白の過剰発現の生存率に及ぼす影響が独立したものか否か、生検時のデータで比例ハザードモデルを用いた多変量解析を試みた。病期によって層別化し、組織亜型(骨芽細胞型)、腫瘍の最大径によって補正したハザード比を求めた。その結果、Hsp27、p53蛋白共に有意な予後因子とはならなかった。両蛋白の過剰発現の関連が有ったため、両者の影響が分散することになったと考えられた。

 骨肉腫の予後の改善にはこれらの蛋白の発現に関する研究が重要と考える。

審査要旨

 本研究は骨肉腫におけるp53遺伝子の点突然変異およびMT、GST、Hsp27、Hsp70、LRP、p53蛋白の6つの薬剤耐性関連蛋白の発現を免疫組織化学的に調べ、予後との関連を検討したものであり、下記の結果を得ている。

 1.p53遺伝子については、15例で点突然変異の検索を行い、点突然変異は5例に見つかった。うち、1例は従来、点突然変異のホットスポットとされているコドンに見つかった。点突然変異と予後やp53蛋白の過剰発現との有意な関連は無かった。

 2.64例のホルマリン固定材料を使った免疫組織化学的染色による検索では、MT、GST、Hsp70、LRPの陽性像は、核および細胞質に見られた。Hsp27は細胞質のみ、p53蛋白は核のみに陽性像が観察された。

 3.生検時におけるHsp27とp53蛋白の過剰発現は予後不良との関連が有った。両者の過剰発現間には関連が有り、Coxの比例ハザードモデルではいずれも独立した予後因子とはならなかった。蛋白の過剰発現と術前化学療法の効果との関連は無かった。

 4.手術時では、Hsp27とp53蛋白に加え、GST、Hsp27、Hsp70、LRPの過剰発現も予後不良との関連が有った。しかし、病期や術前化学療法非著効例とMT、GST、LRPの過剰発現との関連があることより、これらの蛋白の過剰発現が予後と直接に関連が有るとは考えられなかった。

 5.LRPは生検時より手術時に陽性細胞の割合が増えていた。一方、GSTの陽性率は手術時には減少していた。これらは術前化学療法による変化と考えられる。

 6.手術時にはp53蛋白を除く5つの蛋白、MT、GST、Hsp27、Hsp70、LRPの過剰発現が相互に関連していることが分かった。術前化学療法により誘導されたか、過剰発現細胞が生き残った結果、過剰発現相互に関連が生じたと考えられた。

 以上、本論文は骨肉腫において、生検時のHsp27とp53蛋白の発現が予後不良と関連していることを明らかにした。また、手術時には各蛋白の過剰発現が相互に関連していることが明らかとなった。本研究では、骨肉腫において、薬剤耐性関連蛋白が予後不良との関連があることが分かり、薬剤耐性関連蛋白の発現の状態の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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