学位論文要旨



No 112786
著者(漢字) 鹿島,健司
著者(英字)
著者(カナ) カシマ,タケシ
標題(和) 骨肉睡におけるOB-カドヘリン遺伝子の発現
標題(洋)
報告番号 112786
報告番号 甲12786
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1156号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 助教授 村上,俊一
 東京大学 助教授 古市,貞一
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
 東京大学 講師 石田,剛
内容要旨

 [目的]骨肉腫は10歳代の長管骨骨幹端に好発する骨悪性腫瘍である。組織学的には悪性間葉系腫瘍細胞が直接に骨及び類骨を形成することを特徴としている。骨肉腫は非常に高頻度に肺転移を起し、その有無が予後と相関することが知られている。しかし、なぜ高頻度に肺転移が生じるかという問題に関して、詳細な研究はほとんど行われていない。一方、近年、上皮系腫瘍である癌腫においては、転移に関する種々の接着分子や蛋白分解酵素についての研究が行われている。

 カドヘリンはカルシウムに依存して働く細胞間接着因子であり、これまでにE-、P-、N-カドヘリンをはじめとする一群の遺伝子ファミリーを形成し、形態形成に重要な働きを持つことが知られている。腫瘍転移との関連性については、癌腫では細胞間結合が保たれている原発巣からの腫瘍細胞の離脱にはE-カドヘリンの細胞接着能の喪失が重要であり、その喪失により局所浸潤をおこし、さらには遠隔転移に至ると考えられている。

 OB-カドヘリンはマウス骨芽細胞様細胞MC3T3-E1よりクローニングされたカドヘリン分子である。N-カドヘリンと比べると、その相同性は約50%と低いものの、各ドメインの構造はよく保存されている。細胞内ドメインもE-カドヘリンとは異っているが、-カテニンと結合することが知られており、マウスの線維芽細胞であるL細胞へOB-カドヘリンの遺伝子を導入すると、E-カドヘリンと同様にカルシウムイオン依存性の細胞間接着を示す。また、OB-カドヘリンは後に脳のcDNAからクローニングされたカドヘリン-11と同一の分子であり、その発現は広く間葉系の組織に認められているが、その生体内での真の機能はよくわかっていない。ヒトOB-カドヘリン(i)は、ヒト骨肉腫cDNA libraryよりマウスOB-カドヘリン遺伝子をprobeとしてクローニングされた。マウスOB-カドヘリン遺伝子と比較するとその一次構造は約97%相同であり、種間でOB-カドヘリン遺伝子は高度に保存されている。また同時にsplice-variantと思われる変異を有するヒトOB-カドヘリン(v)がクローニングされた(図A)。このようなsplice variantはカドヘリンでは類似蛋白のデスモコリンにあるのみであり、しかもその場合でも膜貫通部は変化していないことが知られている。また、OB-カドヘリン(v)では、膜貫通部に179bpの挿入があり、これによりframe shiftが生じ、一次構造上は膜貫通部の2/3以降がOB-カドヘリン(i)と全く異っていると思われる(図B)。このOB-カドヘリン(V)の細胞内ドメインは、本来のOB-カドヘリンとは全く異なるため、カテニンとの結合能が失われ、この結果カドヘリンの機能である細胞間結合能は失われている可能性がある。よって、このOB-カドヘリン(v)の存在により骨肉腫においては腫瘍細胞間の接着性が失われ、胃癌等におけるE-カドヘリンの機能の消失と同様に局所浸潤を容易にし、原発巣から遠隔臓器への転移を来すまでの初期の段階にOB-カドヘリン(v)が関与している可能性があると考えられる。

 以上のような観点より、本研究ではOB-カドヘリン(v)がalternative sp1icingにより生じること及びその機能を明らかにし、正常組織及び骨肉腫腫瘍組織でのOB-カドヘリンの発現を検討し、OB-カドヘリンの骨肉腫の転移及び形態形成における意義を明らかにすることを目的とした。

図 ヒトOB-カドヘリンcDNAの構造。OBcad(i)はOB-カドヘリン(i)、OBcad(v)はsplice variantと思われるOB-カドヘリン(v)を示す。

 [方法]ヒト正常肝、骨肉腫検体2例、肝細胞癌細胞株より、膜貫通部のOB-カドヘリンゲノム遺伝子をLA-PCR法によりクローニングし、塩基配列を決定することにより、エクソン・イントロンの構造を明らかにした。また、OB-カドヘリン(i)及びOB-カドヘリン(v)をそれぞれ発現ベクターに組み込み、マウスL細胞を形質転換し、それらのカルシウムイオン依存性細胞接着能について検討した。一方、初代培養骨芽細胞様細胞を含む各種ヒト細胞株、ヒト正常組織、骨肉腫腫瘍組織24例についてRT-PCR法あるいはNorthern blot法によりOB-カドヘリン(i)及びOB-カドヘリン(v)の発現を検討した。また、骨肉腫腫瘍組織1例について、in situ hybridaization法により、OB-カドヘリン(i)及びOB-カドヘリン(v)の発現を検討した。

 [結果]LA-PCR法により、OB-カドヘリンgenomic geneの膜貫通部領域の構造解析を行った結果、ヒト正常肝、骨肉腫検体2例、肝細胞癌細胞株の塩基配列は全て同一であり、OB-カドヘリン(v)にみられる179bpの挿入塩基配列は上流エクソンより約1.8Kb下流にみられた。また、近傍のエクソン・イントロンには塩基置換などの変異は認められなかった。これより、OB-カドヘリン(v)はsplice variantであると思われた。

 OB-カドヘリン(i)をL細胞で発現させると、カドヘリンに特徴的な亀甲形のカルシウム依存性の細胞間接着性を示した。これに対し、OB-カドヘリン(v)をL細胞に発現させた場合には、L細胞及びL細胞にvecterのみを導入した場合と同様に細胞間の接着は認められなかった。さらに両者を同時にL細胞に発現した場合、OB-カドヘリン(v)をL細胞に発現させた場合に比べて細胞間の接着性の低下が認められた。

 RT-PCRによる検討の結果、OB-カドヘリンの発現は間質の量に比例してほぼ全ての臓器及び初代骨芽細胞様細胞を含む間葉系細胞株と一部の上皮系細胞株で認められた。また、OB-カドヘリン(i)及びOB-カドヘリン(v)両者の発現が認められたものの、OB-カドヘリン(v)の発現はOB-カドヘリン(i)に比べて劣位であった。骨肉腫組織23検体では、全例においてOB-カドヘリン遺云子の発現がみられた。しかしながら、正常人体組織や培養細胞と異り、OB-カドヘリン(i)及びOB-カドヘリン(v)の比率は一定ではなく、3検体ではOB-カドヘリン(i)の発現がみられず、OB-カドヘリン(v)のみ発現していた。

 Northern blot法による検討では、十分なRNA量が得られた8検体及び骨肉腫腫瘍細胞株Saos2について検討したところ、いずれの検体でもOB-カドヘリン(v)の発現が認められた。今回用いた検体では同一患者の原発巣及び転移巣は一組のみであったが、OB-カドヘリン(v)の割合をみると、両者で逆転しており、転移巣で原発巣よりもOB-カドヘリン(v)の発現が強く認められた。また、24検体すべてにおいて、組織亜型及びOB-カドヘリン(v)の発現量の相関性について検討を行ったが、一定の傾向を示さなかった。

 in situ hybridaization法により、1例の骨肉腫腫瘍組織中でのOB-カドヘリンの発現について検討した。OB-カドヘリン(i)及びOB-カドヘリン(v)の両方を検出できるcRNA probeを用いたところ、腫瘍細胞の細胞質にシグナルが陽性であった。OB-カドヘリン(v)のみを検出するprobeでは、細胞質には明らかなsignalは認められず、核小体に一致した点状のsignalがみられた。

 [考察]骨芽細胞からクローニングされたOB-カドヘリンには、alternative splicingにより生じるsplice variantであるOB-カドヘリン(v)が存在する。OB-カドヘリン(v)はカドヘリンの機能である接着能が認められないため、OB-カドヘリン(i)と同時に発現した場合、dominant negativeな効果が生じる可能性がある。dominat negativeな効果を用いたカドヘリンの機能の実験の報告はいくつかなされており、それらの総てが人工的な変異カドヘリンを用いて、本来のカドヘリンの機能を障害しているものである。OB-カドヘリン(v)について、このようなsplice variantのカドヘリンが実際にin vivoで正常の組織にも存在し、しかもそれがalternative splicingにより生じる、すなわち生体の調節により発現していることは骨肉腫の転移について合理的であり、興味深いと思われる。OB-カドヘリン(i)及びOB-カドヘリン(v)は初代培養骨芽細胞を含む正常組織で発現しているが、これは線維芽細胞に発現がある程度認められるためであると考えられ、しかもOB-カドヘリン(v)の発現はOB-カドヘリン(i)と比較して弱い。また、今回検討した一部の骨肉腫ではOB-カドヘリン(v)のみが発現し、その他の検体でもOB-カドヘリン(v)の発現が優位である傾向がみられた。このため、骨肉腫ではOB-カドヘリン(v)によってdominant negativeな効果によりOB-カドヘリン(i)の機能が障害されている可能性があると思われ、E-カドヘリンが機能を失うことにより印環細胞癌がその形態及び転移能を得るのと同様に、OB-カドヘリン(v)は骨肉腫の転移及び極性を失った骨形成像の形態形成に関与している可能性があると考えられた。

審査要旨

 骨肉腫は非常に高頻度に肺転移を起し、その有無が予後と相関することが知られている。しかし、従来、その転移に関する分子生物学的な研究はほとんど行われていなかった。本研究は、近年癌腫においてその転移及び形態形成との関係について研究が進んでぃるカドヘリン分子の中でも間葉系の細胞に発現が認められ、今までには他のカドヘリン分子では報告のないisoformを有するOB-カドヘリンに着目している。そして、isoformであるOB-カドヘリン(v)がsplice variantであること及びその機能、OB-カドヘリンの二つのisoformの骨肉腫の転移及び形態形成における意義を明らかにすることを目的としており、下記の結果を得ている。

 1.LA-PCR法によるOB-カドヘリンgenomic DNAの膜貫通部領域の解析の結果、OB-カドヘリン(v)にみられる179bpの挿入がexon間に認められ、この構造は正常肝、肝細胞癌株HepG2、骨肉腫臨床検体2例で同一であったため、OB-カドヘリン(v)はalternative splicingにより生じるsplice variantであることが示された。

 2.OB-カドヘリン(i)発現ベクターをL細胞にtransfectionした場合、カルシウムイオン存在下の細胞間接着性を示したのに対し、OB-カドヘリン(v)発現ベクターをtransfectionした場合には細胞間接着性を示さなかった。さらにcotransfectionの結果よりOB-カドヘリン(i)のtransfectantに比べて細胞間接着性が低下したことより、OB-カドヘリン(v)はOB-カドヘリン(i)の細胞間接着能を阻害することが示された。

 3.OB-カドヘリン(i)及びOB-カドヘリン(v)は各種の正常組織で、各臓器の間質量にほぼ比例して発現していることがRT-PCR法及びNorthern blot法により示された。また、初代培養骨芽細胞を含む間葉系の細胞株において、OB-カドヘリン(i)及びOB-カドヘリン(v)の発現がRT-PCR法及びNorthern blot法により示された。そして、線維芽細胞よりも、骨芽細胞ではOB-カドヘリン(i)及びOB-カドヘリン(v)が強く発現していることが示された。

 4.骨肉腫腫瘍組織において、OB-カドヘリンが発現していることがRT-PCR法及びNorthern blot法によって示された。そして、正常組織や細胞株とは異り、3検体においてはOB-カドヘリン(v)が優位に発現しており、1症例において原発巣よりも転移巣でのOB-カドヘリン(v)の発現が強く認められることから、OB-カドヘリン(v)は骨肉腫の転移及び極性を失った骨形成像の形態形成に関与している可能性があると考えられた。

 以上、本論文は、いままでにカドヘリン分子ではみられなかったalternative splicingによるsplice variantである接着能を持たないOB-カドヘリン(v)の存在を明らかにし、骨肉腫腫瘍組織における高いOB-カドヘリンの発現を示した。これまでほとんど未知に等しかった骨肉腫の転移機構の解明及び、治療や患者の予後といった臨床的側面に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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