学位論文要旨



No 112787
著者(漢字) 木田,直俊
著者(英字)
著者(カナ) キダ,ナオトシ
標題(和) 粘液型および円形細胞型脂肪肉腫における組織学的悪性度に関する病理学的研究
標題(洋)
報告番号 112787
報告番号 甲12787
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1157号
研究科 医学系研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 助教授 村上,俊一
 東京大学 助教授 片山,栄作
 東京大学 助教授 金井,克光
 東京大学 講師 石田,剛
内容要旨 1.緒言

 悪性軟部腫瘍は、種類が非常に多く、組織形態は多彩である。近年、悪性軟部腫瘍の病理に関する研究が進み、組織発生論に基づく診断法、組織型と予後との関連性、分子生物学的解析などの研究が積み重ねられ、多くの事柄が明らかになりつつある。脂肪肉腫は比較的稀な腫瘍であるが、悪性軟部腫瘍のうち頻度が高いもののひとつである。病理組織学的には、腫瘍細胞の分化の程度は様々であり、さらに種々の異型性が加わるため脂肪肉腫の組織像は変化に富んでいる。現在、一般的にはWHO分類に準拠した組織分類が用いられている。WHO分類では脂肪肉腫を、高分化型、粘液型、円形細胞型、多形型、脱分化型の5型に分けている。頻度は粘液型が最も高く、予後は高分化型と粘液型は良い。一方、円形細胞型と多形型は予後不良であり、広範腫瘍切除後に化学療法が選択されることが多い。そのため組織診断が手術方法や切除後の化学療法の選択の決定を左右することも少なくなく、脂肪肉腫の治療を開始するにあたり腫瘍の組織亜型や悪性度を確実に診断する事は非常に重要である。しかし、粘液型と円形細胞型は両者が混在していることが多く移行像もみられ粘液型と円形細胞型は病理組織学的には必ずしも明確に区別できない場合があり、病理組織診断に苦慮することも少なくない。近年、病理組織学的あるいは分子生物学的検索から粘液型と円形細胞型は一連の腫瘍性病変と考えられるようになり、粘液型と円形細胞型を一まとめにした新たな分類が試みられている。しかし、いずれの分類も従来の組織型に基づいており主観的な要素が強く、客観的に悪性度を反映する指標は確率されていない。正確に悪性度を反映するためは、定量的かつ客観的な計量値を判断材料の一つとして用いることが重要である。粘液型および円形細胞型では予後良好な症例は腫瘍細胞の核は小型で細胞密度が低く、予後不良例は核は大型で細胞密度が高い傾向があり、細胞密度と核面積は悪性度を判断するための客観的な指標になり得ると推測された。そこで、本研究では、粘液型と円形細胞型を一連の腫瘍性病変と考え、悪性度を判断するための客観的な指標の確立を目的とし、細胞密度、核面積に基ずく新たな悪性度分類を試みた。そして、その分類が妥当であるか否かを検討した。

 近年、悪性腫瘍の発生、進展には種々の遺伝子変異の関与が想定され、多くの癌及び肉腫について分子生物学的にそれらの関与が証明されつつある。脂肪肉腫、特に粘液型では毛細血管の存在が目立つことが特徴の一つであり、これらの事実はある種の血管成長因子が腫瘍の増殖および遠隔転移に関与していることを示唆すると考えられる。そこで、VEGFが粘液及び円形細胞型脂肪肉腫の組織学的特徴の形成に関与している可能性を考え、悪性度とVEGFの発現との相関を検討した。また、血管密度を計測しVEGFの発現と血管密度との相関を検討した。

2.材料と方法

 対象症例は東京大学医学部付属病院および帝京大学医学部付属病院で外科的に切除された23症例29切除巣を対象とした。臨床的事項として、性別、腫瘍発生年齢、主訴、病悩期間、腫瘍の部位、腫瘍の大きさ、転移または腫瘍切除後再発の有無について検討した。予後に関しては退院後の症例についても本籍から生死を確かめ、死亡者は死亡診断書により死因を確認した。

 細胞密度は、腫瘍の最大割面を2.5×2.5mm大に分画し、その中央1視野(250×250m)の範囲内に存在する腫瘍細胞の数をワイベル計算板を用い計測した。核面積は各切除巣について全ての標本スライドの細胞密度の低い部分と高い部分を無作為に5視野を選択し計測した。計測方法は、光学顕微鏡に設置したデジタルカメラを用いて顕微鏡画像を入力し、入力した画像をコンピューター上で画像解析ソフトを用いて視野内に存在する全ての腫瘍細胞の核面積を計測した。得られた計測値から予後や局所再発あるいは転移の発生率を反映する細胞密度と核面積の境界値を求め、29切除巣をその境界値を基に3群に分け、細胞増殖能計測と核DNA量分析から悪性度の比較を行い、境界値の妥当性を検討した。

 細胞増殖能に関しては、抗MIB-1抗体を用いて免疫組織化学的にKi-67抗原の発現を検討した。また、細胞密度計測の対象となった各分画中央1視野内に認められる核分裂像の数を計測し細胞増殖能を検討した。核DNA量分析に関しては、フォイルゲン染色により核DNAを特異的に染色し、イメージサイトメーターを用いて腫瘍細胞のDNAヒストグラムを作成し、測定材料のG0/G1期の細胞の核DNAの量および正常細胞との比(DNA IndexやDNAプロイディーを検討した。

 VEGFの発現に関しては、抗VEGF抗体を用い免疫組織化学的にVEGFの発現を検討した。血管密度計測は、抗CD-34抗体を用い免疫組織化学的に血管内皮を同定し、1mmあたりの血管数を計測算出した。

3.結果と考察

 細胞数計測に関しては、各例とも細胞密度は低い部分と高い部分が不規則に混在していた。1視野に認められる腫瘍細胞数をヒストグラムで表わすと、腫瘍の如何なる部分を計測しても腫瘍細胞数が1視野に150個未満である低細胞密度な腫瘍と150個以上の高細胞密度部分が存在する腫瘍の2群に大別された。そこで、前者を低細胞細胞密度群、後者を高細胞密度群とした。

 核面積に関しては、計測した全腫瘍細胞の核の大きさは31.846m2を中央値とした正規分布に従った分布を示していた。43.703m2(中央値+標準偏差)以上の大型の核の占める割合を算出したところ2群に大別され、その境界値は20%あった。20%未満例を小型核群、20%以上を大型核群とした。細胞密度と核面積の各々の計測結果と予後を比較検討すると、低細胞密度群は高細胞密度部分が存在する腫瘍より予後良好であり、小型核群は大型核群に比べ予後良好であることが明らかとなった。そこで低細胞密度かつ小型核である腫瘍をA群、高細胞密度部分がありしかも大型核をC群、これら以外をB群とし、全症例を3群に分けた。

 3群に関し、局所再発や転移の有無と予後を比較検討した結果、A群は最も局所再発や転移が低く予後良好であり、C群は局所再発や転移が高く予後不良、B群はA群とC群の中間であった。

 3群の細胞増殖能を検討した結果、Ki-67抗原の発現率、細胞分裂数いずれもA群は低く、C群は高く、B群はその中間であった。

 腫瘍細胞DNA量での3群の比較では、A群では50%にaneuploidパターンが認められたのに対してC群では全てaneuploidパターンを示していた。B群では5例中1例(20%)のみがdiploidパターンを示していた。また、C群は有為にtetraploid細胞率や4倍体より大きい異数体をもつ細胞の割合が高かった。

 以上の結果から、細胞密度の高低、核面積の大小で分類した3群は段階的に有為に細胞増殖能、核面積、異常な核DNAの出現率を増し、悪性度は段階的に上昇すると結論するに至った。その分類に用いた細胞密度値と核面積値は粘液型および円形細胞型の悪性度を反映する指標となり得ることが明らかとなった。

 VEGFの発現と血管密度は有為な相関関係はみられなかったが、A群〜C群へ細胞密度が高く大型の核が増えるに従って血管密度が高くなる傾向が認められた。現時点では、VEGFの有無は悪性度の指標とはならず、腫瘍の血管新生との相関も得られなかった。しかし、検索した全ての症例においてVEGFの発現が認められ、何らかの血管新生に関与しているものと考えられた。今後、更に症例数を増やして、検討をすすめ、臨床的並びに病理組織学的所見との対比を行うべきである。

審査要旨

 脂肪肉腫のうち粘液型および円形細胞型は病理組織学的に混在することが多く、明確に両者を病理組織診断することが困難であることが往々にして見られた。また、従来の分類では予後といった悪性度を反映していないことが少なくなかった。本研究は、粘液型と円形細胞型を一連の腫瘍性病変と考え、悪性度を判断するための客観的な指標の確立を目的とし、細胞密度や腫瘍細胞核面積に基づく、新たな粘液型および円形細胞型脂肪肉腫の分類を試みたものである。

 粘液型および円形細胞型脂肪肉腫23症例29切除巣を対象とし、組織像の他、主として形態計測を用いて悪性度を反映すると考えられる指標を設け、その指標を基にした分類を行った。予後や局所再発あるいは転移の発生率といった臨床事項、細胞増殖能、核DNA量やプロイディーパターンの検索および比較を行い、実際にその分類が悪性度を反映しているか否かを検討し、指標の妥当性を考察した。また、血管内皮増殖因子(VEGF)の発現と組織型や悪性度との相関を免疫組織化学的手法を用いて検索し、以下の結論を得た。

 1.粘液型脂肪肉腫と円形細胞型肉腫とは組織学的に明確に分けることは不可能であり、一連の組織亜型とするのが妥当であり、その悪性度を反映する客観的指標として細胞密度と腫瘍核面積が有用である。細胞密度および核面積は各々単独でも、ある程度悪性度を反映するが、両者を組み合わせて用ることにより、より正確に悪性度を反映する指標となり得ると考えられた。

 2.細胞密度では、1視野(250×250m2)内に観察される腫瘍細胞が150個以上の高細胞密度領域の有無が悪性度の境界値となると考えられた。

 3.核面積では、43.703m2以上の大型の核をもつ腫瘍細胞がの占める割合が20%以上であるか否かが重要であり、この値が境界値となると考えられた。

 4.低細胞密度かつ小型核の症例群は有意に悪性度が低く、高細胞密度かつ大型核の症例群は有意に悪性度が高く、予後良好と推測される症例と予後不良と推測される症例に分けることが可能であると考えられた。

 5.VEGFの発現と腫瘍の血管密度や悪性度との相関はみられず、粘液型および円形細胞型脂肪肉腫の腫瘍血管の形成には他のVEGFの関与は乏しことが示唆された。

 6.新たな脂肪肉腫の分類として以下の分類を提案する。

 1.well differentiated type

 2.myxoid/round cell type

 4.pleomorphic type

 5.dedifferentiated type

 a.small cell and non-cellular subtype

 b.intermediate subtype

 c.large cell and cellular subtype

 以上、本論文は粘液型および円形細胞型脂肪肉腫は、細胞密度と腫瘍細胞核面積を指標とした場合、悪性度を反映する新たな3群に再分類可能であることが明らかとなった。病理組織診断や治療、予後の判断といった臨床的側面において重要な貢献をはたすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク