学位論文要旨



No 112794
著者(漢字) 朴,美妍
著者(英字)
著者(カナ) パク,ミィヨン
標題(和) ヒト好中球活性酸素産生機構におけるcytochrome b558機能ドメインの解析
標題(洋) Analysis of functional domains of cytochrome b558,an essential component of the superoxide-generating system in neutrophils
報告番号 112794
報告番号 甲12794
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1164号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 森本,幾夫
 東京大学 助教授 北,潔
 東京大学 助教授 佐藤,典治
 東京大学 教授 横田,崇
内容要旨

 好中球・好酸球などの顆粒球、単球・マクロファージ系細胞は異物貧食時や可溶性の刺激物により活性化され、急激に酸素を消費すると共に多量の活性酸素を産生する。この現象はrespiratory burstと呼ばれ古くから関心を集めてきた。生命に拘わる重篤な感染を繰り返す遺伝性の疾患、慢性肉芽腫症(CGD)の患者の食細胞はこの機能を欠いており、十分な殺菌ができないので、生命に関わる重得な細菌、真菌の感染をくり返すことになるからである。食細胞の活性酸素産生系の特長は、その形質膜に形成される特殊な電子伝達系により、細胞内のNADPHより細胞表層の酸素に1個の電子を渡し、スーパーオキシドアニオンのみを産生してこれを総て細胞外(ファゴゾーム内を含む)に放出することにある。殺菌性のより強い他の活性酸素分子種は細胞外で形成され、細胞質内入ることなく殺菌にかかわることができるため、細胞の傷害を最小に食い止めることができる。

 このスーパーオキシド産生系は形質膜のシトクロムを形成する2種の蛋白質(gp91-phox,p22-phox)と刺激時に膜に移行する3種の細胞質性蛋白質(p47-phox、p67-phoxおよびRac)から構成されている。これら5種の蛋白質のみでNADPHに依存してスーパーオキシドを産生する系を再構成できることが明らかにされている。CGDはphoxと名付けられた4種の蛋白質のいずれかの欠損である。細胞質の各蛋白質は刺激によって形質膜のシトクロムを中心に会合し、活性あるスーパーオキシド産生系が形成される。シトクロム大小鎖のカルボキシル末端は、細胞質に長く伸長しており、p47-phoxと結合する部位であることが明らかにされいる。一方、p47-phoxには2個のSH3部位(Src-homology region)があってシトクロム小鎖のprolineに富んだ部位に結合することが示されている。p67-phoxはp47-phoxに結合することにより、シトクロムと間接に結合すると考えられてきた。なお、このシトクロムにはヘムのほか、そのアミノ酸配列上NADPHとFADの結合部位が想定されいる。

 本論文ではシトクロムb558の種々の部位に対応するペプチドを合成し、その無細胞系におけるスーパーオキシド産生への影響を検討することにより、そのドメインの役割を明らかにすると共に、シトクロムのトポロジーについても考察した。

1小鎖の機能ドメインについて:His-94近傍の役割

 シトクロムb558は558nmに吸収帯を持つb型のシトクロムであるが、その大小鎖は強固に結合しているためSDS以外では解離せず、アミノ酸配列上小鎖の唯一のヒスチジン残基であるHis-91が関与する可能性が指摘されていることを除けば、ヘムの存在位置や数については不明な点が多い。そこで、小鎖の82から95番目に対応するペプチド、PFTRNYYVRAVLHLを合成し、形質膜と細胞質画分からなる無細胞系スーパーオキシド産生系への影響を調べた。その結果、このペプチドは加えた量に比例してスーパーオキシド産生を阻害すること、このペプチドは系のSDSによる活性化に先だって加えた場合にのみ活性を阻害することが明らかになった(IC50=13M)。またこの14残基のアミノ酸をC末端とN末端側から順次削ったペプチドを合成して検討した結果、IC50=50M以下の活性を示す最小単位はTRNYYVRAVLであった。また各アミノ酸をアラニンで置換したペプチドを使って検討したところ、YYV部分が重要であることが明らかになった。この近傍のアミノ酸配列はミトコンドリアのシトクロムc酸化酵素のポリペプチドIのヘム結合部位と類似しており、両者ともYYVの配列を持っている。これらのことからこのペプチドはヘム近傍の立体構造に変化を与えるが、細胞質性構成成分のシトクロムへの結合を阻害することが考えられた。なお、最近の検討でこのペプチドは細胞質構成蛋白質が形質膜に移動するのを阻害することが明らかになった。

2大鎖の機能ドメインについて:親水性部位の役割と大鎖のトポロジー

 シトクロム大鎖のアミノ酸配列の計算から、親水性の部位12カ所の部分を決定し、これらの部位に相当するペプチドを合成した。これらのペプチドの無細胞系でのスーパーオキシド産生に及ぼす影響を調べたところ、6ヶ所の部位のアミノ酸配列に相当するペプチドが活性を阻害することを見いだした。これらの部位は既に報告のあるカルボキシル末端部位とアミノ酸77-93の部位を除けば、今までに報告のない部位であった。いずれのペプチドも系を活性化する前に加えた場合にのみ阻害活性を示したことから、シトクロムと細胞質性構成蛋白質との相互作用に関与していること、これらの部位はいずれもが細胞質に曝されている部位であると考えられた。アミノ酸配列の親水性疎水性と以上の結果を考慮に入れてシトクロムの大鎖のトポロジーを推定したが、細胞質に張り出していると考えられた部位はアミノ末端に近い2ヶ所のループ、27-46及び87-100、親水性の helixからなる304-321、及びこれに隣接する282-296、NADPH結合部位の一つ434-455およびカルボキシル末端に近い559-565であった。

 これらの結果を一層明確にするため、阻害のかかった6ヶ所の部位に相当するペプチドにつき、刺激により細胞質構成蛋白質が形質膜に移動するのを阻害するかどうかを調べた。その結果4ケ所の部位に相当するペプチドがこの移動を阻害することが明らかになった。これらの部位の内、1カ所は既に報告のあるカルボキシル末端に近い559-565であったが、他の3ヶ所(27-46,87-100,434-455)は今回初めて移動の阻害が明らかになった部位である。興味深いことには、ペプチドによりp47-phox及びp67-phoxの移動に対する阻害の程度が異なることで、シトクロムはp47-phoxと種々の部位で結合しているだけでなく、p67-phoxとも幾つかの部位で結合していると考えられた。なお最近p67-phoxはp47-phoxなしでもシトクロムと結合し、これを活性化するとこが無細胞系で示されておりこれは今回の結果を支持するものと思われる。さらにこれら細胞質性構成蛋白質の膜への移動に対する阻害と、スーパーオキシド産生活性に対する阻害の関係を調べたところ、27-46に相当するのペプチド以外は両阻害活性がほぼ一致しており、活性の阻害の原因がシトクロムと細胞質性蛋白質の結合阻害にあると考えられた。27-46に相当するペプチドは細胞質蛋白質の膜への移動は部分的にしか阻害しないが、活性は完全に阻害していた。おそらくペプチドはシトクロムと細胞質性構成蛋白質の間に介在して、活性を阻害しているものと考えられる。移動を阻害しないこの他のペプチドも同様の機構で活性を阻害しているものと推定された。

審査要旨

 本研究ではシトクロムb558の種々の部位に対応するペプチドを合成し、その無細胞系におけるスーパーオキシド産生への影響を検討することにより、そのドメインの役割を明らかにすると共に、シトクロムのトポロジーについても考察して、下記の結果を得ている。

 1。小鎖の機能ドメインについて:His-94近傍の役割

 His-94が関与する小鎖の82から95番目に対応するペプチド、PFTRNYYVRAVLHLを合成し、形質膜と細胞質画分からなる無細胞系スーパーオキシド産生系への影響を調べた。その結果、このペプチドは加えた量に比例してスーパーオキシド産生を阻害すること、このペプチドは系のSDSによる活性化に先だって加えた場合にのみ活性を阻害することが明らかになった(IC50=13M)。またこの14残基のアミノ酸をC末端とN末端側から順次削ったペプチドを合成して検討した結果、IC50=50M以下の活性を示す最小単位はTRNYYVRAVLであった。また各アミノ酸をアラニンで置換したペプチドを使って検討したところ、YYV部分が重要であり、細胞質構成蛋白質が形質膜に移動するのを阻害することが明らかになった。

 2。大鎖の機能ドメインについて:親水性部位の役割と大鎖のトポロジー

 シトクロム大鎖のアミノ酸配列の計算から、親水性の部位12カ所の部分を決定し、6ヶ所の部位のアミノ酸配列に相当するペプチドが活性を阻害することを見いだした。これらの部位は既に報告のあるカルボキシル末端部位とアミノ酸77-93の部位を除けば、今までに報告のない部位であった。いずれのペプチドも系を活性化する前に加えた場合にのみ阻害活性を示したことから、シトクロムと細胞質性構成蛋白質との相互作用に関与していること、これらの部位はいずれもが細胞質に曝されている部位であると考えられた。

 3。アミノ酸配列の親水性疎水性と以上の結果を考慮に入れてシトクロムの大鎖のトポロジーを推定したが、細胞質に張り出していると考えられた部位はアミノ末端に近い2ヶ所のループ、27-46及び87-100、親水性の helixからなる304-321およびこれに隣接する282-296、NADPH結合部位の一つ434-455およびカルボキシル末端に近い559-565であった。

 4。阻害のかかった6ヶ所の部位に相当するペプチドが、刺激により細胞質構成蛋白質が形質膜に移動を阻害を調べたところ、4ヶ所の部位に相当するペプチドがこの移動を阻害することが明らかになった。これらの部位の内、1カ所は既に報告のあるカルボキシル末端に近い559-565であったが、他の3ヶ所(27-46,87-100,434-455)は今回初めて移動の阻害が明らかになった部位であり、ペプチドによりp47-phox及びp67-phoxの移動に対する阻害の程度が異なることで、シトクロムはp47-phoxと種々の部位で結合しているだけでなく、p67-phoxとも幾つかの部位で結合していると考えられた。

 5。これら細胞質性構成蛋白質の膜への移動に対する阻害と、スーパーオキシド産生活性に対する阻害の関係を調べたところ、27-46に相当するのペプチド以外は両阻害活性がほぼ一致しており、活性の阻害の原因がシトクロムと細胞質性蛋白質の結合阻害にあると考えられた。27-46に相当するペプチドは細胞質蛋白質の膜への移動は部分的にしか阻害しないが、活性は完全に阻害していた。おそらくペプチドはシトクロムと細胞質性構成蛋白質の間に介在して、活性を阻害しているものと考えられる。移動を阻害しないその他のペプチドも同様の機構で活性を阻害しているものと推定された。

 以上のように本論文は好中球のシトクロムb558の大小鎖の種々の部位がスーパーオキシド産生系においてその活性化に重要な役割をはたしていることを明らかにすると共に、シトクロムの膜上でのトポロジーについても言及したものである。好中球の活性酸素産生機構を知る上で重要な貢献をなすものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

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