学位論文要旨



No 112795
著者(漢字) 武田,光雄
著者(英字)
著者(カナ) タケダ,ミツオ
標題(和) 多形核白血球スーパーオキシド産生系における47K蛋白質のリン酸化の意義に関する研究
標題(洋)
報告番号 112795
報告番号 甲12795
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1165号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 教授 澁谷,正史
 東京大学 助教授 北,潔
 東京大学 助教授 岩森,正男
 東京大学 助教授 谷,憲三郎
内容要旨

 多形核白血球などの食細胞は細菌などの異物を細胞内に取り込み、殺菌消化することにより生体を外敵より防御する細胞であり、感染防御に重要な役割を担っている。

 食細胞は、ケモタクシスにより炎症部位まで遊走して外来物質を認識し、食作用により捕食、食胞を細胞内に形成する。この時、急激に呼吸(酸素消費)が上昇する(respiratory burst)。この呼吸上昇は、酸素を一電子還元し、スーパーオキシドアニオン(O2)が生成することにより酸素の消費が生じるものである。これらの細胞の殺菌作用の主たる機構は、respiratory burstを発端としたO2の産生と、O2から派生する反応性の高い活性酸素分子種の生成である。このO2産生系の殺菌機構における重要性は、遺伝性の疾患である慢性肉芽腫症(Chronic Granulomatous Disease:CGD)の発見によって確固たるものになった。すなわち、CGD患者の白血球では細菌を捕食する食作用自身は正常にもかかわらず、O2産生能を欠いているために捕食した細菌を殺菌できない患者で、O2産生系を構成する5種の蛋白質のいずれかの欠損または変異が生じている。

 当初CGD患者の病因遺伝子はX染色体連鎖のb型シトクローム(シトクロームb558)であるとされたが、常染色体連鎖をする患者も存在することから、複数の分子から構成される複合体であると推測された。その後、細胞を破砕した無細胞系でもアラキドン酸やSodium Dodecyl Sulfate(SDS)などの刺激剤で活性化が起こることがわかり、この無細胞系を用いた再構成実験により、O2産生系を構成する各蛋白質が明らかとなった。O2産生系は分子量91Kと22Kの2つのSubunitから成る膜蛋白質シトクロムb558と、細胞質に存在する分子量47Kと65Kの蛋白質、また、低分子量GTP結合蛋白質であるRacから構成され、この5種の蛋白質が活性発現に必須の分子であるとされている。

 3種の細胞質因子は、細胞がphorbol 12-myristate 13-acetate(PMA)やformyl-methionyl-leucyl-phenylalanine(fMLP)などによる刺激をうけると膜に移行・局在してシトクロームb558と相互作用し、形質膜上に活性型O2産生系が形成され、O2産生が惹起されると考えられている。このようにO2産生系の活性化はプロテインキナーゼC(PKC)を活性化するPMAによりおこるので、活性化の情報伝達経路にPKCが介在することが唱えられていた。47K蛋白質のアミノ酸配列にはカルボキシル末端に近い塩基性アミノ酸の多い部位に、PKCによりリン酸化されうる配列があり、また蛋白質間の相互作用に係わるSH3、プロリンリッチ領域も存在している。実際に47K蛋白質はO2産生に伴いリン酸化され、また細胞を刺激した際の細胞質因子の膜移行の実験から、47K蛋白質のリン酸化と膜画分への移行が同時に起こり、しかもプロテインキナーゼの阻害剤により両方が阻害される。膜移行の際に65K蛋白質は47K蛋白質依存的に膜画分へ移行する。このようなことから、47K蛋白質のリン酸化が系の活性化の初期段階に関わっている可能性が高いことが示唆されてきた。さらに、47K蛋白質のリン酸化部位のSerをAlaに置換した変異47K蛋白質を発現した細胞は、O2産生能を示さないことから、47K蛋白質のリン酸化の重要性が確認された。

 しかしながらアラキドン酸やSDSなどの刺激剤でO2産生を誘導する無細胞系においては、プロテインキナーゼ阻害剤を使用しても活性を阻害しないことや、リン酸化部位のSerをAlaに置換した変異47K蛋白質を用いてもO2産生活性が影響されないことなどから、蛋白質のリン酸化よりはむしろアラキドン酸等の脂肪酸の遊離がO2産生に必要という考え方もある。多形核白血球においてもPMAなどの刺激剤でホスホリパーゼA2(PLA2)が活性化され、リン脂質に作用してアラキドン酸を遊離させる。このように、O2産生の誘導に必要なのは蛋白質のリン酸化なのか、それともアラキドン酸の遊離なのかはっきりしていない。本研究の目的は、O2産生系構成因子47K蛋白質のリン酸化の意義について検討し、O2産生系における蛋白質リン酸化とアラキドン酸生成の関連を明確にすることである。細胞レベルあるいは無細胞O2産生系で、阻害剤を用いて蛋白質リン酸化やアラキドン酸生成を制御した条件下でO2産生活性を調べ、次のような結果を得た。

 1:無細胞系のO2産生再構成時、再構成試料にプロテインキナーゼ阻害剤(スタウロスポリン)を処理した場合に刺激剤(アラキドン酸やSDS)の至適濃度の上昇が認められ、同条件下でのコントロール群と比較してO2産生活性が低下した。また再構成試料をフォスファターゼ処理することによっても、プロテインキナーゼ阻害剤処理と同様の効果が認められた。

 2:PMA刺激細胞にスタウロスポリンを処理し、O2産生が阻害されているところに、アラキドン酸やSDSを添加すると活性が回復することがわかった。

 3:PMA刺激細胞にPLA2阻害剤(ブロモフェナシルブロマイド)を処理して、アラキドン酸の遊離を阻害してもO2産生が阻害され、スタウロスポリンの処理の場合と同様にアラキドン酸やSDSの添加により活性が回復した。

 アラキドン酸などの刺激剤添加や蛋白質リン酸化が47K蛋白質の構造変化を起こすことが推測されたので、プロテアーゼ感受性や抗体反応性の変化を指標に系の活性化の際に構造変化が生じているかを調べたところ、次のような結果を得た。

 1:アラキドン酸などの刺激剤処理や、プロテインキナーゼの処理により47K蛋白質をリン酸化した場合、47K蛋白質のプロテアーゼに対する感受性が顕著に高進した、また、活性化時のみに4つの消化断片が生成した。これらの断片の各種部位特異的抗体に対する反応性などから、47K蛋白質の活性化時には分子内のSH3領域とリン酸化部位付近が分子表面に表出することが示された。

 2:アラキドン酸などの刺激剤処理やプロテインキナーゼの処理により、47K蛋白質のプロリンリッチ領域を認識する部位特異的抗体の認識性の高進が認められた。

 これまでO2産生系活性化における47K蛋白質のリン酸化の必要性については未解決であった。特に細胞と無細胞系での、活性化とリン酸化の関係の相違に関しては矛盾しており、47K蛋白質のリン酸化の必要性に対する評価が定まらない主因である。酵素によっては、活性化因子のほかに、リン酸化により酵素活性を上昇させるという例が多々あるので、O2産生系でも仮にアラキドン酸が主たる活性化因子であったとしても、リン酸化が付加的に活性へ影響する可能性が考えられた。このような推測のもとO2産生系活性化の際の47K蛋白質のリン酸化と刺激剤依存性の関係に注目してみた。

 まずは47K蛋白質のリン酸化は活性に影響しないといわれている無細胞系でO2産生に必要なアラキドン酸、SDS濃度を詳細に調べたところ、47K蛋白質のリン酸化が起こっているときには、低い濃度の刺激剤でO2産生が惹起されるので、リン酸化によって系が活性化状態に変化したと考えられた。比較的高い濃度のアラキドン酸あるいはSDSでは、リン酸化の有無にかかわらず同レベルのO2産生が認められたが、この条件が細胞内の生理的条件を再現しているか疑わしいと考えられる。事実、非生理的条件下、つまり細胞のリン酸化を抑えたときに、非生理的に外からアラキドン酸あるいはSDSを添加してやると、O2産生を再誘導できることは、無細胞系の比較的高濃度のアラキドン酸、SDS存在下でのO2産生系の挙動を細胞レベルでも同様に再現したことになる。一方、生理的条件下、つまりアラキドン酸やSDSの添加なしでは、O2産生活性に蛋白質のリン酸化とアラキドン酸の遊離の両方が必要であることは、プロテインキナーゼ阻害剤とPLA2阻害剤を処理した実験によって示されている。

 アラキドン酸などの刺激剤と蛋白質リン酸化の活性化に対する作用は、プロテアーゼ感受性や抗体の認識性の実験より、47K蛋白質に構造変化を起こすことであると思われ、構造変化により分子表面に機能領域を露出させ、シトクロームb558などと相互作用可能な状態にさせることによってO2産生系活性化の引き金になることと考えられた。

審査要旨

 本研究は多形核白血球の殺菌作用中で重要な役割を担うO2産生系の活性化機構を明らかにするため、この系の活性化において中心的な役割を担うと考えられている47K蛋白質のリン酸化の意義について考察したものである。

 47K蛋白質はO2産生の際にリン酸化と膜画分への移行が並行して認められるが、プロテインキナーゼの阻害剤により両方が阻害されて結果としてO2産生が抑制されることなどから、系の活性化においてこの蛋白質のリン酸化の重要性が確認されている。しかし細胞をつぶした無細胞系においては、アラキドン酸やSDSなどの刺激剤でO2産生が惹起され、プロテインキナーゼ阻害剤は活性を阻害しないとの報告からアラキドン酸等の脂肪酸が活性化に重要との見解もある。O2産生系の活性化と47K蛋白質リン酸化の関係が各系で相違していることが47K蛋白質のリン酸化の意義が確定しない主因であった。申請者は、蛋白質リン酸化とアラキドン酸生成の2つの因子を各種阻害剤を用いて制御した場合のO2産生活性や、また2つの因子が47K蛋白質にどのような影響をおよぼすかについて検討し、下記の結果を得ている。

 1:無細胞系のO2産生でプロテインキナーゼ阻害剤を処理すると47K蛋白質のリン酸化が阻害されるとともにアラキドン酸等の刺激剤の至適濃度が上昇し、コントロール群と比較してO2産生活性が低下した。再構成試料をフォスファターゼ処理しリン酸基を除いた場合にもO2産生活性の低下が認められるので、47K蛋白質のリン酸化とアラキドン酸等の刺激剤の双方が無細胞系のO2産生活性に関与していることが示された。

 2:PMAで刺激した細胞をプロテインキナーゼ阻害剤を処理すると47K蛋白質のリン酸化の阻害と並行して、O2産生が阻害され、アラキドン酸やSDSの添加により活性が上昇する。このことは無細胞系での結果と同様に細胞レベルでも47K蛋白質のリン酸化とアラキドン酸等の刺激剤の双方が無細胞系のO2産生活性に関与していることを意味しており、どちらの系でも同様の結果が示された。

 3:PMAで刺激した細胞をPLA2阻害剤で処理し、アラキドン酸の遊離を阻害した場合にもO2の産生の阻害が認められ、不足しているアラキドン酸(SDS)を添加することにより活性が上昇するので、細胞レベルでもアラキドン酸がO2産生活性に影響していることが示された。

 4:アラキドン酸等の処理やプロテインキナーゼで47K蛋白質をリン酸化させると、プロテアーゼに対する感受性が顕著に高進することから、47K蛋白質は活性化の際に構造変化しており、活性化の際にのみ生成する消化断片の特徴から活性化時にSH3領域とリン酸化部位付近が分子表面に表出することが示された。

 5:アラキドン酸等の処理やプロテインキナーゼの処理により、プロリンリッチ領域に対する部位特異的抗体の認識性の高進が認められ、活性化の際にプロリンリッチ領域も分子表面に表出することが示された。プロテアーゼ感受性や部位特異的抗体の認識性の結果から47K蛋白質は活性化状態で機能領域が分子表面に表出する様式で構造変化していることが示された。

 以上の結果から、47K蛋白質リン酸化とアラキドン酸等の刺激剤の2つの因子の双方が47K蛋白質の構造変化させ各機能領域を分子表面に表出させるという同一の作用を示し、この同一性は2つの因子の双方が系の活性を上昇させるという結果から、実際のO2産生においても確認された。本研究により未解決であった47K蛋白質のリン酸化の意義が明確になり、多形核白血球のO2産生系の活性化機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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