学位論文要旨



No 112796
著者(漢字) 青木,務
著者(英字)
著者(カナ) アオキ,ツトム
標題(和) 転写調節因子Rel/NFBの制御機構の解析
標題(洋)
報告番号 112796
報告番号 甲12796
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1166号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 教授 新井,賢一
 東京大学 客員教授 横田,崇
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
 東京大学 助教授 古市,貞一
内容要旨

 Rel/NFBファミリーは哺乳類からショウジョウバエまで保存されているRel homology domein(RHD)と呼ばれる領域を持つ転写調節因子群であり、哺乳類では免疫応答や炎症などに広く関わっている他、ショウジョウバエでは発生の際に重要な役割を果たしている事が知られている。これらRel/NFB蛋白質はホモおよびヘテロ二量体の状態で10塩基対の認識DNA配列(B配列)に結合し転写を調節するが、多くの細胞では通常の状態に於いてそのDNA結合活性は核内に存在しない。その理由はこの二量体が更にIBと呼ばれるインヒビター蛋白質と複合体を形成し不活性な状態で細胞質内に保持されているためである。

 IB蛋白質ファミリーはアンキリンリピートと呼ばれる繰り返し構造を持つ蛋白質群であり、現在までに8種類が報告されている。Rel蛋白質は通常の状態ではIB蛋白質に核移行シグナルを覆われており、Rel/NFBを活性化させる細胞内シグナルがIBを解離させることにより初めて活性型となって核へと移行し、転写を制御することができるようになる。インターロイキン-1(IL-1)やTNFといったサイトカインや、TPA等の薬剤がRel/NFBを活性化する細胞外刺激として知られている。従ってRel/NFBの活性化メカニズムを解明する上で重要なのは、IBが細胞外からの刺激によってRel蛋白質から解離する機構を明らかにすることであろうと考えられる。IB蛋白質のRel蛋白質からの解離のシステムにはIBのリン酸化が関わることが早くから予想されていたが、最近はこれに加えIB蛋白質の分解というステップが必要であることが明らかとなった。我々は本研究においてRel/NFBの制御機構の解明を目的とし、IBの中でも細胞外刺激に明確に反応し最も解析が進められているIB蛋白質について、シグナル情報伝達とそのリン酸化及び分解といった現象の関連性についての解析を試みた。

 第一章ではin vitroにおけるIB蛋白質に対するリン酸化活性を培養細胞の抽出液中に見い出し、その特性について検討を加えた。まず、抽出液中にGST-IB融合蛋白質を加えて抽出液中の蛋白質と十分混合した後にGST-IB融合蛋白質を沈殿させ、放射性ATPを用いたリン酸化反応を行ったところ、この融合蛋白質に対して強い放射活性の取り込みが見られた。放射活性の取り込みはインキュベーション温度依存的・時間依存的であり、また抽出液を予め煮沸することで完全に抑制されることから、抽出液中のキナーゼ活性によるリン酸化と考えられた。またこの活性はGST蛋白質による前処理で影響されないがGST-IB融合蛋白質による前処理で活性を吸収できることから融合蛋白質のIB部分に結合していることが分かった。更にリン酸化した融合蛋白質をトロンビン処理することにより融合蛋白質のIB部分がリン酸化されている事も確認された。従ってこの活性はIBに結合し、かつIBをリン酸化する活性であることが明らかとなった。しかし、TNF処理を行った細胞と行わなかった細胞で同程度の取り込みが見られる事から、シグナルとこの活性の関係については不明である。我々は更に、リン酸化を受けている部位に関し、主に6番目のアンキリンリピートからカルボキシル末端の中に存在することを示唆するデータを得た。

 第二章においては、IBミュータントを用いて実際に細胞内に於いてIBa内のリン酸化或いは分解に必要となる部位を決定することを試みた。HeLa細胞内での一過性の発現では、TNF処理でコントロールとなる外来性のIB蛋白質の分解が見られなかったが、HeLa細胞のIB恒常発現クローンを単離してTNF刺激を行うと、内在性のIBと同様の時間経過でコントロールの外来性IBの分解が観察された。従って、以降の実験ではIBミュータントをHeLa細胞に導入し恒常発現クローンを単離して解析を行った。IB蛋白質は大きく3つの領域、アミノ末端、中央のアンキリンリピート、カルボキシル末端に分けられる。このうちアミノ末端を欠くミュータントではシグナル依存的リン酸化・分解が共に起こらず、これら両方に必要な部位がこの領域に存在すると考えられた。これは、この時期に他のグループより発表された、セリン-32及びセリン-36がシグナル依存的リン酸化を受けそれらが分解に必要であるとする報告と一致する。また、中央のアンキリンリピート5つのうち1番目から5番目を失ったミュータントではシグナル依存的リン酸化は起こっているにも関わらずシグナル依存的分解は起こらないことが判明し、リン酸化に必要な部位と分解に必要な部位とは異なっていることが示唆された。カルボキシル末端領域には蛋白質の分解に関与していると言われるPEST様配列が存在する事から、シグナル依存的分解への関与が期待された。しかしこのPEST様配列の殆ど全てを欠失したIBミュータントはTNF刺激によって内在性のIBと変わらない分解パターンを示し、PEST様配列がシグナルによる分解に関わっていない事が明らかとなった。また、更にカルボキシル末端を欠失させ、6番目のアンキリンリピートとされる場所に欠失が及ぶとシグナル依存的分解は起こらなくなることから、TNF刺激による分解にはアンキリンリピート領域が必要とされることが、より明確になった。加えて、これらカルボキシル末端欠失ミュータントの全ては先のアンキリンリピート欠失ミュータントと同じくTNF刺激によるリン酸化を受けていた。従ってこれらの結果を総合すると、IBのシグナル依存的リン酸化にはそのアミノ末端領域のみで十分であるのに対し、シグナル依存的分解に必要とされるのはリン酸化に必要なアミノ末端領域から、6番目のアンキリンリピートまでを含む広範な領域であることが明らかとなった。

 以上の結果を踏まえ、現在はシグナル依存的IBキナーゼの検索を目的とし酵母Two-hybrid systemを用いてIBアミノ末端に結合する蛋白質をスクリーニングしている。

審査要旨

 本研究は、広範な生物種において免疫応答や炎症、発生などに関与しているとされる転写調節因子群Rel/NFBの制御機構を明らかにするため、Rel/NFBの制御蛋白質であるIBのリン酸化や分解を受ける機構の解析を試みたものである。第一章においてはin vitroでIBのリン酸化を行う活性の検出を、また第二章ではin vivoでIBのシグナルによる分解やリン酸化に必要とされるIB内の領域の決定をそれぞれ試みており、具体的に次のような結果を得ている。

 まず第一章に関しては

 1.Jurkat細胞抽出液にGST-IB融合蛋白質を加えて抽出液中の蛋白質と十分混合した後にGST-IB融合蛋白質を沈殿させ、放射性ATPを用いたリン酸化反応を行ったところ、この融合蛋白質に対して強い放射活性の取り込みが見られ、抽出液中のキナーゼ活性によるリン酸化と考えられた。またこの活性はGST蛋白質による前処理で影響されないがGST-IB融合蛋白質による前処理で活性を吸収できることから融合蛋白質のIB部分に結合していることが分かった。更にリン酸化した融合蛋白質をトロンビン処理することにより融合蛋白質のIB部分がリン酸化されている事も確認された。従ってこの活性はIBに結合し、かつIBをリン酸化する活性であることが明らかとなった。

 2.この活性は細胞に対するTNF処理の有無で変化が見られなかったことから細胞細胞外刺激に依存しておらず、またこのリン酸化によってGST-IBとRel蛋白質の結合力は影響を受けなかった。

 3.このリン酸化は主にIB蛋白質の6番目のアンキリンリピートからカルボキシル末端の約70アミノ酸残基中のセリン・スレオニンに対して起こっていることが明らかとなった。

 また、第二章ではIBミュータントを用いて実際に細胞内に於いてIB内のリン酸化或いは分解に必要となる部位を決定することを試みた結果から

 4.HeLa細胞のIB恒常発現クローンを単離してTNF刺激を行うと、内在性のIBと同様の時間経過で外来性IBの分解が観察されたため、各種ミュータントIBの細胞外刺激に対する挙動を検討する実験系としてIBミュータントをHeLa細胞に導入した恒常発現クローンを用いることが有効であると判明した。

 5.この実験系を用いて検討した結果、アミノ末端約70アミノ酸を欠くIBミュータントではシグナル依存的リン酸化・分解が共に起こらず、これら両方に必要な部位がこの領域に存在すると考えられた。また、IBの中央部に存在するアンキリンリピート領域はシグナル依存的リン酸化には必要ないもののシグナル依存的分解には必須であることが分かった。カルボキシル末端領域には蛋白質の分解に関与していると言われるPEST様配列が存在する事から、シグナル依存的分解への関与が期待されたが、このPEST様配列の殆ど全てを欠失したIBミュータントはTNF刺激によって内在性のIBと変わらないリン酸化・分解パターンを示し、IB蛋白質のPEST様配列がシグナルによるリン酸化や分解に関与していない事が明らかとなった。これらの結果から、IBのシグナル依存的リン酸化及び分解はそれぞれ異なる認識機構で制御されていることが判明した。

 以上、本論文は転写調節因子群Rel/NFBの制御機構を、その制御蛋白質であるIBのリン酸化及び分解という観点から解析し、多くの情報を提供している。これらは未だ明らかとなっていないRel/NFB活性化に至る細胞内シグナル伝達機構の解明に貢献するものであり、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク