学位論文要旨



No 112798
著者(漢字) 鈴木,君枝
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,キミエ
標題(和) アフリカツメガエルにおけるrel関連遺伝子のcDNAクローニングとその機能解析
標題(洋)
報告番号 112798
報告番号 甲12798
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1168号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 吉田,光昭
 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 新井,賢一
 東京大学 助教授 仙波,憲太郎
 東京大学 助教授 増田,道明
内容要旨

 転写因子NFBは当初免疫グロブリン鎖(Ig)遺伝子の制御因子として報告された。現在では免疫や炎症に関係した数多くの遺伝子の活性化因子として、HIVの転写調節と共に重要な役割を担っている。成熟B細胞では、NFBは恒常的に活性化されているが、その他の細胞ではサイトカイン、ホルボールエステル、活性酸素などの刺激によって迅速に活性が誘導される。このような迅速な誘導を可能にする機構について現在考えられているのは、NFB複合体にその核移行阻害因子IBが結合し、転写活性を阻害するというものである。このファミリーはRel homology domain(RHD)と呼ばれる約300アミノ酸の領域を持つ蛋白質のヘテロ二量体であり、後に同様のアミノ酸配列を持つ一連の蛋白質が報告された。これらの蛋白質はRel/NFBファミリーと呼ばれている。その中には、トリにリンパ性白血病を起こすレトロウイルスから発見された癌遺伝子v-relの正常細胞相同遺伝子原癌遺伝子c-relや、ショウジョウバエの母性因子dorsalが含まれている。Dorsalはショウジョウバエの初期発生で機能する蛋白質で多核性の初期胚において背腹軸決定をを行っている。また、Dorsalにはその制御因子としてIB様構造を持つCactusが存在し、Rel/NFBファミリーとIBの機構が種を超えて保存されていることが報告されている。

 こうした報告から、私はショウジョウバエより高等な脊椎動物でのRel/NFBファミリーと発生の関係について検討するため、アフリカツメガエルから新規Rel/NFBファミリー遺伝子をクローニングした。アフリカツメガエルは、発生研究の実験動物として多用され、近年ではその中胚葉誘導における分子機構の種を超えた保存が報告されている。クローニングのためには、母性RNAとして初期発生において重要な遺伝子が貯蔵されている卵母細胞のcDNAを用いた。抽出したtotalRNAよりランダムプライマーを用いて合成したcDNAをテンプレートとしたPCRを行い、二種類の異なる遺伝子をコードする断片を得た。これらの断片をプローブとして卵母細胞cDNAライブラリーをスクリーニングし、全長cDNAを得た。全長の構造、相同性からこれらの二種類の遺伝子はツメガエルのRelB、およびp52の相同遺伝子(XrelB、Xp52)であると考えられる(図)。構造的特徴としては、どちらとも他のRelファミリー遺伝子では保存されているプロテインキナーゼAの認識配列が他の配列に置換していることが挙げられる。p52蛋白質はp50と同様C末端側にアンキリンリピートを持つ前駆体の形で翻訳された後にプロセシングを受けてC末端側が切断されると考えられている。ツメガエルにおいてもXp52は同様の構造を持っていた。

 次に、XrelB、Xp52の生化学的特徴について検討を行った。XrelBはホモ二量体ではDNA結合活性、転写活性化能とも持たないが、ヒトp50、Xp52とヘテロ二量体を形成することで両方の活性を獲得した。また、Xp52はホモ二量体はDNA結合活性は持つが転写活性化能は持たない。さらに、Xp52/P100のC末端領域の機能について検討した。p50/p105、p52/p100C末端領域はIB、IBと呼ばれ、C末端アンキリンリピート領域がIB様の転写抑制機能をもつことが知られている。さらに、IBについては、RelB/p52ヘテロ二量体に対する優位な抑制機能が報告されている。本実験において、ツメガエルIB(XIB)もマウスと同様XrelB/Xp52ヘテロ複合体に対して優位に転写活性を抑制した。また、この二量体に対してはIBは有効な抑制活性を持たないことが示された。これらの結果より、XrelB、Xp52遺伝子はこれらの哺乳類相同遺伝子と構造的、機能的に非常に近似していると考えられる。

 さらに、これらについてツメガエル発生における機能について検討した。XrelBは全ステージにおいて非常に発現が低く、PCRによってのみ検出可能であった。卵母細胞には全ステージで検出され、初期胚では神経胚で一度消失し、再び増加する。また、成体では実験に使用したすべての組織で発現が認められた。このような成体での局在は免疫系組織で高発現するマウスとは異なっている。Xp52については、全ステージの卵母細胞、胃を除く成体組織で発現しており、大きな変化は見られなかった。Xp52について、in situ hybridizasionを用い、発現パターンを解析した。原腸胚では発現が非常に低く、明確な局在が見られなかった。神経胚では、背側正中部にシグナルが認められた。尾芽胚ではほとんど全域で発現していた。神経胚で検出された領域は壁側中胚葉と呼ばれ、将来の体節、さらに筋組織や真皮などの中胚葉由来組織へ分化する。以上のような組織パターンから現時点ではXp52は中胚葉誘導での転写制御よりも、より発生の進行した胚での機能が示唆された。

 以上、ツメガエルでのRel/NFBファミリー遺伝子のクローニングとその機能について述べた。培養細胞において多くの報告のある転写因子群であるが、発生過程では、解析が進んだショウジョウバエを除き、不明な部分が多い。本論文の結果は脊椎動物の発生におけるRel/NFBファミリー遺伝子の役割について新たな知見を与えるものである。

図:今回クローニングしたRel関連蛋白質の構造
審査要旨

 本研究は、アフリカツメガエル発生におけるRel/NFBファミリーの機能について検討したものである。転写因子NFBはこれまでに免疫や炎症での機能について多く報告されている。また、ショウジョウバエでは発生過程での背腹軸決定に機能していることが知られているが、脊椎動物発生における機能についてはまだ不明な点が多い。この点において発生学的操作の比較的容易なアフリカツメガエルを用いてRel/NFBファミリー相同遺伝子をクローニングし、その蛋白質の機能について検討したものである。

 1.クローニングのためには、母性RNAとして初期発生において重要な遺伝子が貯蔵されている卵母細胞のcDNAを用いた。PCRを行いて増幅した断片を用いて卵母細胞cDNAライブラリーをスクリーニングし、ツメガエルのRelB、およびp52の相同遺伝子(XrelB、Xp52)を得た。構造的特徴としては、どちらとも他のRelファミリー遺伝子では保存されているプロテインキナーゼAの認識配列が他の配列に置換していることが挙げられる。p52蛋白質はp50と同様C末端側にアンキリンリピートを持つ前駆体の形で翻訳された後にプロセシングを受けてC末端側が切断されると考えられている。ツメガエルにおいてもXp52は同様の構造を持っていた。

 2.XrelB、Xp52の生化学的特徴についてゲルシフトアッセイ、CATアッセイを行った。XrelBはホモ二量体ではDNA結合活性、転写活性化能とも持たないが、ヒトp50、Xp52とヘテロ二量体を形成することで両方の活性を獲得した。また、Xp52はホモ二量体はDNA結合活性は持つが転写活性化能は持たない。さらに、Xp52/P100のC末端領域は、マウスのIBと同様XrelB/Xp52ヘテロ複合体に対して優位に転写活性を抑制した。また、この二量体に対してはIBは有効な抑制活性を持たないことが示された。これらの結果より、XrelB、Xp52遺伝子はこれらの哺乳類相同遺伝子と構造的、機能的に非常に近似していることが示された。

 3.XrelB、Xp52遺伝子のツメガエル発生における機能について検討した。XrelBは全ステージにおいて非常に発現が低く、PCRによってのみ検出可能であった。卵母細胞には全ステージで検出され、初期胚では神経胚で一度消失し再び増加する。また、成体では実験に使用したすべての組織で発現が認められた。このような成体での局在は免疫系組織で高発現するマウスとは異なっている。Xp52については、全ステージの卵母細胞、成体組織で発現しており、大きな変化は見られなかった。Xp52について、in situ hybridizasionを用い、発現パターンを解析した。原腸胚では発現が非常に低く、明確な局在が見られなかった。神経胚では、背側正中部にシグナルが認められた。尾芽胚ではほとんど全域で発現していた。神経胚で検出された領域は壁側中胚葉と呼ばれ、将来の体節、さらに筋組織や真皮などの中胚葉由来組織へ分化する。以上のような組織パターンから現時点ではXp52は中胚葉誘導での転写制御よりも、より発生の進行した胚での機能が示唆された。

 以上、本研究は現時点で不明な点の多い脊椎動物発生におけるRel/NFBファミリー遺伝子の機能について新たな知見を与えるものであり、学位の授与に値するものと認められる。

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