学位論文要旨



No 112802
著者(漢字) 青木,陽一郎
著者(英字)
著者(カナ) アオキ,ヨウイチロウ
標題(和) T7 RNAポリメラーゼを発現する非増殖型アデノウイルスを用いたC型肝炎ウイルスゲノムの発現
標題(洋) Expression of HCV genome using a replication-deficient recombinant adenovirus expressing T7 RNA polymerase
報告番号 112802
報告番号 甲12802
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1172号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 永井,美之
 東京大学 教授 野本,明男
 東京大学 教授 新井,賢一
 東京大学 助教授 菅野,純夫
 東京大学 助教授 古市,貞一
内容要旨 [序論]

 C型肝炎ウイルス(HCV)の遺伝子構造が解明され、HCV蛋白のプロセシング機構の解析も急速に進展した。しかしながらHCVの本当の感染増殖様式を反映する様ような効率の良い培養細胞系は依然として見つかっていない。すでに、これまでに多くのグループによって完全長のHCV cDNAさらに感染性クローンの構築も報告されているが、そこから翻訳そしてプロセスされた蛋白が、複製に必須な機能を保持しているか否かに関しては現時点では知る術がない。そこで、HCVの複製機構を長期間にわたり検討し、最も効率良くその複製条件が検討できる実験系の構築を最終目標とし、その目標達成の第一歩として全長のHCV cDNAの代わりに、HCV遺伝子の複製に必須と考えられる5’及び3’非翻訳領域(UTR)以外をレポーター遺伝子に置き換えたミニジーンを構築し、細胞内でHCVのミニジーンRNAの複製条件が解析できる、最も効率の良い培養細胞系を構築することを目的とした。これには、T7ポリメラーゼを細胞内に予め発現させておき、そこへこのミニジーンをコードするプラスミドをトランスフェクトして細胞内でミニジーンRNAを転写させるのが最も効率がよいと考えられる。これまでに、T7ポリメラーゼを発現するワクシニアウイルスがこの目的で広く用いられてきたが、この系はワクシニアウイルス自身の複製による細胞変性が強く、長期の観察ができない欠点があった。そこで、ベクター自身の複製による細胞変性がなく、遺伝子発現が長期にわたって観察可能な系としてT7ポリメラーゼ遺伝子を組み込んだ非増殖型のアデノウイルスを作製した。この組換えアデノウイルスとHCVのミニジーンプラスミドを用いて、HCVのミニジーンRNAを効率よく合成できるヒト肝癌由来の細胞株を見いだすことができた。

[結果と考察](1)T7 RNAポリメラーゼを発現する非増殖型アデノウイルス(AdexCAT7)の構築

 CAGプロモーターの下流にT7RNAポリメラーゼ遺伝子を組み込んだ非増殖型アデノウイルス(AdexCAT7)をMiyakeらの方法に従い作製した。このウイルスを各種動物細胞におけるT7ポリメラーゼの発現および活性の解析を行った。ヒト肝細胞癌由来のHepG2、Huh7、FLC4、ヒト子宮頚癌由来HeLa,サル腎由来COS7及び豚腎由来CPKなどの各種動物細胞にm.o.i.4,20および100で感染させ、感染後2日目の細胞内のT7ポリメラーゼ活性を、T7プロモーターの下流にルシフェラーゼ遺伝子を挿入したプラスミドを鋳型にして[3H]UTPの取り込みによって測定した。いずれの細胞でもm.o.i.20で最も高い活性が認められたが、特に、HeLaとHepG2細胞で高い取り込みが認められた。一方、m.o.i.100ではウイルスによる細胞障害性が強すぎるために、いずれの細胞でもm.o.i.20に比較すると活性が著明に低下していた。以上の結果から以下の実験は全てm.o.i.20で行った。さらに、各種動物細胞にAdexCAT7を感染させ、T7ポリメラーゼの発現を経時的にウエスターンブロッティング法にて解析したところ、感染後11日までその発現を確認することができた。

(2)細胞内でのHCVミニジーンRNAの産生とその解析

 HCVミニジーンRNAを合成するために、T7プロモーターの3’末端からGを2つ除いたものに、キャップ非依存的に翻訳可能なIRES活性を持っているHCVの5’UTR、ルシフェラーゼ遺伝子、HCVのNS5BのC末端約半分と3’UTR、HDVのリボザイムそしてT7ターミネーターを含んだレポータープラスミド(pT7HCVLuc)を作製した。このプラスミドから転写されるRNAは、5’末端がGから始まりHCVRNAと一致し、しかもルシフェラーゼ遺伝子の開始コドンも本来のHCVのコア蛋白と同じ位置、すなわち5’末端から342番目になるように設計した。このプロモーターは本来のT7プロモーターに比べプロモーター活性が低下することが知られているが、フラビウイルスなどの感染性クローンでは、RNAの5’末端の配列が本来のウイルスRNAと同一であることが重要であると知られており、あえてこのように設計した。

 陰性対照として、pT7HCVLucからプロモーターとHCVの5’UTRを除き、新たにauthenticなT7プロモーターを挿入したpT7Lucを構築した。T7ポリメラーゼには5’末端にキャップを付加する活性がなく、このプラスミドから転写されたRNAにはキャップ構造がないことから細胞内での翻訳はほとんど行われないものと考えられる。陽性対照としてauthenticなT7プロモーター下に強いIRES(Internal Ribosomal Entry Site)活性を示すEMCVの5’UTRを持ち、その下流にルシフェラーゼ遺伝子、そしてT7ターミネーターを含んだpT7EMCLucを構築した。これら二つの対照プラスミドのT7プロモーターはpT7HCVLucと比べ転写活性は強いものと思われる。

 そこで、まず各リポータープラスミドから細胞内で転写されるRNA量を比較検討した。各種細胞にAdexCAT7を感染させ24時間後に各リポータープラスミドをトランスフェクトし、さらにその6時間後に、細胞から全RNAを抽出し、ディゴキシゲニンでラベルしたルシフェラーゼRNAをプローブとして用いてノーザンブロット法を行った。pT7HCVLucから転写されるRNAはpT7EMCLucやpT7HCVLucなどと比較して著明に低下していることが認められた。さらに、この系によって細胞内で合成されたHCVのミニジーンRNAの5’末端の塩基配列が設計した通りに細胞内でも合成されていることをシークエンスで確認した。

(3)各種動物細胞内でのリポーター遺伝子の発現

 各種動物細胞にAdexCAT7を感染させ24時間後にリポータープラスミドをトランスフェクトし、24時間後にルシフェラーゼの活性を測定した。その結果、調べたほとんどの細胞で、EMCVのIRESを持つpT7EMCLucで最も高い活性を示したが、唯一、FLC4細胞のみがHCVのIRESを持ったpT7HCVLucで最も高い活性を示した。一方、pT7Lucではどの細胞でも活性が認められなかった。次に、EMCVとHCVのIRESの翻訳効率の違いを検討するためにpT7EMCLucとpT7HCVLucを鋳型にしてin vitroでRNAを合成し、同じ量のRNAを細胞にトランスフェクトしてルシフェラーゼの活性を測定した。調べたほとんどの細胞ではHCVのミニジーンRNAとEMCVのIRESを持つRNAでルシフェラーゼ活性に有意な差は認められなかった。一方、FLC4細胞では、トランスフェク後12時間以降48時間にわたり、HCVのミニジーンRNAの方が、EMCVのIRESを持つRNAよりも高い活性を示した。上記の結果から、FLC4細胞には、HCVのミニジーンRNAの翻訳効率を上昇させる、あるいはこのRNAを選択的に安定化させる何らかの因子が存在することが示唆された。

(4)AdexCAT7を用いた細胞内でのHCV蛋白の発現解析

 この系を用いて実際にHCV蛋白を発現できるか否かを調べるために、pT7HCVLucのルシフェラーゼ遺伝子の代わりにHCVのコア遺伝子を挿入したプラスミドを構築した。FLC4細胞にAdexCAT7を感染後24時間後にこのプラスミドをトランスフェクションし、2日から4日後にかけて細胞を回収し、コア蛋白の発現をウエスタンブロット法で解析した。トランスフェクション後2-4日目にかけてコア蛋白の発現が確認できた。

[結語]

 T7RNAポリメラーゼを発現する非増殖型の組換えウイルスAdexCAT7を細胞に感染させ、さらにその細胞にT7プロモーター制御下に目的遺伝子を組み込んだプラスミドをトランスフェクションすることにより、細胞内で効率よくRNAを合成できる系を構築した。この系を用いてHCVのミニジーンRNAを安定化させかつ、その翻訳効率を特異的に増強すると考えられるヒト肝癌由来細胞(FLC4)を見いだすことができた。今後、この細胞を用いることでHCVの5’UTRに特異的に翻訳を増強させるような宿主因子の発見につながることが期待される。また、今回構築したrecombinant adenovirus-T7 RNA polymerase系はHCVの複製に必須なウイルス及び宿主因子の同定のみならず、効率の良い細胞培養系のないウイルスの複製様式やウイルス蛋白のプロッセシングの解析に有力な手段となるものと考えられる。

審査要旨

 本研究は、C型肝炎ウイルス(HCV)の感染増殖様式において重要な役割を演じていると考えられているHCVの複製機構を明らかにするため、T7 RNAポリメラーゼを発現する非増殖型アデノウイルス(AdexCAT7)を用いたHCVのミニジーンの系にて、細胞内でのHCVミニジーンRNAの複製条件の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

 1.各種動物細胞に非増殖型の組換えアデノウイルス(AdexCAT7)を感染させ、細胞内のT7ポリメラーゼの活性を解析した結果、いずれの細胞でも活性が認められたが、特にHepG2,HeLa細胞で高い活性を示した。また、ウエスターンブロッティング法にて細胞内におけるT7ポリメラーゼの発現を経時的に解析したところ、感染後11日までT7ポリメラーゼが発現していることが示された。

 2.AdexCAT7を用いて、各リポータープラスミドから細胞内で転写されるRNA量をノーザンブロット法にて解析した結果、modifyしたT7プロモーターを含むpT7HCVLucから転写されるRNAはpT7EMCVLucやpT7Lucから転写されるRNAなどと比較して著明に低下していることが示された。一方、pT7HCVLucから転写されるRNA量はpT7EMCVLucやpT7Lucから転写されるものと比較して10分の1から5分の1ではあるが、FLC4細胞内でのみpT7HCVLucからの転写効率が増強していることが示された。さらに、シークエンスにて細胞内で合成されたHCVのミニジーンRNAの5’末端の塩基配列が設計した通りに細胞内でも合成されていることが示された。

 3.各種動物細胞にAdexCAT7を感染させ、予め細胞内でT7ポリメラーゼを発現させておいて、そこへ各リポータープラスミドをトランスフェクションし、ルシフェラーゼの活性を測定した。調べた殆どの細胞で、EMCVのIRESを持つpT7EMCLucで最も高い活性を示したが、唯一、FLC4細胞のみがHCVのIRESを持ったpT7HCVLucで最も高い活性を示した。一方、pT7Lucではどの細胞でも活性が認められなかった。

 2.EMCVとHCVのIRESの翻訳効率の違いを検討するためにpT7EMCLucとpT7HCVLucを鋳型にしてin vitroでRNAを合成し、同じ量のRNAを細胞にトランスフクションしてルシフェラーゼの活性を測定した。

 調べたほとんどの細胞ではHCVの5’UTRを持つミニジーンRNAとEMCVのIRESを持つRNAでルシフェラーゼ活性に有意な差は認められなかった。一方、FLC4細胞では、トランスフェクション後12時間以降48時間にわたり、HCVの5’UTRを持つミニジーンRNAの方が、EMCVのIRESを持つRNAよりも高い活性を示した。

 したがって、FLC4細胞には、HCVの5’UTRを持つミニジーンRNAの翻訳効率を上昇させる、あるいはこのRNAを選択的に安定化させる何らかの因子が存在するものと考えられる。

 3.FLC4細胞にAdexCAT7を感染後24時間後にルシフェラーゼ遺伝子の代わりにHCVのコア遺伝子を挿入したプラスミドpT7HCVLucをトランスフェクトし、コア蛋白の発現をウエスタンブロット法で解析した。トランスフェクト後2-4日目にかけてコア蛋白の発現が認められた。

 以上、本論文はT7 RNAポリメラーゼを発現する非増殖型アデノウイルス(AdexCAT7)を用いた細胞内でのHCVミニジーンRNAの解析から、HCVのミニジーンRNAを安定化させかつ、HCVの5’UTRに特異的に翻訳効率を増強させる何らかの因子を含んだヒト肝癌由来細胞(FLC4細胞)の存在を明らかにした。本研究はこれまで未知に等しかった、HCVの複製に必須なウイルス及び宿主因子の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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