学位論文要旨



No 112806
著者(漢字) 吉田,年美
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,トシミ
標題(和) IL-5レセプター鎖遺伝子欠損マウスの解析 : B-1細胞の分化異常と広東住血線虫に対する免疫応答不全
標題(洋) Targeted Disruption of Murine IL-5 Receptor Gene : Defective B-1 Cell Development and Impaired Immunity against Angiostrongylus cantonensis
報告番号 112806
報告番号 甲12806
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1176号
研究科 医学系研究科
専攻 病因・病理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小島,莊明
 東京大学 教授 成内,秀雄
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 新井,賢一
 東京大学 教授 岩本,愛吉
内容要旨 [緒言]

 IL-5は主としてTH2細胞、肥満細胞、好酸球より分泌されるサイトカインである。マウスでは当初B細胞に選択的に作用するものとして単離されたが、実際は好酸球やT細胞にも作用することがわかってきた。マウスのIL-5は脾臓内に存在する一般的なB細胞(B-2)に作用し増殖応答やIgM、IgG1、IgA産生を促進する。また、腹腔内に多く存在し自然抗体を産生するCD5陽性のB細胞(B-1)の増殖分化を誘導することが明らかとなっている。さらに、骨髄中の好酸球の前駆細胞に作用し、好酸球への分化誘導を行い、また成熟好酸球の活性化、生存延長も促進することも知られている。ヒトにおいては好酸球や好塩基球に選択的に作用し、その異常産生とシグナル異常によって遅発型の喘息反応が引き起こされると考えられている。

 IL-5の機能的なレセプター(IL-5R)は鎖と鎖より構成されている。鎖はIL-5に特異的であり単独でIL-5と低親和性で結合するがシグナルを細胞内に伝達できない。鎖は単独ではIL-5との結合能を持たないが鎖とIL-5を介して会合することで初めて高親和性のレセプターを形成し細胞内にシグナルを伝達できるようになる。鎖はIL-3レセプター、GM-CSFレセプターと共有しており、好酸球産生における類似の機能は鎖の共有によると考えられている。逆にIL-5に固有の機能は鎖により発揮されると考えられる。

 IL-5の生理活性研究はほとんどが試験管内培養系を用いてなされてきた。生体内のIL-5の機能を調べるためにTominagaらはIL-5トランスジェニックマウスを作成した。このマウスは恒常的にIL-5を産生しており、血中のIgM、lgA、IgE値の上昇、脾臓内でのCD5+B-1細胞数の顕著な増加、自己抗体産生などがみられている。また末梢血の好酸球数が約100倍に上昇し様々な組織で好酸球の浸潤が観察されている。これらの結果はIL-5が生体内でB-1細胞の分化、自然抗体の産生、好酸球の増殖分化に極めて重要な役割を担っていることを示唆している。本研究ではIL-5の生理作用を確認し未知の機能を解析する目的で、IL-5R鎖の遺伝子欠損マウスを作製し解析を行った。

[方法]

 IL-5R鎖遺伝子欠損マウスの作製:IL-5R鎖の細胞外領域に存在しサイトカインレセプタースーパーファミリーに保存されているシステイン残基の上流に終始コドンとネオマイシン耐性遺伝子を挿入し遺伝子破壊をおこなった。薬剤耐性コロニーをサザンブロッティングによりスクリーニングし相同組み換えを起こしたクローンを得た後、胚盤胞への微注入とマウスの掛け合わせによりIL-5R遺伝子欠損マウス(IL-5R-/-)を作製した。

 フローサイトメトリー解析:各リンパ組織の表面分子の染色は、FITC標識のモノクローナル抗体とビオチン標識のモノクローナル抗体およびPE標識のストレプトアビジンを用いた2色染色にて行った。フローサイトメーターとしてFACScanと解析プログラムLysisII(Becton&Dickinson)を用いた。

 抗TNP-IgM産生細胞数の計測ならびにIg値の測定:羊赤血球にTNPを結合させPFCアッセイによりTNP特異的IgM産生細胞数を計測した。血中および培養上清中の抗原非特異的、抗原特異的Ig値はELISA法により測定した。

 免疫:TNP-Ficoll1g、10gを生理的食塩水に溶解したものを腹腔内投与し、4日後の血清中のTNP特異的IgMを測定した。また、DNP-KLH 50gをIFAとエマルジョンを作製し腹腔内投与し、10日毎に血清を採取し各クラスのDNP特異的Ig値を測定した。2次免疫では30日後に100gを生理的食塩水に溶解したものを腹腔内投与し、10日後の血清中のDNP特異的Igを測定した。

 末梢血好酸球数の計測ならびに骨髄CFUアッセイ:末梢血のメイギムザ染色塗末標本を作製し好酸球の百分率を求めた。また、メチルセルロース軟寒天培地上で骨髄細胞をIL-3、GM-CSF、IL-5存在下に培養し7-16日後に各種コロニー数を計測することによりCFUアッセイを行った。

 寄生虫感染:広東住血線虫(Ac)の第3期幼虫22隻をマウスに経口感染した。20日後の髄液中の好酸球数はメイギムザ染色塗末標本で計測し、脳内の虫体回収数および虫体長を測定した。

[結果]

 IL-5Rの発現:IL-5R-/-において、細胞表面にIL-5R鎖の発現がないことを腹腔内細胞を抗IL-5R抗体で染色しFACSで解析することにより確認した。野生型では約60%の細胞がレセプターを発現しているが、IL-5R-/-では発現がみられないのが確認された。

 B-1細胞、T細胞の分化異常:IL-5R-/-は健康で骨髄、脾臓におけるB細胞、T細胞の表面抗原の染色パターンは野生型とほとんど差がみられなかった。しかし、腹腔内のB-1細胞数が減少していた。CD5+B220dullの集団(B-1a)は2週齢では野生型に比べて約1/4にまで減少しているが、11週になると差がみられなくなった。また、IgMbrightMacI+の集団(B-1a+B-1b)は、同様に2週齢では野生型の約1/4にまで減少しており、11週においても1/2と明らかな減少がみとめられたことより、B-1bは11週においても明らかに減少していることがわかった。胸腺内のT細胞は3週齢ではTCR+の集団に減少傾向がみられたが、6週齢では野生型と差がみとめられなかった。

 血中のIgレベル低下:血中のIgレベルはIgG1、IgAは野生型とIL-5R-/-では差はみられなかったが、IgM、IgG3が約1/2〜1/3に減少していた。これより、生体内のB細胞の抗体産生においてもIL-5が重要な役割を担っていることが明らかとなった。

 B細胞のIL-5に対する応答性欠如と抗体産生:脾臓B細胞において機能的にIL-5Rが破壊されていることは、脾細胞を胸腺非依存性抗原であるTNP-FicollとIL-5の共存下で培養し抗TNP-IgM産生細胞を計測する系を用いて確認した。IL-5R-/-では野生型でみられるようなIL-5添加によるIgM産生細胞数の著しい増加が全く見られなかった。これより脾臓B細胞においてIL-5に対する応答性を失っていることが確認された。しかしながら、TNP-Ficoll、DNP-KLHに対する生体内の免疫応答は野性型とほとんど差はみとめられなかった。

 未梢血好酸球数減少:末梢血中の好酸球の割合は、野生型に比べIL-5R-/-では6週齢、12週齢共に減少がみとめられた。また、IL-5の腹腔内投与時にみられる末梢血の好酸球増多がIL-5R-/-では全くみられず、好酸球においてもIL-5Rが機能的に破壊されていることが確認された。

 骨髄前駆細胞のIL-5に対する応答性欠如:骨髄細胞のCFUアッセイを行い、各サイトカインによって誘導される様々なコロニー数を計測した。IL-5R-/-では野生型でみられるようなIL-5によって誘導される好酸球コロニーは全く認められなかった。しかしIL-3、GM-CSFに応答した各種のコロニーの形成は野生型とIL-5R-/-の間に差はなく、好酸球コロニーもみとめられた。

 広東住血線虫(Ac)感染時における寄生虫排除能:Acは固有宿主がラットで、マウスや人に感染すると著明な髄液中の好酸球増多がみられ、脳で発育中の虫体は早晩死滅する。感染20日後において、IL-5R-/-では野生型に比べて髄液中の好酸球数は圧倒的に少なく、脳内の寄生虫数も多く、虫体長も有意に長いという結果が得られた。これよりAc感染でIL-5によって誘導される好酸球は脳内の寄生虫を殺傷する強力なエフェクター細胞として働いていることが明らかとなった。

[考察]

 今回の実験により腹腔内のB-1は増殖・分化・維持の一部はIL-5依存的であることが明らかとなり、B-1細胞のIL-5依存性は亜集団、増殖分化の段階によって異なることが示唆された。即ちB-1aは初期のB-1細胞のexpandにおいてIL-5依存的であり、adultマウスにおけるself-replenishmentはIL-5依存的でない。一方B-1bは初期のexpand、adultにおけるself-replenishment共、IL-5依存的でると考えられる。B-1細胞が血中のIgM、IgG3などのmajourなsourceであることが知られているが、IL-5R-/-の血中のIgM、IgG3値の減少はB-1細胞の減少によるものである可能性はある。試験管内の実験ではIL-5はIgA産生増強因子であることが知られいるが、血中のIgAは野生型と差はみられなかった。しかしながら、IL-5R-/-の腸管組織など局所におけるIgA産生については今後の解析が必要であろう。また、TNP-Ficoll、DNP-KLHに対する生体内の免疫応答においてはIL-5の機能は他のシグナルによって代償されていることが示唆された。

 IL-5は恒常的な好酸球誘導に重要であること示され、IL-5R-/-では前駆細胞の段階からIL-5応答性が欠損していることが確認されたが、IL-5非依存的に誘導される好酸球も存在することが明らかとなった。IL-3やGM-CSFなどの他の因子によって誘導される好酸球とIL-5依存的に誘導されるものとの機能的な違いは興味深い。また、様々な寄生虫感染後にIL-5が誘導され好酸球増多が起きるが、この好酸球が寄生虫排除に関与しているかどうかは実験系により異なった結果が得られていた。Ac感染においては、IL-5R-/-を用いた実験により、IL-5より誘導される好酸球がAc殺傷の強力なエフェクター細胞であることが明らかとなった。

[結論]

 IL-5R-/-は健康で骨髄、脾臓におけるB-2細胞の分化は正常に起こっていた。しかし、腹腔内のB-1細胞数が減少しており、血中のIgM、IgG3値の低下がみられた。また、IL-5R-/-の末梢血中の好酸球の割合が減少していた。広東住血線虫感染によりIL-5R-/-の髄液中の好酸球増多は起きず、脳内の虫体の生存延長がみられたことから、IL-5によって誘導される好酸球が広東住血線虫殺傷の強力なエフェクター細胞であることが明らかとなった。

審査要旨

 本研究はマウスにおいてB細胞や好酸球の増殖・分化誘導、活性化をになっているサイトカインであるインターロイキン5(IL-5)の生体内における役割を明らかにするため、IL-5レセプター遺伝子欠損マウスを作製し免疫学的な解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。

 (1)ジーンターゲッティング法を用いて、IL-5R遺伝子欠損マウス(IL-5R-/-)を国内外で初めて作製することに成功した。IL-5R-/-は健康であり、骨髄のB細胞、脾臓のB細胞、T細胞の分化は正常に起こっていた。

 (2)IL-5R-/-は野性型に比べ腹腔内のB-1細胞数が減少していた。B-1aは2週齢では約1/4にまで減少しているが、11週になると差がみられなくなった。B-1bは、2週齢から11週まで明らかな減少がみとめられた。これより、B-1細胞は部分的にIL-5に依存して増殖・分化し、B-1の亜集団、分化の段階によってその依存性が異なることが初めて示された。胸腺内のT細胞は3週齢ではTCR+の集団に減少傾向がみられたが、6週齢では野生型と差がみとめられなかった。

 (3)血清中のイムノグロブリン値はIgG1、IgAは野性型と差がみられなかったのに対し、IgM、IgG3が約1/2〜1/3に減少していた。これより生体内における自然抗体の産生にIL-5が重要な役割を担っていることが示された。試験管内の実験ではIL-5はIgA産生増強因子であることが知られいるが、血中のIgAは野生型と差はみられなかった。

 (4)試験館内培養系では脾臓のB細胞はIL-5による増殖応答、抗体産生の増強が全くみとめられなかった。しかしながら、生体内でのTI-2抗原、TD抗原に対する免疫応答は野性型との差はみとめられなかったことから、これらの応答においてはIL-5の機能は他のシグナルによって代償されていることが示唆された。

 (5)末梢血中の好酸球の割合は、野生型に比べIL-5R-/-では6週齢、12週齢共に減少がみとめられた。IL-5は恒常的な好酸球誘導に重要であること示され、IL-5R-/-では前駆細胞の段階からIL-5応答性が欠損していることが確認されたが、IL-5非依存的に誘導される分化する好酸球も存在することが明らかとなった。

 (6)広東住血線虫感染においては、IL-5-Tgマウスではコントロールに比べ感染後の髄液中に好酸球増多は著しく、脳内の寄生虫数が少なく、虫体長も有意に短いという結果が得られたが、IL-5R-/-では野生型に比べて髄液中の好酸球数は圧倒的に少なく、脳内の寄生虫数も多く、虫体長も有意に長いという全く逆の結果が得られた。これよりIL-5より誘導される好酸球が広東住血線虫殺傷の強力なエフェクター細胞であることが示された。

 以上、本論文はマウスIL-5が腹腔内のB-1細胞の分化誘導、自然抗体の産生、恒常的な好酸球の分化誘導に重要な役割を担っていること、また広東住血線虫感染時にIL-5によって誘導される好酸球が広東住血線虫殺傷の強力なエフェクター細胞であることをIL-5R遺伝子欠損マウスの解析から明らかにした。本研究は生体内におけるIL-5/IL-5R系とB細胞、好酸球の発生や機能の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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