本研究は実験動物やヒトに対して強い不安発作を生ずることが明らかとされているFG7142(N-Methyl--carboline-3-carboxamide)の環境中での分布、発生源の検索を行うと共に、ヒトにおける曝露レベルの評価を行ない、下記の結果を得ている。 1.環境中のFG7142の分布を検討した結果、FG7142が大気粉じん、木の葉の煙凝集物、室内空気粉じん、ゴミ焼却場灰中に存在することを明らかとした。しかし、木の葉そのものやディーゼル排ガス粒子や自動車排ガス粒子標品中には検出されなかった。これらの結果より、FG7142が一般環境中に広く分布していることが示された。また、タバコの葉そのものにはFG7142が検出されないにもかかわらず、タバコ煙中には存在するという以前の報告とを一緒に考察すれば、FG7142は植物の燃焼過程で生ずる可能性が考えられた。 2.喫煙が室内空気中のFG7142の発生源となっているかどうかを調べるために、実験室で自動喫煙器による喫煙を行いながら、室内空気粉じん中のFG7142の増加の有無を検討した。この結果、室内空気粉じん中FG7142は喫煙前でも検出されたが、喫煙本数の増加と共にFG7142レベルの著しい上昇が認められ、喫煙が室内空気中FG7142の発生源の1つであると考えられた。 3.ヒトがどの程度FG7142に曝露されているかを評価するために、20名の健常者(内10名は喫煙者)について一日に尿中排泄レベルを測定した。喫煙者では一日平均排泄量は約2.4ngで、非喫煙者の場合(一日平均排泄量約0.5ng)の約5倍であった。この結果はヒトがFG7142に曝露されていることを示唆すると共に、喫煙者では非喫煙者に比して曝露レベルが高い可能性が示された。 4.ラットを用いた動物実験によりFG7142の血漿中の半減期の推定を行うと共に、腹腔内投与後48時間にわたりFG7142の尿中排泄量を検討した。FG7142を腹腔内投与した場合、血漿中FG7142の半減期は約30分と推定され、腹腔内投与24時間以内に投与量の約80%が尿中に排泄されることが明らかとなった。これらの結果は血流中に入ったFG7142は短時間に腎を介して尿中に排泄されることを示した。この実験結果をヒトに外挿できると仮定すれば、一日あたりの尿中FG7142排泄レベルがFG7142の曝露レベルを反映していると考えられた。今回得られたヒト尿中FG7142排泄レベルから判断してヒトにおける一日曝露レベルは数ng以下と推定されたことから、環境中のFG7142レベルはヒトに対して不安を誘発する程度高いレベルにはないと考えられた。 以上、本論文はヒトに不安発作を生ずることが知られているFG7142が、大気や室内空気などの一般環境中に分布していることを明らかとした。また、発生源についても検討し、植物の燃焼過程で生ずる可能性を示した。さらに、FG7142の曝露レベル評価を行い、ヒトの精神活動への影響を考察した。本研究は環境中にヒトに不安を生ずる物質が存在することを初めて明らかとした点で、環境と精神機能との関連を解明する上で重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に価するものと考えられる。 |