アポトーシスとは、遺伝子によってプログラムされた能動的細胞死であり、個体の発生、維持に重要な役割を果たしている。アポトーシスの抑制に重要な役割を果たすものとしてBcl-2ファミリーの蛋白、アポトーシスの実行に関与するものとしてFasやICEファミリーの蛋白が知られているが、詳細な作用機序はいまだ明らかではない。 ヒト骨髄芽球性細胞株HL-60は、ジメチルスルホキシド(DMSO)、all-trans retinoic acid(ATRA)等により顆粒球系に分化誘導される。またATRAによる分化誘導や抗腫瘍剤の作用によりアポトーシスを起こすことが知られている。これは臨床面においても白血病の分化誘導療法や抗腫瘍剤の開発を行う上で注目すべき特性であるため、HL-60細胞は分化、アポトーシスの研究に広く用いられているが、DMSOによる分化誘導の作用機序やアポトーシスとの関連についてはATRAに比較してまだあまり多くの検討がなされていない。 本論文では、主にHL-60細胞のATRAとDMSOによる分化に伴い誘導されるアポトーシス、および、今回見出された、HL-60細胞の培養時の密度の上昇により誘導されるアポトーシスについて検討を行った。 [方法]実験にはヒト骨髄性白血病細胞株HL-60とヒト単球性白血病細胞株U937を用いた。HL-60細胞は、3年間継代を続けた株をHL-60(A)、継代数の少ない段階で凍結保存した株をHL-60(B)、ネオマイシン耐性遺伝子を持つベクターを導入した株をHL-60-neo、Bcl-2の発現ベクターを導入した株をHL-60-bcl-2とした。分化誘導にはATRA(1M)、DMSO(1%)、interferon(IFN)-(1000U/ml)を用いた。細胞の形態観察にはWright-Giemsa染色を施したサイトスピン標本を用いた。分化の指標となる活性酸素産生能の検討は、チトクロームC還元法を用いてphorbol 12-myristate 13-acetateで誘導されるスーパーオキシド(O2)を測定した。アポトーシスの誘導はアクチノマイシンD(10ng/ml)または腫瘍壊死因子(TNF、100ng/ml)を20時間作用させて行った。アポトーシスの同定は3×106個の細胞から抽出したDNAのアガロースゲル電気泳動法によるDNA ladderの検出により行った。アポトーシス関連蛋白の解析にはSDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動とウエスタンブロット法を用いた。 [結果]対数増殖期の細胞にATRA、DMSO、IFN-を添加し、一定期間培養後回収した。活性酸素産生能の測定により、HL-60(A)細胞ではATRAとDMSO、U937細胞ではATRAとIFN-による分化誘導が確認された。次にDNAを解析すると、HL-60(A)細胞では分化誘導前の対数増殖期の細胞においてもladderが検出された。ATRAの添加後は1、3日目にもladderはみられたが、5日目に特に顕著なladderが認められた。DMSOの添加後は、1日目にはladderがわずかに残存したが、2日目から消失した。IFN-の添加後は、次第にladderの増強がみられた。ATRAとDMSOを同時に添加すると、3日目にladderが消失し、5日目には明瞭なladderが認められた。U937細胞では、分化誘導前にはladderは認められず、ATRAの添加後は3、5日目にladderがわずかに認められた。DMSOの添加後は、2日目にladderが増強され、HL-60(A)細胞とは逆の結果であった。IFN-rの添加後はladderは認められなかった。 分化誘導剤の添加前にHL-60(A)細胞にDNA ladderが認められたことについて、細胞密度の上昇によりアポトーシスが誘導されるという仮説を立て検討したところ、3.80×105個/mlではDNA ladderは認められず、1.05×106個/mlではladderが認められ、1.40×106個/mlでは明瞭なladderが認められた。さらに比較を行いladderの出現は6〜8×105個/ml程度で認められることが明らかになった。 DMSOの添加時にHL-60(A)細胞におけるDNA ladderが消失したことについては、さらにDMSOの濃度を0%から1.25%まで変化させて検討した結果、DMSOの用量依存性の作用であることが確認された。 同じ極性物質であるジメチルホルムアミドを添加すると、逆に5日目にladderが増強し、ladderの抑制効果はDMSOに特徴的であることが示唆された。 続いて、DMSOによるladder形成抑制作用が細胞密度依存性のアポトーシスに対しても有効であるかどうかを検討した。HL-60(A)細胞の密度が1×106個/ml(ladderが既に形成されている密度)の時にDMSOを添加すると、24時間後に明瞭なladderが形成されControlと差がみられなかった。5×105個/ml(ladderの形成されない密度)、8×105個/ml(ladder形成が開始される程度の密度)の時にDMSOを添加すると、48時間後に細胞はControlよりも高い2×106個/ml以上の密度に達したがladderは検出されなかった。低細胞密度でDMSOを添加すると増殖抑制が起こるが、この場合にはControlよりも細胞密度が上昇したことから、DMSOによるladderの抑制は細胞密度が低いためにみられる作用ではないことが確認された。細胞形態は、高密度では大部分が核小体を有する前骨髄球で、一部アポトーシス細胞が存在した。DMSOを添加したものは細胞に分化傾向がみられたが、アポトーシス細胞はごく少数しか認められなかった。 次に、DMSOが分化誘導作用とは別にアポトーシスの抑制作用を有するかどうかを検討した。HL-60(A)細胞にアクチノマイシンDを20時間作用させて形成されるDNA ladderは、DMSOを同時に添加した場合、3日前に添加した場合、6時間後に添加した場合に抑制された。しかしU937細胞においては、アクチノマイシンDとTNFによるladderの形成に対しDMSOによる抑制は認められず、細胞種によりDMSOの作用は異なると考えられた。 以上の結果をもとに、低細胞密度(2.40×105個/ml、DNA ladderなし)、高細胞密度(1.67×106個/ml、ladderあり)、ATRAによる分化誘導(ladderあり)、DMSOによる分化誘導(ladderなし)におけるアポトーシス関連蛋白の発現を解析した。Fasの量については変化は認められなかった。Bcl-2はATRAとDMSOの添加により減少した。Mcl-1は高細胞密度で減少した。c-Mycは高細胞密度と、ATRAとDMSOを添加した場合に減少した。Raf-1はATRA及びDMSOの添加により、蛋白量の増加と、リン酸化によるとされる見かけ上の分子量の増大が認められた。その他、Bax、Bcl-xL/S、ICE precursor、ICE P10、ICE P20、ICH-1L、Rbについても解析を行ったが、明らかな差は認められなかった。 最後に分化に伴うアポトーシスがBcl-2の減少により起きるのかどうかを確認するため、Bcl-2の過剰発現がアポトーシスに与える影響を検討した。細胞密度依存性のアポトーシスは、HL-60(B)細胞、HL-60-neo細胞でHL-60(A)細胞と同様に認められたが、HL-60-bcl-2細胞においては著明に減弱していた。しかしATRAによるアポトーシスはHL-60-bcl-2細胞においても他の細胞と同様に誘導された。DMSO添加時のDNA ladderの形成はいずれの細胞でも同様に抑制された。さらに形態観察と活性酸素産生能の測定により、HL-60-bcl-2細胞の分化程度は他の細胞に比べて少ないことが明らかになった。アクチノマイシンDによるDNA ladderの形成はどの細胞でも同様に起こり、いずれもDMSOを同時または3日前に添加することにより抑制された。 [考察]HL-60細胞に対し、ATRA及びDMSOにより顆粒球系への分化誘導を行うと、Bcl-2の減少が顕著に認められ、さらにc-Mycの減少、Raf-1の蛋白量の増加とリン酸化の増加も認められたが、FasとMcl-1の量には変化が認められなかった。しかし、ATRAによる場合は分化に伴いアポトーシスが起き、DMSOによる場合はむしろアポトーシスが抑制された。 HL-60細胞においてDMSOによる分化誘導の際にBcl-2の減少にもかかわらずアポトーシスが抑制されること、Bcl-2を過剰発現させたHL-60-bcl-2細胞においてATRAの添加によるアポトーシスが抑制されず、しかもATRAとDMSOによる分化能の減弱が認められたことから、Bcl-2はアポトーシスの抑制のみならず、分化の過程にも重要に関与していることが示唆された。 一方、細胞密度の上昇によりHL-60細胞が自発的にアポトーシスを起こすことが確認された。この時Mcl-1とc-Mycの減少が認められた。このアポトーシスは、DMSOの添加およびBcl-2の過剰発現により著明に抑制された。 さらにDMSOはHL-60細胞においてアクチノマイシンDにより誘導されるアポトーシスに対しても抑制的に作用した。しかしU937細胞ではDMSOによるアポトーシスの抑制は認められず、細胞により作用は異なると考えられた。 本研究において、in vitroの培養系で観察された細胞密度依存性のアポトーシスは、血球の過剰生産、器官の過形成、増殖細胞の癌化等を防ぐことにより、生体の維持に重要な役割を果たしていると考えられた。またDMSOのアポトーシス抑制作用は、その増殖抑制や分化誘導作用との解離においてきわめて興味深く、細胞の凍結保護剤としての有用性にも関連すると推測された。 |