学位論文要旨



No 112811
著者(漢字) 藤田,英雄
著者(英字) Fujita,Hideo
著者(カナ) フジタ,ヒデオ
標題(和) 家族性肥大型心筋症におけるβミオシン重鎖点突然変異の細胞性粘菌ミオシン発現系による分子モータ機能解析と臨床的考察
標題(洋) Functional characterization of mutant myosins of Dictyostelium discoideum equivalent to human familial hypertrophic cardiomyopathy
報告番号 112811
報告番号 甲12811
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1181号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 神谷,瞭
 東京大学 助教授 小塚,裕
 東京大学 助教授 多久和,陽
 東京大学 講師 山沖,和秀
内容要旨

 家族性肥大型心筋症の病因として近年、さまざまな心筋サルコメア蛋白の遺伝子異常が明らかにされている。とりわけ心筋βミオシン重鎖遺伝子においてはこれまでに30種を越えるpoint mutationが報告されている。これらのうち大部分は変異アミノ酸の電荷変化をを伴っていることから、ミオシン分子の機能異常が病因に関わっていることが示唆されている。一方、ミオシン頭部は異種間でも一次構造のみならず、三次構造もよく保存されていることが近年明らかにされている。点突然変異がミオシン分子の機能に与える影響を明らかにするため、細胞性粘菌ミオシン発現系を用いて相当の変異を持つ粘菌ミオシンをsite-directed mutagenesisによって生成、分子モーターの機能分析を行い、相当する突然変異をもつ家系例の報告された臨床像との関連考察を試みた。粘菌ミオシンは1次構造上ヒト心筋βミオシンと47%の相同性を持つが、近年X線結晶解析によって明らかにされたところによると、ニワトリ骨格筋と立体構造において炭素骨格上平均1.4Åの変異で一致することが示されており、本症における変異ミオシンの構造機能相関を考察する上でも妥当なモデルと考えられる。

Laser trap法による力測定in-vitro motility assayによるアクチン滑り速度

 以上の結果から、変異ミオシンのモーター機能により3つのグループ分けが可能である。ClassI;A699R,K703Q,K703W;ATPaseにおいて、Vmaxは軽度低下にとどまるものの、Kmは極度に上昇している。滑り速度の低下に比して力の低下が著しい。ClassII;F506C:ATPaseにおいてVmaxは低下しているものの、Kmはむしろ減少しており、滑り速度、力ともにWild Typeに近い値を示すもの。ClassIII;R397Q,G584R:Vmaxの軽度減少とKmの軽度上昇が見られる。アクチン滑り速度、力ともにほぼVmaxに応じた割合で低下している。

【方法】

 肥大型心筋症のR403Q,F513C,G584R,G716R,R719Q,R719Wに相当する点突然変異(R397Q,F506C,G575R,A699R,K703Q,K703W)を粘菌ミオシン-IIDNAにoligonucleotide-mediated mutagenesisによって作成し、pBIG-myosinIIベクタを構築、粘菌細胞に導入したのちextrachromosomalに大量発現させた。コントロールとしてWild Typeミオシン遺伝子も同様にして別に発現させた。ミオシンは高速液体クロマトグラフィーによる抽出法により純化した。この変異ミオシンのactin-activated MgATPase activity測定のほか、分子モータ機能解析法としてin vitro motility assayによるアクチン滑り速度(velocity)測定に加え、Laser trap法を用いアクチン-ミオシンの分子間力(force)測定も行った。

図表
【結果】

 結果を図表に示す。

actin-activated MgATPase activity
【考案】

 ClassIはいずれもEssential light chain結合部位内の電荷を伴うアミノ酸変異である。この部位の3種の変異ミオシンはいずれも速度の割に力を出すことができなかった。これは近年、ミオシン-アクチンの力を発生するプロセスにおいて、同部の分子内屈曲説を示唆する所見が報告されつつあり、機能的重要性を示唆するものである。ClassIIは電荷の変化を伴わない変異ミオシンである。結果からは、モーター機能の障害は比較的軽度である。ClassIIIは電荷の変化を伴うが、部位がそれぞれアクチン結合部位面ループ、50KクレフトのSH2対向部位にある。速度、力ともにVmaxに応じた低下が認められる。ヒト家族性肥大型心筋症では、R403Q,R719Wにくらべ、F513Cを持つ家系は予後の良いことが報告されている。粘菌の変異ミオシンの生成する力はF513CがWildTypeに最も近いことから、ミオシンの力生成機能異常の程度がβミオシン重鎖のpoint mutationをもつ本症発症の一因をなし、予後に関わる因子であることが示唆される。

審査要旨

 本研究は家族性肥大型心筋症において近年報告された心筋収縮蛋白であるβミオシン重鎖の遺伝子異常がその分子モーター機能に及ぼす影響を、構造遺伝学という新しい概念のもとで光ピンセット法による分子レベルの力(Force)測定という新しい手法を用いた機能分析を行っており、以下の結果を得ている。

 1.家族性肥大型心筋症(Familial hypertrophic Cardiomyopathy;FHC)で報告されているpoint mutationのうち、ミオシン頭部のホモロジーの高い領域に起きている6種(Arg403Gln,Phe513Cys,Gly584Arg,Gln716Arg,Arg719Gln,Arg719Trp)に相当する細胞性粘菌Dictyostelium discoideumの変異ミオシン(Arg397Gln,Phe506Cys,Gly575Arg,Ala699Arg,Lys703Gln,Lys703Trp)をsite-directed mutagenesisの手法により作成し遺伝子工学的に大量発現させることができた。分子モーター機能分析には、actin-activated MgATPase(Vmax,Km),in vitro motility assayのほかに、光ピンセット法による分子レベルでのアクチン-ミオシン間力(Force)測定を行っている。

 2.6種の変異ミオシンはその力のレベルおよび他の特徴から、3つにグループ分けが可能としている。第一群はAla699Arg,Lys703Gln,Lys703Trpの3つで、分子レベルの力が大きく低下しているのが特徴であった。ATPaseのVmaxは軽度低下を認めるのみであった。かつVelocityもバッファーの粘性環境で大きく変動を生じた。第二群はPhe506Cys一つで、actin-activated MgATPase,sliding velocity,molecular force levelともwild typeに近いといえ、機能障害の程度が軽度であった。第三群Arg397Gln,Gly575ArgではForceが中程度低下しているが、sliding velocityおよびATPaseのVmaxとほぼ相関する結果となっており、この群では変異による構造変化により、ATPase自体が低下し、それに従ってForceも低下しているものと解釈される。

 3.以上から第一群ではミオシン分子レベルでchemomechanical uncouplingが起きていると解釈され、第二群、第三群の機能異常とは性質を異にする。ごく近年X線結晶解析によって解かれた粘菌ミオシンの3次元構造を考慮すると、この部位はEssential light chain結合部位にあたり、近年妥当性を帯びてきた「ミオシン分子内屈曲説」の腕にあたる部分である。同部位の変異がmechanical forceの生成に大きく貢献していることが示唆されるデータである。

 4.一方、力(Force)のレベルに着目すると、これは相当する変異を持つFHC家系の予後と相関する傾向があると考えられる。すなわち、現在までの臨床報告からは第一群は予後不良、第二群は予後良好、第三群は予後やや不良といった傾向が認められており、VelocityよりもForceに相関傾向があることから、本疾患の病因論として、サルコメアの分子レベルでの機能障害(Force generationの障害)がなんらかの心筋細胞への負荷となり、肥大を形成する原因のひとつである可能性があると考察している。

 以上、本論文では家族性肥大型心筋症の病因についてこれまで殆んど未解決であった分子レベルの機能分析を機能構造相関の視点より詳細に行うことによりその解明に新たなステップとなりうる事実を得ている。かつ、ミオシンのエネルギー変換のメカニズムに迫る「分子内屈曲説」の傍証も得られており、循環器病学および分子モータ研究分野に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54590