これまでに造血器腫瘍に伴う様々な染色体異常が報告されており、特に転座型の異常については転座切断部位に存在する遺伝子の異常と腫瘍化との関連が注目されている。染色体11q23領域に関連した染色体転座は急性リンパ性白血病(ALL)や急性骨髄性白血病(AML)でしばしば認められ、乳児白血病では最も多く認められる染色体異常である。ALLに伴う場合はCD10陽性で、Bリンパ球のマーカー(CD19,HLA-DR)に加え,骨髄球系あるいは単球系のマーカーをしばしば認める。AMLではFAB分類のM4あるいはM5が多く、リンパ球系のマーカーも発現することがある。これらのことから11q23に多能性幹細胞の分化あるいは増殖に関連する遺伝子が存在すると考えられた。また臨床的には著明な白血球増多、早期のCNS浸潤を認め、概して予後は不良である。1992年にこの11q23の切断点にまたがる遺伝子がいくつかのグループによってクローニングされ、MLL(HTRX,ALL-1,HRX)と命名された。MLLとDrosophilaの体節形成遺伝子trithoraxはともにzinc finger domainを有し、かつC末端領域に高度の相同性があり、MLLは進化の過程を経て保存されていると考えられた。MLLはその構造から、転写調節因子ではないかと考えられているが、DNA結合能や標的遺伝子など具体的な機能については不明である。また、造血器腫瘍において、20箇所以上の染色体部位がMLLとの相互転座の相手として報告されており、MLLT1(LTG19,ENL)、MLLT2(AF-4,FEL)、MLLT3(AF-9)など、いくつかの転座責任遺伝子は既にクローニングされている。これらの転座の相手方遺伝子の一部は、nuclear targeting sequenceやserine-rich、proline-rich部位を持つことから転写に関与した遺伝子であることが推測されている。 一方、RNA polymerase IIを介した転写においてRNA鎖の伸長因子が重要な役割を示すことが知られている。細胞内では毎分1200-2000塩基の速度でRNA合成が行われているが、転写伸長因子を含まないin vitroの転写系においてはRNAの合成速度は毎分100-300塩基程度であり、転写伸長因子の存在は1980年代より示唆されていた。RNA polymerase IIによるin vitroでのRNA鎖の合成は非連続的であり、転写の停止や早期終了によって区切られている。転写伸長因子はこれらの転写の停止を再開することや転写の早期終了を解除することによってRNA鎖合成速度を高めていると考えられている。これまでに転写の伸長活性を持った因子としてP-TEFb、SII、TFIIF、Elongin(SIII)が知られている。最近になって、von Hippel-Lindau病の家系で異常が認められる癌抑制遺伝子VHLがコードする蛋白質がElonginのサブユニットであるElongin BC複合体に結合し、Elonginの転写伸長活性を抑制していることが報告された。遺伝子異常を伴ったVHLはElongin BC複合体との結合能および転写伸長活性の抑制能を失っており、これらのことから、転写伸長因子の活性の亢進と癌の発生との関連に関心が持たれている。 私は染色体t(11;19)(q23;p13.1)転座を有する白血病細胞から、染色体転座部位の遺伝子を同定することを試みた。白血病細胞からcDNAライブラリーを作成し、MLLのcDNA断片でスクリーニングすることにより、MLLと新規遺伝子MEN(Myeloid eleven-nineteen translocation)が融合したcDNAクローンを得た。さらにK562細胞から作成したcDNAライブラリーから、MENの全長cDNAを得た。得られたMLL/MEN融合cDNAクローンは、MLLの5’側の塩基配列(exon1からexon7あるいはexon8まで)にMENのほぼ全長の塩基配列が連続する構造を有し、MLL/MEN融合蛋白質をコードすると考えられたが、一部のクローンにはMLLとMENの配列の間に由来不明の120塩基の配列の挿入があり、この配列はin-frameの停止コドンをコードしていたため、これらのクローンはMLLのN末端側の約1400アミノ酸の配列に30アミノ酸が加わった蛋白質(以下、truncated MLL)をコードする事が予測された。t(11;19)(q23;p13.1)転座を持つ3症例のノーザン解析及びRT-PCR解析でMLL/MEN融合転写産物が全ての症例で確認され、この融合遺伝子の形成は同転座における普遍的な現象であると考えられた。 MENおよびMLL/MEN融合遺伝子の機能解析のため、MENおよびMLL蛋白質に対する抗体を作成し、MEN、MLL/MEN、truncated MLL蛋白質をCOS7細胞に発現させてWestern解析を行うことにより、実際にこれらの蛋白質が細胞内で安定した蛋白質として発現することを示した。さらに、免疫染色および核・細胞質分画のウェスタン解析を行い、これらの蛋白質が主に核内に存在することを証明した。 1996年3月に、Conawayらが、Ratの肝臓の核蛋白から転写伸長活性を有する蛋白質を精製しアミノ酸配列を決定したところ、humanのMENと同一の蛋白質であることを示し、さらに実際にin vitroの転写系でMEN蛋白質が転写伸長活性を有することも報告した。癌抑制遺伝子であるVHL遺伝子に異常が生じると、転写伸長因子Elonginの伸長活性の抑制能を失うことから、転写伸長活性の亢進が癌化に関与している可能性に注目し、私はMEN蛋白質をRat-1細胞に強制発現させ、細胞の癌化能を検討した。同時に、MLL/MEN融合蛋白質および切断点より上流のアミノ酸配列のみを持つtruncated MLL蛋白質を強制発現させた細胞の癌化能も検討した。MENを過剰発現させた細胞で、著明な足場非依存性増殖能の亢進が認められ、転写伸長活性の亢進と癌化の関連が強く示唆された。また、MLL/MEN融合蛋白質、truncated MLL蛋白質を発現させた細胞でも足場非依存性増殖能の獲得が認められ、t(11;19)(q23;p13.1)転座による癌化の原因がこれらの蛋白質の形成によることが示唆された。 c-myc、c-myb、c-fosなどのproto oncogeneの発現は、転写伸長段階で制御を受けていることが知られており、転写伸長活性の亢進とこれらの癌遺伝子の発現の変化との関連に興味が持たれる。また、MLL/MEN融合蛋白質の転写伸長活性の検討や、MLL/MEN融合cDNAのtransgenic mouseの検討により同染色体転座による白血病化をさらに解析するとともに、MENのknock out mouseを作成し、MENの個体内での役割について検討することを予定している。 |