学位論文要旨



No 112817
著者(漢字) 田中,耕三
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,コウゾウ
標題(和) AML1遺伝子による血球系の分化調節機構の解析
標題(洋)
報告番号 112817
報告番号 甲12817
学位授与日 1997.03.28
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1187号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 澁谷,正史
 東京大学 教授 中畑,龍俊
 東京大学 助教授 北村,聖
 東京大学 講師 林,泰秀
 東京大学 講師 東原,正明
内容要旨

 AML1遺伝子は、急性骨髄性白血病(AML)において認められるt(8;21)(q22;q22)染色体転座の、21番染色体上の切断点に位置する遺伝子として同定された遺伝子である。この遺伝子はショウジョウバエの体節形成遺伝子であるrunt、およびマウスのポリオーマウィルスのエンハンサーに結合する蛋白質であるPEBP2/CBFのサブユニットをコードする遺伝子と相同性をもち、その遺伝子産物はPEBP2/CBFとヘテロダイマーを形成してPEBP2領域と呼ばれるDNA配列(R/TACCRCA)に結合して転写因子としてはたらく。AML1遺伝子は、t(3;21)(q26:q22)およびt(12;21)(p12;q22)染色体転座においてもその切断点に位置し、一方PEBP2/CBF遺伝子はinv(16)(p13q22)染色体異常においてミオシン重鎖遺伝子と再構成している。PEBP2/CBFの2つのサブユニットが各々白血病において認められる染色体転座の切断点に存在することは、PEBP2/CBFが白血病発症において重用な役割を果たしていることを示唆している。またAML1は、ミエロペルオキシダーゼ、好中球エラスターゼ、M-CSFレセプター、GM-CSF、T細胞レセプター等の血液細胞に特異的な遺伝子の発現を制御していることが知られており、血液系の細胞の分化と増殖に重要な転写因子であると考えられる。

 AML1遺伝子からはスプライシングの違いによりAML1a,AML1b,AML1cの3種類の蛋白質が産生される(下図)。これらは、ショウジョウバエのruntと相同性をもつruntドメインと呼ばれる領域をもつ。この領域はAML1のDNAへの結合およびPEBP/CBFとのヘテロダイマー形成に関与している。AML1bとAML1cはプロリン、セリン、スレオニンに富み転写活性化に関与すると考えられるPST領域を有するのに対し、AML1aはこの領域をもたない。今回私はこれらのAML1の転写産物の機能を検討した。

図 AML1遺伝子産物の構造

 まずAML1の血液細胞の分化・増殖に対する作用をマウスの骨髄球系の細胞株である32Dc13細胞を用いて調べた。32Dc13細胞は顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)存在下で成熟顆粒球へと分化するが、AML1aを過剰発現させたクローンではこの分化が抑制され、G-CSF依存性の増殖が認められた。このクローンにさらにAML1bを過剰発現させるとG-CSFによる分化能が回復し、AML1aとAML1bが骨髄球系の分化において拮抗的に作用することが明らかになった。次に転写活性化におけるAML1aとAML1bの役割を、これらの発現プラスミドとレポータープラスミドをトランスフェクトしたP19細胞を用いて、ルシフェラーゼアッセイにより評価した。その結果、AML1bはPEBP2部位依存性に転写を活性化するのに対し、AML1aはそれ自身は転写活性化能をもたないが、AML1bによる転写活性をドミナントに抑制することが示された。AML1a,AML1bを発現するCOS細胞を用いたゲルシフトアッセイでは、AML1a,AML1bが共にPEBP2部位に結合し、AML1aがAML1bよりもPEBP2部位に対して高い結合能を示すことが明らかになり、DNA結合における競合がAML1aによるドミナントネガティブな効果のメカニズムであると考えられた。骨髄細胞を用いたRT-PCRによる検討では、骨髄性白血病患者では健常人に比べてAML1aの発現量の相対的な増加が認められ、AML1aとAML1bの拮抗作用が白血病発症と関連している可能性が示唆された。さらにAML1の骨髄球系の分化との関連を、骨髄球系の細胞株を用いて検討した。ノーザンブロッティングでは、検討した全ての細胞株でAML1b,AML1cのmRNAが認められる一方、AML1a mRNAはHEL細胞でのみ検出された。またU937細胞のレチノイン酸による分化において、AML1bおよびAML1cがmRNAレベルおよび蛋白質レベルで、形態的・機能的分化に先立って増加することが示され、AML1bおよびAML1cの増加が骨髄球系の分化と関連している可能性が示唆された。

 以上の結果より、白血病で認められる染色体転座の切断点に位置する遺伝子であるAML1が、骨髄球系の分化に深く関与する遺伝子であることが確かめられた。最近複数のグループにより報告されたAML1のノックアウトマウスの解析結果では、AML1のホモ欠損マウスは原因不明の中枢神経系の出血により胎生期に死亡し、肝臓でのdefinitiveな造血が全く認められず、AML1が造血のかなり初期の段階において不可欠の因子であることが示された。このような機能は、AML1遺伝子の主要な転写産物であり、転写活性化能をもち、分化を促進する方向にはたらくと考えられるAML1b(c)によるものであると考えられる。一方転写活性化能をもたず、AML1bに拮抗して分化を抑制すると考えられるAML1aについては、発現量が非常に少ないために、分化の調節に重要であるか否かは明らかではないが、血液細胞の非常に未熟な段階、あるいは白血病発症の段階においては重要である可能性がある。今後、AML1の標的遺伝子の同定、AML1と他の蛋白質との協同による転写活性化機構等の研究により、血球系の分化・増殖機構がさらに明らかになるものと考えられる。

審査要旨

 本研究は、血球系の分化と増殖に重要な役割を演じていると考えられるAML1遺伝子について、その異なるタイプの転写産物(AML1a,AML1b)が拮抗的に作用して分化の調節を行っている可能性を示したものであり、下記の結果を得ている。

 1.マウスの骨髄球系の細胞株である32Dc13細胞にAML1aを過剰発現させ、顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)存在下での分化・増殖を検討したところ、親株で認められる成熟顆粒球への分化が認められず、G-CSF依存性の増殖を示した。AML1aを過剰発現するクローンにさらにAML1bを過剰発現させると、G-CSFによる分化能が回復し、AML1aとAML1bが骨髄球系の分化において拮抗的に作用することが明らかになった。

 2.AML1a,とAML1bの転写活性化における役割を、これらの発現プラスミドと、AML1の結合配列(PEBP2部位)を含むレポータープラスミドをトランスフェクトしたマウス胚性腫瘍細胞(P19)を用いて、ルシフェラーゼアッセイにより評価した。その結果、AML1bはPEBP2部位依存性に転写を活性化するのに対し、AML1aそれ自身は転写活性化能をもたないが、AML1bによる転写活性をドミナントに抑制することが示された。AML1a,AML1bを発現するCOS細胞を用いたゲルシフトアッセイでは、AML1a,AML1bが共にPEBP2部位に結合し、AML1aがAML1bよりもPEBP2部位に対して高い結合能を示すことが明らかになり、DNA結合における競合がAML1aによるドミナントネガティブな効果のメカニズムであると考えられた。

 3.骨髄細胞におけるAML1aとAML1bの発現を、健常人と骨髄性白血病患者についてRT-PCR法を用いて検討したところ、健常人ではAML1a mRNAを痕跡程度にしか認めなかったのに対して、骨髄性白血病患者の半数以上でAML1a mRNAの相対的な増加を認め、白血病発症や未熟な骨髄球系細胞の表現型にAML1aとAML1bの相対量が重要である可能性が示唆された。

 4.骨髄球系の細胞株におけるAML1の発現をノーザンブロッティングにより検討した結果、全ての細胞株でAML1b(c) mRNAが検出された。一方AML1a mRNAはHEL細胞でのみ検出された。

 5.U937細胞をレチノイン酸により分化させて、AML1の発現の変化を検討した結果、形態的・機能的分化に先行してAML1b(c)がmRNAレベルおよび蛋白質レベルで増加することが示され、AML1b(c)の増加が骨髄球系の分化と関連している可能性が示唆された。

 以上、本論文は白血病発症および血球系の分化・増殖に重要であると考えられるAML1遺伝子の、異なる転写産物であるAML1aとAML1bが、その転写活性化における拮抗作用と対応して、32Dc13細胞の分化・増殖に拮抗的にはたらくということを明らかにした。さらに骨髄球性白血病患者検体や骨髄球系細胞株を用いて、AML1aとAML1bにより分化の調節が行われている可能性を示した。本研究は白血病発症における重要な原因遺伝子であるAML1の産物による、骨髄球系の分化調節機構および白血病発症機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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