本研究は、血球系の分化と増殖に重要な役割を演じていると考えられるAML1遺伝子について、その異なるタイプの転写産物(AML1a,AML1b)が拮抗的に作用して分化の調節を行っている可能性を示したものであり、下記の結果を得ている。 1.マウスの骨髄球系の細胞株である32Dc13細胞にAML1aを過剰発現させ、顆粒球コロニー刺激因子(G-CSF)存在下での分化・増殖を検討したところ、親株で認められる成熟顆粒球への分化が認められず、G-CSF依存性の増殖を示した。AML1aを過剰発現するクローンにさらにAML1bを過剰発現させると、G-CSFによる分化能が回復し、AML1aとAML1bが骨髄球系の分化において拮抗的に作用することが明らかになった。 2.AML1a,とAML1bの転写活性化における役割を、これらの発現プラスミドと、AML1の結合配列(PEBP2部位)を含むレポータープラスミドをトランスフェクトしたマウス胚性腫瘍細胞(P19)を用いて、ルシフェラーゼアッセイにより評価した。その結果、AML1bはPEBP2部位依存性に転写を活性化するのに対し、AML1aそれ自身は転写活性化能をもたないが、AML1bによる転写活性をドミナントに抑制することが示された。AML1a,AML1bを発現するCOS細胞を用いたゲルシフトアッセイでは、AML1a,AML1bが共にPEBP2部位に結合し、AML1aがAML1bよりもPEBP2部位に対して高い結合能を示すことが明らかになり、DNA結合における競合がAML1aによるドミナントネガティブな効果のメカニズムであると考えられた。 3.骨髄細胞におけるAML1aとAML1bの発現を、健常人と骨髄性白血病患者についてRT-PCR法を用いて検討したところ、健常人ではAML1a mRNAを痕跡程度にしか認めなかったのに対して、骨髄性白血病患者の半数以上でAML1a mRNAの相対的な増加を認め、白血病発症や未熟な骨髄球系細胞の表現型にAML1aとAML1bの相対量が重要である可能性が示唆された。 4.骨髄球系の細胞株におけるAML1の発現をノーザンブロッティングにより検討した結果、全ての細胞株でAML1b(c) mRNAが検出された。一方AML1a mRNAはHEL細胞でのみ検出された。 5.U937細胞をレチノイン酸により分化させて、AML1の発現の変化を検討した結果、形態的・機能的分化に先行してAML1b(c)がmRNAレベルおよび蛋白質レベルで増加することが示され、AML1b(c)の増加が骨髄球系の分化と関連している可能性が示唆された。 以上、本論文は白血病発症および血球系の分化・増殖に重要であると考えられるAML1遺伝子の、異なる転写産物であるAML1aとAML1bが、その転写活性化における拮抗作用と対応して、32Dc13細胞の分化・増殖に拮抗的にはたらくということを明らかにした。さらに骨髄球性白血病患者検体や骨髄球系細胞株を用いて、AML1aとAML1bにより分化の調節が行われている可能性を示した。本研究は白血病発症における重要な原因遺伝子であるAML1の産物による、骨髄球系の分化調節機構および白血病発症機構の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |