審査要旨 | | 本研究は,細胞の癌化および細胞接着において,重要な役割を演じていると考えられるアダプター分子p130Cas(Cas)の結合ドメインの解析および細胞内局在に必要なドメインの解析を行ったものであり,下記の結果を得ている。 1.Casは,v-Src,活性型Src,v-Crkと結合することが知られていたので,その結合様式についてSrcおよびCrkのSH2領域,SH3領域のGST融合蛋白質を用いて解析した。Srcは,SH2,SH3の両者ともCasと結合したが,CrkはSH2のみがCasと結合し,CrkSH3とCasとの結合は認められなかった。SH2は,両者ともCasのチロシンリン酸化に依存性の結合であったが,SrcSH3との結合は,チロシンリン酸化に依存していなかった。 2.SrcSH3とのCasの結合部位を明らかにするため,COS細胞にて発現させた一連のCasの変異体と,GST-SrcSH3との結合を調べた。SrcSH3は,CasのC末に近いプロリン豊富領域に結合することが判明した。また,その領域のGST融合蛋白質との結合も確認され,この結合が直接のものであることもわかった。また,COS細胞にCasの変異体と活性型Srcとを共発現させることにより,Casの762番のチロシンの変異でCasとSrcの結合が3分の1位に減少することがわかり,SrcSH2の結合部位であることと考えられた。このSrcのSH3とSH2が結合する領域をSrc結合領域と名付けた。 3.COS細胞や,v-Crkで形質転換した細胞に,Casの変異体を発現させることにより,v-CrkはCasとは,基質領域で結合するが,v-Crkによる形質転換の際にもCasに結合したキナーゼ活性はSrc結合領域にあることが判明した。 4.NIH3T3および活性型Srcにより形質転換した3T3において,Casの細胞内局在を免疫蛍光染色法により調べたところ,Casは,NIH3T3細胞においては,主に細胞質に存在し,一部が接着斑に局在するのに対して,活性型Srcによる形質転換に伴い,おもに接着斑に局在するようになった。 5.活性型Srcにより形質転換した細胞において,Casの変異体を発現させることにより,この細胞においては,Casの接着斑への局在にはCasのSH3とSrc結合領域の両者が必要であることが判明した。また,キナーゼ欠損型のSrcによってもCasの大部分が接着斑に局在し,Srcのキナーゼ活性は必要ないこともわかった。 6.COS細胞において,Casの変異体を発現させたところ,COS細胞においては,Casの接着斑への局在には,CasのSH3は必要だが,Src結合領域は必要ないことが判明した。しかし,Srcの活性化刺激の一つであるフィブロネクチン刺激を行った場合は,Src結合領域もCasの接着斑への局在に必要となった。 7.さまざまなチロシンキナーゼ欠損細胞において,Casの細胞内局在を調べたところ,Fyn,FAK,Ablの欠損細胞においては,NIH3T3細胞と同様に,Casは大部分細胞質で,一部接着斑に存在したが,Src欠損細胞では,接着斑への局在を認めなかった。FAKはCasのSH3結合蛋白質として知られるが,FAK欠損細胞においても,CasのSH3の欠失変異体は接着斑に局在しなかったので,CasSH3の接着斑局在作用を媒介している蛋白質はFAK以外に存在すると考えられる。 以上,本論文は,アダプター分子p130Casについて,そのそれぞれのドメインが,Src,Crkとの結合や細胞内局在においてどのような役割を果たしているかを明らかにした。本研究はこれまでにない新しいタイプのアダプター分子であり,細胞接着に伴うシグナル伝達に関与しているとされるCasの機能を解析する上で重要な貢献をなすと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる。 |